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第一章 アルミュール男爵家

第一話 私は王だ

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 俺の名前は王明賢おう あきたか。母が台湾出身のハーフだ。名字は、父が格好いいからという理由で婿に入った結果である。
 小さい頃はイジられたりして嫌だった時もあるけど、今は父と同じで格好いいと思っているし、誇りを持っている。

 仕事は実家の銭湯を継ぐために、大学を卒業してすぐに実家に戻った。
 早くに父を亡くし、苦労してきた母が体を壊してしまったからだ。
 ついでに祖父母が経営している、隣の拳法道場の手伝いもすることに。

 生活は楽ではないけど、ノルマを熟したり精神をすり減らしたりといったことはなく、のびのびと楽しく仕事をしている。
 何といっても番台に座るという夢を叶え、大きなお風呂に入れるという贅沢ができるのだ。

 ――最高っ!

 天職に出会えたことを日々感謝していた。
 しかし、幸せな日々は突然終わりを告げたのだ。

「おぉーーー! 成功だっ!」

「質を数で補ったといったところかっ!」

「早速鑑定を始めますわっ!」

 何だコレ……。

 番台に座っていたはずなのに、広い結婚式場みたいなところに来ていて、頭がおかしいオッサンがコスプレしている。
 周囲を見渡してみれば、コスプレした人たちがたくさんいた。

 誰かこの状況を説明してくれないかな? と思っていると、小学生くらいの男の子が大きな声で教えてくれた。

「異世界転移、キタァァァァーー! しかも、集団転移とか……っ! ハズレは誰だ!?」

 ……なるほど。

 これが流行の異世界転移なのか。小説では読んだことあるけど、実際経験すると理解しがたいものなんだな。

「傾注っ!」

 将軍風の大男が、不安を口にしたり家に帰せと言ったりしている者たちを鎮めるため、騒いでいる小学生を窘めるため、そして王冠を被っている人に視線を集めるために声を上げた。
 特に騒いでいる小学生の存在は鬱陶しく、「おまえかっ! おまえかっ!」と、周囲の人に指を差してハズレ探しをしている。

 さも自分がアタリであるかのような振る舞いだ。
 一応黙ったが、指差し確認は続けられていた。

 将軍風の人も気にしていたが、面倒に思ったようで、無視して王冠の人に頭を下げた後、兵士の列に戻っていった。

「よく来たっ! 異界の愚民どもっ! 余は【ヌール神聖帝国】皇帝だ! 拝謁できたことを光栄に思うが良いっ!」

 ――愚民?

「私は王だ」

 キラリと瞳を輝かせて雰囲気を出していたのだろうが、雰囲気を出すぐらいな言葉に気をつけろと言いたい。

「――はっ?」

 ……言ってしまったぁぁぁーーー!
 名前に誇りを持ってからは「バイト!」とか、「お前!」とかって言われることを不快に思うようになった。
 初対面の人ならいいんだけど、目の前の人は初対面どうこうではなく拉致をした犯罪者だ。

 犯罪者に愚民とか光栄に思えとか言われても、とても我慢できるものではない。

「だから、私は王だ。愚民ではない、言葉には気をつけていただきたい」

「余は皇帝ぞ?」

 また瞳を輝かせて雰囲気作りをしていたが、おじさんのキメ顔を向けられても気持ち悪いだけなんだけど……?

「それで? 拉致をしたことに対する謝罪は?」

「……どういうことだ?」

「何が?」

「……貴様には聞いておらんっ!」

 そう言うと、隣に立っていた魔導師風の男性に体ごと向けてコソコソ話し掛け始めた。

 それにしても誰も話さないけど、もう不安も不満もなくなったのか? 早くない?

「ははははっ! 笑えるっ! 嘘つくなら、もっとマシな嘘つけよなっ! おまえみたいな若い王なんかテレビでも見たことないんだけどっ!?」

 誰か話さないかな? とは思っていたけど、一番御遠慮願いたいヤツは話し始めた。
 落ち着くことを知らない小学生だ。

 魔導師風の人たちが一瞬振り返ったが、無視して話し合いを続ける。
 王女風の若い女性は全員の顔を見てメモしていたのだが、その作業が終わったのか、話し合いに合流した。

「おいっ! おまえだな? ハズレはおまえだな? 詐欺師っ!」

 小学生が指を差しながら近づいてきたと思ったら、俺の胸に人差し指を押しつけてグリグリし始めた。

 ――パンッ!

 正当防衛だ。
 まぁちょっと近すぎたから、胸ぐらを掴んで遠ざけてからの平手打ちだけどね。
 もちろん、手加減はした。
 実家の道場で慣れているから安心して欲しい。

「なっ! いったいなぁーー! 親にもたたかれたことないのにーーっ!」

「正当防衛だ。それに不敬ぞ?」

 昔やったなーー。王様ごっこ。

「だからぁーーー! それは嘘だって言ってんだよーーー!」

 こんな騒ぎが起こっても誰も騒がないって……。
 なんかされたっけ?

