長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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72:子爵令息と仕立て屋・1

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 僕はライリー。
ただの貧乏子爵の次男で
特別なことは何もない。

ただ唯一、特別と
言えることがあるなら、
バーンズ侯爵家次期当主、
エレミアス様と友達だってことだけ。

でも友達ってだけで、
僕が特別な存在ではない。

なのだけど。

「お、おい、ライリー。
ほんとにここでいいのか?」

真っ青な顔で僕を見るのは
幼馴染のサイラスだ。

僕たちの前には
高位貴族たちがこぞって
注文したがるという
一流の衣装店の入り口がある。

ある朝、学院で
エレ様がにこやかに

「兄様がね、
仕立て屋の
紹介状を送ったって言ってたよ。

兄様の紹介だから
何も心配しなくていいからね」

と言ったのだ。

僕とサイラスは
その屈託のない笑顔に
大いに喜んだ。

なにせエレ様の婚約式に
出席するための服がないのだ。

しかも婚約式は王宮で
行われるという。

王宮に行けるような
服なんて持ってないし、
わざわざ仕立てる資金もない。

既製品でもいいから
買いたいと思っていたけど
どこで売ってるのかもわからない。

だって僕やサイラスが
持っている服は、
自分の領地で作られた服で、
一番高級なのは、学院の制服なんだ。

エレ様の話では、
僕たちの話を兄君様にしたところ、
すべて手配済だと言ってもらったらしい。

その意味はわからないけれど、
僕とライリーはエレ様の
婚約式に出席しても
大丈夫な程度の既製品か、
もしくは、古着のようなものを
手配してもらったんだと思った。

今思うと、
何が手配済で、
何が大丈夫なのかを
確認しておけばよかった。

あの時はただ、
憂えがなくなる安堵と、
エレ様の笑顔に
『なんとかなる』って
思ってしまったんだ。

実際にその日は
学院から家に帰ると
バーンズ侯爵家から
手紙が届いていた。

緊張する父の前で
封を切ると、
仕立て屋の紹介状と、
採寸の日時が書かれている
カードが入っていた。

でも、その時も僕は
古着かなにかを
もらえると思っていたから。

「採寸?
古着をもらうだけなのに?」

「あれじゃないか?
バーンズ侯爵家の長男様が
一度、袖を通した服とかを
寸法直ししてくれるとか」

なんてのんきに父と
そんな話をしていた。

それでもすごいことだし、
父なんて、いただいた服は
家宝にして、この家が
つぶれそうになったら
売って資金にしよう。

なんて笑っていた。

そしてその採寸の日は
学院の休日で、
つまり、今日だ。

サイラスに確認すると
同じ日程の紹介状が
届いていたようで、
僕たちは一緒に行こうと
約束をしたのだが。

当日になると、
バーンズ侯爵家の馬車が
迎えに来た。

僕の母は、大きくて
高級そうな馬車を見て
「座ったらダメよ。
椅子を汚さないように
腰を浮かせなさい」なんて
言って僕を送り出した。

気持ちはわかる。

一度、エレ様の屋敷に
遊びに行ったときも
迎えの馬車が来て
僕は同じことを思った。

ちなみに、その時に
僕と一緒にいた父は

「いいからお前は、
走って行きなさい」

と、大きくて逞しい、
そして、うちの居間に
飾ってある家門の盾より
立派な馬具を付けた馬の
横で真顔で言ったぐらいだ。

僕がおそるおそる馬車に乗ると
大きな体を縮ませたサイラスが
すでに乗っていて、
緊張のあまりか
真っ青な顔をしている。

しかも椅子に座らず、
きちんと腰を浮かせていた。

以前も思ったが、
やはりこいつの筋肉と
体幹は凄いと思う。

前回の時も、
サイラスはこうやって
腰を浮かせていた。

前回の時は、
最初は椅子ではなく
馬車の床に座ろうと
していたので、
僕が止めたのだ。

馬車の床に座って
汚れた服で侯爵家の
椅子に座るつもりか、と。

そうしたらサイラスは
「じゃあ、こうする」と
腰を浮かして、
馬車の座席に座る真似をする。

どんなに馬車が揺れても
動かない体は、
さすがとしか言いようがない。

だが、そんなサイラスも
高位貴族のプレッシャーを
感じるぐらいの
繊細さは持っているらしい。

僕は持ってきていた
大きなハンカチを
馬車の座席に敷く。

「あ、お前だけずるいぞ」

僕は前回のことで
学んだのだ。

前回僕も、サイラスの
真似をして、
馬車の取っ手の掴まって
頑張ったが、最後は
力尽きた。

そのことがあり、
エレ様の屋敷に遊びに行ったとき、
つい、騎士になれるかと
不安な気持ちを吐露して
しまったけれど。

エレ様は僕に騎士でも
文官のような書類を
扱う部署があることを教えてくれた。

そこを目指せば、
僕は騎士でも、
自分の能力を生かせるかも
しれないって希望が湧いたんだ。

「サイラスの分もあるぞ」

念のためと、ハンカチは
2枚、用意してある。

だけどサイラスは
「今はいい」という。

「緊張しすぎて、
ただ座ってるだけなんて
絶対、無理」

こういう考え方が
騎士らしいっていうんだろうな。

そうして僕たちは
紹介状を握りしめて
馬車に乗り、
降り立ったところが
ここ、なのだ。

御者は「また終わるころに
お迎えに参ります」と言い、
僕たちを置いて去っていく。

目の前には、
僕の家の玄関よりも
立派な扉がそびえ立っている。

「なぁ、ここ、俺らが
入っていいところか?」

サイラスが不安そうに言う。

「でも、場所は……
あってる、はず」

だって、バーンズ侯爵家の
馬車がここまで
僕たちを降ろしたんだ。

間違っているはずがない。

それでも場違いすぎて、
僕たちは玄関前で立ち尽くす。

すると、扉が開いた。

「ようこそお越しくださいました。
バーンズ侯爵家のご紹介の
方たちでございますね」

僕たちよりもよっぽど
立派で、立ち振る舞いも
段違いな人がうやうやしく
僕たちに頭を下げる。

「どうぞ、こちらへ」

いつも好き勝手に
それこそ傍若無人な
発言をするサイラスでさえ、
不安な顔で固まっている。

なにせ、こちらへ、と
言われた言葉でさえ、
格の違いといえばいいのか、

逆らえないような
圧と言えばいいのか。

とにかく僕たちが
萎縮してしまう空気が
周囲を占領している。

「まぁ、どうされましたの?
いらっしゃいませ、お客様」

扉を開けた店員の後ろから、
年配の女性が現れた。

「エレミアス様の
ご学友の方たちですわよね?」

僕たちはその言葉に飛びついた。

「エレ様を知っているんですか?」

「ええ、もちろんですわ。
私はあの方が幼いころから
ずっとあの方の服を
仕立てさせていただいてますの」

その言葉に僕たちはほっとした。

ほっとしたけれど。

え?
バーンズ侯爵家のお抱えってこと?

お金!
費用はどれぐらいかかるの!?

僕とサイラスは
また別の意味で真っ青になる。

「さぁ、お入りになって」

と言われて僕たちは
震える足を必死で動かし、
なんとか店内に足を踏み入れた。


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