長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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85:はじめての旅

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 僕は馬車に乗ってから、
興奮してばっかりだった。

だって、馬車で旅だよ?

そんなことができる日が
来るなんて、思ったことなかった。

学院に通うようになって、
ずいぶん、体力がついてきたと
思ってはいたけれど。

旅ができる許可を
兄にもらえるぐらいになってたなんて!

でも、学院に通ったのは
僕の体力作りに大きく
関わっていたと思う。

だって僕の教室は3階なんだ。

毎日、階段を3階まで登るんだ。

それにお昼休みや、
教室を移動する授業のときは
また階段を下りて
上らないとダメなんだ。

今まで屋敷の中と庭ぐらいしか
歩いたことのない僕にとって
これはかなりの運動量だった。

でも、サイラスやライリーが
僕の荷物を持ってくれたり
一緒に階段の隅で
休憩してくれたりしたから
僕は頑張れたんだ。

馬車に乗ってしばらくは
僕は興奮していたし、
自分の体力を過信
していたんだと思う。

馬車に乗って、
流れる景色を見ていたら
どんどん疲れてきてしまった。

ガイが膝に乗せてくれたけど、
馬車が王都を出ると、
思ったより揺れて、
気分が悪くなる。

どうしようかと思ったら、
ガイが僕に膝枕をしてくれた。

大きな膝は安心する。

僕はガイに髪を
撫でてもらっているうちに
気が付いたら眠ってしまっていた。

あ、って。
寝ちゃった、って
気が付いて目を開けたら、
知らない場所だった。

びっくりしたけれど、
アンナがそばにいて
「宿屋だ」って教えてくれる。

宿屋だって!
小説でしか知らなかった場所だ。

もう夕方だから
今日はここで泊まって、
外でご飯を食べるっていう。

凄すぎる!

