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第二章 シボラ商会

第二十八話 第一号

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 ギルド近くの飲食店から怒声が飛んだと思ったら、若い男が店外に突き飛ばされてきた。

「誤解ですっ! 俺は何もしてませんっ!」

「ふんっ! 悪さをしたやつはみんなそう言うんだっ! 悪人が自分から罪を認めたら、騎士団も兵士もいらんからなっ!」

「お前の不正は私が責任を持って証言させてもらった! この店の看板に泥を塗ることは私が許さないっ!」

「そんなっ! 不正に気づいたのは俺ですよ?! 俺が犯人なら自分から言い出すわけないじゃないですか!」

 ふーん……。そういうことか……。

「お話し中失礼します」

「――何だ!?」

「まぁまぁ興奮しないでください」

『あなたの背中に乗っているユミルに驚いているんですよー』

『なるほど』

 言われてみれば驚くかもしれない。でも降りる様子がないから、現状ではそのまま話すけどね。

「あなたはこの店に残りたい理由でもあるんですか?」

「そうじゃないっ! 俺はやっと店を持てるようになったのに……こんな騒動になったら取引をしてくれる商人も見つからなくなるし、何より人が来なくなるだろっ!」

「それは自業自得だろ!」

「だからっ! 違うと言っているじゃないですかっ!」

「まぁまぁ落ち着いてください」

「落ち着けるかっ! こっちは人生がかかってるんだぞ!」

「身の潔白が晴れれば、あの店をやめても構わないということですね?」

「それができればなっ!」

「簡単ですよ? 不正をしたと言っている証人が犯人ですからね」

 【如意眼】の透視で見た結果を伝えただけなのだが、そこそこ衝撃的だったようで野次馬含めて全員が黙ってしまった。

「――なっ、何を言うっ! 私が、この私が犯人だと!? 侮辱するのもいい加減にしろっ!」

「審理にかけますか? お金は僕が全額払いますよ?」

「何だと!?」

「ですから、『公衆の面前で無実の罪を着せられたという侮辱行為をされた。だから僕を訴えて賠償金を請求したい』と、教会に行って訴えてください」

 もちろん、この請求をする上で絶対に避けては通れないことをしなければならないのだが……。

「ただし、審理にかける場合は身の潔白を神々に誓わなくてはいけません。争点は無実の罪を着せられたということですからね。事実だったら、侮辱ではないのですから」

「そ、それは……! 私の寛大な心で訴訟を回避しよう! 君みたいに幼い子どもからお金を搾り取るなんて、私の良心が許さないよ!」

「お金の心配はしなくていいですよ?」

 ポケットから金貨を数枚取りだして見せる。
 ……端から見たらクソガキだな。

「――なっ!」

「個人的には白黒はっきりさせておきたいので、一緒に審理をしに行きましょう。行かないということは、罪が明るみに出るのが怖いという裏付けになりますしね? お互いに利益がある行動をしましょう!」

「い、行かないっ!」

「店長さんどう思います?」

「私は副店長を信じている! 見ず知らずの子どもの言うことなんか、誰も信じるわけがなかろう!」

「あっ! これは申し遅れました。僕はカルム・フォン・サーブル。アルミュール男爵家の三男です」

「「「――なっ!」」」

「見ず知らずの子どもではなくなりましたが、信じてもらえるでしょうか?」

 結局犯人のことは有耶無耶になり、誤解によって犯人と決めつけてしまったと謝罪することで片付けた。

「お兄さん、お店はどうするんですか?」

「いや……無理だ……でしょう?」

「普通に話してくれていいですよ」

「……助かる。あの人らは納得してなかっただろうから、店を出しても材料を揃えられないし、ニコライ系列だからギルド経由で店舗も押さえられてるだろうよ」

「もう借りたのですか?」

「いや。内見が終わって数店舗に絞り込んでいる状態だ」

「じゃあうちの使用人になりませんか?」

「――はっ!?」

 さっきの人たちは店ぐるみではめて、死ぬまで働かせるつもりだったらしい。
 というのも、彼の腕がめちゃくちゃ良いのに独立すると言い出した。ライバル店が増えるだけでなく、味が落ちては客がごっそり持っていかれると危惧したわけだ。

「いやいや。男爵家の使用人の裁量権があるのか!?」

「男爵家の使用人ではなく、僕個人の使用人です。僕は商会を設立しまして、そこの従業員兼分家の料理人です。給金は僕が出しますから、男爵家とは無関係です」

「いやいやいや! 結局男爵家のお金だろ!? 一緒じゃないか!」

「男爵家のお金ではなく、僕のお金です。僕の家が火災で焼失したことは有名な話ですね。その賠償金をニコライ商会に請求しています。男爵家を通していないお金ですよ?」

「ち……ちなみに……いくらか聞いても?」

「総額で九十五億スピラです」

「――キュッ!!!」

 口がキュッとしたまま固まってしまった彼を無理矢理動かし、パシリの勧誘を継続する。

「どうかな?」

「店は……持てるのか?」

「すぐは建物がないから無理だけど、僕は銭湯をやってるから、そこの食堂を自由に使っていいよ」

「あれ? あそこって公営じゃないのか?」

「僕の土地で僕が建てて僕が運営してるから違うね」

「……すまん」

「いいんですよ、誤解が解ければ。では早速僕の商会に移籍してもらいましょう!」

「移籍!?」

 詳しく聞いたところ、彼は商人ギルドに登録していなかった。
 前の悪徳食堂の店主が独立されないように詳しく教えなかったことと、給金を誤魔化す契約書を作っていたかららしい。

