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第2章 街に出てみよう

36話 市場

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 ルバッハ商会を出たら、アッキーがまた手を繋いできた。

 アレクさんに見せつけてるつもりなのかもしれない。

 意外と嫉妬深いのが可愛い。

「アレクさんとは何でもないってば」

「お前は信用ならん」

「いたっ」

 手に爪を立てられた。

「大丈夫だよ、アレクさんにそんな気はないから」

 多分。

 とりあえずアレクさんは僕を通して妹さんを見ているみたいだから、そういうことにはならないと思う。

 多分。
 
「アッキーはこれ以上恋人が増えるのは嫌?」

 自分で聞いといて、そりゃ嫌だよなぁと思う。

「いや、それは構わん」

「えっ!?」

 だから、アッキーの返事が意外すぎておどろいた。

「その点についてはまあなんとなく事情はわかるからな。
 ただ、お前の方から言い寄っていっているのが気に入らん」

 言い寄っていってるように見えたのか。

 いきなり抱きついたりしちゃったからかな?

「分かった、気をつけるね」

「うむ、気をつけるがよい」

 一応機嫌が治ったのか、爪を立てた所を指先で優しく撫でてくれる。

 ちょっと気持ちいい。



「お使いはすみましたか?」

 アレクさんはちょっと苦笑いで見てて、少し恥ずかしい。

 でも、ここはアッキーのためにも堂々と手をつないでよう。

「はい、すみました。
 待たせてしまい申し訳ありません」

「いえいえ、この後は市場を案内するように言われていますけど、それでよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 さあ、とうとう市場だ。

 人もいっぱいいるだろうし楽しみだ。

「では、向かう前に注意とお願いを」

 真顔になるアレクさん。

 僕も真面目に聞こう。

「まず、結構な人通りになりますので、決して私から離れませんように。
 少しでも人混みに流されたらすぐに私を呼んでください」

 迷子になったら戻ってこれる気しないしな。

 頷いた僕を見てアレクさんが続ける。

「次に、今日は目抜きの大通りを通ります。
 並んでいる商店や横道が気になったら必ず私に声をかけてから止まってください」

 これも迷子誘拐対策だな、わかった。

「最後に、ここからは念のため口調を普段のものにさせてもらう。
 俺のことはアレクと呼び捨てで、敬語もいらない。
 君たちのことも敬語無しでやらせてもらうよ……ええと、君は……」

「エルだ」

 アッキー、それエルフのエルだろ。

「エルもそのつもりでいてくれ。
 ハルも悪いが男として扱わせてもらうぞ」

 はい?

 あっ、アレクさんまだ僕が女だと思ったままかっ!?

「あ、あの、アレク、僕男です」

「はっはっはっ、そうだったな。
 そのつもりでいてくれるとありがたい」

 完全に信じてないやつだ、これ。

 アッキーといちゃついてたし仕方ないところもあると思うけど……。

 まあ、とりあえずは困んないし訂正はそのうち落ち着いたときにしよう。

 とりあえず笑いをこらえてるアッキーは後でお仕置き。

「さて、ではそろそろ行こうか。
 いつまでもここで立ち話というわけにもいかんしな」

「は、はいっ!」

 さあ、市場ってどんな感じなんだろう。

 楽しみだ。



 ――――――


 
 人人人。

 とにかく人。

 どこを見ても人。

 ひと目見て思い出したのは、千葉の超有名テーマパークだった。

 道幅的には貴人街の道よりだいぶ広いのに、道の端に並ぶ屋台みたいな小さい商店で狭く見える。

 そんな道を所狭しと人が行き交っている。

 人と言っても人種どころか種族もごちゃごちゃで、僕とほとんど変わらない黒髪の人がいたと思ったら、褐色の肌に銀髪の人もいる。

 ユニさんみたいな馬耳の人がいると思ったら、犬みたいな耳をした人もいる。

 あ、兎耳の子もいた。

 なんか、二本の大きな角が生えた人もいるけど……あれは鹿だろうか?

 他にも僕にはなんだか分からない種族の人たちがいっぱいいる。

 とはいえ人間の人が多くて、人間と人間以外で五分五分って感じだろうか?

