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#17 ニューヨークのため息
17-4 ニューヨークのため息
しおりを挟む火元は一件のツイートだった。
投稿者のユーザー名は≪松濤マダムのため息≫。
優雅な暮らしぶりの傍ら、資産家の夫や息子の嫁に対する辛辣な愚痴を日々発信し、フォロワー102万人以上を誇るメガ級インフルエンサーだった。そんな影の大物が、家政婦との買い物で偶然にも商店街のイベント会場を通りかかったらしい。
【奇跡の一枚】と題して添えられた写真には、ファーストステージで天使が水をかけ合う姿が収められていた。はしゃぎすぎてシャツの胸元がご開帳し、白日の下に不可侵領域が晒された、ほんの一瞬の出来事を。
『乳首綺麗すぎて草』
『形、色ともに芸術的』
『待って 顔も可愛くない?』
『待ち受けにするね』
『明日の活力』
『日本の宝』
いいね8桁を超える破竹の勢いで拡散され続け、連日トレンド入りを果たした結果、海外のネットニュースでも【今旬の小悪魔ジャパニーズアイドル】として紹介された。某有名野球選手夫人出産のニュースを差し置いてである。
本人、そして所属ユニットのアカウントに認証マークが付与されるのに、そう時間はかからなかった。ママ友たちの間で小規模に愛でられていたイベント当日の動画は、急増した新興ファンの手によって一つ残らず発掘された。
冬先でも薄着で街頭に立ち、全力で放水パフォーマンスを楽しむアイドルたち。老若男女問わずファンサに応える姿は、疲弊した現代人の庇護欲を搔き立てた。株価暴落、特殊広域詐欺、備蓄米争奪戦など暗いニュースが続く不景気の中、彼らは一躍、慈しむべき光の寵児となったのだ。長い間、地下で活動を制限されていたというエピソードも人々の憐情を誘った。
特にスポットライトが当たったのは、【奇跡】として資産家マダムを唸らせた紫音その人である。
腹を空かせた子猫のような垂れ目と泣きぼくろがチャーミングな困り顔に、無限の可能性を秘めた小悪魔ボディ。キュートとセクシーの両属性を兼ね備えた、ミスディレクションの塊。しかしながら、ユニット内で最も不遇という事実に、支援の手が殺到したのである。
キャリア初期から彼がフィッティングモデルを務めたZAZATOWNでは、着用アイテムが一着残らず即完売。過去の出演歴をさかのぼった特定班による、努力の賜物と言っていい。この未曽有の経済効果により、CMのオファーが押し寄せたようだった。
不幸な通行人やゾンビ役として出演した作品では、『死に顔まで尊い』とSNS上で大絶賛。これも、メディア各方面での露出が増えるきっかけとなった。
さらに、話題性は国内だけにとどまらない。
世界最旬の顔として、紫音は国際的なラグジュアリーブランドのアンバサダーに抜擢されたばかりだった。
「ついこの前商店街のステージで踊っていたあの子が、Digorのミューズに選ばれるなんて。まるで、おとぎ話のプリンセスみたいだね」
「……ああ、そうだな」
二人はソファ席でキッシュプレートをつつきながら、一台のノートパソコンを共有していた。少年のように瞳を輝かせるネイサンの向かい合わせで、直矢はうわ言のように呟いた。
「本当に……夢みたいだ」
まだ雲の上を飛んでいるようで、放心状態で人参サラダを頬張っている。
だが、無意識のうちに直矢の手は動き、今朝配信されたばかりのインタビュー動画をクリックした。アンバサダー就任に際して企画された、紫音本人とファッションプレス関係者との対談である。
メゾンを象徴するペールピンクを背景に、バストショットが柔らかなライティングに包まれていた。
『紫音さん、日本人初のグローバルアンバサー就任という一大快挙。本当におめでとうございます』
『あ……ありがとうございます。今でもまだ信じられなくて、夢を見ているようです』
プロのヘアメイクのおかげで大人びて見えたが、はにかみ笑いは健在だ。
『たしかに、地道に地下アイドルとして活動されていた生活が一変。まさに、シンデレラストーリーですね』