 仮に給金が誤魔化されていましたとギルドに訴えても、商人ギルドは登録している商人を守るから、不正店主が守られることになる。
 これらを教えず泣き寝入りさせていたらしい。
 当然契約変更も知るはずもなく、説明するより登録させた方が早いと判断した。

「あの……何故銭湯の登録にここまで時間がかかるのか聞いてもいいですかね?」

 あとから行われてお兄さんの登録が終わったにもかかわらず、銭湯の登録が一向に終わらない。
 さすがにイライラが募り始めて来た。

「こちら公営ではないかと一部から声が上がっておりまして、調査に時間がかかっています」

「その一部という方を呼んでいただけますか? 証拠の書類をお見せしますから!」

「――少々お待ち下さい!」

 さすがに怒っていることが伝わったのだろう。
 受付嬢は走って呼びに行った。

「お待たせしました」

 しばらく待った後、受付嬢が数人の老人を連れて戻ってきた。

「朝から大分待ちましたよ」

「何じゃ? 公営施設を私物化しているくせに言うことが偉そうではないか」

「こちら土地の権利書と上物の権利書に、建設契約書に設計図の控え。それから、運営計画書です。全て僕の名前が記載されているかと思いますが、いったい誰が公営などと虚言を流したのでしょうか?」

 閉じたまぶた越しに相手を睨む。

「是非とも犯人を捜し出したいですね。そして審理にかけましょう。次はどこの組織が路頭に迷うでしょうかね?」

 犯人を知ってるぞ?
 と脅したら、真っ先に受付嬢が反応した。
 つまり、商人ギルドが噛んでいるということだ。

 そりゃあ承認されないわ。

「いつまでも無駄な時間をかけるというのなら、仕方ありませんね」

「ほう。諦めるかね?」

「いえ。他領のギルドで登録します。このギルドでのやり取りを全て話してですがね」

 懐から出した白紙の紙に朝から現在までのやり取りを全て詳細に記し、受付嬢に手渡した。
 【虚空蔵】の瞬間記憶と記録を使えば、俺は人間コピー機になれるのだ。

「それに全て書いてあると思いますが?」

 裏で話していた罵詈雑言から、ろくに調査なんてしていなかったことも細大漏らさず記入した。
 【順風耳】で拾えない音はないんだよ?

「――ただいま処理しますので、どうかご寛恕くださいませっ!」

「善処します」

「おいっ! 勝手なことをするなっ! 調査は終わっていないんだぞっ!」

 俺は提出した書類をかき集め、余った時間でさっきと同じ報告書を量産し始めた。

 受付嬢は俺が報告書を量産し始めたことに気づき、老人たちを黙らせるために報告書を押しつける。
 そして「読んでくださいっ!」と声を上げた。
 決して大きくはない声だったが、緊迫感と怒りが多分に含まれている声色だ。

「――こ、これはっ!」

「さーてと、皆さんこれが気になっているんじゃないですか? 三万スピラで売りましょう!」

「ま、待てっ!」

「朝から大分待ちましたよ?」

 老人たちが必死になっているせいで報告書の価値が上がり、何人かの商人が興味を持ち始めている。
 十枚くらい書いたから、全部売れれば金貨三枚になるだろう。

「お待たせしましたっ! 処理は終了しました!」

「本当ならこんなに早く終わるんですねー! 今日の売り上げが消失してしまったので、ここでしばらく稼がせてもらいますね? 場所代は先ほど現物支給したからよろしいでしょ?」

「どうかっ! どうかっ! ご寛恕のほどをっ!」

「原因の人たちは謝らないんですか?」

「なぜ私たちが謝らねばならんっ! 私たちは仕事をしたまでだっ!」

「……どうしても謝らないと?」

「くどいっ!」

「そうですか。今日はもう帰ります」

「ふんっ!」

 受付嬢だけは不安そうにこちらを見ていた。

「どうするの?」

「教会に行く」

「もしかして……また?」

「そうだよ。正当な権利だよ?」

「神父様が前に言ってたんだけどね……。最近の男爵家は人使いが荒いって……」

「……たくさん働いて稼いでるんだね! いいことだ!」

「「……」」

 メイベルとお兄さん改め――ディーノのジト目が突き刺さっているが、俺は自分のせいではないと考えている。

 何故なら、被害者だから。

「というか、どうでもいいけど……重くないのか?」

 そのどうでもいいことを女の子であるユミルに言ってしまったがために、ディーノはユミルに蹴られることになるのだった。

「イタァァァーーーッ!!!」

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