 キョロキョロしながら歩いていると、アッキーが僕の方に寄りかかってきた。

「ア……エル?」

 アッキーの顔色が悪い。

「アレク、少し休憩したい」

「ならこっちだ」

 アレクさんについて建物と建物の間の横道に入る。

「エル?大丈夫?」

 人里苦手だって言ってたもんなぁ。

 アッキーにはこの人出はキツいのかもしれない。

「……すまぬ……人混みで乱れたマナに当てられて少し酔った……」

 ああ、そういえばアッキーはマナを感じられるんだっけ。

 人混みでぐちゃぐちゃになったマナを感じすぎて酔っちゃったのか。

 んー……それならもしかして?

 試しに、アッキーと腕を組んで密着してみる。

「な、なんだ?どうした?」

「どう?まだ気持ち悪い?」

「む?…………いや、なんともない。
 ふむ、お前の魔力しか感じないからか」

 なんか僕の魔力常にバンバン出てるみたいだし、前アッキーが近くにいると気持ちいいって言ってたからもしかしてと思ったけど、成功したみたいだ。

「これで大丈夫そう?」

「うむ、これなら問題ない」

 さっきまでの弱々しげな感じはなくなって、しっかりと返事をするアッキー。

「すみませんでした。もう大丈夫です」

「では、大通りに戻るぞ」

 歩きだすアレクさんにアッキーと密着したままついていく。

「むしろ気持ちよくなってくるのが少し問題だな……」

 流石にそこまでは責任持てない。
 
 

 あらためて市場見学をはじめる。

 アッキーとこんなに密着してたら注目を集めるかな?とちょっと思ったけど、そんなことはなかった。

 よく見ると僕たちみたいに密着しているカップルがそこそこ居る。

 大通りには屋台みたいな小さな商店の他に道端に商品を広げているフリマみたいな露天もあって、今僕らはその一つを見ている。

「おっ、坊っちゃん嬢ちゃん、見る目があるねぇっ!
 それは最北の永久氷壁に閉ざされた神山で取れた紫水晶だよ。
 魔除けの魔力が込められててお守りに最適っ!
 どうだい坊っちゃん?彼女にひとつ」

 どうやらこの店主さんは、ローブ姿のアッキーのことを恥ずかしがり屋の彼女とでも思っているようだ。

 流石にこの人混みじゃ僕の臭いとか分かんなくて、女には間違われない。

 店主さんが薦めてくれてるのは紫色の宝石で作られたペンダントトップだ。

 金色の台座によく磨かれた宝石が飾られててなかなか豪華。

「さあ、いくらだ?」

 耳元でアッキーが囁いてくる。

 くすぐったくてちょっと気持ちいい。

「えっと……小金貨5枚?」

 いくつか商店を覗いて分かったんだけど、同じ数字でも結構クセがある人がいる。

 考えてみれば日本でも読みにくい癖字を書く人がいたからなぁ。

 こうやって実地で数字を呼んでみると、色々分かることがあって勉強になる。

 アッキーのおかげでだいぶ数字を読むことに自信が持てた気がする。

「うむ、正解だ。
 こやつは大分文字をつなげる癖があって読みにくいな。
 ちなみに、それは宝石は本物だが金は純度が低いし魔法なんぞかかっておらん。
 小金貨5枚はぼったくりもいいところだ」

 そう言うとアッキーは商品……宝石やアクセサリーを並べている布を見回して。

「そこの銀貨7枚の緑柱石は薄っすらとだが魔力がこもっている。
 あれならお買い得だな」

 えーと、銀貨7枚、銀貨7枚……と、あれか。

 アッキーが言ったのは、緑色の宝石にシルバーの金具が付いてる……ピアス……だと思う。

 片方しかないけどピアスでいいんだろうか?

 アクセサリー詳しくなくてよくわかんないや。

 でも、宝石の色がアッキーの瞳みたいで綺麗だから気に入った。

「じゃ、これください」

 緑色のピアスを手にとって、店主さんに渡す。

 本当は僕のお金じゃないんだし無駄遣いはできないんだけど、アレクさんに長いことお店を覗いたらどんなに安くてもいいからひとつはなにか買うように言われてる。

 そうするのがトラブルよけだと言われたので、素直に従っておこうと思う。

「ふーん、これかい。
 坊っちゃん見る目があるねぇ、また新しいの仕入れてくるからご贔屓に」

 おじさんに銀貨を7枚渡すと、ピアスを投げ渡された。

 って、危なっ!?

