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37.異常事態
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「尻尾……つまり、ヴェリオス様は『竜化』の途中にある、ということですか?」
淹れたての香り高い茶を一口含むと、アレクシは満足げに目を細めた。
「うん、やっぱり茶葉の選定は大事だね。淹れ方も文句なしだ……さて、ヴェリオスの竜化か。たしかに今のヴェリオスには尻尾があるけれど、なぜそうなっているのかは、宮廷医にも誰にも分からないままだ」
そう言って、アレクシは肩をすくめる。
「今のところの仮説では、幼児化の副作用というのが有力だ。ただ尻尾があるだけで、それ以上の異変は見られない。たとえば鱗が生えているわけでもないし、牙が伸びているわけでもない。特に害もないから、今は静観するしかないというわけさ」
「……害はない、と」
――尻尾が生えている時点で、十分異常事態だと思うのだが……。
「けれど、本当に厄介なのは、ヴェリオスが自分の意志で、あの姿のままでいようとしている、ということなんだ」
「……ヴェリオス様の、意思で?」
アレクシは深くため息をつき、カップを置いた。
「おそらくだが、ヴェリオスは『番』と引き裂かれ、二度と会えないという絶望から、自分の心を守るために……、自ら子どもの姿へと変化したんだと思う」
「そんなことが……」
「竜人の血を引く者の中には、強い感情が肉体に影響を及ぼす者もいる。彼の場合、幼児化することで情愛の苦しみから逃れたかったんだろう。あの年齢なら、本能のままに食べて、寝て、遊ぶ。そして、気に入らないことが起これば癇癪を起こす。それだけで済むからね」
アレクシは、茶と共に供された綺麗な焼き菓子を一つつまみ、微笑んだ。
「本人は至ってお気楽なものさ。でも、あれは一種の心の防衛反応だ。壊れかけた自分自身を守るためのね」
その言葉が、俺の胸に重く残る。
「宮廷医の話では、ヴェリオスが何らかのきっかけで『本来の自分に戻りたい』と強く願えば、あの姿は自然と元に戻るはずだ、とも言われている」
「では、アレクシ様はそのために……?」
「ああ、その通り。僕はなんとかして、彼の『番』を探し出し、ヴェリオスをもとの姿に戻してやろうと考えていた……けどね」
アレクシは苦笑すると、言った。
「……もう、その考えはいったんあきらめたのさ。『番探し』は一旦お預けだ。その代わり、目下の喫緊の課題を解決することにしたんだ」
「喫緊の課題、というと……?」
――では、アレクシは俺のことを『ミエス・ランタ』であると疑っているというわけではないのか?
「見ただろう、あの傍若無人なヴェリオスを! かつては優雅だった『陽光の宮』も、今やあのお子様の癇癪でメチャクチャだ。このまま放っておけば、王宮ごと破壊しかねない」
「ヴェリオス様は、幼児化して性格まで変わってしまったんでしょうか?」
――かつての王太子の姿は、冷静沈着で、知性にあふれ、堂々たる存在だったはずだ。
だが、アレクシは静かに首を振った。
「いや、あれがの本来のヴェリオスだ。僕の記憶にある限り、幼少期の彼はまさにあのままだったよ。世間が知っている完璧な王太子・ヴェリオスは、言ってしまえば、徹底的な王太子教育の産物だった」
「それなら、その教育をまたはじめから……」
そう言いかけた俺に、アレクシの顔が陰った。
「それができればいいんだけどね。実は、ヴェリオスの教育係だった者が、この状況を知って……すっかり臥せってしまっていてね。彼にとって、ヴェリオスの成長は自らの人生の結晶だった。それが一夜にして水泡に帰したんだ。その絶望はいかばかりか……」
「でも、それでもこのままヴェリオス様を好き放題させておくわけには……」
「そう、そう! ソルは必ずそう言ってくれると思っていたよ」
アレクシが誇らしげにうなずいたそのとき――、
