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第十七章 頂へ続く階段の一歩
霞みに隠される作意
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終わりの見えない長い廊下を進んでいく。
私はフィコンに尋ねる。
「いったいどこへ向かっているのですか?」
「この先に、街の中央広場を見渡せるバルコニーがあり、今日はそこで民衆に声を掛けねばならぬ」
「え、まさか、私をそのバルコニーに出すつもりでは?」
「そのようなことはしない。貴様を出す意味がないからな」
「はぁ?」
「ただ、後ろで民衆を見ていろ」
「それが、用件で?」
「話はすでに済んでいる。正直、取るに足らぬ存在なら適当な理由をつけて命を奪うつもりだったが、やめた」
「えっ!?」
「フフ、冗談だ」
フィコンは冷め切った笑い声を漏らす。
明らかに冗談ではない冗談……。
彼女が何を考えているのかさっぱりだが、何にせよ命拾いをしたみたいだ。
廊下の先に光が見えてきた。
どうやら、バルコニーに着いたようだ。
フィコンは隠れて様子を見るようにと、手の仕草だけで表す。
そして、バルコニーへ向かうのだが、途中で足を止めて私に一声かけた。
「私はサノアの力を宿し、外の者として貴様たちを見守る存在。故に、人としての立場でしか関わりを持たぬように努めている。だが時に、『スース』のように余計な口出しをしてしまう。許せ」
「スース?」
「伝えておらぬのか、消したのか。まぁいい、戯言として忘れよ」
フィコンはまさに戯言としか思えぬ意味を纏わない言葉を置いて、バルコニーへ向かった。
――バルコニー
バルコニーはとても高い位置にあった。
遥か下の大地には民衆が集まり、フィコンを見上げ、両手を天へ伸ばし、フィコンの名を縋るように叫び続けている。
民衆の姿はあたかもサレート=ケイキが描いた、あの巨大な絵画のようであった。
多くの人々が恋焦がれ、たった一つの希望に縋ろうとする姿……。
私は民衆から姿が見えない位置でそれらを観察する。
フィコンはルヒネ派の経典を読み上げつつ、己の言葉を時折混ぜている。
民衆はそれに酔いしれて、歓声を上げ続けているが……。
(本気でフィコンの名を叫んでいる者もいるが、サクラも混じっているな)
彼女の演説を盛り上げるためだろう。
民衆に混じり、彼らを猛り煽るように声を上げている者たちが民衆のあちこちに混じっている様子。
フィコンは自分に降り注ぐ民衆たちの声に笑みを浮かべて応えている。
はたして、彼女は偽りと真実を見抜いているのだろうか?
演説は二十分ほどで終わり、フィコンが戻ってきた。
彼女は短く私に問う。
「どうだ?」
「え……それは……」
私はちらりと民衆へ視線を振った。そこにあるのは真の興奮と偽りの興奮。
民衆はフィコンが消えたバルコニーに残影を浮かべ、いまもなお、熱き歓声を上げている。
「フッ、答えは無用か」
フィコンは私の視線の動きのみから、心の中身を覗いたかのような態度をとる。
彼女はそれらしき態度を見せているだけなのか、そうではないのか……。
「では、戻ろう。広間ではサレートに熱が入り、エムトがむくれているだろうからな」
そう言って、私を背後に置き、前を歩き始めるのだが……途中で足を止めて周囲を見回し、一言――とても重い一言を漏らす。
「ふむ、調べ車の塔はどうも息苦しくてかなわん。もう少し、風通しを良くしたいところだ」
フィコンは私を置いて、前を歩き始めた。
私はというと、足を動かせず、ただ、冷や汗に全身を溺れさせていた。
(まさか、彼女は……だが、なぜ、私にそのようなことを!?)
――貴様の前には過酷な選択が現れ続ける。その選択は常に、生と死のみ。誤れば、死ぬ――
不意に、フィコンの神託が頭をよぎった。
(まさか、近いうちに恐ろしげなことが起こり、私は選択を迫られるのか? それも、フィコンが望むことにつながる選択肢――フィコンと相対する二十二議会の力を削ぐような出来事がっ……まさか、そんなことなど!?)
