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73・子爵令息と仕立て屋・2
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僕たちがおそるおそる
店に入ると、年配の女性は
歩きながら笑い声を上げた。
「ふふ、緊張されなくても
大丈夫ですわ。
あのお方から、
お二人のことは
くれぐれも不自由の
無いように、と、
申し付けられておりますの。
本日、採寸をして
デザインを決めれば、
2週間以内に仕上げて差し上げますわ」
デザインを決める?
2週間で仕上げる?
ちょっと待って。
既製品とか、古着とか、
そういうものじゃないの?
こんな高級仕立て屋で、
一から仕立てたら、
どうなるの!?
それに2週間で仕上げるなんて
どれだけ上乗せ費用が
かかるのか、想像もできない。
僕たちはいろんな生地や
デザイン画がある部屋に
案内してもらったけれど、
その途中の廊下で、
既製品がトルソーに飾って
あるのを見つけた。
ドレスだったけれど、
そっと盗み見たら
学院に支払っている
学費の5倍ぐらいの
値が付いていた。
貴族学院はそもそも
貴族のためのものなので
学費は結構高い。
僕たちみたいな
貧乏貴族には痛い出費だ。
その5倍だなんて……。
そっとサイラスを見ると
サイラスも値札を
見てしまったのだろう。
魂が抜けた顔をしている。
「さぁ、こちらよ」
と言われて、
あっという間に僕たちの
採寸が始まる。
既製品であの値段なんて
いったい、仕立てたら
どれぐらいの金額になるんだろう。
というか、僕たちは
名前も名乗ってない。
紹介状は見せたけど、
目の前で指示を出す
女性にちゃんと挨拶さえ
していない。
「大丈夫ですわ。
バーンズ侯爵家のご紹介ですもの。
エレミアス様に恥を
かかせるようなことは
致しませんわ」
にっこり、と女性が笑う。
そうか。
僕たちはエレ様の学友で、
でも、それだけだから。
今後、付き合うことは
一切ないと割り切った関係なんだ。
だって子爵子息の僕たちとは
たとえ僕たちが爵位を
継いだとしても、
こんな高級仕立て屋とは
縁遠いことはわかりきっている。
だから名前を名乗らないし、
僕たちのことを聞くこともない。
ただ、仕事をするだけ。
「エレミアス様の婚約式に
出席するための衣装と
お伺いしていますが、
あっておりますか?」
僕たちが頷くと、
女性は満足そうな顔をした。
「では、それに似合うものを
必ずご用意いたしましょう。
あぁ、お値段の心配は
なさらないでくださいな。
バーンズ侯爵家から
ある程度の融資はいただいておりますの」
無料で提供するわけには
いきませんけど、と女性は笑う。
「すべては、バーンズ侯爵家の
意向ですわ。
私たちはそれに従うまで。
それにしても、
羨ましいですわね。
あのエレミアス様のご友人だなんて。
あの方、まるで天使の
ように可愛らしい方でしょう?
私もあのようなお方を
お側で愛でて過ごしたいと
常々思っておりますの」
僕たちは友人で、
エレ様を愛でてるわけでは
ないんだけど。
でももちろん、
そんなことなど言えるはずもなく。
僕たちは服の生地とか
デザインとか、
全く分からなかったから、
何を説明されても
うなずくだけで。
「仕上がりましたら
ご自宅にお送りいたしますわ」
と、請求書が入っているであろう
封筒を持たされて
店を出た。
すると店の前には
すでにバーンズ侯爵家の
馬車が止まって僕たちを
待っている。
至れり尽くせりだ。
でも僕もサイラスも
慣れないことに疲れ果てていて
帰りの馬車は無言で、
座席に座ってしまった。
……お尻にハンカチを
敷くことも忘れていた。
そして。
馬車は魂が抜けた
サイラスを下ろし、
僕のタウンハウスまで
来ると静かに止まった。
馬車の音を聞きつけたのだろう。
家の外まで父と母の
「帰ってきた!」の声が聞こえる。
僕は恥ずかしくなったけれど、
御者にお礼を言い、
馬車が見えなくなるまで見送った。
はぁ、と息を吐き、
玄関を開けると、
父と母が僕を出迎えた。
どうせなら顔を出して
一緒にお礼を言ってくれればよかったのに。
そう思ったけれど、
なにせ相手はバーンズ侯爵家だ。
たとえ御者であったとしても
粗相がないように、
顔を見せないようにしたのかもしれない。
「おかえり」と声がして
顔を上げると、
父と母の後ろに
苦笑した兄の姿がある。
「そんなところで話さないで、
部屋に入ったら?」
という兄の言葉に
全員で居間に向かったけれど。
僕はソファに座るなり、
父と母に何があったのか
話すように迫られた。
僕はとにかく
起こったことを伝えた。
僕の話を聞いて
母が真っ青になり、
父が「請求書の金額を知ってるのか?」
と僕の両肩を掴む。
すると話を聞いていた兄が
まるで他人事のように
「団長が袖を通した服だったら
俺も欲しかったのにな」なんて
