長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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58:騎士団見学

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兄は僕を騎士団長の
執務室に連れてきてくれた。

部屋の中には3人の騎士がいて、
僕が部屋に入ったら
驚いた顔をして、
挨拶をしてくれた。

僕も挨拶をして
名前を名乗ろうとしたのに
兄は「必要ない」と言い、
騎士たちに、仕事をしろ、
なんていう。

いいのかな、って思ったけど、
騎士たちはすぐに手元の
書類に目を落したので

僕も何も言わずに
兄に連れられるまま
部屋の一番奥にある
大きな執務机まで移動した。

執務室は広かった。

兄の机が一番大きく広かったけど、
それ以外にも大きな机が4つ。

それから小さなソファーセットが
兄の机のそばにある。

どの机にも書類が山になっていて、
壁に沿っていくつも置いてある
棚にはすべて書類がぎっしり
詰まっていた。

騎士というのは
体を動かすことが
メインだと僕は思っていたけれど。

その考えは改めないとだめかもしれない。

兄の机の後ろには、
大きく広い窓がある。

僕がその窓から外を見ると、
すぐ下に、運動場のような場所が見えた。

その場所では、走っている人や
剣を持っている人ととか、

多くの騎士たちが
いろんな訓練をしている。

見下ろしていると、
ガイとケインがやってきた。

二人は僕の窓の下から
上を見上げて僕を見る。

僕が手を振ると、
ケインは頭を下げて
ガイは片手をあげた。

それからガイが指揮官みたいな
人に何かを言うと、
そこから騎士たちは
2つのグループの分かれて、
対抗戦? 模擬戦?
みたいなのが始まった。

僕は大興奮だ。

兄は僕の背中で
椅子に座って仕事を
していたけれど。

僕は窓の外に釘付けだった。

ガイもケインも
ものすごく強い。

「兄様、兄様、すごい!」
と何度も兄を呼んでしまう。

視線は窓の外を見たまま、
手を後ろに伸ばして
兄の背を叩いてしまう。

そのたびに兄は
僕の手を握ったり、
手の甲を撫でてくれた。

兄は忙しそうなのに、
僕ばかり楽しんで、
なんだか申し訳なくなる。

でも、
剣がぶつかり合う様子は
すごい迫力だった。

最初は戦う姿なんて
僕は見たことがないから
驚いたし、怖くなった。

訓練とはいえ、
ケガをしたら
どうするんだろうって
心配になったけど。

兄があれは模造剣だから
危なくないし、
ケガはしない、って
教えてくれたから、
安心して見ることができた。

あんなに打ち合いになって
体が地面に倒れたり、
剣がはじかれたり、
打ち落とされたりするのに
ケガをしないなんて、
やっぱり騎士って凄いと思う。

僕がそういうと、
兄は僕に背を向けたまま

「騎士は怪我をしないものだ。
訓練ぐらいで怪我をする者など
この団にはいない」と言う。

「すごい!
怪我をすることがないなんて
騎士さん、カッコいい!」

って僕が兄を振り返って
称賛すると、
兄は書類に目を向けたまま、
「それが騎士だからな」と言った。

何の抑揚もない一言だったけど、
僕はその兄の言葉に、
兄が喜んでいるのがわかった。

なぜか部屋の中にいた
3人の騎士たちは、
目を見開き、一瞬、兄を見たけれど。

「訓練ごときで怪我をしては
重要な任務を担うなど
できないだろう」

という兄の声に、
騎士たちは首をカクカクと
縦に振って、すぐに視線を
机に戻した。

兄の言葉はもっともだけど。
怪我をしないための
努力はすごいと思う。

僕だって、
熱を出さないために
頑張っているけど、
僕が頑張るのは、
体を動かさないようにするだけだ。

騎士たちはその逆なんだから
大変だろうし、
凄い努力が必要なんだと思う。

僕がそんなことを
考えているうちに
模擬戦が終わった。

最後はガイとケインが
打ち合いをしていたけれど、
なかなか決着がつかないので
終了の合図の笛が鳴ったんだ。

「ふー、二人ともすごかった」

僕は息を吐き、
兄に声をかけた。

「兄様、僕、
ガイのところに行ってきます」

「そうか。
では送っていこう」

「ううん。大丈夫。
さっき来た道を戻ればいいんでしょ?

