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第二章 シボラ商会

第四十二話 逃亡者

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 神官騎士は怪我を負っているが、百人もれなく捕縛できた。
 ちなみに、手加減の上手さをアピールしていたバラムだったが、バラム班に捕縛された神官騎士は全員血みどろになっている。

 だからか、先ほどから一回もバラムと視線が合わない。

「おい! 分身はズルいだろっ!」

 と、抗議をしているのはディーノだ。
 何故なら、彼らはビリだから。
 さらに言うと、バラム班だけ四人だから。

「カーティルも分身?」

「いえ、配下を召喚しました」

「召喚できるんだー!」

『生前の能力ですねー。伯爵級以上のデーモンは元々配下を持ちー、好きなときに召喚できましたからー』

『なるほど』

「ディーノくん、カーティルの召喚も魔法みたいなものです! 僕も魔法です! ズルくはないんですよ!」

「くそっ! せっかく私兵団入りを免除してもらおうと思ったのにっ!」

「か、カルムっ! その人たちがいるんだから、ボクが私兵団に入らなくてもいいんじゃない!?」

 アルの言う者たちは、当然神官騎士たちのことだ。

「この人たちに表をウロチョロされると面倒でしょ? だから、この人たちは裏方の仕事をしてもらう予定なんだ! それに、私兵団入りの免除は絶対にしないから大丈夫!」

「「……」」

 絶望の表情で俺を見るアルとディーノ。

「でも、専門職があるせいで私兵団に集中できないと言い訳されるのも面倒だなー」

「え? 料理人は約束だよな?」

「あっ! ディーノたちは変えないよ。仲間を作ってあげようと思って!」

 今回の馬車移動中に盗み聞きした内容から、彼らの好きなことや得意なことが判明した。
 私兵団+何かの役職に就ければ、全員平等となって言い訳ができなくなるだろう。

「まずはゲイルくん! 君には怪物村の代官をお願いしよう! 農業や開拓計画の会議には参加するように!」

「え? は、はい」

 ゲイルは不明なことは質問できる真面目さがあるし、植物にも詳しい。
 辺境伯領の領都近くの村に住んでいたから、発展した村の雰囲気というものも分かるだろう。

「次はラルフくん! 君は生産部長に就いてもらう! 帰還後は特別仕様の馬車を製作するので、会議に参加するように!」

「はい!」

 彼は手先が器用で、サイズが合わない装備は自分でリメイクしてきたらしい。
 素直にすごいと思い、物作りが好きな彼には生産系の仕事を丸投げしようと思う。

「最後にジェイドくん! 君には私兵団長という責任重大な仕事があるから、他の仕事を与えるなんて良心が許さない……」

「……あったんだな。良心が」

「だからね、奴隷の管理を任せようと思ってる!」

「やっぱりなかった! それ、一番キツいヤツっ!」

「これでみんな同じだね!」

 全員俺とメイベルを見ているが、全力でスルーさせていただく。
 スルーついでに二位の者たちに賞金を配る。

「フルカス、百人の人手を活かせる仕事ってあるっけ?」

「製塩でしょうか」

「……ジジイ曰く、技師が行方不明らしい」

「男爵家の製塩技師なら南方伯爵領におりますよ」

「……何で知ってるの?」

「豚子爵が南方伯に紹介して移住させたからですね。豚子爵の家計が傾いたとき、ちょうど南方伯が製塩技師を探していたそうで、男爵家から南方伯に移住させることで援助してもらったそうです」

「……じゃあ、まさかとは思うけど……?」

「はい、ご想像の通りです。バカラ子爵家に攻撃を仕掛けたのにもかかわらず、お咎めがないどころか領地併合を正当化した者は共通の寄親である南方伯です」

「――神父様!」

「な、何だ?」

「神官立ち会いで行われた神前契約または神殿契約の解除は、契約者同士が教会で破棄契約をし直す必要があるんですよね?」

 特に平民の技師や官僚を雇う場合は、背信行為を防ぐために神殿契約以上の契約が求められる最低基準だ。
 一応税金をもらって暮らすわけだから、領地や領民に対する裏切り行為は万死に値する。

