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決断

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窓の外に目をやり、ディルクは最後に見たエリーの表情を思い出す。

(大人しくしているといいんだが……)

不満そうな表情を隠さずに食い下がっていた様子から、そう簡単に諦めるとは思わない。討伐に同行してくれれば生存率は跳ね上がるだろうが、やはり安全とは言い難く、またエーヴァルトとも十分な連携は取れていない状況で連れ出すのは時期尚早だろう。

そう思うのに気づけばエリーのことを考えてしまうので、ディルクは別のことに意識を傾けるよう努めた。

(エーヴァルトとの繋がりを言及したのは、全くの当て推量というわけでもないんだろうな)

小さく嘆息し、ディルクは幼馴染のことを考える。

あの日、珍しく王都まで会いに来たベラはどこか緊張した様子だった。王都の喧騒や人混みのせいだとは思っていたが、いつもの笑みはなくどこか思い詰めたように訊ねる彼女の様子を気に留めなかったのは他のことに気を取られたせいだ。

雑踏の中で見かけたエリーが楽しそうにジャンに話しかける姿に、寂しさのようなものを感じた自分に戸惑いを覚えたのだ。
飾らない姿を見せているのは自分だけでないことぐらい以前から知っていたことなのに、離れた場所からその光景を見ると胸がざわつき、ベラの言葉を聞き流してしまった。

村に戻ってきて欲しいという望みはいつも以上に切実で、隠していることがあるのではないかという問いには何でもないと軽く流してしまった。普段と違う様子に何かあったのではないかと思い至らなかった自分に呆れを通り越して腹が立つ。

ベラの様子と糾弾されたタイミングを考えれば、そこに何かがあったと考えるのが自然だろう。
とはいえこの状況ではディルク自身が不用意に動けば、余計な刺激を与えかねない。ベラについては部下に警護を依頼しておいたが、エーヴァルトと容易に連絡を取れないことのほうが問題だった。

(討伐のために王都から離れれば機会は得られるだろうが……)

どことなく感じる不安に嫌な予感が増して、何度目か分からない溜息を吐くと、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
部屋の外にいるのは同じ第二騎士団の団員だが、一応は謹慎扱いのため見張りの役割を担っている。

「副団長、すみません。……面会したいという者がいるのですが、通して良いものか判断がつかなくて……」

誰も通すなと言われているはずなのに何を言っているのだろうか。困った様子の部下の背後にはエルヴィーラが立っていた。

「あまり部下を虐めないでくれ」
「神殿の命令で来たので取り次いで欲しいとお伝えしただけです」

そっけない口調はいつも通りだが、わざわざ会いに来たともなれば何かがあったのだと察しはついた。

「時間がないので手短にお伝えします」

そう切り出したエルヴィーラの話を聞きながら、ディルクは何度頭を抱える羽目になっただろう。エリーが何かしらの行動を起こすことは半ば予想していたこととはいえ、想定外のことが多すぎる。

「色々思うところはあるが、ジャンが迷惑をかけてすまなかった」
「ディルク様が謝罪することではありません。それよりもエリー様の保護を優先してください」

はねつけるように言い切るエルヴィーラだが、よく見れば両手を握り締めながらも落ち着かない様子で手を動かしている。

「何故わざわざ俺のところに?聖女が失踪したとなれば捜索にかなりの人出が割かれるはずだ」

エリーは予測不能な行動に出ることも多いとはいえ、人を探すのなら人海戦術が最適だ。エルヴィーラがここに来たのはそれ以外の目的があるのではないかと内心疑うディルクに対して、エルヴィーラは冷ややかな視線で告げた。

「エリー様はそれを望まれないでしょう。それに貴方のためにエリー様は無茶をしたのですから、貴方が責任を取るべきではありませんか?」

エリーの気持ちを慮った返答に、ディルクはエルヴィーラを見つめた。以前はもう少し侍女という立場を前面に出して距離を保っていたようだが、いつの間にかエリーの気持ちに寄り添うほどに心を開いていたらしい。

「彼女の希望がどうあれ、王太子殿下が大人しくしているわけが――」

口にしかけてディルクはある可能性に気づいてしまったのだ。それを察したエルヴィーラは肯定するように頷いた。

「第一騎士団副団長は箝口令を敷いています。そう長くは持たないかと思いますが」

エルヴィーラがこれほど腹を立てているのは、オスカーが原因に違いない。
己の失敗を認めたくないあまりに内々で解決しようとしているのだろうが、エリーを見つけ出し連れ戻すのはそう簡単なことではないだろう。

苛立ちを誤魔化すように片手を額に当て溜息を押し殺すディルクだったが、エルヴィーラの一言に凍り付いた。

「癒しの力があるのだから心配する必要はないそうです」

誰の言葉か聞かなくても分かる。傷や病気が癒えたとしてもそれまでの苦痛を感じないわけではない。そのことに考えが至らないというよりも、便利な道具としてしか認識していないことが良く分かる発言に、エルヴィーラが自分の元を訪れた理由がようやく分かった。

「……もう戻ったほうがいい。俺に会ったことが知られれば、痛くもない腹を探られることになる。それはエリーが望むことではないだろう」
「どうかあの方をよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げるとエルヴィーラはそれ以上何も言わずに去っていった。その後ろ姿を見ながら、エリーを案じながらも彼女が決して口にはしなかった言葉について考える。

(――もう十分だろう)

決断を下すのにはそう時間はかからなかった。
然るべきことを全て終えたディルクは、静かに王都から姿を消したのだった。
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