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第2章 街に出てみよう

40話 初奴隷

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「お買い上げありがとうございます。
 先程の商品と合わせまして、金貨105枚となります。
 奴隷登録を当方で代行いたしますと、手数料として売買額の1割をいただいておりますが、いかがなさいますか?」

 え?なにそれ。

 そんな話しイヴァンさんから聞いてないけど……。

 あー、そういえば、奴隷売買の実務についてはイヴァンさんも扱ったことないからあまり知らないって言ってたな。

 イヴァンさんが知らないってそんな事ハハハーって笑い飛ばしてたけど、本当にイヴァンさんでも知らないことってあるんだな。

 今日一番驚いた。

「えっと、奴隷登録ってどういうことなんでしょう?」

「奴隷には奴隷の証として右足首に消えぬ刻印を入れることが義務付けられております。
 その刻印を入れ、役所へ奴隷の所有者としての届け出を行うのが奴隷登録となります」

 あー、刻印のことはイヴァンさん言ってたな。

 消えないっていうのが問題だけど、僕がなんとか出来ることじゃない。

「えっと、その刻印っていうのは簡単に入れられるんですか?」

「所有者としての家紋と奴隷としての種別を焼印で押すだけですので、簡単でございます」

 や、焼印か……それはさすがに……。

「しかしっ!当商会で奴隷登録をなされば焼印ではなく、奴隷に負担の掛からない魔法処置にて刻印を入れることが可能でございますっ!」

「ぜひお願いしますっ!」

「まいどっ!」

 このっ、商売上手ぅ♪

「楽しそうだな、お前ら……」

 アレクさんが白けた顔で見てる。

「これは失礼をば。
 では、奴隷登録を当商会で致しますとして、登録料として金貨105枚の1割で金貨1枚以下は切り上げとなりまして、登録料は金貨11枚。
 商品と合わせまして合計金貨116枚となりますがよろしいですか?」

「はい、かまいません」

「ご請求はサクラハラ家でよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

 ん?なんかアッキーが剣呑な目してる。

 ……あ、なんでこの人僕の名前知ってるんだ?

「情報こそ我ら商人の力でございますれば」

 アッキーにお辞儀をしている奴隷商さん。

 そういうことなら、相当な力持ってんなこの奴隷商さん。

「では、こちらの書類にサインをいただけますでしょうか?」

「ちょっと貸してみろ」

 奴隷商さんが渡そうとした紙をアッキーが横からかっさらう。

 字が読めない僕の代わりに読んでくれているんだろう。

 書類に一通り目を通したアッキーが最後にひとつ頷く。

「うむ、なにも問題はなさそうだ。
 サインして良いぞ」

 アッキーのお墨付きなら問題ない。

 サインの件はイヴァンさんから聞いていたので、普通に『桜原春優』とサインする。

 こういう場合のサインは本人の確認のためのものなので、別に他の人に読める必要はないんだそうだ。

「変わった美しいサインでございますな」

「好奇心は猫をも殺すというぞ」

「これはこれは、申し訳ございません。
 さて、それではこれで正式にこの商品たちはサクラハラ様のものとなりました。
 このまま奴隷印の処置に入ってもよろしいでしょうか?」

「えっと、少しだけ待ってもらえないでしょうか?
 まずは、彼らに水となにか軽い食べ物を。
 もちろんお金はお支払いします」

「承知いたしました。
 代金につきましては、登録料の中に含めさせていただきますのでご安心を」

 そう言うと奴隷商さんは、またパンパンと2回手を叩く。

 間を置かずに露出の多いお姉さんが、銀のお盆に水差しとコップ5つ、それにカステラみたいな柔らかそうな焼き菓子を5切れ乗せて入ってきた。

 さっきの『パンパン』でどうして伝わったんだろう?

 お姉さんはお盆を持ったまま近寄ってくる。

 なんか僕の方に。

「えっと、彼らに食べさせてあげてほしいんですが……」

「やれと言われればもちろんやりますが、もはや彼らは貴方様のお持ち物。
 私どもが看病をするとなると別にお代をいただくこととなりますが?」

 なるほど、それはたしかに奴隷商さんの言う通りだ。

 奴隷印の処置とやらにどれくらいかかるか分からないし、彼らはそれまで生きてるか正直自信がないありさまだ。

 とりあえず水だけでも飲ませないと。

 お姉さんからお盆を受け取って、彼らの方へ寄っていく。

 えっと、手枷が邪魔だな。

「あのっ、手枷は外せないんでしょうか?」

「申し訳ありませんが、奴隷印の処置が終わるまでは外せない決まりとなっております」

 それじゃ、仕方ない。

 とりあえずお盆を置いて、コップに水を入れて手に取る。

 そして、頭を床につけたまま動かなくなってしまった叫んでた人に声をかける。

 ……死んでないよね?

