26 / 139
#6 君のfancy
6-2 君のfancy
しおりを挟む
「残念だな。マコが来るなら電話なんて出なかったのに」
席に戻ったネイサンは、至極落胆した表情で愚痴を溢した。
そこへ、彼のスマホケースからぶら下がったキーホルダーが直矢の目に入る。
「君、そんなポップな物を着けていたか?」
ダイカットされたアクリルには、デフォルメされた男性のイラストがプリントされている。ほぼ毎日のように顔を合わせる同僚の私物に、初めて気付かされた。
「ああ、週末に買ったんだ。それが夢のような体験でね」
ネイサンは食事を進めながら、男子高生のように嬉々として語り始めた。
「渋谷に買い物に行ったんだけど、たまたまライブハウスを通りかかってね。
何の公演か聞いたら、ボーイズグループって言うんだ。入らない理由は無いだろう?」
興奮気味に息巻くネイサンは、新宿二丁目を案内した時と同じ反応をしている。直矢はただ黙って頷いた。
「そしたら、驚いたよ。運命の歌姫に出会ったんだ――それが、この子さ」
宙にかざされたストラップには、凛々しい表情で花を持つ黒髪のキャラクターが描かれている。いかにも着物が似合いそうな和風美人だった。
「カイトって言ってね。私のジャパニーズ・ドリームを具現化したような、ヤマトナデシコさ。一目で恋に落ちたよ」
来日して以来、エキゾチックな東洋の子猫たちに目が無い彼。
アイドルに興味を持つのは時間の問題だと踏んでいたが、ごく自然な摂理で辿り着いてしまったようだ。
「あのな……!恋って、マコはどうするんだ?」
「そこは、ほら――正妻と側室って言うだろう?」
連日店に通い詰める英国紳士の思わせぶりな態度に、どう見てもマコは勘違いしていると言っていい。
咳払いを一つ落としたネイサンは、最早清々しく開き直っていた。
「噂には聞いていた握手会も、初めて経験したんだ。もう感動さ!
清らかな手に触れた時の喜び。ついさっきまでステージに立っていた歌姫と、直接会話できる高揚感――これがジャパニーズ地下アイドルなんだね」
すでに似たような体験を済ませた直矢は、気まずい思いをしながら耳を傾けていた。
手を握るどころか、流れるようにそれ以上の行為に及んでしまったのだ。同僚の前ではストレートだと公言していたものの、この体たらくである。
「……ネイト」
直矢自身が揺らいでいるとはいえ、同僚がショービジネスの餌食になろうとするのは看過できなかった。
「オーディエンスから搾取するのが、彼らのビジネス戦略だとしたら?」
「まぁ、そういう世界だからね。むしろ、公正な競争だと思わないか?」
名だたる世界的企業との取引を手掛け、一流の洞察力を持つ男は、こう判断を下したのだった。
「私たちのアドバンテージと言えば、すなわち金だろう?
他のファン達よりも多額の献金を積み上げ、競い合った末に愛を勝ち取る合理的なシステムだ。まさに、トロフィーワイフさ」
「……一度会っただけで、結婚も視野に入れているのか?」
「もちろん、本気だよ。それにね、持てる者は与えるべきだ。慈愛の精神さ」
ややクレイジーだが、ネイサンの言葉には理にかなっているような説得力があった。生まれながらにして裕福な、彼ならではの美徳ではあるが。
「彼らはファンを喜ばせるための創意工夫をしているよ。
パフォーマンスもDランド並みに先進的でね。公演中に、ウォーターガンを発射するんだ!最前列にいたおかげで、ズブ濡れになってしまって――……」
そこまで聞いて、直矢はスープを飲む手を止める。とてつもなく、嫌な予感に駆られたせいだ。
「なあ、君は何ていうアイドルのライブを見に行ったんだ?」
「ああ、何だったかな――カイトのSNSを見れば……ビンゴ、SPLASHだ!」
予感は見事に的中する。
直矢は喉を詰まらせ、ミネストローネを盛大に吹き出した。
「Wow! 君が吹いてどうするんだい?」
「いや……すまない。何でもないんだ」
ナプキンで口元を拭いながら、直矢は苦笑する。
まさか、同僚と同じ空間に居合わせたとは思いもよらなかった。よりによって、相手は最前列で、自分は最後列だったとは。渦中の人物まで同じではなかったのも、救いだった。
「ナオも推しか好きな子を作るべきだよ。ねえ、僕の可愛い人?」
メイン料理を運んできたマコは、恥ずかしそうに微笑むばかりだった。
全ての英語は伝わっていないだろうが、ハニーぐらいは聞き取れるだろう。
「Hmm……二人まとめて英国に連れて帰りたい気分だよ。何なら、一緒に共同扶養でもどう?」
「……面白いアイデアだけど、遠慮しておこう」
ネイサンは立ち去る給仕の尻を見つめながら、無理難題を言い放った。そして、妙案を思いついたように誘うのだった。
「今週末のライブ、一緒に行こうよ。どうせ家で仕事か接待ゴルフなんだろう?」
図星も相俟って、直矢は再び咳き込んだ。
羽を伸ばしにオフィスを出て来たというのに、逆に寿命が縮んだ心地だった。
「ゴホゴホッ!ああ……まぁ、考えておくよ」