私は廊下の闇に消えようとしている、フィコンの小さくも恐ろしげな背中を見つめ、恐怖を唾と共にごくりと飲み込む。
そして、意思を足に伝播して、一歩前へと進み始めた。
――
真四角の広間に戻り、無言でエクアを回収。
なぜ無言かというと、下手につつけば、エクアとサレートの芸術談議の波に飲み込まれ兼ねなかったからだ。
二人は何百年か前の芸術家・コックリンとギャパロンとやらの話で盛り上がっていた。
それをエムトは無言で見守っていたのだが……私は彼に頭を下げて、エクアに声を掛ける。
すると二人して、私に芸術性の違いと見解を問うてきた。
だけど――そんなもんわかるわけがない!
これ以上ここに留まれば、二人のマニアックな話に付き合わされかねない。
そういうわけで、フィコンとエムトに謝罪のような別れの挨拶だけをして、さっさと調べ車の塔を後にした。
塔を出るとすぐに、金髪短髪の青白い四角顔の嫌味笑いエメルが現れ、フィコンとの会談の内容をそれとなく聞かれたので、大部分が絵画の話だった答えを返した。
それには大層不満気な態度を見せたが、エメルは持ち前の不気味な笑いを見せて感情を収めると、明日、化粧品に関する話をしたいと。
彼の話によると、私たちが製造するトーワの化粧品はアグリスの貴族や富豪に珍重されているらしい。
しかし、キャビットを介しての取引では満足いく量が出回っていない、と。
キサならここで流通量を制御して品薄商法でもしそうだが、私は商売人ではない。
そう、政治家だ。
彼らとの今後を考えて、出来る限りの量が回せるように努めるつもりだ。
おそらく話の内容はキャビットを介さない直接取引の内容と、その量の話になるだろう。
中身からいって商売というより、政治的な駆け引きの度合いが強くなりそうだ。
明日の会談は私と冷静なカイン辺りを伴っていく方が良いと考える。
引き続き、フィナと親父には遠くで会談を見守ってもらうとしよう。
私はフィコンに尋ねる。
「いったいどこへ向かっているのですか?」
「この先に、街の中央広場を見渡せるバルコニーがあり、今日はそこで民衆に声を掛けねばならぬ」
「え、まさか、私をそのバルコニーに出すつもりでは?」
「そのようなことはしない。貴様を出す意味がないからな」
「はぁ?」
「ただ、後ろで民衆を見ていろ」
「それが、用件で?」
「話はすでに済んでいる。正直、取るに足らぬ存在なら適当な理由をつけて命を奪うつもりだったが、やめた」
「えっ!?」
「フフ、冗談だ」
フィコンは冷め切った笑い声を漏らす。
明らかに冗談ではない冗談……。
彼女が何を考えているのかさっぱりだが、何にせよ命拾いをしたみたいだ。
廊下の先に光が見えてきた。
どうやら、バルコニーに着いたようだ。
フィコンは隠れて様子を見るようにと、手の仕草だけで表す。
そして、バルコニーへ向かうのだが、途中で足を止めて私に一声かけた。
「私はサノアの力を宿し、外の者として貴様たちを見守る存在。故に、人としての立場でしか関わりを持たぬように努めている。だが時に、『スース』のように余計な口出しをしてしまう。許せ」
「スース?」
「伝えておらぬのか、消したのか。まぁいい、戯言として忘れよ」
フィコンはまさに戯言としか思えぬ意味を纏わない言葉を置いて、バルコニーへ向かった。
――バルコニー
バルコニーはとても高い位置にあった。
遥か下の大地には民衆が集まり、フィコンを見上げ、両手を天へ伸ばし、フィコンの名を縋るように叫び続けている。
民衆の姿はあたかもサレート=ケイキが描いた、あの巨大な絵画のようであった。
多くの人々が恋焦がれ、たった一つの希望に縋ろうとする姿……。
私は民衆から姿が見えない位置でそれらを観察する。
フィコンはルヒネ派の経典を読み上げつつ、己の言葉を時折混ぜている。
民衆はそれに酔いしれて、歓声を上げ続けているが……。
(本気でフィコンの名を叫んでいる者もいるが、サクラも混じっているな)
彼女の演説を盛り上げるためだろう。
民衆に混じり、彼らを猛り煽るように声を上げている者たちが民衆のあちこちに混じっている様子。
フィコンは自分に降り注ぐ民衆たちの声に笑みを浮かべて応えている。
はたして、彼女は偽りと真実を見抜いているのだろうか?
