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第26話

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「呉井部長! 待ってくれ」
「英里子ちゃん! 一人で突っ走らないで!」
 灰色の機械の間を必死に走る英里子を追いかける探と美香は叫ぶが、焦燥感に囚われた彼女の耳にそれは届かない。
「美香さん! 呉井部長は……どうしてあんなに焦っているんだ?」
「……私も昨日話した以上の事は全く知らないの。でもこのままじゃ危険だわ! ゴブガミ先生、顧間としてどうにか英里子ちゃんを止めてください!」
 動きづらい狩衣に烏帽子であるにも関わらず、走る2人と並んで地面を滑るように高速移動するゴブガミに英里子は頼む。
「ボク? やれやれ……『マヨイガの儀を続行する』『顧間として生徒を守る』どっちもやれって言うのかい? まあ武神であるボクにはそうムズかしい事じゃあないけどね!」
 ゴブガミの目にもとまらぬ九字切りに合わせて英里子の頭上に出現した黒い渦。その中から出て来るのは下から見た灰皿を連想させる銀色の円盤型の何かだ。
「あれは……UFO?」
「まさかキャトルミューテーション!?」
『マヨイガ神技・カナダライフォール!』
 黒い渦から自然落下した昔懐かしの漫才必須アイテム、金手洗。それは派手な音と共に英里子の頭を直撃した。

「さて、呉井さん……落ち着いたかな!?」
「カナダライフォール……そのまますぎるやろ!」
 ヘルメットのおかげで怪我はしなかったものの、驚いて頭を抱えている英里子はゴブガミに噛みつく。
「ハハッ、その通りだね! それはさておき……今日の君は焦りすぎじゃないかな? 大分走ってお疲れだろうし、水でも飲んで少し休もうか?」
 袖に手を入れたゴブガミはよく冷えた水のペットボトル3本を取り出し、3人に渡す。
「せやな。美香ちゃんに雲隠さん、それにゴブガミ……ごめんな。ウチどうかしとったわ」
 英里子はペットボトルキャップを捻り開け、冷たい水をゆっくりと飲む。

「雲隠さん、美香ちゃんからどこまで聞いとる?」
「どこまで、とは?」
「マッド災厄女の件よ、いやクレイジーだったかなぁ?」
 英里子は水を飲みつつ探に聞く。
「……蓑田君との関係や部長の過去に関しては美香さんから聞いた」
「と、いう事は須田丸君はウチをいじめたクズを病院送りにして退学させられたって聞いとるんやな? そうやろ美香ちゃん?」
「英里子ちゃんごめんなさい、勝手に話して」
「それはええよ。ただな……美香ちゃんが話したアレ、全部根も葉もないデマや。
 当時中等部生だった須田丸君の立派すぎる巨躯と半端ないパワーに嫉妬しておったラグビー部の連中がいたのは事実やし、一部の運動部の連中の素行に問題があったのも事実や。
 でもな、当時ウチがいじめられていたなんてのは無いで? そもそもラグビー部の期待のエースをパシリにするような不気味な陰の極み女に手ぇ出したらどうなるかなんて想像するまでもないやろ?」
 3人の脳内で大男に焼きそばパンを貢がれる英里子が映像再現される。
「須田丸君が壇条学院を去ったのは彼のお父さんと家族経営事業に不幸があったからや。それで未亡人になったお母さんは別の男と再婚して迷処町を去って音信不通になってもうてなぁ……かなり時間が経ってウチがようやく連絡を取れた時には隣町の工業高校で不良共のヘッドになっておった」
 英里子は水を一口飲む。
「ウチがトンデモ災厄女とか呼ばれ出したのもほぼ同時期や。
 須田丸君が急に学校に来なくなり、理由もわからぬまま消えてもうたのは彼をパシリにしていたあの女が怪しいと言うのに尾ひれ、背びれ、胸びれが付きまくった結果ウチが須田丸君を恋の病にした、黒魔術の生贄にした、頭からバリバリ喰っただのと……もうバカバカしい事ばかりいいよってなあ。反論するのもどうでもよくなって放置した結果……今に至ると言うわけよ」
「……」「……」「……」
 英里子の独白を3人は黙って聞く。
「この真相を信じるか信じないかはそちらさんの自由や。けどな……今の話は忘れた方が身のためやで? ゴブガミもな?」
 にたぁと笑う英里子の言わんとする事を察した3人は黙ってうなずく。

 ほぼ同時刻、和ろうそくが灯る真っ暗な板張りの間。
「……言いたい事はあるか?」
 部屋中央に置かれた大きな銅鏡に映し出される鳴神乃宮の様子を見ていたマヨイガ五武神のリーダー・白狩衣に烏帽子、仮面の筋骨隆々男は下座に座る自狩衣に烏帽子、白仮面の小さな子供を睨む。
「マヨイガの儀が面白くなりそうだからやった……それだけだ」
 五武神の1人と思しき少年は落ち着いた口調で答える。
「それが許されるとでも?」
「前例無きこと故に許されぬだろう……だが、私は間違った事をしたとは思わない」
「……戦の覚悟はあるのであろうな?」
「構わぬ、むしろ望ましい」
「……」「……」
 2人の白狩衣&烏帽子はしばらく無言で対峙する。
「よかろう、今回の件は不間といたす。ナルカミノミヤよ下がれ」
「チノミヤ殿、ありがたきお言葉感謝いたします。では……」
 白狩衣&烏帽子に自仮面の少年・ナルカミノミヤはゆっくりと立ち上がり、頭を下げて薄暗い部屋を出て行った。

【第27話に続く】
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