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序章:夜が明けない街で
第5章 龍の男
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空気が変わった。
燃えるような気配。
焼け焦げた鉄の匂いが、夜の静寂を切り裂く。
あんずは思わず息を呑んだ。
目の前の光景が、現実とは思えなかった。
五匹の魔狼が宙に浮かび、
まるで“見えない鎖”で首を吊るされたように動けずにいる。
光のギロチンが、その頭部を静かに押さえつけていた。
――ギロチンの上の刃が、かすかに震える。
それが、命の終わりの合図だった。
「怪物にも、恐怖ってあるんだねぇ……。ひとつ、勉強になったよ」
その声は、若くも落ち着いた男のものだった。
年齢は十七、いや十八ほど。
どこか達観したような軽さがありながら、声の底には鋭い刃のような圧がある。
(……誰?)
あんずは、声の主を探そうと周囲を見回した。
闇の中、どこにも人の姿はない。
「探す必要はないよ」
声が、まるで耳元で囁かれたかのように響く。
「すぐに行くからさ」
その瞬間――
空間が裂けた。
何もなかった空間の一部が、縦にスパッと割れる。
まるで空そのものを切り取ったような現象。
そして、その裂け目から“彼”が現れた。
彼は歩いてくる。
手ぶらで、肩の力も抜けていて、どこにでもいそうな少年。
だが――“何か”が違った。
ジーンズにシャツ、ジャケット。
そして、その背中に刺繍された龍の紋様。
それは光を反射して、まるで生きているように蠢いて見えた。
頭にはハットを被り、目元はサングラスで隠されている。
けれど、その立ち姿だけでわかる。
“ただ者ではない”。
「……こんばんわ」
彼は軽く手を挙げて、微笑んだ。
あんずは言葉を失う。
(この人が……今の光景を?)
「予想してた姿と違った?」
「え……いや……その……」
うまく言葉にできず、しどろもどろになるあんず。
男は少し口角を上げた。
「くく……緊張することないよ」
冗談のような軽い口調。
それでも、この空間の空気は彼を中心に支配されていた。
「……転移能力まで扱えるというのか……!」
黒い影――“それ”が声を震わせる。
「馬鹿な……人間風情が……」
「なぁ、今回は退いてくれないか?」
男は首を軽く回しながら、面倒くさそうに言う。
「お前と俺がやり合っても、ろくなことにならない。
……正直、死にたくないだろ?」
「貴様っ……!」
影の声が怒りに歪む。
男はため息をひとつ吐き、口調を低くした。
「……わかんねぇやつだな」
次の瞬間、空気が震えた。
「――見逃してやるって言ってんだよ。殺すぞ」
その言葉には、まるで“神”のような威圧があった。
黒い影が一瞬、後ずさる。
「ぐっ……! 今回は退く……だが覚えておけ。
貴様の魂は、必ず私がもらう……!」
影が霧のように消える。
残されたのは、血と焦げた匂い、そして沈黙。
男は静かに指を鳴らした。
カチリ。
五匹の魔狼の首が、刃に押し潰されるように切断された。
ドスッ。ドサッ。
続けて――
「ここにこいつらの死体が残ると、後が面倒だな」
片手を軽く上げる。
炎が現れた。
轟音を立て、夜の闇を赤く染める。
ゴオオォォォ――!!
灼熱。
焼け落ちる音。
血が蒸発し、臭いが一瞬で消える。
……それは、“浄化”だった。
「あ……すごい……」
あんずの口から、自然と声が漏れた。
恐怖ではない。
――畏敬だった。
(この人……人間じゃない)
「……あれほどの炎を……召喚するだと……」
残響の中で、黒い影の声が微かに残る。
だが、すぐに消えた。
男はゆっくりとあんずの方へ振り向いた。
「お礼はいいよ。俺がしたくてしただけだから」
「……あなたは、私たちの味方なんですか?」
その問いに、彼は少しだけ考え込み――
静かに笑った。
「……Noだな」
「え……」
「俺は、人間が嫌いだ。
口では綺麗ごとを言っても、結局は自分のことしか考えてねぇ。
だけどな――」
サングラスの奥の瞳が、ほんの一瞬、優しく光った。
「お前の“友達を守りたい”って気持ちだけは、本物だった。
……だから、少しだけ手を貸した。それだけだ」
あんずは言葉を失い、ただ頷いた。
「……ありがとう」
「気にすんな」
男は背を向けた。
その背中の龍が、ゆらりと揺れて見えた。
燃えるような気配。
焼け焦げた鉄の匂いが、夜の静寂を切り裂く。
あんずは思わず息を呑んだ。
目の前の光景が、現実とは思えなかった。
五匹の魔狼が宙に浮かび、
まるで“見えない鎖”で首を吊るされたように動けずにいる。
光のギロチンが、その頭部を静かに押さえつけていた。
――ギロチンの上の刃が、かすかに震える。
それが、命の終わりの合図だった。
「怪物にも、恐怖ってあるんだねぇ……。ひとつ、勉強になったよ」
その声は、若くも落ち着いた男のものだった。
年齢は十七、いや十八ほど。
どこか達観したような軽さがありながら、声の底には鋭い刃のような圧がある。
(……誰?)
