長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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59:迷子の僕

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 綺麗な女の人は僕を見て、
「あらあら、泣いているの?」
という。

僕は泣いてないよ、って
言いたかったけれど、
誰かと会えたことに安心して
ぽろり、と涙を落してしまった。

「まぁ、まぁ。
こちらにいらっしゃいな」

そう言われて僕が
その女性の側に行くと、
そこはガゼボみたいになっていて
お茶の準備がしてある。

紅茶のにおいはここからしたんだ。

女性はにこにこしながら
僕を椅子に座らせた。

「妖精さんは、お茶を飲める?」

僕は妖精じゃないんだけど、
ガイや兄たちが僕を
妖精とか天使とか言うので
僕は違和感なくうなずいた。

「ふふ、じゃあね。
私が淹れて差し上げるわ」

この場所にはこの女性しかいないみたい。

女性はティーポットから
白いカップに紅茶を注いでくれた。

「妖精さんのお口に合うと良いんだけど」

僕はお礼を言ってカップを手にした。

ちょうど喉も乾いていたんだ。

アンナが淹れるよりも、
少し味が濃くて、
温度もぬるめだったけれど。

でも喉が渇いている今の
僕には、ゴクゴク飲めて
ちょうど良い感じだった。

「おいしい」

僕が言うと、
女性は良かったわ、と笑う。

「ねぇ、妖精さんは
どうしてここにいるの?」

「僕……えっと、迷子…?」

認めたくないけど、
きっと僕は迷子だ。

じわ、ってまた涙が出てくる。

「あらまぁ、妖精の国から
ここに迷い込んだのね」

「僕が来たのは
妖精の国じゃなくて」

「じゃあ、お花の国?」

そうじゃないんだけど。

僕は自分の屋敷がどこにあるのかも
わからなかったので、
うまく言うことができなかった。

「ふふ、まぁいいわ。
妖精さん、お菓子はいかが?」

女性は僕に焼き菓子を
勧めてくれる。

どうしよう。
食べたいけど、
これを食べてしまうと
騎士団の食堂で何も
食べれなくなってしまう。

「人間のお菓子は
食べれないのかしら?」

悲しそうに言われ、
僕は慌てて首を振る。

「あの、僕、妖精じゃなくて」

名前を名乗ろうとしたけれど、
女性はいいのよ、と
持っていた扇を広げて
僕の口が動くのを止めた。

「ここでは、あなたは
迷い込んだ妖精さん。

私はそれを見つけただけ」

強い視線で言われ、
僕はうなずいた。

きっと、名前を
名乗らない方が良いんだって
僕は思った。

僕は差し出された皿の
上にあった小さな
クッキーを手に取った。

一口かじると、
甘い味が口に広がる。

「おいしい?」

僕は大きくうなずく。

ほんとに美味しい。

もしこれがサイラスだったら
あっという間にお皿の上の
クッキーを全部食べてしまっただろう。

そんなことを考えて、
僕はあれ、って思った。

テーブルの上には、
ティーカップが2つ。

お菓子スタンドには
焼き菓子だけでなく
サンドイッチや
ゼリーもある。

どう見ても
これは2人分だ。

これ、僕が食べても
良かったのだろうか。

このティーカップだって
誰か使う人がいたんじゃ……?

僕が自分のカップと
女性のカップを何度も
見ていたからか、
女性は大丈夫よ、と言う。

「どうせここには
誰も来ないの」

僕は女性を見た。

「ずっとね。
ここでお茶の準備をして
私は待っているの。
来るはずのない人を」

女性は長い髪を
指先でくるり、と巻いた。

「待ってる人はね、
私の髪が素敵だって
いつもほめてくれたわ。

幼いころに出会って、
ずっと一緒にいるのだと
そう思っていたの」

寂しそうに言われ、
僕も悲しくなってしまう。

「まぁ、そんな顔をしないで。
いいの。
あの人が来なくても。

でも私が待っているのは
私の勝手でしょう?」

「なんでその人は
ここに来てくれないの?」

僕が聞くと、
女性は悲しそうに目を伏せる。

「そうね。なんでかしら?

他に好きなひとができたから?
仕事が忙しいから?

いろんな理由を考えたわ。
それに、ここに来ない理由も
沢山聞いた。

でも、そんなのどうでもいいの。

私はね。
理由なんてどうでもいいのよ。

ただ、会いたくて。
あの人にも、会いたかったよ、って
言って欲しいの。

ただそれだけ」

女性の泣きそうな顔に
僕は我慢できなくて
立ち上がった。

「ぼく、僕が!
僕が連れてきてあげる」

「え?」

「だって、だって。
お姉さんが可哀そうだもん。

お姉さん、その人が
大好きなんでしょ?」

僕がそういうと、
女性は、そうね、と言う。

「でも、私だけが好きでも
彼が私のことを
好きじゃないなら、
この恋は成立しないでしょう?」

そのことに僕は驚いた。

だって僕は今まで、
僕に接してくれる人は
みんな僕のことを好きだと思っていた。

逆に言うと、
僕が好きな人はみんな、
僕のことを好きだと信じて
疑うことなどなかったんだ。

あまりにも僕が
驚いた顔をしていたのか、
お姉さんが、どうしたの?と聞く。

僕が驚いたことを素直に言うと、
「まぁ、妖精さんは皆に
愛されているのね。
羨ましいわ」と言われた。

羨ましい。
そう言われて、
僕は女性を見た。

僕からしたら
僕以外の人たちは
皆、羨ましい。

みんな元気だし、
友達がたくさんいるし、
ご飯だって沢山食べることができる。

僕が諦めてきた
楽しいことだって、
きっと経験しているんだと思う。

でも。
こんな綺麗な、
大人の女性が
僕のことを羨ましいと言うなんて。

「お姉さんは……
その人に、好きって言ったの?」

僕は思わず言ってしまった。

だってこんなに素敵な女性が
「好き」って思う相手だもん。

きっと「好き」って
伝わってないだけなんだと思うんだ。

それに最近読んだ恋愛小説でも
似たような描写があった。

両片思いに、すれ違いだ。

それと同じことが
起こってるんじゃないのかなって
僕は思う。

「え?」

「僕ね、いつも好きって言ってるの。
僕が好きなみんなに。

だって僕は、
いついなくなるかわからないでしょう?」

そう、だって。
僕はこんなにも体が弱くて、
いつ死ぬかわからないんだもの。

僕はずっと、
僕はいつ死ぬのかと
そんな不安を持っていた。

だから皆に好きだよって
いつも伝えていた。

ちゃんと僕がみんなのことを
大好きだったよ、って
わかってて欲しかったから。

僕の言葉に、
女性は目を見開いて、
そして、小さく「そうね」という。

「会えなくなるって
わかっていたら、
ちゃんと伝えておくんだったわ」

「今からは、無理なの?」

僕の言葉に、女性は曖昧にほほ笑んだ。


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