15 / 60
第15話
しおりを挟むそこには、艶やかな黒髪の背の高い女性が立っていた。
一見して、東方の生まれと知れる切れ長の瞳。瞳の色も髪と同じく漆黒だ。
「ファリン様! どうしてここに?」
ロイがセシルを守るように、セシルの前に立った。
「どうして? 決まっておる。そこにおられる新しい王妃様の診察をしろと、新王からの命令だ。」
ファリンと呼ばれた東方の女性は、すっと目を細め、セシルを見た。
「見たところ、すぐにでも治療が必要な状態のようだな」
「治療……?」
首をかしげるセシルに、ファリンはゆっくりと近づいてくる。
ファリンはゆったりとした錦糸が刺繍された薄紫色のローブを纏っていた。長い黒髪は頭の高い位置で一つにまとめられており、そこには翡翠の髪留めが飾られていた。
異国の生まれで、おそらく身分の高い女性なのだろう。
「では人払いを願おうか、これは王命であるぞ。近衛の騎士といえども、逆らうことは許されぬ」
「セシル様、なにかありましたら大声を出してください。すぐに助けに参ります」
ロイがセシルにささやく。
「おい、近衛兵、私はなにも王妃様を取って食おうとしているのではないぞ」
ファリンが楽し気にロイに言う。
「どうだか、あなた様は得体が知れない」
「それはそれは……、結構な言われようだな」
ファリンを見据えるロイの肩の付け根を、ファリンは人差し指で軽く押した。
ほんの少し押されただけに見えたが、ロイは瞬時にそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
「……っ!」
「相当疲労がたまっておられるようだぞ、それに無理な筋肉の使い方をしていると見える」
膝をついたロイは、ファリンを口惜し気に見上げた。
「クソッ、妖術つかいめ!」
「このようなこと、妖術でもなんでもない。近衛殿、鍛錬もいいが、休むことも修行のうちだぞ」
ファリンが鼻で笑う。
名高い騎士であるロイが、こうも簡単に女性の前で崩れ落ちるとは……。
セシルは目を見張った。
――この人はいったいどういう人なんだろう。
ファリンにうながされるまま、セシルは居室にファリンと二人きりになった。
治療をする、と言ったがファリンは手ぶらで、王宮の医師が常に携帯していたような、診察器具はどこにも見当たらない。
「まずは、私を見て思うところを五つほど挙げてほしい」
セシルを椅子に座らせたファリンは、その近くに立った。
「五つ、ですか?」
ーーこれが診察なのだろうか。
「ああ、私のこの話し方については気にするな。古文書や古い文献からこの国の言葉を覚えたのでな。
皆が話す言葉とは少し違うことはわかっておる。ベアトリスにもいつもおかしいと笑われるが、特に不自由はないので直すつもりはない」
「はい……」
セシルは顔をあげ、ファリンを観察した。
「まっすぐで艶やかな黒髪と、黒い瞳は東方のお生まれでしょうか?」
「そうだな」
「身分も高いかたと存じます」
「ふむ」
ファリンは顎をなでる。
「お医者様とおっしゃっていましたが、どんな医術を?」
「それは私への質問だな」
すかさずファリンが指摘する。
「申し訳ありません。では、……とても学識の高い方で」
「ほう……」
「あと……、大変美しい方だと」
「私を褒めても何も出ないぞ」
ファリンはニヤニヤとしてセシルを眺めた。
「それだけか?」
「あとは……、特には……」
「ほかに感ずるところはなにもない、と……」
「……はい、申し訳ありません、思いつきません」
セシルは膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめ、目を伏せた。
そんなセシルの様子に、ファリンはふうとため息をついた。
「思った以上に重症だな」
応援ありがとうございます!
90
お気に入りに追加
977
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる