銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第七章 遺跡に繋がるもの

神に匹敵する存在

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 私はスカルペルの全種族・全国家が機密にしていることをあっさり漏らしてしまった隙間だらけの唇を手で覆う。


(なんてことだっ。目の前にあるはずのない言語に驚き油断していた。地球人は異世界から召喚された存在……と、そこで留めておけばいいものの、転送装置の名を口にして古代人のことにまで触れるとはっ。目の前のあり得ない文字の存在に気を緩めてしまった!)

 軽率すぎる行いに口を押えている手が震える。
 その様子に不安を覚えたエクアが声を上げるが、その声を笑い声と共にフィナがくるりと包んだ。


「あの、今の話は、大変な話なんですか?」
「あははは、大変な話だけど、あんまり気にしなくていいんじゃない。ここには私たちしかいないし、黙ってりゃわかんないって」

 世界全体の機密に対して軽口を叩くフィナ。そんな彼女を私は睨みつける。

「君な、そう軽いものじゃないだろ」
「いいえ、軽いものにすべき!」


 フィナは不意に笑いを止めて、極めて真剣な表情を見せた。

「この機密ができたのは何百年も昔のこと。そろそろ私たちは冷静に受け止められる時期が来ているはずよ」
「それはどうだろうな? まだ、アグリスのように宗教に囚われ過ぎている連中がいる」
「たしかにそう。でも、それは一部。多くの者は冷静に受け止め、消化し、納得できるはず。少数の愚か者のために多くの賢き者が犠牲になるべきじゃない」
「しかしだな――」


 私がさらに言葉を重ねようとしたところで、フィナは手のひらを見せて言葉を遮った。

「まぁまぁ、何も今すぐ全部を暴露しろって言ってるわけじゃないよ。だけど、いま目の前にいるエクアに伝えるくらいいいじゃない。エクアだってこんな半端な状態だと今日眠れないでしょ?」

「え? まぁ、気にはなりますが」
「じゃ、いいよね、ケント? それとも、エクアを信じられない?」
「その言い方は卑怯だぞ……わかった、話そう。ただし、エクア。ここだけの内緒話と割り切ってくれ」
「は、はいっ、わかりました」


 私とフィナは話す。
 スカルペルの一部の者たちがひた隠しにする、最高機密を……。


 古代人――彼らは異世界の者たちだ。
 我々は彼らが他の世界からやってきたことを隠している。
 何故か?
 それは、彼らがあまりにも強大な存在だったからだ。

 大地を生み、海を作り、空を表すなど、彼らには造作もないこと。
 命を自在に操り、生と死の垣根さえも彼らにはない。

 数百年前の無知なる我らが彼らを詳しく知ったらどう思うか?
 多くはこう思うだろう。


――神――


 私とフィナは交互に語る。
「彼らの存在は我々の善悪の価値観の根幹である、創造神サノアの存在を否定するもの」
「それどころか、古代人信仰が生まれてサノアは邪神として扱われた可能性だってあるかも」

「だから、私たちは彼らを古代人と名付けた。異世界から訪れた存在ではなく、あくまでも彼らはサノアが生み出した人であり、同時に……」
「今と過去を切り離す言葉。古代の名を与えることによって、私たちとは遠く無関係な印象を与えたの」


 ここまでの話を聞いたエクアは口元に指先を置いて、何かを考え込んでいる。
「……つまり、サノア様のように世界を生み出せるほどの存在。人であるのに、神と同等。いえ、それ以上の存在なんですか、古代人は?」
「以上かどうかはわからない。だが、少なくともサノアが起こす奇跡を全て体現できる存在。そのような存在が現実に存在すれば、多くの者たちはどう思うか?」

 フィナが私の言葉に続く。
「サノアは世界を創った。そう経典に記されているけど、明確な証拠はない。また、存在している証拠もない。ただ、私たちは疑いなく信じること。でも、形を持たない奇跡と、形を持つ奇跡。エクア、あなたならどっちを信じる?」

「そっか、そうですね。奇跡の証拠を持つ古代人。私たちは神に疑いを持ち始める。幾千年と築き上げてきた価値観が根底からひっくり返されるんだ」



 そうなれば、世界は混沌……サノアを信じる者と古代人を信じる者の争いが始まる。
 今でさえ解釈の違いで宗派が対立しているというのに、ここに新たな信仰が生まれたら、人々を導き救うはずだった信仰が争いの道具として世界に広がってしまう。