「おや、そこの奥さん、それは最北の永久氷壁に閉ざされた神山で取れた紫水晶だよ。
 夫婦円満の魔力が込められててお守りに最適っ!
 旦那さんだってこれつけてたら毎日飛んで帰ってきますよっ!」

「あら、たしかに綺麗ねぇ、これ。
 でも、少しお高くない?」

「へへっ、これは勝てませんわっ!
 小金貨4枚に銀貨8枚、いや、5枚までは下げましょうっ!」

 文句を言おうとしたら、店主さんはもう別のお客さんの対応に行ってしまってた。

 まあ、ちゃんと受け取れたしいいか。

 さて、これどうしようかな。

 綺麗だけど僕がしまっておくだけになるのもなぁ……。

「エル」

「ん?どうした?」

 次の勉強になりそうな露店を探してキョロキョロしているアッキーに声をかける。

「これあげる」

 ピアスをアッキーに手渡す。

「は?」

 アッキーが呆気にとられた顔で僕の顔と手の上のピアスを見比べている。

 もともとアッキーの顔が思い浮かんで買っちゃったものだし、僕なんかよりアッキーが持ってたほうがいいと思った。

「なんだ?これは?」

「アッ……エルっぽいかなーって思って買ったものだし、せっかくだからエルが持っててよ。
 今日のお礼ってことでさ」

「なっ!?か、返せって言っても返さんぞっ!?」

「え?あ、うん、もちろん」

 なんかアクレさんに見せびらかすようにしているアッキー。

 くそぅ、こんなに喜んでくれるならもっといいの買えばよかったな。

 いつか自分の自由にできるお金が手に入ったら、それでなにかプレゼントし直そうと誓った。


 
 ――――――



 一通り大通りを眺め終わって、頼まれていたお土産の買い出しも終わった。

 なんやかんや、イヴァンさんのお土産が一番大変だった。

 はじめ干し肉を買うと聞いたアレクさんが心当たりのお店に案内してくれてたんだけど、道中でイヴァンさんの話をしたら急遽別のお店に行くことになった。

 そこで干し肉……と言うかもはや塩の塊を買ったんだけど、本当にこれでいいんだろうか?

 アレクさんは間違いないと自信満々に頷いていたけど。

「おっと、ごめんよっ!」

「うわっ!?」
 
 そんな事を考えながら歩いていたら、横道から飛び出してきたフードの子供にぶつかってしまった。

 倒れそうになる僕を腕を組んだままのアッキーが支えてくれる。

 そして、ぶつかった子供はアレクさんに地面に押し倒されていた。

 あれ?これって……。

「なにすんだよっ!やめろよっ!誰か助けてーっ!」

 暴れてるその子の懐をアレクさんがまさぐると、見覚えのあるこ汚い革袋を引っ張り出した。

 やっぱり、スリなんだぁ。

 なんかあんまりに典型的なスリでかえって感動している僕がいる。

 スリの子が地面に押し付けられたあと、もしかしてと思って念のため革袋を探してみたけど本当になくなってた。

 暴れていたスリの子は観念したのか大人しくなっている。

 暴れてフードがめくれて黒い犬耳が出てきてる。

 犬人か狼人さんだろうか?

 何事かと見ていた通行人も、それを見て僕たちを避けてではあるけど、普通に歩き出した。

「えっと……アレク、こういう場合はどうなるの?」

 さすがに死罪とかはないだろうけど……。

「スリは初犯の場合は手首に入れ墨を入れることになる」

 スリの子が暴れているうちにめくれた長袖の下から手首のところにある×じるしの入れ墨が見える。

「……えっと、初犯じゃない場合は?」

「利き手の切断だな」

 ひえっ。

「止めてくれよっ!そんな事されたら食っていけなくなっちゃうよっ!」

 アレクさんの話を聞いて再び暴れ出すスリの子。

「小僧、仕事は?」

「アティーノ親方のもとで荷運びの仕事をしてるっ!今日は仕事がなくなって魔が差しちまったんだよっ!
 反省してるっ!反省してるから警邏の騎士に突き出すのは止めてくれよっ!」

