Beyond the Soul ~魂の彼方へ~ ライトノベルリファイン

ぐれおねP

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序章:夜が明けない街で

第4章 特性変異人(とくせいへんいじん)

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第4章 特性変異人(とくせいへんいじん)

ありさは、薄れゆく意識の中で見た。
――あんずが、獲物を変えた二匹の獣に向き合う姿を。

あの優しい子が、まるで別人のような眼をしていた。

獣の唸り声が重なる。
地を蹴る音、肉を裂く風の音。
だがあんずは、動かない。

いや、動かさない。

(……あんず、逃げて……!)

心の声は届かない。
ありさの指先は動かず、声も出ない。
ただ見ていることしかできなかった。

(見えない相手なら……感じるしかない)

あんずはゆっくりと目を閉じた。

格闘技を学んだ者が“気配”を読むために行う、あの集中の型。
空手の呼吸、静と動の境界線。

(チャンスは一度きり。失敗したら、私も、ありさも……死ぬ)

身体の震えが止まる。
恐怖が薄れ、代わりに静かな闘志が湧き上がる。

(守りたい。……あの笑顔を、絶対に)

そして――
あんずは、目を開いた。

その瞬間。

視界の色が、変わった。
闇が透け、時間の流れが遅く見える。
自分の身体が軽く、空気すら掴めそうなほど。

(――これが、“力”……?)

あんずの両足が地面を蹴った。

――風を裂く。
――骨が砕ける。

音すら追いつかない速さで、一匹の魔狼が宙を舞った。
もう一匹は、地面に叩きつけられた瞬間、ピクリとも動かなくなる。

ドサッ。

そして、静寂。

赤黒い液体が地面に広がり、夜の匂いが重く漂った。

「……やったの?」

息を切らしながら、あんずはつぶやく。
それでも、手は震えていなかった。

二体の身体から、じわじわと液体が滲み出ている。
血――それに似た何か。
“人”ではないものの証。

倒れた獣を見下ろすあんずの心に、安堵と……恐怖が混じる。

(……私、本当に……人間?)

自分が放った一撃の重さ。
そして、体の奥から湧き上がる“異質な熱”。
それは、力と呼ぶにはあまりに異様だった。

足元がふらつく。
膝が崩れ、地面に手をつく。

「……はぁ、はぁっ……な、なんで……身体が……」

極度の疲労。
それは力の代償。
あんずの肉体は、未知の力を扱うにはまだ未熟すぎた。

「……さすがは特性変異人、やるな」

黒い影が再び声を発する。

「だが――もうエネルギー切れとはな。拍子抜けだ」

あんずは顔を上げる。
息を荒げながらも、その目だけは消えていなかった。

影は薄笑いを浮かべながら、闇に命令を下す。

「次は……五匹だ」

唸り声。
赤い眼が、五つ。
闇の中に点々と灯る。

「……うそ……そんな……」

足が、立たない。
腕が、震える。
それでも――あんずは、後ろを振り向いた。

そこには、気を失ったありさがいた。
穏やかな寝顔。
無防備で、脆くて、愛しい。

(……ありさだけは、絶対に……守る)

力がなくても、足が動かなくても。
その想いだけが、あんずを支えていた。

「……はっ!!」

魔狼たちが一斉に動いた。

速い。
もう、視えない。

(――終わりか……)

瞼を閉じた。
血と鉄の匂いに包まれながら、覚悟を決めた。

だが――

次の瞬間。

獣たちの動きが、止まった。

いや、“止められた”。

空中で固定されるように、五匹の魔狼が宙に浮かんでいる。
ギロチンのような光の刃が、それぞれの首を掴んでいた。

「――怪物にも、恐怖ってあるんだね」

静かに、少年の声が夜を貫いた。
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