長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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64:王太子殿下と兄

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 封を開けた手紙には、
「すぐに執務室に来るように」と
簡潔に書かれた紙が一枚、入っていた。

署名は王太子殿下の名だ。

必要事項だけ書いてあるのは、
俺が余計な飾り文句が
嫌いだということを
知っているからだろう。

俺と王太子殿下は
幼いころから付き合いはあった。

顔見知り以上だが、
友と呼ぶほどではない間柄だ。

俺の父と陛下が
学生時代からの友人らしく、
俺も幼少のころから
王族とは関わり合いがあった。

だが、そもそも俺は
友達というものを
持ちたいと思う性格ではない。

王太子殿下とは
何かと顔を見る機会はあったが、
正直、必要最低限のことしか
話さなかった。

そんな俺のことを
王太子殿下も苦手に
感じていたはずだ。

王家とバーンズ侯爵家は
当主同士の友情も
あるだろうが、
利害関係も強い。

俺の父はかつては
この国の宰相をしていた。

父は国力が低下し、
求心力が衰えた王家を支え、
国を繁栄させた功績がある。

その経緯があるから
陛下も俺の父には
頭が上がらない。

なにせ、俺の父は
自分の政敵。

もっといえば、
バーンズ侯爵家と
王家の政敵を
すべて排除して、
その責を取る形で
当時勤めていた宰相職を辞したのだ。

もっとも、
陛下は知らないだろうが、

親父にしたら、
エレミアスを守るために
王家に恩を売る形で
王宮から退き、

愛する妻と息子と
イチャイチャする時間を
確保するために
動いていただけだと
俺は思っている。

陛下はそんなことは
露にも思わず、
父の友情に感謝をし、
バーンズ侯爵家を特別扱いする。

俺が陛下に忠誠を誓わずに
騎士団長をしているのも
それがあるからだ。

バーンズ侯爵家は簡単に
王家を切り捨てる。

そうしないのは
当主との友情があるからだ。

陛下はそう思っているだろう。

だがおそらくだが
父はエレミアスに
何かあれば、王家を。

いや国ですら
簡単に切り捨てるだろう。

バーンズ侯爵家の領地は
広大だが、

俺の父にとっては、
多くの領民よりも
妻と息子、つまり
エレミアスの方が
はるかに大事なのだ。

そして俺は、
王家に忠誠を捧げるほど、
王族を信じてはいないし、
友情も築いていない。

それに。
俺に言わせてもらえば
父と陛下の友情だって
あやしいものだ。

陛下は父との友情を
信じているのかもしれないが、
父はどうなのかわからない。

俺は父の背を見て育ったが、
父は目的のためには
手段を選ばない性格だった。

自分が愛する妻と過ごす
時間をつくるためだけに
陛下に恩を売り、
政敵をすべて排除したぐらいだ。

父は表情をのがうまい。

友情を感じている表情。
息子に愛情を傾けている表情。

どれも必要だから、
父は顔を作り、空気を創る。

しかも普段は感情を出さず、
冷酷無慈悲を言われるほど
表情筋肉を動かさない。

そんな父が、
ここぞ、というときに
表情を作るのだ。

……その効果は絶大だ。

だから父は俺以上に冷酷で、
残忍にもなれる性格だが、
陛下はすっかり騙されて
友情を信じさせられているのだ。

そういう俺ですら、
父の表情には騙されていた。

俺が、父が息子の俺を
愛している表情を作り、
空気を創っていたと気が付いたのは、
エレミアスが生まれたときだ。

父が本当に愛しているのは、
後妻である義母と、
その義母から生まれた子なのだと
父の表情を見て俺は理解した。

と言っても、
俺はそれを不満に思うほど
子どもでもなかったし、

父を非難するほど、
浅慮でもなかった。

ただそういうものかと思い、
そして、その父の血を
俺も確かに継いでいると、
そう思っただけだ。

ただ、俺は俺に
『家族』をもたらしてくれた
エレミアスには感謝している。

そして俺に『感情』を
教えてくれたエレミアスを
守りたいとも思っている。

俺の可愛い義弟は、
何ものにも代えがたい、
大切な存在だ。

立っているだけで、
冷酷だと噂され、
避けられる俺を笑顔で
「好き」などと言い、
抱き着いてくるのは、
エレミアスぐらいだ。

