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第14話 主任・副主任

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 涙を浮かべ訴えるエバさんを、ツツクラ様は容赦なく追い詰めます。

「ルーレンはこう言っただろ。『エバさんから仕事を受け継いだ際に、私が確認を疎かにしたからです』と。我が身可愛さで嘘をつくなら、自ら非を認めたりしないよ」
「あうっ」

 ツツクラ様はこちらへ顔を向けます。向けられた赤く冷たい瞳に、私の背筋が凍りつきました。
「ルーレン、いつ気づいた?」
「えっと、それは?」
「気づいてエバを庇ったのかい?」

「……いえ、纏められた資料が全てと思い込み、確認を疎かにしたのは事実ですから」
「フン、それについては罰を与えるが……まずはエバ!!」
「は、はいぃぃ!!」


 ツツクラ様は杖を振り上げて、そっと降ろし、エバさんの肩の上に杖先を置きます。
「お前が何をしようと、仕事に支障がなければいい。だがな、私の手を煩わせた以上、許されない」
「も、もうしわけありま――」
「黙りな! まだ私が喋っている最中だろ!」
「んんっんんっ」

 エバさんは口を閉じて激しく首を縦に振り、ツツクラ様の言葉を待ちます。

「だが、調子に乗り過ぎだ。仕事に支障をきたす嫌がらせをするなんてな。だから、お前はクビだ!」
「く、くび? ど、どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ。解雇ってことさ」
「か、かいこ? ほかには?」

「ないよ。なんだい、まさか罰を受けると思ったのかい?」
「え、だって……」
「なんだかんだ言って、お前は今までよくやってくれてたからね。一度のミスくらい目を瞑ってやるさ。退職金だってくれてやる」


 そう言って、ツツクラ様はエバさんの左胸から、主任の証明である白い花のピンを奪い取り、外に立っている護衛のディケードさんに声を掛けました。
 するとすぐに、ディケードさんの部下が何かを持ってきます。

 その何かを受け取ったツツクラ様は、エバさんにそれを渡しました。

「ほら、退職金だ。大事にとっときな」
「これは…………ナイフ?」

「ああ、今からお前にとって金よりも大事なものになるさ。さぁ、解雇されたんだから、部外者は出てってくれ。おい、こいつを摘まみ出せ」

「え、摘まみ出せ? お、お待ちください! わ、私はどうなるんでしょうか?」
「だからクビだって言ってるだろう。ここにはもう、お前の居場所はない。だから、出口近くまで送り出してやるさ――――下層の貧民窟までな」
「それは――!?」

 
 下層の貧民窟……下層では貧しい人たちが暮らしていますが、その中でも貧民窟と呼ばれる場所は特に貧しく、心も頭も壊れた者が多く、治安も最悪です。
 そんな場所に、女性が一人で放り出されたら……。

 エバさんは激しく動揺してツツクラ様に慈悲を乞います。
「お願いです! あんな場所に行かせないでください! あんな所に行ったら私は――」
「そうだねぇ、お前はこの町じゃ小奇麗にして、身なりの良い方だからねぇ。そんな奴が貧民窟に来たら、男どもがどうするか見ものだね」

「お、お、お、お願いです!! 女の私があんな場所に行ったら、あんな気の狂った連中の集まる場所に行けば何をされるか!!」
「そんときは、その退職金を使いなよ」
「へ?」

「ま、下手な抵抗をするよりも、自分の喉笛を掻き切る方をお勧めするがね。じゃ、今までご苦労」


 ツツクラ様が杖を振ります。
 すると、複数人の男たちが入って来て、エバさんを無理やり部屋から連れ出していきます。
「ツ、ツツクラ様! どうかご慈悲を!! もう、このような真似を致しませんから!! どうか、どうか、どうかご慈悲をぉぉぉぉ!!」

 ばたりと扉は閉じられました。扉の向こうからエバさんの声が聞こえていますが、それは徐々に小さくなっていき、やがては消えました。


 ツツクラ様はそれを嘆息で見送り、次に杖を振り上げて、私の顔を殴りつけました。
「この、ガキ!!」
「ひぐっ!」

 彼女の一撃はエバさんによる暴力とは比べようもなく強力で、私は床に倒れてしまいます。
 その上からさらに杖で打ち据えられます。
「お前は自分がどういう立場なのか理解しているだろう! エバがお前をどう思っているかわかっていただろう! なのになぜ、気づかなかった!! そのせいで儲け話を不意にしたんだよ!! この、この、この!!」
  
「ひぐ、が、いぎ――も、申し訳ございません!」
「いいかい! 頭が回るだけじゃ生き残れないよ! 生きたいなら生きることに賢くなりな!」

 十数発ほど殴られて、ツツクラ様は落ち着きを取り戻しました。
 そして、ラスティさんへエバさんのものだった白い花のピンを投げ渡します。
「ラスティ、今日からお前が主任だ。エバ以外でここの仕事を把握しているのは、お前だけだからな」
「はい、お任せください!」


 次に、恐怖と痛みに身を縮こませる私に声を掛けます。
「副主任はルーレンだ」
「――え!?」
「なんだい、私の決定に異を唱える気かい?」
「いえ、決してそのようなつもりは……」

「お前は甘ちゃんだが、才能は本物だ。その才を生かして、溜まりに溜まっている事務を回してもらわないと困る。そのために、多少なりとも権限をくれてやるから、仕事の支障にならないように努めな」

 そう言って、ツツクラ様は他の職員さんを睨めつけました。
 それはつまり、私の裁量で虐めていた皆さんを操れるということ……。

「よし、これで無駄に手を煩わされずに済むね」
 
 これらの判断は私のためなどでは決してなく、ツツクラ様が滞りなく仕事を行えるための人事。
 私は立ち上がり、口元から流れる血を拭います。
 そして、視線をラスティさんへ向けました。

 彼女は小さな息をついて、胸に宿る感情を押し留めようとしている姿を見せます。
 そんな彼女の右胸には、早速白い花のピンが差してありました……。


――後日
 エバさんの末路が耳に届きます。
 貧民窟で降ろされたエバさんはすぐさま男たちに連れ去られ、その後、全裸の遺体となって発見されたそうです。

 死体の損傷は激しく、艶やかだった緑の髪は失われ、あるのは焼けただれた頭部に顔。原型を失った顔ですが、右目の目じりにあった泣きぼくろのおかげで彼女だとわかったそうです。

 損傷は頭部だけに済まず、下腹部は膿を生み、歯は歯茎ごと毟り取られ、両目は失い、代わりにそこには、腐れ黄ばんだ白濁の液体が満たされたと……。
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