底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#21 プリンス襲来

21-2 プリンス襲来

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青年はエスコートの手を一度引くと、おもむろにポケットをまさぐる。
そして取り出した固形物を、獰猛に開かれた口内に放り込んだ。途端にプリンはクンクンと甘えた鳴き声を上げ、威嚇していた標的の足元にすり寄る。安心無添加の犬用バームクーヘンをお気に召した様子だ。

不測の事態に備えるだけでない。
つい先週SPLASHファミリーに加わった新メンバーの嗜好をも見抜いている。高度な危機対応能力と用意周到さに、直矢は非凡なオーラを察した。
さらに、流れるような所作で後ろ手から出されたのは、武器とは程遠いものだった。両腕では抱えきれないほどのボリューム、なおかつ当然のように統一されたシックなアンティークパープルが美しい。見事なバラ50本の花束だ。

「いやああああああああっ!あれ何てスパダリ!?」

ようやく正気を取り戻した女性ファンたちが、一斉に戦慄する。
夢見る乙女の類であれば、一生に一度は体験したい台詞とシチュエーションだろう。
だが、甘いマスクを隠れ蓑に、強引に連れ去ろうとしているのは間違いない。二人の関係性は不明だが、紫音の当惑した表情がすべてを物語っている。だが、純粋培養で育った天使は、疑いもせず好意を受け取ろうとしていた。

全国生中継されている今、極力穏便に退場願わなければならない。カメラに映るリスクを考慮する暇は無かった。直矢は三角コーンを打ち捨て、捧げられた花束の前に立ちはだかった。

「――こういった大型の贈呈品は、事前に相談していただかないと困るのですが」

神経質に釣り上がった双眸を、直矢は臆せずに見据えた。
数多の交渉術を身に付け、親族が暴力団組長と露呈した今(番外編を参照)、どんな素性の人間とも渡り合える自信はあった。

「な……直矢さん……!」

直矢が屈んで立ち上がらせると、紫音は安堵したように背広の裾を掴む。
子羊の不安を悟った直矢は、毅然とした態度で盾となった。

「それは大変失礼しました。花が新鮮なうちに届けたかったので」

青年は対外用とも言える微笑で、形式的な謝罪を述べる。
花束を届けるだけのために、ヘリで生放送に乱入するヤツがいるだろうか。まともな感性を期待できそうにない。

「あ、あの……ごめんなさい、どちら様でしょうか?」

紫音は可憐な顔立ちを覗かせ、もっともらしい問いを投げる。拒絶とも取れる言葉に、青年は少しも動じなかった。

「ああ、覚えてないのも無理ないか。18年ぶりだしね」

照明、クレーンカメラ、ブームポールを操作するスタッフ、色めきだつギャラリーは固唾を呑む。
衆目の前でも青年は落ち着き払い、むしろショーを楽しんでいるようだった。

「南阿蘇東小二年一組、桐谷辰彦きりや たつひこ。久しぶりだね、しーちゃん」

直矢の背後で静かに息を呑む音がした。
青年の名前と古い愛称を耳にして、無垢な瞳はきらきらと輝き出す。

「もしかして……昔よく遊んでくれた、たあくん!?」
「良かった、思い出してくれて!やっと見つけられた」

直矢のポーカーフェイスは決壊寸前で保たれていた。
新婚夫婦が互いを呼び合うような二人の親密さに、動揺を隠せない。会話を弾ませる二人とおやつをねだる一匹をよそに、直矢のIQは急降下していた。

(しーちゃんと……たあくん、だと……?)

