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第35話
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セシルは、しばらくの間、言葉を発することができなかった。
「まさか、王宮で……、私が……」
「そう考えればすべての納得がいく。
まず、貴殿の髪と瞳。本来の色と輝きを失っているのは、毒に冒され続けているせいだ」
「でも、前も言いました通り、私は生まれつきこの灰色で……」
「オメガ性が発現した後、一部のオメガは髪や瞳の色、肌の質もすべてかわる。
貴殿のその髪と瞳は、決して本来の色ではない」
「……でも!」
「おかしいとは思わかなかったが? ほぼ毎夜のようにジャックス王と交わっていたのに、なぜオメガの貴殿が一度も子を孕むことはなかったのか?
それについて、周りからなにか言われたことは?
私が察するに、貴殿がジャック王の子を成さぬよう、王宮では巧妙に貴殿の体調を管理していたとみえる」
「……」
たしかに、何かが変だとは思っていた。あれほどジャックス王に愛されていたのに、セシルは一度も妊娠したことがない。
セシルをよく思わない貴族の中には、セシルに「欠陥品」と心無い言葉を投げかけるものまでいた。
だが、王宮の専属医はセシルの発情期を抑えることに腐心するばかりで、セシルが子を孕まないことには一度も言及したことはなかった。
「私が初めてセシル殿に会ったとき、すでに貴殿のオメガ性は完全に失われていた。フェロモンはほとんどなく、ベータの男性といっても差し支えないほどだった。
ジャックス王に抱かれて受け入れることはできても、自らジャックス王を求めることはおそらくできなかったはずだ」
「でも……、それでも信じられません。自分が毒を飲まされていたなんて……。では、陛下……、ジャックス先王はそれをご存じだったということでしょうか?」
ファリンは首を振る。
「さすがにそこまでは私にもわからぬ。だが、ジャックス先王がなにか関与していたことは間違いないだろう。そこで、だ」
ファリンは言葉を切り、セシルに手を伸ばし、その髪に触れた。
「さすがに貴殿も気づき始めているであろう? 髪は艶やかになり、瞳は輝きを取り戻し始めている。
そして、毎夜見る性的な夢……、これはすなわち貴殿のオメガ性の復活を意味している」
「オメガ性の……、復活……」
セシルにはそれが喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、わからなかった。
ただわかるのは、なぜかエドガー王がセシルのオメガ性を戻すことに躍起になっているということだけ。
「私にはオメガであること、ヒートを迎えること自体が良いことだと言うことはできぬ。しかし……」
「エドガー王がそれを望んでいる、ということなのですね」
セシルの言葉に、ファリンは頷いた。
「そうだ。そして薔薇を共に見たいと言っている。王から白薔薇は届いたのだろう?」
「はい……」
先王には毒を飲まされてオメガ性を封じられ、今の王にはオメガ性の復活を望まれている。
判明したこの事態に、まだセシルの感情はついていかない。
目を伏せるセシルに、ファリンはそれ以上何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いた。
「ベアトリス様は……、今日はどうして来られなかったのでしょうか?」
セシルはファリンに尋ねた。
セシルは今、無性にあのベアトリスの明るく澄んだ声が聴きたかった。楽しい話題で、塞いだ気分を吹き飛ばしてもらいたかった。
「ベアトリスは……、今……、発情期だ」
ファリンにしては珍しく、言い淀むような様子だった。
「そう、なのですね……、もしかして2日ほど前からでしょうか?」
「そう、だな……、それくらいになるかな」
――だから、エドガー王からの書簡が途絶えたのか……。
セシルとしては腑に落ちるものがあった。
エドガーは、セシルに手紙などしたためている暇はなくなったのだろう。
愛する番のベアトリスが発情期になったのだ。
番として、エドガーはベアトリスと、きっと今頃……。
そこまで考えると、なぜかチリチリと胸が痛む。今まで覚えたことのない感情に、セシルは戸惑った。
「きっと、お世継ぎの誕生も近いのでしょうね。きっと美しく、賢いお子が産まれるのでしょう……」
セシルの言葉に、ファリンは何とも言えない表情になった。
「セシル殿、ベアトリスには子の話は禁句だ」
「禁句……?」
「本人はまるで気にしていない素振りだが、真実はそうではないだろう。
……幼少期からの病の影響で、ベアトリスには子は成せぬ」
苦々しくファリンはセシルに告げた。
「まさか、王宮で……、私が……」
「そう考えればすべての納得がいく。
まず、貴殿の髪と瞳。本来の色と輝きを失っているのは、毒に冒され続けているせいだ」
「でも、前も言いました通り、私は生まれつきこの灰色で……」
「オメガ性が発現した後、一部のオメガは髪や瞳の色、肌の質もすべてかわる。
貴殿のその髪と瞳は、決して本来の色ではない」
「……でも!」
「おかしいとは思わかなかったが? ほぼ毎夜のようにジャックス王と交わっていたのに、なぜオメガの貴殿が一度も子を孕むことはなかったのか?