演説は二十分ほどで終わり、フィコンが戻ってきた。
彼女は短く私に問う。
「どうだ?」
「え……それは……」
私はちらりと民衆へ視線を振った。そこにあるのは真の興奮と偽りの興奮。
民衆はフィコンが消えたバルコニーに残影を浮かべ、いまもなお、熱き歓声を上げている。
「フッ、答えは無用か」
フィコンは私の視線の動きのみから、心の中身を覗いたかのような態度をとる。
彼女はそれらしき態度を見せているだけなのか、そうではないのか……。
「では、戻ろう。広間ではサレートに熱が入り、エムトがむくれているだろうからな」
そう言って、私を背後に置き、前を歩き始めるのだが……途中で足を止めて周囲を見回し、一言――とても重い一言を漏らす。
「ふむ、調べ車の塔はどうも息苦しくてかなわん。もう少し、風通しを良くしたいところだ」
フィコンは私を置いて、前を歩き始めた。
私はというと、足を動かせず、ただ、冷や汗に全身を溺れさせていた。
(まさか、彼女は……だが、なぜ、私にそのようなことを!?)
――貴様の前には過酷な選択が現れ続ける。その選択は常に、生と死のみ。誤れば、死ぬ――
不意に、フィコンの神託が頭をよぎった。
(まさか、近いうちに恐ろしげなことが起こり、私は選択を迫られるのか? それも、フィコンが望むことにつながる選択肢――フィコンと相対する二十二議会の力を削ぐような出来事がっ……まさか、そんなことなど!?)
私は廊下の闇に消えようとしている、フィコンの小さくも恐ろしげな背中を見つめ、恐怖を唾と共にごくりと飲み込む。
そして、意思を足に伝播して、一歩前へと進み始めた。
――
真四角の広間に戻り、無言でエクアを回収。
なぜ無言かというと、下手につつけば、エクアとサレートの芸術談議の波に飲み込まれ兼ねなかったからだ。
二人は何百年か前の芸術家・コックリンとギャパロンとやらの話で盛り上がっていた。
それをエムトは無言で見守っていたのだが……私は彼に頭を下げて、エクアに声を掛ける。
すると二人して、私に芸術性の違いと見解を問うてきた。
だけど――そんなもんわかるわけがない!
これ以上ここに留まれば、二人のマニアックな話に付き合わされかねない。
そういうわけで、フィコンとエムトに謝罪のような別れの挨拶だけをして、さっさと調べ車の塔を後にした。
塔を出るとすぐに、金髪短髪の青白い四角顔の嫌味笑いエメルが現れ、フィコンとの会談の内容をそれとなく聞かれたので、大部分が絵画の話だった答えを返した。
それには大層不満気な態度を見せたが、エメルは持ち前の不気味な笑いを見せて感情を収めると、明日、化粧品に関する話をしたいと。
彼の話によると、私たちが製造するトーワの化粧品はアグリスの貴族や富豪に珍重されているらしい。
しかし、キャビットを介しての取引では満足いく量が出回っていない、と。
キサならここで流通量を制御して品薄商法でもしそうだが、私は商売人ではない。
そう、政治家だ。
彼らとの今後を考えて、出来る限りの量が回せるように努めるつもりだ。
おそらく話の内容はキャビットを介さない直接取引の内容と、その量の話になるだろう。
中身からいって商売というより、政治的な駆け引きの度合いが強くなりそうだ。
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