「あ、あの、頭を上げてください」

 ゆっくりと顔を上げる叫んでた人……ごめん、すごい失礼だけどAさんと呼ばさせもらおう。

 さっきまでは他の4人よりはしっかりした様子だったAさんだけど、なんか今はもう目がうつろだ。

 頭叩きつけてたのが悪かったんじゃ……。

「あの、水です。飲めますか?」

 反応がない。

 なんかもう限界っぽいな。

 無理やり飲ませるかと思って、コップを口元に近づけると鼻がピクリと動いたあと、手枷をしたままの手で僕の手ごとコップを押さえてゴクゴクと水を飲みだした。

 結構こぼれちゃってるけど、まあ自力で飲めてるようで安心した。

 コップが空になったので、カステラ?を取って、口元に持っていく。

 まだイマイチ状況が分かってない顔をしているけど、うつろだった目は大分しっかりした気がする。

「食べ物です、食べられますか?」

 まだ反応が薄かったので、カステラ?を口元に持っていく。

 Aさんは反射的にといった感じでカステラ?を一口かじると涙を流しだした。

「甘イ……」

「もう大丈夫ですから、食べられそうなら、ゆっくり、ゆっくり食べてくださいね」

「……ありがトウ……ありがトウ……ありがトウ……」

 Aさんは一口食べるたびにありがとうと言いながらカステラ?一切れ食べきった。
 
 とりあえずはAさんはここらへんまでかな?

 あとは弟さんたちだ。

「弟さんにも水と今のをあげても大丈夫ですか?」

「お願いしマス……弟たちヲ……どうカ……どうカ……」
 
 涙を流しながら額を床に擦り付けるAさん。

 あんまり泣くとお水もったいないよ?

