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本編
8-9 ウォルター side
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隣でキラキラとした瞳で星空を見上げるサラサは、普段より少し幼く見えた。
今日は彼女にとって記憶に残る日になればいいと、もてなしには特に力を入れたけど、夜空にこれ程綺麗に月や星が輝いているは、まさに幸運だった。
星空が綺麗な事ではない。
こんなに嬉しそうなサラサの顔を見れた事が…だ。
目をキラキラさせている彼女に、幼い日に一緒に遊んだ時の面影が重なる。
確か、俺もサラサも5歳の頃だった。
父上が朝から機嫌が良く、どうしたのかと尋ねると、クリーヴス伯が訪ねて来るのだとそれは嬉しそうに答えた。
「クリーヴス伯なんて、2ヶ月に1度は会ってるじゃん。何がそんなに嬉しいのさ。」
「今日は特別だ!なんて言ったって、天使の様な双子も一緒なのだから。」
やっと会える!と年甲斐もなくはしゃいでいるこの人物が、国王陛下からも一目置かれているフィールズ公爵その人であると言ったら、何人の人が信じるだろう…。
「父上は疲れ過ぎて、頭がおかしくなったのかもしれない…。クリーヴス伯には僕からキャンセルを伝えておきますので、どうぞ休んで下さい。」
敬語は嫌味を伝える為には必須だ。
「そんな生意気な口を聞いてられるのも今のうちだぞ!」
ふんふんと鼻歌混じりに去っていく父上を、頭を抱えて見送った。
父上がどーだっと言わんばかりに、2人のご令嬢を紹介して来たのは、その数刻後だった。
クリーヴス伯爵の双子のご令嬢で、サラサ嬢とテレサ嬢。僕と同じ歳だと言う彼女達は、天使と言う言葉が大袈裟なものではないと認めざるを得ないくらい可憐だった。
少なくとも、王都ではこんな可愛い女の子は見た事がない。
それからの事はあまりよく覚えていない。
ボーッとしているうちに、父上やクリーヴス伯に言われて、2人に庭園を案内する事になった。
「わぁ、綺麗なお庭ですね。こんな素敵なお庭は物語の中でしか見た事がありません。」
目をキラキラと輝かせて、庭園を見渡したのはサラサ嬢。
水色のドレスを着て、頭にレース地のリボンを結えている。
「本当に素敵!ウォルター様、私あちらのお花が欲しいわ!」
大輪のダリアを指差してそう言ったテレサ嬢はピンクのドレス。
ドレスの色で見分けなくてはならないくらいそっくりだが、女性の名前を間違える事は紳士としてあってはならないと家庭教師からも言われていたので、頭の中で何度も2人の名前を復唱した。
「もし良ければ、手折って持って帰って構わないよ。」
庭師達が丹念に世話をした花壇だが、花の1本をケチるような公爵家ではない。
僕の言葉にテレサ嬢がニコニコとダリアの花を手折っていく。
「テレサ!そんなにたくさん手折ってはダメよ。」
「なんで?ウォルター様はいいって言ったわ。ねぇ、ウォルター様?」
「あ…うん。」
「それにほら!こんなに素敵な花束になったわ!」
テレサ嬢の手元には5-6輪の大きな花が咲き誇っており、花壇を見遣れば真ん中がポッカリと空いた不格好な物になっている。
「そんなに真ん中から…。ウォルター様、本当にすいません。」
「だから、ウォルター様はいいって言ってるじゃない!そうだ、このお花を束ねたいから、サラサのリボン貸してよ。」
心配そうに謝るサラサ嬢に気にしなくていい事を伝えようとした所を、テレサ嬢の言葉で遮られるが、その言葉の内容に思わず口を閉ざした。
「リボンって…テレサも付けてるじゃない。」
「嫌よ!今日はとびきり可愛く結えてるんだから。ね?」
目の前でテレサ嬢が、サラサ嬢の髪に結われたリボンを半ば強引に引っ張った。
別に驚きはしない。
姉妹での喧嘩など興味はない。
ただ、その行為は、周りにいる我儘なご令嬢達となんら変わらないもので、見掛けが可愛くても結局は一緒か…と残念に思っただけだ。
「見て下さい、ウォルター様。」
「…うん。」
花束を顔の前に掲げ、天使の様な笑顔を向けるテレサ嬢を冷めた気持ちで見る。
「私、お父様と公爵様にも見せてくるわ!」
僕の反応が良くない事が面白くなかったのか、テレサ嬢はくるりと屋敷に身を翻し走り去って行った。
「あの…妹が本当にすいませんでした。」
その場に残されたサラサは少し乱れた髪を手で押さえながら、再度こちらに謝った。
「どう見ても、君が一番被害を受けているようだけど…?」
心配から出た言葉ではない。嫌味を言ったのだ。
「家族間では許されても、他家にご迷惑を掛けたとなれば、話は変わってきますから。」
サラサ嬢のその落ち着いた返答に正直驚いた。
身内の愚行を恥じているのだ。
これは先程まで目の前で低俗な喧嘩を見せていた人物か…?
