令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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「よくご無事で! 心配しました」

「まさかサヤも風魔法で飛んで来たの?」

「私は馬で、アーシアお嬢様の馬も連れてきています。馬もなくどうやってここまで来るのかと思っていたら、エドと二人で空から落ちてきたのでもうびっくりして……!」

 王宮からここまで風魔法だけで飛んでくるなんて、サヤも想像できなかったようだ。

 魔法といっても大抵の人間が使えるものは『ほんのちょっとだけ、便利なもの』だ。サヤの治療魔法はわたしの打ち身を治したり、自然治癒できるはずの怪我を、少し早く回復させることができる。だから切断してしまった部分を再生したりは無理だ。

 風魔法も常識の範囲では、暑い中に風を起こして涼んだり、攻撃魔法で使うならちょっとした砂埃を巻き上げて、目眩しができるような。

 エドのようにわたしを風の力で浮かせて、さらにあの人混みをすり抜けて遠くに運ぶ魔法など規格外すぎて、誰も想像もしていなかっただろう。
 
 それになにより、王宮では魔法は封じられて使えないはずだ。これは夜会の時だけでなく、常に警備上だ。ちょっとした魔法とはいえ、悪意があれば重要人物を階段上で躓かせることだって可能なのだ。魔法が使えないことで犯罪を未然に防いでいる。

 けれどわたしはどうやって魔法を封じているのかは知らない。多分その方法は公開されていない。万人に知られていれば対策されてしまうはずだから。わたしの想像だけれど、エドの魔法は王宮の魔法対策を超えたのではないかと思っている。

 そのエドは死んだように眠ったまま、どこかに運び出されてしまった。

 わたしは船の甲板に着地したらしい。常識的な範囲の火魔法を使うエドの仲間が、着地の目印を火で目立つように描いていてくれたのだ。今はサヤと二人で一室を借りて、熱いお茶を淹れたところ。上空での風は感じなかったけれど、海上よりも寒かったのだ。

「ところで、スレインは?」

 甲板ではあまり人に会っていない。エドと、エドの仲間の火魔法使いの多分傭兵と、エドを担いで連れて行ったもう一人と。サヤと一緒にスレインも当然、居るものだと思っていたのに、姿が見えない。

「スレインは、別行動に出ています」

「わたしの指示なく?」

 サヤとスレインは子爵家の雇人ではあるが、わたし個人の仲間だ。わたしの身を守ること以外で、他からの指示で動くなんて今までなかった。

 不服と不思議が顔に出てしまったのだろうか、サヤは深く頭を下げた。

「すみません。緊急事態なのです」

「シャガルに何があったの」

 エドが王宮でそんなことを言っていた。熱いお茶を飲み下したのに、鳩尾がざわりと冷たい。

「王軍が王都を出ました」

「今頃、援軍に?」

 辺境で大規模な衝突はないはずだ。小さく小競り合いは続いているが、シャガルの港を落としたあとのヤスールは、港からの足場を固めている。海が深いため大軍を寄せるには大きな軍船を用意するしかなく、ヤスールにはまだその動きは見られない。

 あちらもエドのように内偵者を送り込んでいるが、シャガルだって同じだ。内偵の情報はわたしのところにあがっては来ないが、人件費やその他の動きで人の配置はわかるものだ。
 
 王軍を要請もしていない。大規模に人が増えるならその前から軍備が必要になる。王軍の寝食全てをシャガルが賄わねばならないのだ。今、シャガルにそんな余裕はない。
 
「シャガル制圧に、です」

「自国に兵を向けた?」

 にわかには信じがたいけれど、サヤはそんな嘘をつかない。領地戦が起こるということだ。隣国との最前線で。

 往路でわたしを探していたのはこのためか。王都に師団長のクライブとその妻のわたしを捕らえて、その隙を狙った?

「王は優雅に夜会を開きながらの開戦? シャガルを侮るにも程があるわね」

 エドが何のつもりでわたしをこの船に乗せたのかはわからないが、とにかく叩き起こしてでも聞き出さないと。
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