とぼけたことを言いだした。
兄はあの兄君様のファンなんだろうか。
僕は握っていた封筒を
父に渡した。
これに請求書が入っていると思う。
そういう僕から
父は封筒を慌てた様子で
奪い取り、けれど、
封筒を開ける指は震えていた。
「あ、開けるぞ」
父の声に僕も母も息を飲む。
「は?」
請求書であろう書類を見て
父が間抜けた声を出した。
僕も父の手元を覗き込む。
そこに書かれた請求金額は、
学院の制服を作ったときよりも
かなり安い金額だった。
「やっぱりな。
どんな作戦でも、
団長殿の指示に
従ったらすべてが
うまくいくんだよ。
俺、この件で団長に
お礼を言いに行こうかな。
団長って、
顔も態度も怖いけど、
なんだかんだ言って
面倒見はいいんだよな。
俺、団長の副官を
目指してるんだ」
これで顔つなぎができる、
なんて兄は大喜びだ。
その隣で父と母が
請求書を高々と掲げて
請求金額が低かったことに
安堵と喜びの声を挙げている。
僕も、心底驚いた。
今後、あのお店で服を
仕立てることは無いだろう。
本来であれば、
一生経験できなかったことを
経験することができた。
それに金額も。
それこそ、
古着をいただけると
思って想定していた
金額よりも低い。
僕はもう、
バーンズ侯爵家に
足を向けて寝られないと思う。
エレ様は天使だとか
言われているけど、
僕にとっては神様みたいなものだ。
もう、エレ様教とか作って
一人で祀ろうかな。
サイラスはきっと信者になってくれると思う。
なんて現実逃避をして。
請求金額の不安が
なくなったせいか、
仕立て屋がどんなだったか、
どんなことをされたのか、
もっと詳しく聞かせろ、
という両親の手をかいくぐって、
僕は、寝た。
もう疲れたんだ。
考えるのは明日にしよう。
そういえば、
僕が考えることを
放棄するなんて久しぶりだ。
なんてことをまた考えて。
明日はエレ様に会えたら
今日のことを報告しようと
心に誓って僕は目を閉じた。
***
余談ですが、この話の中で
一番まともで、それゆえ、
一番苦労してそうな
ライリーがお気に入りですf^^;
常識人だから気苦労している
ライリーを書くのが楽しくて
仕立て屋エピソードが
ちょっと長くなりましたm(__)m
次回からエレ様、再開です。
店に入ると、年配の女性は
歩きながら笑い声を上げた。
「ふふ、緊張されなくても
大丈夫ですわ。
あのお方から、
お二人のことは
くれぐれも不自由の
無いように、と、
申し付けられておりますの。
本日、採寸をして
デザインを決めれば、
2週間以内に仕上げて差し上げますわ」
デザインを決める?
2週間で仕上げる?
ちょっと待って。
既製品とか、古着とか、
そういうものじゃないの?
こんな高級仕立て屋で、
一から仕立てたら、
どうなるの!?
それに2週間で仕上げるなんて
どれだけ上乗せ費用が
かかるのか、想像もできない。
僕たちはいろんな生地や
デザイン画がある部屋に
案内してもらったけれど、
その途中の廊下で、
既製品がトルソーに飾って
あるのを見つけた。
ドレスだったけれど、
そっと盗み見たら
学院に支払っている
学費の5倍ぐらいの
値が付いていた。
貴族学院はそもそも
貴族のためのものなので
学費は結構高い。
僕たちみたいな
貧乏貴族には痛い出費だ。
その5倍だなんて……。
そっとサイラスを見ると
サイラスも値札を
見てしまったのだろう。
魂が抜けた顔をしている。
「さぁ、こちらよ」
と言われて、
あっという間に僕たちの
採寸が始まる。
既製品であの値段なんて
いったい、仕立てたら
どれぐらいの金額になるんだろう。
というか、僕たちは
名前も名乗ってない。
紹介状は見せたけど、
目の前で指示を出す
女性にちゃんと挨拶さえ
していない。
「大丈夫ですわ。
バーンズ侯爵家のご紹介ですもの。
エレミアス様に恥を
かかせるようなことは
致しませんわ」
にっこり、と女性が笑う。
そうか。
僕たちはエレ様の学友で、
でも、それだけだから。
今後、付き合うことは
一切ないと割り切った関係なんだ。
だって子爵子息の僕たちとは
たとえ僕たちが爵位を
継いだとしても、
こんな高級仕立て屋とは
縁遠いことはわかりきっている。
だから名前を名乗らないし、
僕たちのことを聞くこともない。
ただ、仕事をするだけ。
「エレミアス様の婚約式に
出席するための衣装と
お伺いしていますが、
あっておりますか?」
僕たちが頷くと、
女性は満足そうな顔をした。
「では、それに似合うものを
必ずご用意いたしましょう。
あぁ、お値段の心配は
なさらないでくださいな。
バーンズ侯爵家から
ある程度の融資はいただいておりますの」
無料で提供するわけには
いきませんけど、と女性は笑う。
「すべては、バーンズ侯爵家の
意向ですわ。
私たちはそれに従うまで。
それにしても、
羨ましいですわね。
あのエレミアス様のご友人だなんて。
あの方、まるで天使の
ように可愛らしい方でしょう?