「分かりました。
 大丈夫ですよ、みんな助かります」

 その姿を見たら、根拠なんて全く無いけどそう言いたくなった。

「オオオオォ……ありがトウ……ありがトウ……」
 
 みんなまだ生きててくれるといいな……。

「ふむ……。
 ああ、そう怖い顔をなさらないでくださいませ。
 私の頭はこの部屋から出た瞬間部屋の中の出来事は忘れるように出来ております」

 なんか向こうで奴隷商さんとアッキーがやり取りしているのが聞こえる。

 とりあえず、奴隷商さんは僕がこの人達を買ったのは忘れないでほしいな。

 お盆を持って床に横たわったままピクリとも動かない弟さんたちのところへ行く。

 …………明らかにまずいな、これ。

 一応4人共弱々しくだけど呼吸はしているからかろうじて生きてはいるけど……。
 
「アッキーっ!回復魔法とかないのっ!?」

「残念だが、怪我や病気を治す魔法はあるが衰弱をなおす魔法は存在せん」

 そういえばユニさんのときにもそんなこと言ってたな。

 仕方ない、とりあえずは水だ。

 一番小さい子の上半身を抱き上げて口元にコップを近づけてみる。

「飲めますか?おーい、水だよ?みーずー」

 声をかけても反応がないので、頬をペチペチ叩いてみるけどそれでも反応がない。

「アァ……」

 Aさんが絶望の声を漏らしている。

 とにかく水だけでも飲ませないと。

 弟さんの顔を見て少し悩む。

 人間に近い見た目ではあるけど、硬質で緑がかった肌、薄っすらと開いた虚ろな目の虹彩は縦に割れている。

 人間っぽい人間でない種族。

 ま、日本人の僕にとっては彼もユニさんも本質的には変わらないか。

 どちらも日本人ではないこの世界の住民だ。

 コップの水を口に含むと薄く開かれたままの彼の口に口をつけて、直接流し込む。

 水を口に含んで気づいたけど、これスポーツドリンクみたいな味がする。

 奴隷商さんそんなところまで考えて用意してくれたみたいだ。

 唇はちょっと冷たいけど思ったより柔らかくて、嫌悪感は全くわかなかった。

 彼が水を飲み込んだのを確認して、2口目も飲ませる。

 そのまま口移しでコップ一杯を飲ませきった。

 こんなもんじゃ全然足りないだろうけど、とりあえずは次の子だ。

 そうやって、とりあえず4人全員に水差しの中身を全て飲ませきった。

「お姉さん、すみません、もう一回分飲み物をお願いします」

「は、はい、只今お持ちいたします」

 とりあえずは追加待ちか。

 そう思ってみんなの方をみるとなんかみんなして『マジか』みたいな顔してこっち見てた。

 って、あれ?最初に買った公爵家ご子息(仮)さんもいつの間にやら来てるし。

 みんなしてそんな顔で見てないでもいいじゃん。

 仕方ないじゃん、緊急事態なんだし。

 ほら、Aさんなんて弟さんが心配で泣き崩れちゃってるよ。

「えっと、みんなを早いところお屋敷に連れていきたいんですけど、奴隷印の処置って結構時間かかります?」

 考えてみればみんなを運ぶ馬車も用意しないとだし、のんびりしてられないぞ。

 僕を運んできてくれた馬車ってまだあのまま残ってたりしないかな?

「奴隷印の処置には6人でも1刻もあれば十分でございます。
 馬車も今から使いのものを出せば2刻もあればこちらにつくかと思います。
 お急ぎになるのでしたら当商会の馬車をお使いいただいてもかまいません」

 うーん、時間かかるのは困るけど例の馬車が残ってるならあれ使いたいしなぁ。

 アッキーなら早く呼び寄せたり出来ないかな?

「では、お前の店の馬車を使わせてもらおう。
 奴隷商なら7人同時に乗せられる馬車はあるな?」

 と思ってたら、なんかアッキーが話を進めてる。

 なんか考えがあるのか……アッキーから見てもそれくらい時間がないのか。

「もちろんございます。
 ご希望でしたら皆様9人一気に運べる馬車もございます。
 ただし、商品用の馬車となってしまいますが」

「かまわん。
 早急に馬車の用意と、奴隷印とやらの処置を進めるがいい」

「承知いたしました」

 そう言うと奴隷商さんはいつものように、パンパンとふたつ手を叩く。

 これで色々話が進むんだろう。

 そこら辺はアッキーに任せておけば大丈夫だと思う。

 そう思って、僕は戻ってきたお姉さんから水差しとコップを受け取って口移し2巡目を開始するのだった。



 ――――――



 刺繍の入ったまさに魔法使いっ!って服を着た人が僕の奴隷さんたちの右足首に筆で赤い線を引いていく。

「この線の本数で奴隷の種類を表します」

 奴隷印の処置の解説は奴隷商さん直々にしてくれてる。

 まずは子息(仮)さんの足首にクルッと一本線が引かれる。

「1本だけ引かれている場合は一種奴隷、つまりごく一般的な奴隷であることの証明となります」

 次にリザードマンさんたちの足に2本の線が引かれる。

 2本でも1本1本の太さが細くなってて、全体的な太さとしては1本の時と変わらないのが見事だ。

「2本の場合は二種奴隷、つまり、生命に危険の及ぶ仕事もさせられる奴隷の証明となります」

 え?リザードマンさんたちって一般奴隷じゃなかったの?

 本人たちはそこらへんわかってるんだろうか……。

 今はAさんも意識失っちゃったからもうどうしようもないけど、後できちんと本人たちに確認しよう。

「ちなみに3本だと三種奴隷、性的かつ生命に危険の及ぶ仕事をさせられる奴隷となります」

「えっと、性的っていうのは分かりますけど、更に命の危険っていうのは?」

「妊娠は生命の危険がありうることですから」

 あー、なるほど、そういうことで。

「ちなみに、さきほどご紹介したうちの三人も三種奴隷となります。
 お値段は半額にサービスいたしますので、追加でお買い上げはいかがですか?」

 ず、ずいぶん、安くなったな。

 安くなりすぎてなんか怖いので、慌てて首を横に振る。

「残念でございます。
 またなにかおすすめできる商品が入荷いたしましたらご案内させていただきますので、ぜひともご贔屓の程を」

「あ、ありがどうございます」

 社交辞令だと思うけど、カモとして目をつけられたみたいな気がしてちょっと怖い。

「さて、種別表示が終わりましたらあとは、持ち主であるサクラハラ様の家紋を刻印いたします。
 失礼ながら、サクラハラ家の家紋を当商会の方で存じ上げていないため、なにか分かるものがございましたらお示しいただきとうございます」

 家紋?うちの家紋ってなんだっけ?

