大草原の少女イルの日常

広野香盃

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47. アトル先生王座を目指す - 3

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 それから、ラトスさんは計画の詳細を説明すると、10日後に迎えに来ると言って立ち去った。トワール王国に行って準備をして来るのだ。味方になってくれる高位貴族や軍隊の指揮官達にも心当たりがあるようだ。流石はラトスさんである。長年王の参謀を務めていたのは伊達ではない様だ。ラトスさんが去ると、兄さんはすぐに長老にアトル先生の王就任計画と私がそれに協力することを報告に言ったが、予想通り、長老から待ったは掛からなかったらしい。アトル先生はコーラルさん一家やトーラさん達に報告に帰った。話を聞いてカルルが暴走しなければ良いけれど、と心配になる。あの子は何をしでかすか分からない所があるからな...。

 だが、そんな心配は私の杞憂だった。翌日、私を訪ねて来たカルルは、「アトル様を国王にして下さい。よろしくお願いします。」と頭を下げて来たのだ。土下座でもしそうな雰囲気であった。やっぱりカルルはアトル先生が好きなんだなあ、とほっこりする。もっとも、「失敗したら許さないからね。」と最後に付け加えたのは彼女らしかったが。

 10日後、ラトスさんがアトル先生を迎えに来た。今私達はコーラルさんの天幕に居る。天幕の中にはコーラルさん一家と、アトル先生、トーラさん親子、それにラトスさんと私に私の家族とラナさんだ。流石にこれだけの人数が天幕に入ると狭苦しい。まず、私はアトル先生に杖をかざし、先生を獣人族の姿から元の人間族の姿に戻す。胸にあった特徴的な痣も元通りにする。こんなこともあろうかと痣の形を記録しておいて良かったよ。アトル先生が元に戻ると、カルルが感激の声を上げる。よほど嬉しい様だ。涙まで流している。そんなに人間族の姿が良いのだろうか、クマ耳もチャーミングだと思うのだが...。

 アトル先生が人間族に戻ると、居住地に残る人達への挨拶を済ませ、私達はトワール王国に向かい瞬間移動する。メンバーはアトル先生にラトスさん、トーラさんの家族と私だ。トーラさんの家族はトーラさんとカルルの「アトル先生と共に行ってお世話をしたい」と言う強い願いで一緒に行くことになった。行先はラトスさんに協力してくれているランドルフ辺境伯領。伯爵はラトスさんの古い友人らしい。しばらくはここを拠点として活動することになる。向こうにはすでにララさんとトスカさんも到着しているらしい。

 ランドルフ伯爵は高位貴族のひとりで、王妃側にも宰相側にも組せず、中立の立場を維持している数少ない貴族だ。トワール王国北部、タイガ地帯に近い場所に広い領地を所有している。タイガ地帯に生息している魔物が領地内に侵入するのを防ぐために、大きな兵力の所有を国から認められており、この兵力が今まで中立を保てた理由らしい。下手に手を出すと痛い目に合うと恐れられているのだ。

 ランドルフ伯爵領の領都に到着すると、伯爵様のお屋敷に向かうラトスさん一行と別れ、私だけ、ララさんとトスカさんが居る宿屋に向かう。ランドルフ伯爵はラトスさんの古い友人と言えど、どこまで信用できるか分からない。一族が内戦に巻き込まれることを避けるには、私は表に出ず裏方に徹するのが良いと言うことになった。これはララさん、トスカさんも同じだ。特にララさんはハルマン王国の女王なのだ。他国の女王が別の国の政変に関与していたとなると、後で大問題に成りかねない。従って私達はラトスさんと念話で連絡を取り合いながら、陰でアトル先生を支援することになる。まずはララさんとトスカさんと合流だ。

 ちなみに、現在の私は20歳くらいの人間族の女性の姿だ。ラトスさんの本に書かれていた光魔法による変装である。あくまで外観を変えているだけなので、誰かに触れられるとまずいことになるが、6歳の子供が一人で行動するよりは注目を集めにくいだろうと考えたのだ。最初はアイラ姉さんをモデルに絶世の美女の姿を目指したのだが、ラトスさんから、あまりに美人だと目立ちすぎると言われ、仕方なく自分が成長した姿を想像して変更したら、これならとOKが出た。複雑な気分である。

 宿に付くと、ララさんとトスカさんが待ってくれていた。結構高級そうな宿だ。すでに私の分の宿泊予約も済ませているとの事。ララさんの部屋にルームサービスで食事を3人分運んでもらい。食べながら今後の打ち合わせを行う。私達が担当するのは、主要な神の神殿に忍び込み、信者の人達に神の神託を与えること。神託の内容はもちろん、アトル先生を次の王とせよ、という内容である。これを光魔法による映像や光に音魔法による音声や効果音、風魔法による風や土魔法による振動等を加え、雰囲気たっぷりに演出する。構成を考えるのはトスカさん。こういうのは得意らしい。

 神殿でそんなことをしたら本物の神様が怒って出て来るのではと心配する私に、ララさんが私を安心させる様に言う。

「今この世界に神様は居ないよ。私とラトスのじじいに力を授けてくれた女神様がそう言っていたからね。だからこそ、女神様は私とじじいに力を授けたのさ、自分が留守の間この世界を守る様にとね。もし他に神様が居るなら私とじじいに力を授ける必要は無かったはずさ。だからね、この世界で信仰されている神々は全部人々の想像力が生み出したものなのさ。」

 そうなのか! とびっくりする一方で安心もした。ちなみに、明日からの私達の仕事は結構なハードスケジュールに成りそうだ。主要な神は7柱、美の神: カリキオーテ、知恵の神: トマリ、狩りと戦いの神: アモール、慈愛の神: アマカリプス、健康と子宝の神: サターニカ、創造と破壊の神: カブシン、豊穣の神: シンローム、力の神: モロクである。トワール王国の各地に点在する主要な神殿を巡って神託を伝えるのを3日以内に完了させないといけない。各神から同時に同じ神託があったと信じさせることが大事なのだ。それとタイミングを合わせてアトル先生が王就任の宣言を行う。通常なら一笑に付されるのが落ちの宣言であるが、同時に各神から神託があったとなると話は違う。軍隊や貴族の私兵の中にも信心深い人達は沢山いるのだ、自分の信じる神が王に推す人物を攻撃するのに躊躇する者も沢山出て来るだろう。しかも、アトル先生は強力な兵力を持つランドルフ伯爵の元にいる。神託の件が無かったとしても迂闊に手を出せる相手ではない。そうこうしている内に、ラトスさんと通じている軍の指揮官たちがアトル先生に味方すべく指揮下の兵を動かし始める。そうなると情勢は雪崩を打った様に変わるだろう、というのがラトスさんの読みだ。後は不利を悟った王妃と宰相との交渉が纏まれば、戦いを避けてアトル先生が王位に付けるというシナリオである。
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