ランドセルを背負って花畑で追いかけっこをする、幼い日の二人の姿が脳裏に浮かぶ。旧知の間柄が証明された青年は、勝ち誇った様子で直矢に向き直った。

「そういう貴方は?紫音のマネージャーさんですか?」
「……!俺は――……」

部外者を糾弾するような眼差しに、直矢は言葉を詰まらせた。
チケット争奪戦に敗北し続け、ファンとして現場で金を落とすこともできず、主人として経済面で援助することもできていない。
関係を定義する単語が見つからず、直矢が拳を握りしめた時だった。

「たあくん!この人は――……」

心許ない声を遮り、夜空を突き抜ける咆哮が上がった。

「――しっ……紫音きゅんのTOティーオーです!」

死屍累々の乙女がうごめく群衆から、一人がやおら身を起こした。
ずり落ちた眼鏡、恰幅の良い腹周り、着古して色褪せたチェック柄のシャツ。ヘリの風圧に蹂躙されてもなお、男は不死鳥のように立ち上がる。

「その御方は……っ、紫音きゅんが細々と頑張っている頃から、類まれな貢献をされておられました!」

未だに名前も知らないが、直矢はその外見に見覚えがあった。
直接会話した記憶はない。しかし、現場で同じ時間と空気を分かち合った戦友の熱弁を、カメラが捉えていた。

「彼こそ、初代応援団三人衆のトップに君臨する方ですぞ!!」

その勇姿は、かの名画≪ミノタウロスを殺すテセウス≫のキャンバスには描かれずとも、影で暗躍するポセイドンそのものだ。
TOトップオタ――不意に与えらえた称号に、直矢は胸を打たれる。だが、感傷に浸る時間までは許されなかった。屋上へ繋がるエスカレーターから、続々と取材陣が駆け上がってきたのだ。

「報道タイムズ芸能デスクです!御三方の関係について、詳しくお聞かせいただけますか!?」
「紫音さんと桐谷さんは、地元熊本での幼馴染ということですね!?」
「桐谷辰彦さんと言えば、若手イケメン経営者の≪牛乳王子≫でお間違いないでしょうか!?」

テレ夕専属のリポーターだけでなく、生放送を見た各局の班が押し寄せてくる。だが、彼らの主な関心は、輪の中心の二人へ集中していた。容赦無い人波に揉まれ、一瞬の抗力で直矢は外野へ押しやられてしまう。伸ばされた紫音の手は宙を掴み、月明かりの下で悲痛な瞳が遠ざかっていく。役目を思い出した警備員が整理に乗り出すが、明らかに人員が足りない。

「それでは、一旦スタジオへお返しします!引き続きFステ大晦日スペシャルをお楽しみください!」

事態を収拾すべく、散り散りに後退していた四人が中継カメラの前に集結した。
その間に人ごみを掻き分けて、直矢の腕を掴んだ手があった。番犬が倒したフェンスに後頭部をぶつけて、気絶していたマネージャーだった。

「ひとまず非常口からお帰りください!別の人間が案内しますので」

機材の後ろに身を隠した後は、誘導灯の下を目がけて並走する。戸口では、サングラスをかけたパンツスーツの女性が出迎えた。

「……せっかくお越しいただいたのに、巻き込んでしまって申し訳ありません」

防火扉を閉める直前、マネージャーは申し訳無さそうに頭を下げた。

「いや……どうか紫音をよろしくお願いします」

四人の仲間とマネージャーの力を信じて、身の安全を願うしかない。
直矢は後ろ髪を引かれたが、撤退しか道は残されていなかった。一般人の自分が再び出ていったところで、余計な混乱を招くだろう。不用意な発言で、苦心して築き上げた名声に悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。

「駐車場までかけてください」

直矢は指示通りに、渡された変装用のサングラスを装着する。非常用階段を三階分降りたところで、紛糾する副調整室の横を通り過ぎ、何食わぬ顔で機材運搬用の大型エレベーターに乗り込んだ。
外国車がひしめく地下の駐車場では、すでにバンが用意されていた。後部座席はフルスモーク仕様である。
環状三号線の渋滞を抜けた先で、運転席の女性はようやく素顔を見せた。

「とんだ災難でしたね」
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