私もあのようなお方を
お側で愛でて過ごしたいと
常々思っておりますの」
僕たちは友人で、
エレ様を愛でてるわけでは
ないんだけど。
でももちろん、
そんなことなど言えるはずもなく。
僕たちは服の生地とか
デザインとか、
全く分からなかったから、
何を説明されても
うなずくだけで。
「仕上がりましたら
ご自宅にお送りいたしますわ」
と、請求書が入っているであろう
封筒を持たされて
店を出た。
すると店の前には
すでにバーンズ侯爵家の
馬車が止まって僕たちを
待っている。
至れり尽くせりだ。
でも僕もサイラスも
慣れないことに疲れ果てていて
帰りの馬車は無言で、
座席に座ってしまった。
……お尻にハンカチを
敷くことも忘れていた。
そして。
馬車は魂が抜けた
サイラスを下ろし、
僕のタウンハウスまで
来ると静かに止まった。
馬車の音を聞きつけたのだろう。
家の外まで父と母の
「帰ってきた!」の声が聞こえる。
僕は恥ずかしくなったけれど、
御者にお礼を言い、
馬車が見えなくなるまで見送った。
はぁ、と息を吐き、
玄関を開けると、
父と母が僕を出迎えた。
どうせなら顔を出して
一緒にお礼を言ってくれればよかったのに。
そう思ったけれど、
なにせ相手はバーンズ侯爵家だ。
たとえ御者であったとしても
粗相がないように、
顔を見せないようにしたのかもしれない。
「おかえり」と声がして
顔を上げると、
父と母の後ろに
苦笑した兄の姿がある。
「そんなところで話さないで、
部屋に入ったら?」
という兄の言葉に
全員で居間に向かったけれど。
僕はソファに座るなり、
父と母に何があったのか
話すように迫られた。
僕はとにかく
起こったことを伝えた。
僕の話を聞いて
母が真っ青になり、
父が「請求書の金額を知ってるのか?」
と僕の両肩を掴む。
すると話を聞いていた兄が
まるで他人事のように
「団長が袖を通した服だったら
俺も欲しかったのにな」なんて
とぼけたことを言いだした。
兄はあの兄君様のファンなんだろうか。
僕は握っていた封筒を
父に渡した。
これに請求書が入っていると思う。
そういう僕から
父は封筒を慌てた様子で
奪い取り、けれど、
封筒を開ける指は震えていた。
「あ、開けるぞ」
父の声に僕も母も息を飲む。
「は?」
請求書であろう書類を見て
父が間抜けた声を出した。
僕も父の手元を覗き込む。
そこに書かれた請求金額は、
学院の制服を作ったときよりも
かなり安い金額だった。
「やっぱりな。
どんな作戦でも、
団長殿の指示に
従ったらすべてが
うまくいくんだよ。
俺、この件で団長に
お礼を言いに行こうかな。
団長って、
顔も態度も怖いけど、
なんだかんだ言って
面倒見はいいんだよな。
俺、団長の副官を
目指してるんだ」
これで顔つなぎができる、
なんて兄は大喜びだ。
その隣で父と母が
請求書を高々と掲げて
請求金額が低かったことに
安堵と喜びの声を挙げている。
僕も、心底驚いた。
今後、あのお店で服を
仕立てることは無いだろう。
本来であれば、
一生経験できなかったことを
経験することができた。
それに金額も。
それこそ、
古着をいただけると
思って想定していた
金額よりも低い。
僕はもう、
バーンズ侯爵家に
足を向けて寝られないと思う。
エレ様は天使だとか
言われているけど、
僕にとっては神様みたいなものだ。
もう、エレ様教とか作って
一人で祀ろうかな。
サイラスはきっと信者になってくれると思う。
なんて現実逃避をして。
請求金額の不安が
なくなったせいか、
仕立て屋がどんなだったか、
どんなことをされたのか、
もっと詳しく聞かせろ、
という両親の手をかいくぐって、
僕は、寝た。
もう疲れたんだ。
考えるのは明日にしよう。
そういえば、
僕が考えることを
放棄するなんて久しぶりだ。
なんてことをまた考えて。
明日はエレ様に会えたら
今日のことを報告しようと
心に誓って僕は目を閉じた。
***
余談ですが、この話の中で
一番まともで、それゆえ、
一番苦労してそうな
ライリーがお気に入りですf^^;
常識人だから気苦労している
ライリーを書くのが楽しくて
仕立て屋エピソードが
ちょっと長くなりましたm(__)m
次回からエレ様、再開です。
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