 お墓に彫ってあった気がするけど、全くおぼえてない。

「えっと、それは今分からないとダメですか?」

「申し訳ございませんが、左様でございます。
 所有者が誰であるかはっきり刻印するところまでが奴隷印でございますので」

 あー、まあそうだよなぁ。

 どうしよう……考えている時間もないし、適当でいいか。

 日の丸とか考えてたら、いつも念のためポケットに入れていたものを思い出した。

「これ、これがうちの家紋です」

 そう言って、ポケットから生徒手帳を取り出して校章を指差す。

 うちの学校の校章は桜をかたどったものだし、桜原家の家紋ってことにしても変じゃないだろう。

「ほぉ、花をかたどった紋様ですかな?
 承知いたしました、こちらを刻印させていただきます」

 そう言うと、奴隷商さんは線を引いた魔法使いさんから筆を受け取ってサラサラと桜の家紋を書いていく。

 すごいな、ひと目見ただけなのに完璧にコピーしてる。

「あとは、これを定着させる魔法を使うだけでございます」

「■■■■■■」

 奴隷商さんがそう言うと、魔法使いさんがなにか呪文を唱えて……筆で書かれた刻印が一瞬光ったと思うと黒く変わった。

「これで奴隷印の刻印は終了でございます。
 書類につきましては本日中に当商会より役所に提出させていただきます。
 こちらがその書類の控えでございます」

 奴隷商さんがパンパンと二度手を叩くと、露出の多いお姉さんがお盆の上に今度は丸められた紙を6枚持ってきた。

「確認させてもらおう」

 アッキーがその紙を広げて一枚一枚確認してくれる。

 本当に頼りになる。

「うむ、問題ない。
 では、これで取引成立だな」

「左様でございます。
 誠に良い取引でございました」

 優雅に一礼する奴隷商さん。

「えっと、それじゃ、早速馬車をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。
 只今ご案内いたします」

 またパンパンと手をたたく奴隷商さん。

 今度は担架を持った屈強な男の人達が入ってきて、リザードマンさんたちを全員担架に乗せて運んでくれる。

 先を進む奴隷商さんについていくと、お店の裏に大きな飾り気のない馬車が停まっていた。

「商品用の馬車のためむさ苦しくて申し訳ありませんが、こちらでしたら皆様全員が乗ることが可能でございます」

 奴隷商さんはそう言うけど、飾り気がないだけで外も中もまるで新品のように綺麗だ。

「うむ、ご苦労。
 御者はこの者がやるのでつけなくて結構。
 乗り終わった馬車もこの者が返しに来るのでそのつもりでいるがいい」

 アッキーに指を差されたアレクさんが『俺?』って顔をしてる。

 だ、大丈夫なのかな?

「承知いたしました。
 場合によってはそのまま馬車停まりに乗り捨てていただければ後日回収いたします」

「いや、必ずこの者が返しに来ることを約束しよう」

 頑なに返しに来るっていうアッキーに、奴隷商さんは黙って一礼する。

「では、屋敷に帰るとしようか」

 アッキーはそう言うと奴隷さんたちを積み終わった馬車の中に乗り込んでいく。

「あの坊っちゃんについていくのはなかなか大変だな」

「あ、あはは……」

 アレクさんに詳しい事情を話すわけにはいかないので空笑いしか出来ない。

「まあ、馬車の御者くらいなら出来るから問題ないさ。
 ハルも早く乗り込みな」

「分かりました。
 アレクさん、お手数おかけしてすみません。
 奴隷商さんも今日はありがとうございました。
 また機会がありましたらよろしくお願いします」

 アレクさんと奴隷商さんに一礼して馬車の中に乗り込む。

 中は左右の壁際に長い椅子があって、そこと床にリザードマンさんたちが寝かされていた。

 椅子の端、入り口すぐにアッキーが偉そうに足を組んで座ってる。
 
 アッキーの向かいには、子息(仮)さんが端から一人分隙間を開けて座ってて、僕を見て手で隣のスペースの埃を払ってくれてるのでそこに座った。

 なんかニッコリ笑われた。

 横になっているリザードマンさんたちはみんな寝ているのか意識を失っているのか、どちらにせよ意識がない。

 だけどみんな顔色は……悪くないんじゃないかなぁ……リザードマンさんの顔色良くわかんない。

 一応、みんな安らかな顔で寝ているから大丈夫なんだと思う。

 ……安らかな顔で死んでないよな?

 みんなの胸が上下しているのを見て安堵のため息が出る。

 この人達が僕の初めての奴隷たちだ。

 まあ、なかなかいい買い物だったんじゃないだろうか?

 僕はそう思うことにした。
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