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第15話

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 そこには、艶やかな黒髪の背の高い女性が立っていた。

 一見して、東方の生まれと知れる切れ長の瞳。瞳の色も髪と同じく漆黒だ。



「ファリン様! どうしてここに?」

 ロイがセシルを守るように、セシルの前に立った。


「どうして? 決まっておる。そこにおられる新しい王妃様の診察をしろと、新王からの命令だ。」

 ファリンと呼ばれた東方の女性は、すっと目を細め、セシルを見た。

「見たところ、すぐにでも治療が必要な状態のようだな」

「治療……?」

 首をかしげるセシルに、ファリンはゆっくりと近づいてくる。



 ファリンはゆったりとした錦糸が刺繍された薄紫色のローブを纏っていた。長い黒髪は頭の高い位置で一つにまとめられており、そこには翡翠の髪留めが飾られていた。

 異国の生まれで、おそらく身分の高い女性なのだろう。

「では人払いを願おうか、これは王命であるぞ。近衛の騎士といえども、逆らうことは許されぬ」

「セシル様、なにかありましたら大声を出してください。すぐに助けに参ります」

 ロイがセシルにささやく。


「おい、近衛兵、私はなにも王妃様を取って食おうとしているのではないぞ」

 ファリンが楽し気にロイに言う。

「どうだか、あなた様は得体が知れない」

「それはそれは……、結構な言われようだな」

 ファリンを見据えるロイの肩の付け根を、ファリンは人差し指で軽く押した。
 ほんの少し押されただけに見えたが、ロイは瞬時にそのまま膝から崩れ落ちてしまった。

「……っ!」

「相当疲労がたまっておられるようだぞ、それに無理な筋肉の使い方をしていると見える」


  膝をついたロイは、ファリンを口惜し気に見上げた。

「クソッ、妖術つかいめ!」

「このようなこと、妖術でもなんでもない。近衛殿、鍛錬もいいが、休むことも修行のうちだぞ」

 ファリンが鼻で笑う。

 名高い騎士であるロイが、こうも簡単に女性の前で崩れ落ちるとは……。
 セシルは目を見張った。

 ――この人はいったいどういう人なんだろう。





 ファリンにうながされるまま、セシルは居室にファリンと二人きりになった。

 治療をする、と言ったがファリンは手ぶらで、王宮の医師が常に携帯していたような、診察器具はどこにも見当たらない。


「まずは、私を見て思うところを五つほど挙げてほしい」

 セシルを椅子に座らせたファリンは、その近くに立った。

「五つ、ですか?」

 ーーこれが診察なのだろうか。


「ああ、私のこの話し方については気にするな。古文書や古い文献からこの国の言葉を覚えたのでな。
皆が話す言葉とは少し違うことはわかっておる。ベアトリスにもいつもおかしいと笑われるが、特に不自由はないので直すつもりはない」

「はい……」

 セシルは顔をあげ、ファリンを観察した。


「まっすぐで艶やかな黒髪と、黒い瞳は東方のお生まれでしょうか?」

「そうだな」

「身分も高いかたと存じます」

「ふむ」

 ファリンは顎をなでる。


「お医者様とおっしゃっていましたが、どんな医術を?」

「それは私への質問だな」

 すかさずファリンが指摘する。


「申し訳ありません。では、……とても学識の高い方で」

「ほう……」

「あと……、大変美しい方だと」


「私を褒めても何も出ないぞ」

 ファリンはニヤニヤとしてセシルを眺めた。


「それだけか?」

「あとは……、特には……」


「ほかに感ずるところはなにもない、と……」

「……はい、申し訳ありません、思いつきません」

 セシルは膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめ、目を伏せた。

 そんなセシルの様子に、ファリンはふうとため息をついた。


「思った以上に重症だな」

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