長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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98:お昼寝

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 別荘に戻ると、
僕はすぐに着替えた。

アンナが目ざとく
僕が泣いたことを指摘したけど、
僕はなんでもないって誤魔化した。

だって、兄に知られたら
ケインが言ったみたいに
一生、タウンハウスで
監禁コースになるかもしれない。

アンナは僕の代わりに
ケインを鋭い視線で
見ていたけれど、
ケインには口止めしてるから
きっと大丈夫だ。

僕はさっそくアンナに
お土産の髪飾りを渡した。

アンナは目を丸くして
ものすごく喜んでくれた。

だっていつも感情を
あらわにしないアンナが
小さく悲鳴のような声を挙げて
目にいっぱい涙を浮かべたんだ。

「僕ね、アンナのことが
大好きだから、
アンナにもお土産を
買ってあげたかったんだよ」

アンナに絶対に似合うと思う。

明るいピンクの髪飾りは
小さな花が沢山集まっていて
とっても可愛い。

でも幼い感じじゃないから
僕より年上のアンナにも似合うと思う。

アンナは感激した様子で
何度も僕にお礼を言う。

見かねたケインが
「お腹空きませんか?」って
言ってくれたので、
ようやくアンナは頭を下げるのをやめてくれた。

「昼食の準備を致しましょう」
ってアンナは涙を拭って言う。

でも僕はあんまりお腹は空いてない。

みんなは昼ごはんを
食べる時間だろうけれど、
僕は泣いたからか食欲がなかった。

「僕、ちょっと休むね」

僕の言葉にアンナは過敏に反応する。

「お疲れになったのでしょう。
まずはあたたかいお茶をご用意致します」

僕はガイとケインに
僕のことは気にせずに
ご飯を食べて、ってお願いした。

アンナは僕に甘い
ミルクたっぷりのお茶を
飲ませてくれた。

その後、寝間着に着替えて、
僕はベットに潜る。

枕元には、獅子のぬいぐるみを置いた。

アンナにも下がるように言い、
僕は目を閉じる。

今日は盛沢山だった。

まだお昼を過ぎたぐらいの
時間なのに、
沢山の経験をしてしまった。

迷子だって。

僕が、迷子。

心細かったけれど、
まさか僕が迷子になるなんて。

人が沢山いる町も、
花売りの人たちも、
私設騎士団の人も。

全部初めて見た。

人のものを奪う犯罪者も、
それを取り締まる騎士も。

僕は知識として知っていたけど、
心のどこかで、
そういうのは小説の中の話だと思っていた。

まさか現実にそんな事件が
起こるなんて思ってなかったんだ。

でもキャシーさんの話では
祭りでは良くあることらしい。

僕は『人の悪意』を初めて見た。

犯人が取り押さえられる場面を
僕はただ見ていただけだけど。

怒鳴り声や、ゆがんだ顔。
非現実に思えたそれらは、
落ち着いてくると怖くなる。

これが、 、なんだ。

でも怖いからと
屋敷に引きこもる気はない。

確かに怖いけれど、
僕の隣にはガイがいる。

それにみんな、
ガイもケインも、兄も。

ライリーやサイラス、
ティーナだっての世界で生きている。

そう思ったら、勇気が出る。

僕はもっといろんなことを
経験して、学ばなければ。

目を閉じたまま心に誓う。

と、僕の髪を撫でる手に気が付いた。

目を開けると、ガイがいる。

「っと、すまない。
起こしてしまったか?」

ガイだ。
僕の大好きな人。

「さっきは頑張ったな」

ガイが僕の頭を撫でる。

「知らない町で、
心細かっただろう」

「うん、でもお姉さんが
助けてくれたよ」

「そうだな。
エレは幸運の妖精だからな」

ガイが優しく言う。

この町は治安が良いとはいえ、
それでも、犯罪はゼロではない。

僕みたいな何も知らない子は
あっと今に攫われても
おかしくはないという。

そんな中で、
親切なパン屋の女性と
出会えたのは幸運だったみたい。

僕があの女の人を
引き寄せたわけではないけど、
ガイが僕が幸運体質だからだ、
みたいなことを言って笑う。

僕は否定するのをやめて
ベットの端に移動した。

「エレ?」

「一緒に寝よう?」

昨日みたいに。
今はガイにひっつきたい。

「怖かったか?」

「うん」

嘘は言わない。
だって本当に怖かったから。

ガイはそうか、って
シーツの中に入ってきた。

そして僕の肩を引き寄せてくれる。

僕は甘えたくて
ガイの胸に頬を押し付けた。

「もう、町に出るのは怖いか?」

「ううん、そんなことない。
楽しかったし。
ほんとはもっと見たかった」