「ついてなかったな、私がその騎士だ。
 そのアティーノとやらには私の方からなにか仕事を続けられるように話を通してやろう」

 アクレさんの言葉を聞いて、スリの子は青ざめて大人しくなる。

「……ひっく……騎士様どうか……ひっく……どうかお情けを……。
 ぐすっ……家では5人の兄弟が待っているのです……ひっく……俺が稼がないと病気の兄弟たちが……ううっ……」

 とうとう顔を伏せて泣き出しちゃったスリの子。

 ちょっと見てられない。

 罪はきちんと償うべきだとは思うけど、まだ僕と同じくらい年の子だ。

 この年で片手をなくしたらこの先どうなってしまうのか……。

 それに彼には、彼を待っててくれる家族がいる。

 そう思ったら、体が動いてた。

 アレクさんから革袋をひったくる。

「ハル?」

「ア、アレクさん、この革袋は僕の服の中に入ってました。
 そ、その子は無実です、離してあげてください」

 驚いているアレクさんに通るはずのない言い訳を言い放つ。

 アレクさんはしばらく眉間にシワを寄せて考え込んでいたけど。

「ハルがそれでいいというのなら」

 スリの子を離して立ち上がってくれる。

 よかった……。

 ごめんなさい、アレクさん。

「ありがとうございますっ!ありがとうございますっお嬢様っ!」

 僕の前で土下座をするスリの子。

 なんか色んな意味でいたたまれない。

「あの、全部はあげられないからこれだけだけど……」

 袋の中に残っていた3枚の小金貨をその子の手に握らせる。

 ユニさんにはなんとかして返そう。

 日本の品で物納とかだめかな?

 スリの子はしばらく手の中の小金貨を呆然と見ていた。

 そして、立ち上がると勢いよく僕に頭を下げる。

「ありがとうございますっ!」

 そして、勢いよく頭を上げると同時に僕の顔にツバを吐きかけた。

 え?

「なんていうわけ無いだろっ!バーカッ!!」

「あっ、こらクソガキっ!」

 走って逃げるスリの子を追いかけようとするアレクさんだったけど、僕たちがいるのを思い出して立ち止まる。

 アッキーはツバを吐きかけられるときにはすでに僕から離れてて、今はおかしそうに笑い転げてる。

 マナ酔いになってしまえ。

「ハル……情けをかけることが良いことだとは限らないんだぞ」

「はい……」

 それは分かっているけど、少しは良い事が出来たんじゃないかと思いたかった。

「もし、あいつが反省しないでまた同じことをしでかしたらどうする?
 それどころか、これが原因でもっと酷い悪事に手を染めるかもしれない。
 その時、君は責任が取れるのか?」

「あ…………」

 そんなことまで考えていなかった。

 ただ、可愛そうだと思ってしまった子を助けたいだけだった。

 そのことしか考えていない馬鹿だった。

「そもそも、あれ泣きマネだったしな」

 えっ!?アッキーまじで?
 
「それに、恵んでやったことであやつのプライドもずたずたにしてしまったな。
 ツバ吐きかけられるだけで済んでよかったなぁ」

 ……なるほど、僕は彼を馬鹿にしたのか。

 僕は恵んであげる立場で、彼は恵んで貰う立場だって言ったのか。

 いやぁ、なんにも考えられてないな、僕。

 久しぶりに凹み切るところまで凹んだなぁ。

 ほんと何様のつもりなんだろ?僕。

 あげたお金だってユニさんのお金じゃないか。

「バカで思慮の足らぬ我のハル。
 かわいいかわいい我のハル。
 今日は良い勉強になったな。
 家に帰ったら徹底的に慰めてやるから今は立ち上がれい。
 通行人の邪魔だ」

 いつの間にやらへたり込んでた。

 アッキーに手を貸してもらって立ち上がる。

「うむ、今日は特別だ。
 ユニ坊に小僧たちも呼んで大乱交大会といこう」

 まって、アッキー待って、アレクさんが怪訝な顔してるからちょっと黙って。

 アワアワしている僕をアッキーが優しい目で見てくれてる。

 ありがとうアッキー。
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