境遇を的確に表した一言に、紫音は苦笑しながらも目元に緊張を滲ませた。
『正直、大きな変化に戸惑ってばかりですが……目の前のお仕事を一生懸命頑張りたいと思います』
そんな謙虚さをインタビューアは誉め、オファー実現の背景に触れた。
『話題の【奇跡の一枚】ですが、Digorの現ディレクターであるジャン・アンダースンの目に留まったことでオファーにつながったとか。
自分をさらけ出す勇気に、大いに胸を打たれたとのことですね』
さらけ出したモノは淫ら極まりないが。
ようやく現実味を感じながらも、直矢は感動的な秘話に水を差すことは憚れた。彼を構成する愛らしいパーツが、一挙にスターダムに押し上げたのだから。
『僕はずっと自分の容姿にコンプレックスを感じていました。
子供の頃、アイドルに憧れていたんですが……クラスメイトに女子みたいな顔だから無理だって、否定されたことがきっかけで。
そこで、一度は夢を諦めたのですが、縁あってこうしてアイドルに挑戦できるようになって……』
苦い記憶のせいか、紫音は目を伏せて静かに続けた。
『あの日は嬉しい出来事が重なって……その、ほんの少し自分の殻を破れたというか……ステージを心から楽しむことができました。
そういった経緯に、ジャンさんは共感を持ってくれたそうです』
あの時、目の前であんな風に感じていたとは。
それどころか、直矢は彼の過去の挫折や苦悩を知る由も無かった。しかし、微かに曇った表情が晴れやかになるのを見て、情報過多で混乱していた心は解けていく。
『今回のキャンペーンでは、ジェンダーニュートラルなお顔立ち、そしてダンススキルを最大限に生かせたものとなっていますね』
『パリの振付師の方に来日していただき、初めてコンテンポラリーダンスに挑戦しました。
キャッチフレーズの【君が知らない僕になる】ですが……本当に、自分でも知らない僕に変身した気分でした』
『初めてだったんですね!バレエの一幕かと思うくらい、幻想的な世界観で見入ってしまいました。
持ち前の小悪魔的な可愛さがグッと洗練されたヘアメイクで、蛹から蝶に変身されたようでしたね』
壮大なスケールで語る彼は、もはやステージの後方で歌って踊るだけのアイドルではない。
彼女の言う通り、『変身』という言葉がふさわしい。広告は完成された映像美で、やはり話題をさらっているようだった。
『コスメ広告の枠組みを超えて、ありのままの自分の容姿を称えるというムーブメント――#CelebrateBeingYouが世界中で沸き起こっています。影響力の大きさが伺えますね』
インタビューの締めくくりも、彼らしい言葉選びだった。控えめで慎み深く、万物への優しさに溢れていた。
『今回は素晴らしいプロモーションに参加できて、光栄に感じています。
この作品を見たあなたが……一歩踏み出す勇気を持ってくれれば嬉しいです』
帰宅した直矢を待っていたのは、耐えがたい静寂だった。
床には埃一つ落ちておらず、入居時同然に清潔に保たれていた。リビングのテーブルには一通のメモが置かれている。何気なく内容を見た直矢は、思わずお土産の紙袋を落としてしまう。
【おかえりなさい!】
ただし、メッセージを書いてくれた本人は不在だった。
泊まりがけで世話をしてくれた夜のように、主人を出迎える笑顔はない。メモに踊る、手書きの丸文字は、堰き止めていた感情の引き金を引いた。
床磨きにしても、ダンスの練習につけても、何事につけても努力を惜しまなかった彼の才能が、ようやく見出されたのだ。あの日は相応の評価に値するステージだった。
喜ばしいことだと帰路で何度も言い聞かせたが、それを上回るものがあった。
疎外感というべきか。
目の届かないうちに、彼は自分の知らない存在になってしまったのだ。狭い世界で慈しんでいたものが、急に自分の手元から飛び去ってしまった。遥か地上に取り残された者の虚しさだ。
予想通り、直矢が昨日空港のラウンジで送ったメッセージは未読のままだった。
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