席に戻ったネイサンは、至極落胆した表情で愚痴を溢した。
そこへ、彼のスマホケースからぶら下がったキーホルダーが直矢の目に入る。
「君、そんなポップな物を着けていたか?」
ダイカットされたアクリルには、デフォルメされた男性のイラストがプリントされている。ほぼ毎日のように顔を合わせる同僚の私物に、初めて気付かされた。
「ああ、週末に買ったんだ。それが夢のような体験でね」
ネイサンは食事を進めながら、男子高生のように嬉々として語り始めた。
「渋谷に買い物に行ったんだけど、たまたまライブハウスを通りかかってね。
何の公演か聞いたら、ボーイズグループって言うんだ。入らない理由は無いだろう?」
興奮気味に息巻くネイサンは、新宿二丁目を案内した時と同じ反応をしている。直矢はただ黙って頷いた。
「そしたら、驚いたよ。運命の歌姫に出会ったんだ――それが、この子さ」
宙にかざされたストラップには、凛々しい表情で花を持つ黒髪のキャラクターが描かれている。いかにも着物が似合いそうな和風美人だった。
「カイトって言ってね。私のジャパニーズ・ドリームを具現化したような、ヤマトナデシコさ。一目で恋に落ちたよ」
来日して以来、エキゾチックな東洋の子猫たちに目が無い彼。
アイドルに興味を持つのは時間の問題だと踏んでいたが、ごく自然な摂理で辿り着いてしまったようだ。
「あのな……!恋って、マコはどうするんだ?」
「そこは、ほら――正妻と側室って言うだろう?」
連日店に通い詰める英国紳士の思わせぶりな態度に、どう見てもマコは勘違いしていると言っていい。
咳払いを一つ落としたネイサンは、最早清々しく開き直っていた。
「噂には聞いていた握手会も、初めて経験したんだ。もう感動さ!
清らかな手に触れた時の喜び。ついさっきまでステージに立っていた歌姫と、直接会話できる高揚感――これがジャパニーズ地下アイドルなんだね」
すでに似たような体験を済ませた直矢は、気まずい思いをしながら耳を傾けていた。
手を握るどころか、流れるようにそれ以上の行為に及んでしまったのだ。同僚の前ではストレートだと公言していたものの、この体たらくである。
「……ネイト」
直矢自身が揺らいでいるとはいえ、同僚がショービジネスの餌食になろうとするのは看過できなかった。
「オーディエンスから搾取するのが、彼らのビジネス戦略だとしたら?」
「まぁ、そういう世界だからね。むしろ、公正な競争だと思わないか?」
名だたる世界的企業との取引を手掛け、一流の洞察力を持つ男は、こう判断を下したのだった。
「私たちのアドバンテージと言えば、すなわち金だろう?
他のファン達よりも多額の献金を積み上げ、競い合った末に愛を勝ち取る合理的なシステムだ。まさに、トロフィーワイフさ」
「……一度会っただけで、結婚も視野に入れているのか?」
「もちろん、本気だよ。それにね、持てる者は与えるべきだ。慈愛の精神さ」
ややクレイジーだが、ネイサンの言葉には理にかなっているような説得力があった。生まれながらにして裕福な、彼ならではの美徳ではあるが。
「彼らはファンを喜ばせるための創意工夫をしているよ。
パフォーマンスもDランド並みに先進的でね。公演中に、ウォーターガンを発射するんだ!最前列にいたおかげで、ズブ濡れになってしまって――……」
そこまで聞いて、直矢はスープを飲む手を止める。とてつもなく、嫌な予感に駆られたせいだ。
「なあ、君は何ていうアイドルのライブを見に行ったんだ?」
「ああ、何だったかな――カイトのSNSを見れば……ビンゴ、SPLASHだ!」
予感は見事に的中する。
直矢は喉を詰まらせ、ミネストローネを盛大に吹き出した。
「Wow! 君が吹いてどうするんだい?」
「いや……すまない。何でもないんだ」
ナプキンで口元を拭いながら、直矢は苦笑する。
まさか、同僚と同じ空間に居合わせたとは思いもよらなかった。よりによって、相手は最前列で、自分は最後列だったとは。渦中の人物まで同じではなかったのも、救いだった。
「ナオも推しか好きな子を作るべきだよ。ねえ、僕の可愛い人?」
メイン料理を運んできたマコは、恥ずかしそうに微笑むばかりだった。
全ての英語は伝わっていないだろうが、ハニーぐらいは聞き取れるだろう。
「Hmm……二人まとめて英国に連れて帰りたい気分だよ。何なら、一緒に共同扶養でもどう?」
「……面白いアイデアだけど、遠慮しておこう」
ネイサンは立ち去る給仕の尻を見つめながら、無理難題を言い放った。そして、妙案を思いついたように誘うのだった。
「今週末のライブ、一緒に行こうよ。どうせ家で仕事か接待ゴルフなんだろう?」
図星も相俟って、直矢は再び咳き込んだ。
羽を伸ばしにオフィスを出て来たというのに、逆に寿命が縮んだ心地だった。
「ゴホゴホッ!ああ……まぁ、考えておくよ」
41
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる