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第一章 アルミュール男爵家

第十六話 名誉挽回の方法

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 放火の後しばらく雨を降らせたため、場所を変えて話し合うことにした。
 まだ夜中なのにと思わなくもないが、朝にすると逃げそうだから眠いのを我慢して話し合いに臨む。

 当然、メイベル以外の全員が集合した。

 メイベルも住む予定だから当事者と言えば当事者だが、男爵家の恥をさらしたくないパパンたちが許可しなかったのだ。

「エルード殿にガンツ殿まで、いったいどうなされた?」

 未だに状況を理解できていないジジイに、パパンが簡単に事情を説明する。
 その間、我関せずといった態度でふんぞり返っている男がいた。ニコライ商会の会長であるニックだ。

「ふむ……。本当に許可を出したのだな?」

「えぇ。公正証書もあるそうで」

「それを確認したのか? よもや子ども言葉を鵜呑みにはしておらんよな?」

「それはっ!」

 全員の視線が俺に集まる。
 視線の多くは疑いの視線だ。

「はぁ……。この期に及んで言い逃れをしようとは思いませんでした。それが御祖父様の騎士道精神ですか。もちろん、そうやってごねることを予想して許可書と公正証書をお持ちしました。どうぞ、ご確認ください」

 パパンに書類を手渡した後、客人に体を向けて頭を下げる。

「エルード殿にガンツ殿、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。すでに当主が許可を認め、双子及び領兵が放火した旨を認め、賠償の話し合いを設けている場で蒸し返すなんて……。今しばらくお付き合いください」

「うむ。状況が分かっている者がいて良かった。少年の顔を立てて、今しばらく茶番に付き合おうではないか。なぁ、ガンツ?」

「早くしてほしいものだがな」

 よしっ!
 これで敵と味方の線引きができたな。
 現当主のパパンが認めたんだから、今更契約書とかどうでもいいんだよ。
 何のためにあの場に確認したと思ってるんだか。

「確認したようですので、書類を返して下さい」

 苦虫をかみつぶしたような表情で書類を渡してきたが、俺は本家を信用してないので、上から下まで隅々まで変更がないことを確認する。
 そのあと、持ってきた鞄に収納した。

「では早速、賠償請求をさせていただきます。ニコライ商会に」

「――はっ!? 何故ウチがっ!?」

「可愛いお孫さんでしょ?」

「いやいやいやっ! 現当主は父親でしょっ!? 息子が可愛くないんですか!?」

「可愛くないみたいですよ?」

「カルムっ!」

 パパンが怒る意味が分からない。
 息子が可愛いというなら、カルム少年に草を食べさせて昏睡状態にし、エルード殿を呼ばないなんて鬼畜なことはしないだろうよ。
 ママンが泣いて頼んだが呼ばれることはなく、その頃からママンの気持ちは離れていったそうだ。

「可愛いのですか? それならば平等に扱うべきではないですか?」

「――そ、それはっ!」

「なんだ、カルム坊ちゃんは父親に甘えたいだけだったんですね?」

 何だ、コイツ? 話を聞いてなかったのか?

「誰がそんなことを言いました? 平等に扱えと言っています。罪を犯した双子の肩を持つなと言っているんです。そもそも領主のすることではないでしょう? 公正な態度で罪を裁くべきです! それとも神父様を連れて来ないと話し合いもできないのですか!?」

 神父を連れて来られて困るのはジジイだろう。
 だからここに呼んでいないのだが。

「まずはいくらなのかを知りたいのだが……ガンツ殿、具体的な金額を教えてもらえないかね?」

「最低でも紋晶貨五〇〇本だな」

「「「――五百っ!!!」」」

 驚くのも無理はない。
 俺も顔に出さないようにしているが、すごく驚いている。
 紋晶貨というのは印鑑みたいな形状の貨幣で、国家間でしか使われないような貨幣だ。

 それが五百……。つまり、五十億である。

 最低価格が五十億って……。破産するんじゃないかな?

「ニコライ商会には荷が重すぎます……!」

「だが、支援を約束しているだろう!?」

 価格を聞いた瞬間、賠償のなすりつけ合いが始まった。

「おいっ! 最低って言っただろ? 今回は千本だっ! これでも安い方だぞっ! オークションに出せば、もっと高値がつくだろうよ!」

「……せ、千っ!」

 ニックの顔色が青から土色に変わり、今は白になっていた。体を小刻みに震わせ、目が虚ろになっている。

 なんかまな板の上に乗せられた魚みたい。

「僕が代案を出しましょうか?」

「――何だっ!?」

 ジジイがすごい形相で睨んできた。

「何でもありませーん」

「ふざけている場合かっ!」

「ふざけていませんよ? ただ教えを請う側の態度ではないかなって思っただけですよー? だって、僕は被害者側ですからねー。頑張って紋晶貨千本を用意して持ってきてください。三日以内にっ!」