「そういった理由で、今日こんにちまで世界の機密として一部の人間にしか知らされていない」
「まぁ、ぶっちゃければ、こんな意味よりも教会の権威が失われるから困るっていう理由が大きいんだろうけど」
「フィナ、やめろ」

「何よ? 魔導士はともかく、錬金術を扱う私と知るあんたにとって、神の教えなんてお為ごかしにしか過ぎないでしょ」
「たしかに私は不信心者だが、信仰を否定することも穢すようなこともしない」
「よく言う。研究者にとって宗教的道徳観や倫理観なんて邪魔ものでしかないのにさ」

「あれはあれで必要な鎖だ。鎖がなければ、我らは暴走する。君を見ていれば、なおそう感じざるを得ない」
「はぁっ? 今日会ったばかりのあんたに私の何がわかるってんのよ?」

「ちょっと、お二人とも、喧嘩はやめてください。ともかく、地球人も古代人も異世界の存在で、古代人は神に匹敵する存在だから、私たちの価値観が壊されないように隠匿されていたわけですね?」
「ああ、そうなる」


 一頻りの説明が終わり、僅かな間が生まれる。
 その間を見計らって、フィナが壁に描かれた模様に顔を向けた。


「それじゃあ、ケント。本題に戻るね。この数式と設計図……なんなの?」
「それは……」
 私はちらりとエクアを見る。
 その視線に気づいたフィナは腕組みをして体を斜めに傾けた。


「どうせ、私に話せる話も機密にかからない程度のものなんでしょ? だったら、気にしなくてもいいじゃない」
「ふぅ、そうだな……わかった、話せる範囲は狭いが話してみよう」

 
 まずは、壁に描かれた設計図。
 これは魔力を吸着させる微小機械。

 次に数式。
 機械に魔力を吸着させる際に必要なエネルギー計算式。
 
 簡単な説明を終える。
 もちろん、こんなものでは納得できないフィナは声を強め、私を問い詰めた。


「それで、これは何をするためのものなの? 何ができるの?」
「……微小機械には三種類ある。そのうちの一つは命を奪うもの。壁の設計図はそれを回避するためのものだ」
「一つは命を奪い、一つはそれを回避するため。何の命を奪うの? もう一つの微小機械の役目は?」
「すまない、これ以上は無理だ」
「もうっ! 全然わけわかんないじゃないの!」
「これは私だけの問題ではない……」


 そう、私だけの問題であれば言えた。だが、そうではない。
 私はうつむき、フィナから顔を背けるが、彼女は追究の手を緩めない
「私だけの問題じゃない? どうせ、上の連中のことでしょっ。そんな連中、ここにはいないんだから少しくらい」
「……駄目だ」

 自然と拳に力が入る。私は恐れている。
 だが、フィナは私の心を知らない。わかるはずがない。
 だからこそ、私の態度に苛立ち、さらに問い詰めてきた。

「ケントっ、せめて、何かヒントの一つくらい提示してよ」
「話せない」
「ケントっ!」
「これは、私の一存で、失わせるわけにはいかないんだっ……」
「失わせる? ちゃんとこたえ、!?」


 フィナは私の顔を見て、驚きに言葉を止めた。
 エクアもまた、私を見上げて、唇を震わせるだけで言葉を出せずにいる。
 二人の戸惑いと驚きに私も驚くが、瞳から伝わる暖かな雫が二人の態度の意味を悟らせる……。

 私は瞳を閉じて、雫を拭う。
 フィナは大きく息を吐いて、これ以上、私を追うのを止めた。

「よくわからないけど、あんたが感情的になるくらいに守りたいもの。秘密にしておかきゃ行けないことがあるのね。わかった、ここまでで退いてあげる。今はね……」
「今は、か。それでもありがたい」

 私はすでに乾いたはずの指先から雫を弾くように振るい、瞳を壁の数式と設計図に向けた。

「フィナ。これがなんであるかは伝えられないが、一つ言えることがある」
「何?」
「私は研究所で、この壁に書かれた数式と同じ意味を持つ数式を生み出した。だが、この数式は私が考えたものよりも遥かに洗練されている。地球人の知識レベルでは絶対に産み出せないものだ。これを書いた地球人は、一体何者なんだろうな……」
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