それについて、周りからなにか言われたことは?
私が察するに、貴殿がジャック王の子を成さぬよう、王宮では巧妙に貴殿の体調を管理していたとみえる」
「……」
たしかに、何かが変だとは思っていた。あれほどジャックス王に愛されていたのに、セシルは一度も妊娠したことがない。
セシルをよく思わない貴族の中には、セシルに「欠陥品」と心無い言葉を投げかけるものまでいた。
だが、王宮の専属医はセシルの発情期を抑えることに腐心するばかりで、セシルが子を孕まないことには一度も言及したことはなかった。
「私が初めてセシル殿に会ったとき、すでに貴殿のオメガ性は完全に失われていた。フェロモンはほとんどなく、ベータの男性といっても差し支えないほどだった。
ジャックス王に抱かれて受け入れることはできても、自らジャックス王を求めることはおそらくできなかったはずだ」
「でも……、それでも信じられません。自分が毒を飲まされていたなんて……。では、陛下……、ジャックス先王はそれをご存じだったということでしょうか?」
ファリンは首を振る。
「さすがにそこまでは私にもわからぬ。だが、ジャックス先王がなにか関与していたことは間違いないだろう。そこで、だ」
ファリンは言葉を切り、セシルに手を伸ばし、その髪に触れた。
「さすがに貴殿も気づき始めているであろう? 髪は艶やかになり、瞳は輝きを取り戻し始めている。
そして、毎夜見る性的な夢……、これはすなわち貴殿のオメガ性の復活を意味している」
「オメガ性の……、復活……」
セシルにはそれが喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、わからなかった。
ただわかるのは、なぜかエドガー王がセシルのオメガ性を戻すことに躍起になっているということだけ。
「私にはオメガであること、ヒートを迎えること自体が良いことだと言うことはできぬ。しかし……」
「エドガー王がそれを望んでいる、ということなのですね」
セシルの言葉に、ファリンは頷いた。
「そうだ。そして薔薇を共に見たいと言っている。王から白薔薇は届いたのだろう?」
「はい……」
先王には毒を飲まされてオメガ性を封じられ、今の王にはオメガ性の復活を望まれている。
判明したこの事態に、まだセシルの感情はついていかない。
目を伏せるセシルに、ファリンはそれ以上何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いた。
「ベアトリス様は……、今日はどうして来られなかったのでしょうか?」
セシルはファリンに尋ねた。
セシルは今、無性にあのベアトリスの明るく澄んだ声が聴きたかった。楽しい話題で、塞いだ気分を吹き飛ばしてもらいたかった。
「ベアトリスは……、今……、発情期だ」
ファリンにしては珍しく、言い淀むような様子だった。
「そう、なのですね……、もしかして2日ほど前からでしょうか?」
「そう、だな……、それくらいになるかな」
――だから、エドガー王からの書簡が途絶えたのか……。
セシルとしては腑に落ちるものがあった。
エドガーは、セシルに手紙などしたためている暇はなくなったのだろう。
愛する番のベアトリスが発情期になったのだ。
番として、エドガーはベアトリスと、きっと今頃……。
そこまで考えると、なぜかチリチリと胸が痛む。今まで覚えたことのない感情に、セシルは戸惑った。
「きっと、お世継ぎの誕生も近いのでしょうね。きっと美しく、賢いお子が産まれるのでしょう……」
セシルの言葉に、ファリンは何とも言えない表情になった。
「セシル殿、ベアトリスには子の話は禁句だ」
「禁句……?」
「本人はまるで気にしていない素振りだが、真実はそうではないだろう。
……幼少期からの病の影響で、ベアトリスには子は成せぬ」
苦々しくファリンはセシルに告げた。
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