「無視すんなーーっ!」

「静かにせよっ! 陛下の御前だっ!」

「ご苦労」

「――貴様のことではないっ!」

 冗談なのにーー。

「まぁ落ち着いてくれ。それよりも話し合いの結果を聞きたいのだが?」

「それついては賢者殿から説明があるっ!」

 将軍風の大男が言う賢者というのは、先ほどの魔導師風の人物だ。

「まず、そちらの少年の疑問から答えよう」

 将軍風の大男が怖いのか、仲裁に入られてからは遠くから幼稚な語彙で罵詈雑言を叫んでいる小学生。
 賢者もうるさく感じたようで、話を進めるために説明してくれるようだ。

「今回の召喚は近距離にある様々な世界から一人ずつ、いなくなっても構わないような人物を百人選別した上での召喚である。お互いに相手を知らなくても仕方がないのだ」

「だそうだ、少年。私を詐欺師扱いした上、攻撃してきた不敬は、さきほどの平手で許そうではないか。慈悲深い私に感謝するが良い」

「嘘だっ!」

「おや? 賢者殿の言うことが信じられないとでも? 私は信じているよ?」

「じゃあなんていう国だよっ!」

「世界が違う人に国名を言っても仕方がないでしょ
う? 実際、今いる国の名前を聞いてもどういう国でどんなものがあるかなんて分からないんだから」

 もっと言えば、国名が合っているかも皇帝が本物かも分からない。……言わないけど。

「えぇ。そのとおりですね。では、話を進めます」

「お願いしよう」

「おーーいっ!」

 喚く小学生の前では、拉致被害者も加害者もない。あるのは、騒音被害者のみ。

 一向に静かにならない小学生を宥めようと、皇帝が直接話し掛けた。
 
「ほう、騒ぐだけあるではないか。貴様の言葉を借りるならば、貴様はアタリだ」

「――ふぇっ? マジっ? ヤリーーーっ! オレの時代、キタァァァァーー!」

 罵詈雑言が自画自賛に変わっただけで、うるさいことには変わらない。でも、こちらに絡んでこないだけマシと考えて話を進めることに。

 要約すると、今回のアタリは小学生だけ。
 小学生以外はハズレ判定となり、送還されるらしい。
 このとき元の世界には帰れるとは言わなかった。送還されると言ったのだ。
 典型的な詐欺師の言葉遊びである。

「……王位を持つ者とは知らず、大変失礼な態度をしてしまったことを謝罪する。帰還してしまう貴殿に対する詫びの印として、我が国の国宝を贈ろう」

 送還させた後は二度と会うことがないだろう相手に国宝を渡すか? 俺なら渡さない。
 召喚されてからずっと魔法陣の上に立っているんだから、そのまま送還させればいいだけの話。賠償という無駄なことはしない。絶対に。

「こちらを」

 兵士の一人がボーリングの球と同じくらいの水晶玉を手渡してきた。
 これが……国宝? え? 貧乏なの?
 パワーストーン専門店に置いてあるものにそっくりだよ?

 俺に国宝を渡している間に皇帝と小学生が魔法陣から離れ、王女風の女性と将軍風の大男と賢者が近づいてきた。
 それぞれ手のひらサイズの水晶玉みたいなものを持ち、俺たちがいる魔法陣の外側にある三つの小さな魔法陣の中に入っていく。

 俺たちが帰るだけなら彼らが個室に入る必要はないだろうから、明らかに何かをしようとしている。……何かは分からないけど。

「なーーるほどーー! リセマラだーー!」

 帝国側は分からなかったみたいだけど、俺は分かってしまった。
 小学生の世界と似た世界だったのかも。

 リセマラだとしたら、俺たちは生贄なんだろう。
 ボーリング球の正体は分からないけど、どうせ死ぬなら一人でも道連れにしてやる!

 魔法陣が光り出した瞬間、その場にボーリング球を置いて魔法陣の外に飛び出した。
 狙いは一番近くにいる賢者。
 右手に長杖、左手に水晶玉を持っているせいで抵抗が少ないと判断した。
 実際に、突然の奇襲に驚いて体を硬直させているようだ。

 まずは露出している部分で一番弱い部分――目。

「――うがぁっ!」

 目に指を突き入れると同時に、胸ぐらを掴んで元の場所に戻る。
 目潰しされた衝撃で杖は落としたのに、水晶玉を離さないように必死になっていることから、国宝もあながち間違いでもない気がしたのだ。

 ボーリング球を掴んで、ボーリング球で賢者の顔面を滅多打ちにして水晶玉を奪う。
 血みどろになったボーリング球は賢者の服で綺麗にした。

「おいっ! 術を止めろっ!」

「無理ですっ! 賢者様が発動した術式は、賢者様しか停止できませんっ!」

「クソッ! 近衛隊は魔法陣を包囲して、ヤツを外に出すなっ!」

「「「はっ」」」

 元々外に出るつもりはないよ。魔法陣の外は死地だろうからね。

 将軍風の大男の行動を注視していると、その場に水晶玉を置いて魔法陣に向かって来た。

「将軍っ!」

 やっぱり将軍だったか。

 何故か動くことがない被害者たちを雑にかき分け進んでくる。
 小さい方の水晶玉をポケットに入れ、ボーリング球と賢者を持って将軍から離れる。被害者が障害物になっているおかげで、荷物を持ったままでも鬼ごっこを楽しめた。

「そいつを返せっ!」

「二人揃って我がバンダイ王国に招待しようではないかっ!」

「た、頼む――」

 俺の元に将軍の手が届きかけた瞬間、魔法陣が光に満たされた。
 直後、俺は気を失った。

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