いや、先程までの喧嘩は一方的な物だった。
ならば、これが本来の彼女なのだろう。
同じ顔でも、性格は違うのか…?
少し興味が湧いた。
「庭園…案内するよ。それとも君もお父上の所へ戻るかい?」
突然、話が変わった事にサラサはキョトンとした後に、またキラキラと瞳を輝かせた。
「是非、ご案内下さい!」
話してみると、彼女は予想以上に博識で、僕の知らない花の名前や知識を教えてくれた。
「何でそんなに詳しいの?」
そう尋ねると、口調がだいぶ砕けてきた彼女は当たり前のような顔をして答えた。
「本を読むのが好きなの!」
貴族は家庭教師を付けて勉強する者も多いから、決して識字率は低くない。
でも、僕の知っている限り、ご令嬢が物語以外の本を好んで読む事などない。
なのに、サラサの知識はどう考えても、物語ではなく、図鑑の類のそれなのだ。
その頃には、すっかりサラサに夢中で、もっと彼女と話したいと思うようになっていた。
「君にも何か花をプレゼントするよ。何がいい?」
これは好意から出た言葉…いや、好意を通り越して、僕が彼女を笑顔にしたいという一種の淡い下心だった。
「でも…テレサがさっき沢山貰ったから…。」
「僕は君にプレゼントしたいんだ。」
うーんっと少し困った仕草の後に、サラサは僕の後ろの花を指差した。
「じゃあ、薔薇を1本…。」
「1本だけでいいの?」
今の僕なら、母上のお気に入りの薔薇を全部手折ってしまえそうだった。
「1本の薔薇には、私にはあなたしかいない…と言う花言葉があるの。素敵でしょ?」
薔薇に愛の花言葉があるのは知っていたけど、本数にまで意味があるのは知らなかった。
僕は様々な色の中から薄いピンクの薔薇を1本手折った。
一番サラサに似合う気がしたからだ。
刺で彼女の手が傷付く事のない様に気を付けて渡せば、薔薇の花よりも美しく彼女の顔が綻んだ。
「1本の薔薇にはもう一つ、一目惚れという花言葉があるのよ。」
それから彼女と会う機会には恵まれなかったけど、きっとあの時に笑った幼い彼女に、俺はとっくに虜にされていたんだろう。
「何かおかしな事でもありましたか?」
星空に向かって、思わず笑いが漏れた俺をサラサが心配そうに見上げている。
「ったく、何が一目惚れだよ…。期待させといて、すっかり忘れてるくせに。」
俺の言葉が聞き取れなかったのか、益々首を傾げるサラサを見て、愛おしさが込み上げてきた。
今日は彼女にとって記憶に残る日になればいいと、もてなしには特に力を入れたけど、夜空にこれ程綺麗に月や星が輝いているは、まさに幸運だった。
星空が綺麗な事ではない。
こんなに嬉しそうなサラサの顔を見れた事が…だ。
目をキラキラさせている彼女に、幼い日に一緒に遊んだ時の面影が重なる。
確か、俺もサラサも5歳の頃だった。
父上が朝から機嫌が良く、どうしたのかと尋ねると、クリーヴス伯が訪ねて来るのだとそれは嬉しそうに答えた。
「クリーヴス伯なんて、2ヶ月に1度は会ってるじゃん。何がそんなに嬉しいのさ。」
「今日は特別だ!なんて言ったって、天使の様な双子も一緒なのだから。」
やっと会える!と年甲斐もなくはしゃいでいるこの人物が、国王陛下からも一目置かれているフィールズ公爵その人であると言ったら、何人の人が信じるだろう…。
「父上は疲れ過ぎて、頭がおかしくなったのかもしれない…。クリーヴス伯には僕からキャンセルを伝えておきますので、どうぞ休んで下さい。」
敬語は嫌味を伝える為には必須だ。
「そんな生意気な口を聞いてられるのも今のうちだぞ!」
ふんふんと鼻歌混じりに去っていく父上を、頭を抱えて見送った。
父上がどーだっと言わんばかりに、2人のご令嬢を紹介して来たのは、その数刻後だった。
クリーヴス伯爵の双子のご令嬢で、サラサ嬢とテレサ嬢。僕と同じ歳だと言う彼女達は、天使と言う言葉が大袈裟なものではないと認めざるを得ないくらい可憐だった。
少なくとも、王都ではこんな可愛い女の子は見た事がない。
それからの事はあまりよく覚えていない。
ボーッとしているうちに、父上やクリーヴス伯に言われて、2人に庭園を案内する事になった。
「わぁ、綺麗なお庭ですね。こんな素敵なお庭は物語の中でしか見た事がありません。」
目をキラキラと輝かせて、庭園を見渡したのはサラサ嬢。
水色のドレスを着て、頭にレース地のリボンを結えている。
「本当に素敵!ウォルター様、私あちらのお花が欲しいわ!」
大輪のダリアを指差してそう言ったテレサ嬢はピンクのドレス。
ドレスの色で見分けなくてはならないくらいそっくりだが、女性の名前を間違える事は紳士としてあってはならないと家庭教師からも言われていたので、頭の中で何度も2人の名前を復唱した。
