泣きたがりの君に優しい歌をあげる

佐野川ゆず

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「瀬野川、歌へたくそだな」
「じゃいあんみたいだな」
「騒音だ!」

 小学校3年生の音楽の時間。歌のテストがあった。
 私は実は歌を歌うのが苦手で、その時間がとても憂鬱だったのだ。
 学校を休みたいと言ったが厳格な両親はとてもではないが休ませてなんてくれなかった。 そして案の定、同じクラスの男のこからは酷い言葉を浴びせられて……その日以降私は学校に怖くていけなくなってしまったのだ。

「さくら、どうして学校に行かないの?お母さん、心配だわ」
「どうしても行けない」
「行けないのなら理由を教えて」

 どうしよう。理由を言ったらお母さん悲しむかな?子供がいじめられていたらとても嫌な気分になるんじゃないかな?

 そんなことを考えてわたしはお母さんに理由を言うことができなかった。
 学校を休み始めて一週間が過ぎた。心配していたお母さんだが、気分転換になるとおもったのだろう。田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの所へ少しの間行ってみないか?と提案された。
 わたしはお母さんの田舎が好きだったのですぐに返事をした。ここから少しでもいいから離れたかった。離れて嫌な思いを忘れたかったのもある。



「わー!雪が降ってるね」
「この辺りは早くから雪が降り始めるからね」
「そうなんだ!ちょっと遊んで来てもいい?」
「いいわよ」

 お母さんの田舎に来て、久々に息が出来たと思った。
 都会の空気はどこまでもどんよりと曇っていて、息苦しい。そして部屋の中に居ることも凄く辛かった。
 でも、ここはそういう閉鎖間がない。周りの目を気にすることもない。そして真っ白な世界。まるでわたしがいた世界とは違う時間が流れていると思った。

 真っ白な世界の中を思いっきり走った。少し足がもつれたりしたけれど新雪を踏みしめながら私は走り、思いっきり空を見上げて寝転がる。
 空はどこまでも真っ青で、長らくこんな青を見ていなかったと思った。

「どうしたんだよ?何泣いてんの?迷子?」
「え?」

 突然に頭の上から降ってきた言葉に私は自分の目元を触って起き上がる。確かに涙が出ていた。

「泣いていたんだ。わたし」
「泣いてるの気付いてなかったのかよ」
「うん」
「頭、真っ白だぞ。風邪ひくよ」
「あはは」

 その言葉に少しだけ笑ってしまった。 
 わたし、笑ったのもいつぶりだっただろうか。少しだけ顔が引きつってしまう。頬が涙と寒さでぴりぴりとした。

「何わらってんだよ」
「なんとなく!」
「ばっかじゃねぇの」
「気持ちいいところだね」
「そっか?何にもねぇけど……」

 わたしを見て男の子は怪訝そうな顔をした。どうやら自分と同じくらいの年齢の男の子だと思った。

「ねえ、あなた、学校は?」
「おまえこそ、こんな所でこんな時間に何してんだよ」
「わたしは休憩中だよ」
「休憩中?」
「うん、疲れたから学校は休憩中」
「休憩中かぁ。じゃあ、俺も休憩中」
「そっか、一緒だね」

 わたしはその男の子としばらく話をした。
 彼は歌手を目指していて、名前は「真夏」というらしい。とても彼に合っている名前だと思った。なぜなら自分の夢を語る瞳がキラキラと輝いていて、真冬の出来事なのに、まるで真夏のような太陽の輝きを感じて心が暖かくなったからだ。
 わたしのひえきっていた心は暖かく熱を持って、そして身体からやる気がみなぎって来た。

「得意な歌を歌って。わたし、歌が下手で、それで学校に行けなくなっちゃったの」
「歌で?!歌は人類を救うんだぞ!上手くなくても心がこもっていればいいんだよ」
「そうなんだ」
「そうだよ。でも歌うぞおれは。きいとけよ」

 真夏くんが歌ってくれた歌は、当時とてもはやっていた女性アイドルの歌だった。遠くまで紙飛行機を飛ばして、勇気を出して生きていこうという、私にぴったりの曲だった。
そして真夏君のまだ変声期前の歌声は雪の結晶のようにキラキラとかがやいていた。

「すごいね!絶対にこれから先、テレビで真夏くんの歌を聞く日が来ると思う」
「あたりまえ!待ってろよな」

 そういって私は彼と別れた。
 知っているのはお母さんの田舎にいたということと真夏という名前だけ。

 わたしは田舎から帰ってすぐに学校に復帰した。音楽のテストも気にせずに受けた。それはいつも真夏くんの心からの声が頭に残っていたからだ。

そして時は流れ……

「、あ、真夏くん?!」

 そう、テレビで真夏という名前の歌手を見つけたのだ。
 それがあの真夏くんかはわからなかったけれど、キラキラと瞳を輝かせて歌を歌い上げる彼ばあの時の真夏くんだと私は思ったんだ。


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