底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#24 二人のスパダリ

24-2 二人のスパダリ

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煩わしい雑踏の中でも、シャボン玉が舞うように淡い期待が弾ける。
主人に再び手を取られて向かった先は、複合商業施設の最上階だった。エントランスをくぐると、すぐに涼しげな水の波動が感じられる。

「まあ……池袋って言ったら、ここしか思い浮かばなかったんだけどな」
「そんな……嬉しいです!こんなに大きな水族館があったんですね」

最初の展示が目に入った紫音は、透き通った珊瑚の色に感動の声を上げた。

「もしかして、初めてなのか?」

新鮮な反応に、主人は目を細めて問いかける。
どれだけ情けない事実も、恋人に隠すようなことは何も無かった。

「……大学時代はお金無くて友達もいなかったので。SPLASHの皆も他に仕事があって忙しかったから、休みを合わせてゆっくり出かけることもありませんでした」

成人してからも人見知りとネガティブ思考を拗らせていた暗黒期を乗り越え、四人ものメンバーと一緒にステージに立ち続けてこられたのは奇跡に近い。先日のネズミロケが、その切磋琢磨し合った仲間たちと名実ともに初の一日遠出だった。お互いにライバルではあるが、人生で初めて濃密に育まれた友情。輝かしい青春の一コマを思い返していると、優しい手が紫音の頭を撫でた。

「そうか。じゃあ、今日は目一杯楽しまないとな」

のんびりゆらゆらと揺らめくチンアナゴ。星空のように幻想的にきらめくクラゲトンネル。色とりどりの金魚の楽園。底に沈んだ不細工な深海魚も、じっと見れば可愛らしく見える。産毛に覆われたペンギンの赤ん坊からはいつまでも目が離せなかった。
水のさざめきに耳を澄ましていれば、心の片隅を占めていた憂いさえ忘れられた。活動存続問題や、制約だらけの不自由な恋愛。手が触れあいそうな距離で隣に並び、巨大な水槽で魚の群れが自由に泳ぐ様を見ると、不思議と頭を空にすることができる。紫音は時折、神秘的な水面の反射にきらめく端整な横顔を盗み見た。自分のすべてを受け入れてくれる相手と巡り会え、こうして寄り添っていられることもまた奇跡だった。

館内を賑やかす人波の合間から、柱に掲示されていた貸切ウェディングのポスターが目に留まる。純白のタキシードで麗しく微笑む主人の正装姿が思い浮かぶ。付き合ったばかりだというのに、やはり気が急いてしまうものだ。妄念を掻き消すのに、小さな声で般若心経を唱えなければならなかった。すると、二人の頭上のスピーカーからアナウンスが流れ出す。ショー告知の案内で、10分後の開演を告げていた。

「直矢さん、僕たちも行きましょう!」
「わかったから。そんなに急いで転ぶなよ」

紫音は主人のコートの裾を掴み、早足で屋外プールを目指した。
週末のせいで前方の特等席はすでに埋まっている。できるだけステージに近い空席に腰を下ろした時、出演予定のスター達がウォーミングアップを始めていた。おなじみのイルカだけでなく、お目当てのアザラシも演者の一部だ。

「見てください――リアルごまたん可愛いですね!」
「ああ、すごく可愛いよ」

周囲に憚って、紫音は少し抑えた声で感激を露わにする。だが、自分に向けられている熱視線に気づき、マスクの中で頬を染めた。
やがて、艶やかなヒレを滑らせながら前座が登場した。得意げに逆立ちとボール技を披露したアシカに続いて、プールサイドに打ち上げられたのは親子のゴマフアザラシである。
飼育員がアザラシの生態について説明する時、短い前足で匍匐前進する姿に紫音は悶えなければならなかった。見せてくれたのは、前足をばたつかせ、ふくよかな腹を見せて転がるというシュールな芸。会場の空気を和ませるのに十分で、ラストの主役へとバトンを渡された。

猛スピードで水中を旋回していた二頭のイルカが、甲高い鳴き声を上げながら挨拶にやって来る。その場で直立したまま体を回転させたり、フラフープをくちばしで器用に回したりして、驚異的な知能で観客を驚かせた。手拍子を誘うリズミカルな音楽が流れ始めると、いよいよ本番である。波しぶきを上げながらの弾丸のような助走。天井から吊られた赤いボールめがけて、一頭が宙高く跳ね上がった。満員御礼で喜んでいるのか、標的の高さを軽々と超えるハイジャンプで。誇らしげに頭で球を突き、腹を見せながら巨体が水面に叩きつけられた時。予想を上回る大量の水が跳ね上がった。

「――危ない!」

コマ送りの映像のように、飛散した水滴の一粒一粒まで目の前に広がっていく。
しかし次の瞬間、紫音の視界は暗い影で覆われた。代わりに、爽やかなマリンウッディノートの香りに包まれる。