この部屋の真下だもん。
迷わず行けるよ」

兄は忙しそうだし、
僕のためにこれ以上、
時間を割いてほしくない。

僕は兄の仕事場では
お邪魔虫だもの。

「大丈夫か?」

兄は心配そうな顔をするけど
大丈夫。

僕はもう子どもじゃない。
一人でなんだってできるんだ。

僕が胸を張って
「一人でも行ける」と
主張すると、兄はわかった、
と、仕方ない様子でうなずいた。

「そんなに距離はないし、
あいつのことだ。

まっすぐにこの部屋に
来るだろう。

途中でガイディスと
合流したら、そのまま
適当に施設を見て帰ればいい。

あぁ、食堂もあるから
そこで食事をしてもいいぞ」

ただし、量が多いから
食べるかどうかは周囲を見て
判断するように、と兄は言う。

食堂だって!
僕はまたわくわくだ。

僕は兄にお礼を言い、
それから3人の騎士たちにも
挨拶をして部屋を出た。

階段を下りて、
あの部屋の真下に行けば
いいだけだもん。

簡単、簡単。

途中でガイと出会えるはずだし
何の心配もないはず。

それにここは騎士団の中。
怖い人なんていないよね。

そう思って、一番近くの
階段を僕は下りた。

兄の執務室は3階だった。

上るのも大変だったし、
模擬戦の見学で
はしゃぎすぎたせいか、
階段を降りるのもしんどくなってくる。

でも、こんな姿を
ガイや兄に見られたら、
一般公開の日にここに
来る許可が下りないかもしれない。

僕はそれが嫌で、
階段をすべておりず、
2階の廊下の隅で、
休憩することにした。

廊下の隅で
壁にもたれていると
階段の下から足音が聞こえてくる。

僕はガイだと思って、
慌てて近くの部屋に飛び込んだ。

部屋には誰もいなくて、
僕はほっとして
側にあった椅子に座る。

ここは会議室みたいだった。

座って休んでいると、
心臓のバクバクが
治まってきて、
僕は、よし、と立ち上がる。

心配させないように、
早くガイと合流しなくっちゃ。

僕は階段まで戻ったけれど、
今度は下に行くか、
上にあがるか迷った。

ガイとすれ違いになったかもしれない。

でも上に上がって兄に
僕が隠れて休んでいたことが
バレるのは良くないと思う。

だから僕は下に降りることにした。

階段下にケインがいるかも。

そう思ったけど、
1階まで下りてもケインはいない。

どうしよう。

僕は運動場の方へ向かうことにする。

誰かとすれ違ったら
ガイかケインのことを聞いてみよう。

そう思っているのに、
なぜか誰にも出会わない。

訓練している騎士たちの
大きな声もだんだん
聞こえなくなってきた。

あれ?
もしかして僕、
方向間違ってる?

え?
僕、迷子?

ど、どうしよう?

来た道を戻ってみる?

そう思って振り返ったけれど、
僕はどこからどうやって
ここまで歩いてきたのか
まったく、わからない。

え?
え?

急に怖くなって
目に涙が浮かんでしまう。

誰かいないかな。

僕はきょろきょろと
周囲を見回した。

そしたら、ふと、
紅茶のにおいがした気がした。

「紅茶……誰か、飲んでるのかな」

僕はにおいのする方向に足を向ける。

騎士団の中のはずなのに、
殺風景だった建物がなくなり、
周囲はお庭のように、
花がたくさん咲いている場所になってきた。

本当にこんなところに、
誰かいるのかな?

僕はひっこんでいた涙が
また浮かんできてしまう。

「あら?
こんな場所に誰かいるなんて」

急に声がして、
生け垣の隙間から
綺麗な女の人が顔を出した。

「まぁ、なんて可愛らしい。
お花の妖精さんかしら?」

兄と同じぐらいの年だろうか。

柔らかそうな長い、
薄桃色の髪をした女性が
僕を見て微笑んだ。



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