俺たちのいる小部屋の扉が、控えめにノックされた。
「アレクシ様……その、お連れ様に、ヴェリオス殿下よりお話があると……」
淹れたての香り高い茶を一口含むと、アレクシは満足げに目を細めた。
「うん、やっぱり茶葉の選定は大事だね。淹れ方も文句なしだ……さて、ヴェリオスの竜化か。たしかに今のヴェリオスには尻尾があるけれど、なぜそうなっているのかは、宮廷医にも誰にも分からないままだ」
そう言って、アレクシは肩をすくめる。
「今のところの仮説では、幼児化の副作用というのが有力だ。ただ尻尾があるだけで、それ以上の異変は見られない。たとえば鱗が生えているわけでもないし、牙が伸びているわけでもない。特に害もないから、今は静観するしかないというわけさ」
「……害はない、と」
――尻尾が生えている時点で、十分異常事態だと思うのだが……。
「けれど、本当に厄介なのは、ヴェリオスが自分の意志で、あの姿のままでいようとしている、ということなんだ」
「……ヴェリオス様の、意思で?」
アレクシは深くため息をつき、カップを置いた。
「おそらくだが、ヴェリオスは『番』と引き裂かれ、二度と会えないという絶望から、自分の心を守るために……、自ら子どもの姿へと変化したんだと思う」
「そんなことが……」
「竜人の血を引く者の中には、強い感情が肉体に影響を及ぼす者もいる。彼の場合、幼児化することで情愛の苦しみから逃れたかったんだろう。あの年齢なら、本能のままに食べて、寝て、遊ぶ。そして、気に入らないことが起これば癇癪を起こす。それだけで済むからね」
アレクシは、茶と共に供された綺麗な焼き菓子を一つつまみ、微笑んだ。
「本人は至ってお気楽なものさ。でも、あれは一種の心の防衛反応だ。壊れかけた自分自身を守るためのね」
その言葉が、俺の胸に重く残る。
「宮廷医の話では、ヴェリオスが何らかのきっかけで『本来の自分に戻りたい』と強く願えば、あの姿は自然と元に戻るはずだ、とも言われている」
「では、アレクシ様はそのために……?」
「ああ、その通り。僕はなんとかして、彼の『番』を探し出し、ヴェリオスをもとの姿に戻してやろうと考えていた……けどね」
アレクシは苦笑すると、言った。
「……もう、その考えはいったんあきらめたのさ。『番探し』は一旦お預けだ。その代わり、目下の喫緊の課題を解決することにしたんだ」
「喫緊の課題、というと……?」
――では、アレクシは俺のことを『ミエス・ランタ』であると疑っているというわけではないのか?
「見ただろう、あの傍若無人なヴェリオスを! かつては優雅だった『陽光の宮』も、今やあのお子様の癇癪でメチャクチャだ。このまま放っておけば、王宮ごと破壊しかねない」
「ヴェリオス様は、幼児化して性格まで変わってしまったんでしょうか?」
――かつての王太子の姿は、冷静沈着で、知性にあふれ、堂々たる存在だったはずだ。
だが、アレクシは静かに首を振った。
「いや、あれがの本来のヴェリオスだ。僕の記憶にある限り、幼少期の彼はまさにあのままだったよ。世間が知っている完璧な王太子・ヴェリオスは、言ってしまえば、徹底的な王太子教育の産物だった」
「それなら、その教育をまたはじめから……」
そう言いかけた俺に、アレクシの顔が陰った。
「それができればいいんだけどね。実は、ヴェリオスの教育係だった者が、この状況を知って……すっかり臥せってしまっていてね。彼にとって、ヴェリオスの成長は自らの人生の結晶だった。それが一夜にして水泡に帰したんだ。その絶望はいかばかりか……」
「でも、それでもこのままヴェリオス様を好き放題させておくわけには……」
「そう、そう! ソルは必ずそう言ってくれると思っていたよ」
アレクシが誇らしげにうなずいたそのとき――、
俺たちのいる小部屋の扉が、控えめにノックされた。
「アレクシ様……その、お連れ様に、ヴェリオス殿下よりお話があると……」
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