「……大丈夫か?」

休日に彼と会うようになって気付いた、特別仕様のフレグランスだ。
ずり落ちたサングラスの隙間から、少し乱れた前髪が雫を纏い、伝い落ちるのが見える。咄嗟に主人が自分を抱き、庇ってくれたのだと紫音は理解した。

「大変……!ズブ濡れじゃないですか!」

前列の観客も同様だったが、常連なのか水濡れ対策は万全だった。
リュックから取り出したハンカチだけでは、到底間に合わない。すると、近くに座っていた量産型女子グループから悲鳴が上がった。

「いやぁっ!!あのオジ様色気がレベチよ――……!」

しっとりと濡れた髪と長い睫毛。シャツの首元から覗く、海水に浸食された鎖骨。アンニュイな表情の後に閃く、恋人を守れた安堵と達成感の微笑。
会場ごと抱いてしまいそうなほど危険なエロスが、主人の肉体から醸し出されていた。会場の視線が集中する中、失神者が出るのも時間の問題だろう。ただならぬフェロモンに敏感なイルカたちも、水中から顔を出して盛んに求愛の超音波を発していた。アザラシ親子の腹太鼓が追い打ちをかける。
一刻も早く、この無秩序から脱出しなければならない。紫音はすばやく主人を連れ立ち、脱兎のごとく出口へ向かった。

暖かみのあるチーク材の家具、石彫りの小物、シーツに散らばるプルメリア。
バリのリゾートを思わせる空間で、紫音はバスローブ姿の主人の髪をタオルで拭いていた。何度見ても、髪を下ろした姿は溜息が出るほど美しい。会場内の哺乳類を残らず惹きつけてしまうくらいに。

「……直矢さんは、罪な人です」

風邪を引かぬよう丁寧に拭き取りながら、紫音は思いがけず嘆いた。悪戯っぽい口調で、どうして?と問いが返ってくる。こちらの気持ちなど分かっている癖に、本人の口から言わせようとしているのだ。
紫音は照れ隠しにタオルを広げて、柔らかく凪いだ瞳を覆い隠した。

「自慢の恋人だけど、誰の目にも触れさせたくない」

ステージの上で沢山の視線を向けられるようになって、その性質に気付くようになった。
女性からの好意と期待の眼差しが、隣を歩く恋人に注がれる瞬間が増えたことにも。

「妬いてくれているのか、紫音」

今日初めて呼ばれた名前に、胸がきゅっと熱くなる。
周りに気遣ってそうしてくれているのに、一日中ずっともどかしかった。紫音は湿ったタオルの下から覗く、形良い唇をキスで塞いだ。

「……すごく」

口づけの感触に恍惚とした、掠れた声が漏れる。
主人の頬を包み込んだ指先には、劣情の火が灯っていた。

「もっと、呼んでほしいです……名前」

白いタオルが宙を舞い、伸ばされた手が紫音の腰を抱いた。
揃いのバスローブで包まれた肉体は、ゆっくりとダブルベッドに倒れ込む。

「――紫音」

耳元で囁かれた名は、甘美な響きで鼓膜を震わせる。
夢心地の中で、お返しのキスが降り注いだ。高まる鼓動に合わせて、熱い舌が滑り込む。

「んっ……あ……はぁん……」

街中で手を繋いで、食事をして、隣同士で寄り添ってショーを観て。
分かち合った時間で与えられた温もりを思い返せば、腹の奥が自然と疼く。ほんの数回舌先を深く絡め合わせただけで、毛糸の下着の中では洪水が起こっていた。イルカたちの戯れどころではない。

「この間したせいか……まだ柔らかいな……」

蜜口を探り当てた主人は、ふっくらとした感触に驚かされる。数日前も己を受け入れたそこへ、愛おしそうに唇を近付けた。

「……あっ……!?だ、ダメです……きたな……っ!」

躊躇の無い行為に制止の声を上げ、紫音は身を捩ろうとする。だが、主人は両脚をしっかりと抑え、逃さないよう腕の中に捕らえた。

「綺麗だよ……それから、可愛い」

今日言われたのは、二度目か三度目か。
魔法仕掛けの言葉に、紫音は金縛りに遭ったように動けなくなる。巧緻な愛撫に溺れるしかなかった。

「ふっ……!あ、はぅ……ああ……!」
「……っ……やはり……ナカは狭いな」

枕元の潤滑油でさらに解した蕾に、主人は猛った自身を宛がう。揺らぐ理性の中でも、丁重に扱おうとしてくれている気遣いが愛おしい。

「……早く……来て」

忘れられない今日の証を、体の奥に刻みつけてほしい。
太腿に添えられた主人の手に、紫音は甘えるよう指先を絡めた。やはり、大好きな恋人の顔を見ながら愛し合える体勢が一番良い。

「――愛してるよ」

主人は愛の囁きを落とし、鋼のような硬度で一気に貫いた。
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