「もし良ければ、手折って持って帰って構わないよ。」
庭師達が丹念に世話をした花壇だが、花の1本をケチるような公爵家ではない。
僕の言葉にテレサ嬢がニコニコとダリアの花を手折っていく。
「テレサ!そんなにたくさん手折ってはダメよ。」
「なんで?ウォルター様はいいって言ったわ。ねぇ、ウォルター様?」
「あ…うん。」
「それにほら!こんなに素敵な花束になったわ!」
テレサ嬢の手元には5-6輪の大きな花が咲き誇っており、花壇を見遣れば真ん中がポッカリと空いた不格好な物になっている。
「そんなに真ん中から…。ウォルター様、本当にすいません。」
「だから、ウォルター様はいいって言ってるじゃない!そうだ、このお花を束ねたいから、サラサのリボン貸してよ。」
心配そうに謝るサラサ嬢に気にしなくていい事を伝えようとした所を、テレサ嬢の言葉で遮られるが、その言葉の内容に思わず口を閉ざした。
「リボンって…テレサも付けてるじゃない。」
「嫌よ!今日はとびきり可愛く結えてるんだから。ね?」
目の前でテレサ嬢が、サラサ嬢の髪に結われたリボンを半ば強引に引っ張った。
別に驚きはしない。
姉妹での喧嘩など興味はない。
ただ、その行為は、周りにいる我儘なご令嬢達となんら変わらないもので、見掛けが可愛くても結局は一緒か…と残念に思っただけだ。
「見て下さい、ウォルター様。」
「…うん。」
花束を顔の前に掲げ、天使の様な笑顔を向けるテレサ嬢を冷めた気持ちで見る。
「私、お父様と公爵様にも見せてくるわ!」
僕の反応が良くない事が面白くなかったのか、テレサ嬢はくるりと屋敷に身を翻し走り去って行った。
「あの…妹が本当にすいませんでした。」
その場に残されたサラサは少し乱れた髪を手で押さえながら、再度こちらに謝った。
「どう見ても、君が一番被害を受けているようだけど…?」
心配から出た言葉ではない。嫌味を言ったのだ。
「家族間では許されても、他家にご迷惑を掛けたとなれば、話は変わってきますから。」
サラサ嬢のその落ち着いた返答に正直驚いた。
身内の愚行を恥じているのだ。
これは先程まで目の前で低俗な喧嘩を見せていた人物か…?
いや、先程までの喧嘩は一方的な物だった。
ならば、これが本来の彼女なのだろう。
同じ顔でも、性格は違うのか…?
少し興味が湧いた。
「庭園…案内するよ。それとも君もお父上の所へ戻るかい?」
突然、話が変わった事にサラサはキョトンとした後に、またキラキラと瞳を輝かせた。
「是非、ご案内下さい!」
話してみると、彼女は予想以上に博識で、僕の知らない花の名前や知識を教えてくれた。
「何でそんなに詳しいの?」
そう尋ねると、口調がだいぶ砕けてきた彼女は当たり前のような顔をして答えた。
「本を読むのが好きなの!」
貴族は家庭教師を付けて勉強する者も多いから、決して識字率は低くない。
でも、僕の知っている限り、ご令嬢が物語以外の本を好んで読む事などない。
なのに、サラサの知識はどう考えても、物語ではなく、図鑑の類のそれなのだ。
その頃には、すっかりサラサに夢中で、もっと彼女と話したいと思うようになっていた。
「君にも何か花をプレゼントするよ。何がいい?」
これは好意から出た言葉…いや、好意を通り越して、僕が彼女を笑顔にしたいという一種の淡い下心だった。
「でも…テレサがさっき沢山貰ったから…。」
「僕は君にプレゼントしたいんだ。」
うーんっと少し困った仕草の後に、サラサは僕の後ろの花を指差した。
「じゃあ、薔薇を1本…。」
「1本だけでいいの?」
今の僕なら、母上のお気に入りの薔薇を全部手折ってしまえそうだった。
「1本の薔薇には、私にはあなたしかいない…と言う花言葉があるの。素敵でしょ?」
薔薇に愛の花言葉があるのは知っていたけど、本数にまで意味があるのは知らなかった。
僕は様々な色の中から薄いピンクの薔薇を1本手折った。
一番サラサに似合う気がしたからだ。
刺で彼女の手が傷付く事のない様に気を付けて渡せば、薔薇の花よりも美しく彼女の顔が綻んだ。
「1本の薔薇にはもう一つ、一目惚れという花言葉があるのよ。」
それから彼女と会う機会には恵まれなかったけど、きっとあの時に笑った幼い彼女に、俺はとっくに虜にされていたんだろう。
「何かおかしな事でもありましたか?」
星空に向かって、思わず笑いが漏れた俺をサラサが心配そうに見上げている。
「ったく、何が一目惚れだよ…。期待させといて、すっかり忘れてるくせに。」
俺の言葉が聞き取れなかったのか、益々首を傾げるサラサを見て、愛おしさが込み上げてきた。
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