僕は心配性のアンナに
大丈夫、って何度も言って
ガイと一緒に外に出た。

町だ。

見たこともない店が
たくさんあった。

だって、お店っていうと、
家の中にあると思ってた。

なのに、この町のお店は
違うんだ。

ガイが言うには、
屋台と言って、
小さな馬車?みたいな店で

手軽に買って
その場で食べるものを
売っているお店らしい。

美味しそうなにおいがして、
僕も食べたい!って思った。

立って食べている人たちには
驚いたけれど、
僕もその仲間になりたかったんだ。

でもガイが言うには
屋台で売っているものは
どれも旅人仕様になっていて
味が濃くて僕には合わないっていう。

それでも食べたかったけれど、
食べ慣れないものを食べて
体調を崩してしまったら
すぐに王都の屋敷に
戻ることになるって聞いて、
僕は諦めた。

確かに僕はすぐに熱を出すし、
こんなところで体調を崩したら、
過保護な兄が怒って、
二度と屋敷から出してもらえないかもしれない。

かわりに、と連れて来てもらった
食堂は、ものすごくにぎやかだった。

沢山の人たちがいて、
騎士団の食堂を思い出す。

おかみさんは大きな口をあけて
大声で笑う人で、
お客さんたちもそうだった。

僕とガイが婚約したんだよ、
って言ってないのに、
「おめでとう!」って
あちこちから声を掛けてもらって。

「かんぱーい!」って
知らない人たちが、
僕とガイの婚約を祝って
お酒を飲んでいる。

僕は目を丸くしちゃったけど、
雰囲気が楽しくて。

食べたい料理を
少しずつガイにお願いして
食べさせてもらった。

おなか一杯になったら、
ちょっと眠くなる。

あんなに眠ったのに。

ガイに甘えたくなって、
よいしょ、って
ガイの膝に座ったら、
すぐそばでガイと
話をしていたおかみさんが、
「おやまぁ」と笑った。

「可愛らしい嫁さんだねぇ」

「あぁ、そうだろ」

なんて、ガイが笑って、
僕の体を抱っこしたまま
立ち上がった。

「腹が膨れて眠くなったようだ。
おかみさん、ごちそうさま」

「あぁ、来てくれてありがとうよ。
あの子の話も聞かせてくれて
嬉しかったよ」

僕が眠くてぼーっと
している間に、
ガイは先輩騎士さんの様子を
おかみさんに話していたみたい。

「また来ておくれよ」

というおかみさんに
僕もお礼を言って、
ガイと一緒に店を出る。

護衛の人たちが
すぐに席を立って、
ケインが僕のそばに来た。

「エレミアス様、
大丈夫ですか?」

「うん。お腹いっぱい」

僕が笑うと、
ケインがほっとした顔をする。

「バーンズ家ではあまりない
慣れない味つけでしたから」

「心配してくれたの?
ありがとう」

確かに、食べたことがない
味付けだったけれど、
どれも美味しかった。

「あのスープにチーズが
溶けてるの。
あれ、また食べたいな」

「旅から戻ったら
料理長に伝えておきます」

と、ケインと話を
しているうちに
店から護衛の人たちが
全員出てきた。

食事のお金を払っていたらしい。

それに、食べきれずに
残ってしまった料理を
別の容器に包んでもらい、

それとは別に、
大勢で食べられる分量の料理も
作ってもらっていたという。

宿に残っている使用人たちや
アンナのために
ガイが注文していたんだって。

「そっか、ガイ、ありがとう」

僕は自分が美味しくて
満足しちゃったけれど、
こういう配慮も必要だよね。

僕は反省しつつ、
ガイの首にぎゅってしがみつく。

店の外に出ると、
日はすっかり暮れていて、
あちこちの店先には
あかりが灯っている。

そして、少し肌寒い。

そういうことにも
僕は驚いた。

僕はあまり、
暑いとか寒いとか、
考えたことがない。

だって、王都の屋敷は
僕が行く場所は全部
魔石で温度管理がしてある。

馬車の中もそうだし、
学院もそうだ。

日が落ちてから
外出するなんて
今までしたことがなかったから、

夜が寒い、とか
外が寒い、なんて
感じたことがなかったんだ。

これが、、なんだ。

ガイは僕を抱っこしたまま
宿に向かってくれた。

その間、花屋は夕方には
閉まってしまうこと。

夜にはお酒を飲む店ばかりになること。

屋台でもお酒を置く店以外は
閉まってしまうので、

屋台が集まった広場では
夜になると酔っ払いたちが
歌ったり、眠ったり、
時には喧嘩をしたりと
うるさくなること。

いろんなことを僕に
教えてくれながら
ゆっくりと歩いてくれる。

宿の部屋に戻ると
アンナが出迎えてくれた。

護衛の人たちから
料理の包みを渡してもらって、
アンナに「美味しいよ」
と伝えたのだけれど。

アンナはガイに
抱っこされたままの
僕のそばで、鼻を動かした。

「ぼっちゃま、
まさか酒場で食事を?」

「???
先輩のお母さんのお店だよ?」

僕が首をかしげると、
ガイが僕を降ろしてくれた。

「心配ない。
騎士団にいる先輩騎士の
親が営んでいる食堂に行ってきた。

酒も出すから匂いが
ついたかもしれんが、
騎士の家族がやっている店だと
町でも評判の店だ。

おかしな客は来ない」

「そう、でしたか。
それはようございました。

ではぼっちゃま。
湯の準備ができております」

アンナはそう言ってくれるけど、
僕は首を振った。

「アンナは、もう下がっていいよ」

「え。ですが」

「大丈夫、ガイがいるもん。
それよりね。
ご飯食べて。
すっごくおいしかったんだよ。

まだあったかいと思うんだ。
僕ね、アンナにも食べてほしい」

僕がそういうと、
なぜかアンナは、キッと
ガイを強い視線で見た。

なんで??

「……言いたいことはわかる。
だが、エレの望みだ。

自室で食事をして
今日は休んでくれ」

ガイもアンナにそう言う。

するとアンナは僕を見た。

「ぼっちゃま」

「アンナ、どうしたの?」

なんでそんなに真剣な顔をするの?

「アンナの部屋は隣でございます」

「うん」

「護衛のケインも、
隣の部屋でございます」

「う、うん」

「食事はありがたく頂きますが、
何かあれば、アンナは必ず
ぼっちゃまのおそばに参ります」

「う、ん? ありがと」

もう寝るだけだよね?
これから何があるというんだろう。

「必ず、です、ぼっちゃま。
何かあれば声をおあげください。
いいですね。
必ずでございますよ」

何度も念を押すアンナに
僕は首をかしげながら
それでもうなずいた。

それから部屋にいた
護衛たちがアンナに
料理が入った包みを渡して、
アンナと一緒に出て行く。

これから護衛の人たちは
交代で、食事や休憩を
取ったりするらしい。

もちろん、護衛は
夜通しになる。

だから今のうちに
仮眠をとる護衛もいるらしい。

たくさんの人たちが、
皆が僕のために
動いてくれてるんだ。

僕はアンナが
用意してくれていた着替えを見た。

そうだ。
お風呂だ。

「ねぇ、ガイ」

僕はガイを見る。

「一緒にお風呂入ろ!」

僕は一人で髪を洗ったことがない。

だから洗い方を
教えてもらおうと思ったんだけど。

ガイは何故か目を見開いて
固まってしまった。


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