そんな可愛い義弟に
何かするというのであれば、
受けてたつしかないだろう。

「仕方がない、
行くしかないか」

俺は息を吐くと、
椅子から立ち上がった。

王太子殿下の執務室までは
あっという間に着く。

軽くノックをすると、
すぐに返事があり、
俺は扉を開けた。

執務室の中には
王太子殿下しかおらず、
護衛も、秘書官も、
侍従もいない。

「失礼します。
私に御用と伺いましたが?」

「非公式だから、
楽にしてくれていいよ」

と王太子殿下は
砕けた口調で言う。

あくまでも私的な場であり、
これからの話は、
個人的な会話だと
示したいのだろう。

視線でソファーに座るよう
促され、俺は素直に
それに従った。

「それで私……
俺に何の御用です?」

部屋に誰もいないのは、
エレミアスの話をするために
人払いをしたからだと思った。

私的な場所というのであれば、
私、ではなく、
俺、と言ってもいいだろう。

「そんな怖い顔をしないでよ。
あの場にいた妖精さんには
本気で感謝してるんだから」

王太子殿下の砕けたすぎた口調は、
返って不自然にも聞こえる。

緊張しているのか、
それとも怯えている?

王太子殿下が?

「わかってるだろう?
僕も、父も、王家は
バーンズ侯爵家に
手出しをするつもりはないし、

君たち家族が大事にしている
バーンズ侯爵家の天使を
どうこうするつもりもないよ」

王太子殿下は宣言するように言った。

「誓って言う。
王家が、少なくとも僕が
王位継承をして、
僕の世が続く限りは、

バーンズ侯爵家と仲良く
信頼関係を築きたいし、
君たちを害するような真似を
するつもりは、一切ない」

そこまで言われて、
俺は、まぁ、いいだろう、と
視線を緩めた。

別に俺は王家と
やりあいたいわけではない。

王家などいつでも
切り捨てることができるが、
切り捨てた後が面倒なのは
わかりきっている。

俺の殺気が消えたからか、
王太子殿下は浅い呼吸を止め、
ふーっと息を吐く。

「では、殿下。
さっそく要件をお伺いしても?」

秘密の庭の件でないのなら
いったい、なんの用だ?

「うん、じつはさ。
僕の愛するミレットがね、
もう一度、妖精さんと
お茶会がしたいというんだ」

ミレット王女が?

「ちょ、そんな怖い顔をしないてくれよ。

ミレットは可愛らしい
妖精さんをすっかり
気に入ってしまったんだよ。

もう一度会いたいわ、と言うんだ」

愛する者の望みは、
すべて叶えてあげたいものだろう?

その言葉には同意するが、
それにエレミアスが
関わるのであれば、
うなずくわけにはいかない。

「わかっているよ。
あの妖精はバーンズ侯爵家の
秘宝で、体が弱いんだろう?

だから今すぐでなくても構わない。

今日も騎士団に見学に来て
すぐに帰ったようだしね」

この数時間で、
騎士団内のことを
ずいぶん調べたようだ。

「頼むよ。
せっかくミレットと
仲直りができたんだ。

ここでまた拗らせたくない」

その言葉に俺は考える。

ミレット王女の国は
この国よりも大きく、
国力もある。

最悪、恩を売っておけば、
この国を捨てるときに
役立つかもしれない。

「ちょ、今、よからぬことを考えなかったか?」

王太子殿下が俺の表情を
読んだのか、慌てた様子で言う。

さすが腐っても王族らしい。

「わかりました」

「わかってくれたか!」

「……良い返事ができるよう、
善処致します」

「なんで、そこで今、
良い返事を言わないんだよ!」

と王太子殿下はわがままを言うが
まずエレミアスの気持ちが先だ。

あの王女殿下と会っても良いと
エレミアスが言うのであれば、
茶会を許可しても構わない。

「またお返事をさせていただきます。
では、これで」

「え?
もう帰るのか?」

「まだ何か?」

「いや、要件は……それだけだけど」

王太子殿下の声が
だんだん小さくなる。

幼いころからこうして
王太子殿下は俺の前だと
子どものような口調で、
だんだん、声が小さくなっていくのだ。

「では、また」

俺は立ち上がり、
執務室を出る。

部屋の扉を閉めるとすぐに

「なんで会話があんなに
簡潔なんだよー!」

と王太子殿下の声が聞こえてきたが。

俺は無視して、
帰宅準備をするべく、
自分の執務室へと足を向けた。

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