あんずは、声の主を探そうと周囲を見回した。
闇の中、どこにも人の姿はない。
「探す必要はないよ」
声が、まるで耳元で囁かれたかのように響く。
「すぐに行くからさ」
その瞬間――
空間が裂けた。
何もなかった空間の一部が、縦にスパッと割れる。
まるで空そのものを切り取ったような現象。
そして、その裂け目から“彼”が現れた。
彼は歩いてくる。
手ぶらで、肩の力も抜けていて、どこにでもいそうな少年。
だが――“何か”が違った。
ジーンズにシャツ、ジャケット。
そして、その背中に刺繍された龍の紋様。
それは光を反射して、まるで生きているように蠢いて見えた。
頭にはハットを被り、目元はサングラスで隠されている。
けれど、その立ち姿だけでわかる。
“ただ者ではない”。
「……こんばんわ」
彼は軽く手を挙げて、微笑んだ。
あんずは言葉を失う。
(この人が……今の光景を?)
「予想してた姿と違った?」
「え……いや……その……」
うまく言葉にできず、しどろもどろになるあんず。
男は少し口角を上げた。
「くく……緊張することないよ」
冗談のような軽い口調。
それでも、この空間の空気は彼を中心に支配されていた。
「……転移能力まで扱えるというのか……!」
黒い影――“それ”が声を震わせる。
「馬鹿な……人間風情が……」
「なぁ、今回は退いてくれないか?」
男は首を軽く回しながら、面倒くさそうに言う。
「お前と俺がやり合っても、ろくなことにならない。
……正直、死にたくないだろ?」
「貴様っ……!」
影の声が怒りに歪む。
男はため息をひとつ吐き、口調を低くした。
「……わかんねぇやつだな」
次の瞬間、空気が震えた。
「――見逃してやるって言ってんだよ。殺すぞ」
その言葉には、まるで“神”のような威圧があった。
黒い影が一瞬、後ずさる。
「ぐっ……! 今回は退く……だが覚えておけ。
貴様の魂は、必ず私がもらう……!」
影が霧のように消える。
残されたのは、血と焦げた匂い、そして沈黙。
男は静かに指を鳴らした。
カチリ。
五匹の魔狼の首が、刃に押し潰されるように切断された。
ドスッ。ドサッ。
続けて――
「ここにこいつらの死体が残ると、後が面倒だな」
片手を軽く上げる。
炎が現れた。
轟音を立て、夜の闇を赤く染める。
ゴオオォォォ――!!
灼熱。
焼け落ちる音。
血が蒸発し、臭いが一瞬で消える。
……それは、“浄化”だった。
「あ……すごい……」
あんずの口から、自然と声が漏れた。
恐怖ではない。
――畏敬だった。
(この人……人間じゃない)
「……あれほどの炎を……召喚するだと……」
残響の中で、黒い影の声が微かに残る。
だが、すぐに消えた。
男はゆっくりとあんずの方へ振り向いた。
「お礼はいいよ。俺がしたくてしただけだから」
「……あなたは、私たちの味方なんですか?」
その問いに、彼は少しだけ考え込み――
静かに笑った。
「……Noだな」
「え……」
「俺は、人間が嫌いだ。
口では綺麗ごとを言っても、結局は自分のことしか考えてねぇ。
だけどな――」
サングラスの奥の瞳が、ほんの一瞬、優しく光った。
「お前の“友達を守りたい”って気持ちだけは、本物だった。
……だから、少しだけ手を貸した。それだけだ」
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「……ありがとう」
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その背中の龍が、ゆらりと揺れて見えた。
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