「「「――三日っ!!?」」」

「世界に名をはせるニコライ商会なら余裕でしょう?」

 当たり前だけど、三日という期日に対して意味はない。
 引き延ばさないようにすることと、代案を聞きたくなるようにするためだ。

 ちなみにママンや第一夫人も部屋の中にいるが、ママンは没落と言えども貴族出身だから余裕の態度で座っている。
 対する第一夫人は、ニック同様顔を白くさせて震えていた。

 双子は拘束されて隅の床に座らされており、ヤツらの妹は部屋で寝ている。
 双子と共謀した領兵は牢の中に詰められているが、セバスチャンはジジイの威光により無罪となった。

 領兵もしばらくしたら出てくるんだろうな。

「カルムっ! 教えてくれっ! どうすればいい!?」

 パパンが千本に堪えきれず質問してきた。
 まぁ話を進めたいからよしとしよう。

「今回の主犯と共犯が現物を採りに行けばいいんですよ。もちろん、セバスチャンもですよ?」

「レイトも? 何故だ?」

 パパン、あなが言ったからだよ?

「え? 父上が言っていたではないですかー! 許可書は出したが、レイトが止めなかったなら記録に残っていなかったと。止めなかったということは、何をするか知っていて止めなかったということですよね?」

 あとエルード殿がいいこと言っていたな。

「さらに、エルード殿も言っていたじゃないですか? 領主の許可がないことを領主の名を騙って行う放火は反逆行為だと。それを知った上で止めなかったのですよ!? 普通ならありえないことですよね!? それともセバスチャンとレイトは別人なのですか!?」

「同一人物だ……」

「ですよね。では話を戻しますが、現物採取はお金を集めるよりも現実的だと思いますよ。さらに、ニコライ商会次第で減額しても良いですよ?」

「ニック殿っ!」

 減額に聞こえるだけだけどねー。
 実際は増額するんだけど。

「な、何をさせるつもりかね……?」

「まず、支援と謳っている貸し付けは帳簿から消し去ってください。偽装した借用書も全て目の前で焼いて下さい。その上で、本当の支援契約を教会で神父様立ち会いの下、新しく結んでいただきます。当然、古い方は破棄します」

 紋晶貨千本と聞いたときよりも驚き、そして震えているニックに追加の要求を伝える。

「さらに村内の商業活動を活性化させることに同意するということを、教会で神に誓ってもらいます」

 具体的な内容を挙げるなら――。

 外部の行商人を排除しない。
 ギルドに圧力をかけて有利な契約を結ばない。
 暴利をむさぼらない。
 ぼったくらない。

 といった、悪徳商人以外ならやらないようなことばかりだ。

「もちろん、悪質な契約は精査して結び直すこともお忘れなく。――あっ! 勘違いしてもらっては困りますよ? 恨みではなく、男爵家の御用商人を名乗る者には誠実な商人でいてもらいたいだけです」

 ジジイが大好きな言葉をぶっ込んでトドメを刺そう。

「全ては男爵家の名誉を守るためです!」

「――ならば仕方ない。ニック殿、よろしく頼む!」

「そんなっ! 私ばかりが何故っ! 男爵家はっ!?」

「男爵家も名誉のために頑張りますよ。もうすぐサーブル家伝統の討伐戦がありますから、領兵の仕出かした不名誉な行いを、領兵仲間が挽回しようと奮起してくれるでしょう!」

「うむ。そのとおりだ」

「では僕も少しだけ協力させていただきます。紋晶貨千本のところ、九五〇本にしましょう!」

「「「なっ!!!」」」

「喜んでいただけたところで、議事録を教会に提出してきます!」

「カルムっ! ちょっと待てっ! 現物を採取してくればお金を払わないで済むんじゃないのか!?」

「そんなこと言いました? 放火という罪はなくなりませんよ? 彼らは犯罪奴隷にならずに済むのですよ? 十分ではないですか? それに父上は重大なことを見落としていらっしゃる」

「何……?」

 はぁ……。分からないかな?

「まず第一に、保護している某国の令嬢の宿泊施設が放火されたということ。第二に半年かけて造っていた家が完成直前だったということ。第三に双子はもうすぐ学園に行くということ」

 伐採を終えて家が完成するまで学園に通わないのかな?

「採取はいつ終わるんですか? 家はいつ建つんですか? 家が建つまで学園に行かないんですか? 名誉が傷つきますよ? 僕は男爵家の名誉を守るためにお金を要求しているんですよ?」

 名誉ゴリ押しじゃ弱そうだな。

「しかも今回の火事は多くの人が目撃し、消火活動を手伝ってくださいました。男爵家の嫡男が民家に放火したのに無罪になったというような話が、他領でされたら困るでしょう? それを防ぐためにも褒賞を出してあげたいのです!」

 賠償から出すんだから、男爵家から出したのと同じだ。
 これで納得して欲しい。

「期日は相談に応じますよ」

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