「そうか」

優しく髪を撫でられる。

「でも、僕の知らないこともあった。
僕は……誰かが僕を傷つけるかも、
って思ったことがなかったから」

あの犯人が僕に向かってきたとき、
僕は立ち尽くすことしかできなかった。

悪意に満ちた犯人の顔に、
僕は怖くて動けなかったんだ。

それに私設騎士団の騎士も。

あの人は今から思えば
何も怖くなかったのに。

でも犯人の悪意に
さらされた後だったから
僕は怖くなったんだ。

この騎士も僕のことを
傷つけるんじゃないか、って。

騎士なんだから、
そんなことは無いはずなのに。

「僕、あの騎士さんに
あやまりに行かなくっちゃ」

「うん?」

「僕、あの騎士さんが
怖かったんじゃなくて、
あの犯人が怖かったんだ」

なのに、怯えて迷惑かけた。

ガイは大きな手で
僕の背中をとんとん、と
ゆっくり、優しく叩いてくれた。

「大丈夫だ、あの騎士には
俺から説明しておく」

「うん」

ガイが、大丈夫、っていうと
それだけで大丈夫だと
思ってしまうから不思議だ。

「ふふ、ガイって兄様みたい」

「団長?」

「うん。
頼りになって、
安心して、大好き」

「そ、そ、そうか」

ガイは手の動きを止め、
それから僕をぎゅって
抱き寄せてくれた。

「嬉しい言葉だな、
団長と並ぶなんて」

ガイはそう言ってから、
でも、と言葉を続けた。

「俺は……団長じゃないから
兄にはなれない」

すまない、ってガイが言う。

どういう意味?って
思ったら。

ガイが僕のおでこにキスをした。

「俺はエレを愛してるから。
兄として接することはできないんだ」

僕は顔を上げてガイを見る。

「僕も、ガイのこと大好きだよ。
ガイは兄様みたいだけど、
兄弟だなんて思ったことないよ」

僕が言うと、ガイは
そうか、って目を細める。

でも、納得したって感じじゃない。

本当のことなのに。

「ほんとだよ。
だって僕……」

兄とガイを一緒にしたことなんかない。

だって僕は……

「ガイと一緒に、
ねやごとを勉強してもいいと
思ってるもん」

「え。は?
閨? 閨事?」

「そうだよ。
好きな人ができたら
学ぶんでしょ?

僕、今までそういう人が
いなかったから、
何も知らないんだ。

でも僕はガイのことが
大好きだし、婚約者だから
一緒に学べるんだよね?」

「いっしょにまなぶ」

何故かガイがぼんやりと
した口調で反復する。

「ガイ?」

「お、おれと、ねやを?」

「うん、そう思ってるんだ。
兄様と学びたいとは
僕は思わないよ」

僕がそういうと、
ガイは顔を赤くした。

そして僕をぎゅうと抱きしめ
僕の首元に唇を寄せる。

「……嬉しい。
だが、学ぶのは駄目だ」

「ダメなの?」

なんで?って思ったけど、
その疑問はすぐに晴れる。

「俺が教えるから、
他のやつに教わるのは駄目だ」

「ガイは……ねやのこと知ってるの?」

「あぁ。だが俺も知ってるだけだ。
経験はない……から、
エレと一緒に進みたい」

いいか? と聞かれて
僕はもちろん、って答える。

そこから、ガイに
僕がねやごとの話を
どうやって知ったのか聞いてきたので
ティーナの話から、
サイラスとライリーの
『好きな人か婚約者がいないと
学べない』という話をした。

ガイはそうか、と納得したようだ。

「でもガイはいつの間に学んだの?」

「俺は……そうだな。
公爵家として
知識だけは必要だと
教えられたんだ」

そうか。
ガイは公爵家だからか。
王家の血筋だもんね。

「じゃあ、旅行が終わったら
僕にも教えてくれる?」

教科書とかあるの?
って聞いたら、
ガイは首を振った。

「教科書はないが……
ゆっくり学べばいい。

俺がずっとそばにいるし、
焦らなくても大丈夫だ」

大丈夫だ、って耳元で言われて
僕は体の力を抜いた。

ガイの声を聞くだけで
僕は安心してしまう。

大丈夫だって思えてくる。

ねやごとのことも、
何がなんでも知りたいって
わけではなかった。

もちろん、
知らないことを
知りたいと思う気持ちはあったけど。

でも僕がねやごとについて
知りたいと思ったのは
ガイがいたからだ。

好きな相手や
婚約者とだけ学ぶもの。

それをなんでガイと僕は
学ばないの?って思ったんだ。

学んでないと、
いつかガイが僕の
婚約者じゃなくなるのかも、って
不安に思うこともあった。

だけど、ガイが大丈夫だって
言ってくれたから、
きっと大丈夫なんだ。

「ガイ、大好き」

ずっと一緒にいてね、
って言ったら。

ガイは僕を抱きしめたまま
当たり前だ、って言ってくれた。


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