「……そうだ」

「神父様は男爵家ができる前から辺境の教区を担当していたそうですが、破棄契約をしに来た者はいますか?」

「いない。というか、技師と男爵家の契約は俺がしたから、破棄契約がされれば男爵家が知らないはずない。破棄契約の要請だけでも報告の義務があるからな」

「でしたら、技師は背信行為による逃亡。南方伯は他領の技師を拉致誘拐したことになる」

「証拠もありますしね。あの豚は南方伯に対する保険として大事に保管しておりましたよ」

 神父様の証言に、フルカスが見つけた証拠あれば言い逃れはできまい。

「よしっ! 南方伯領に行こう! カーティルは神官騎士の護送と尋問を頼んだ。廃教会を狙う理由が知りたい」

「はっ!」

 神父様には証人として同行してもらいたいから……。

「メイベル、シスターのことを頼んでもいい? もちろん、ユミルもつけるからさ」

 神父様の後顧の憂いをなくすという理由もあるけど、メイベルの存在を外部に漏らしたくないという理由もある。

「うん! 屋敷の客室に寝かせて置けばいい?」

「いいよ! ユミルはみんなを守ってあげてね!」

「グァ!」

 胸をポンと叩いて頷く姿が可愛い。

「アルは帰宅してエルードさんに事情を話しておいて」

「分かった!」

「ディーノはシスターの病人食と、ママン含むみんなの食事をお願いね!」

「おう! やっと料理人らしい仕事だっ!」

 私兵団は、今回は置いていくかな。
 まだ手の内を晒すのは嫌だしね。

「私兵団諸君はアルを自宅に送った後、村の様子を確認して異常がないか確認すること。銭湯で食事を摂った後は、僕が帰宅するまで銭湯と屋敷の警護を任せる!」

「「「はい!」」」

 ん? いつもと返事が違うな?

『あなたから漏れた魔力が威圧みたいになってますよー』

『なるほど。気をつけないとね』

「怪物村までは送るから、そのあとは神官騎士に馬車を引いてもらって」

「わかったー!」

 百人もいれば馬の代わりになるだろう。
 今更荷車に乗り換えるのも面倒だし、子どもやユミルも馬車に乗りたいだろうしね。

「準備してー!」

「はーい!」

 カーティルが配下に指示を出して神官騎士を集め、アルとメイベルにユミルは馬車に乗り、ついでにシスターの面倒を見ている。
 大人組は馬車の周囲で警戒していた。

 一応様になっているんだな。

 そして俺はというと、転移魔法の準備をしていた。

 混沌属性に含まれている属性の一つに空間属性がある。
 転移ができたり、亜空間を創ったりできるらしいが、長い歴史の中でも使えた者はごくわずからしい。

 というのも、【魔導眼】の転移と違って一度行った場所の座標を知らないと使えないという欠点があり、座標を読み取ることや記録すること、さらに術式に組み込まないといけないらしい。
 俺は【虚空蔵】の解析や瞬間記憶などをフル活用した上で、自分の魔力を込めた目印を設置して転移魔法を完成させた。

 空間指定が曖昧だと周囲を巻き込むということで、廃村である怪物村で練習していたのだが、想定していた通りの事故が発生し、複数棟の建物が消失した。

 グリムの忠告通り、家で練習しなくて良かったと心から思う。

 足下の影を徐々に広げて行き、全員が影の上に乗っていることを確認して魔法を発動する。

 ――《転移》

「「「「うぉっ!」」」」

 俺の転移は特殊らしく、影に落ちるように転移する。
 実際に落ちているわけではないが、エレベーターのときのような浮遊感が襲うから、慣れないとかなりビックリすると思う。

 特殊な転移魔法になった原因は、俺の属性が元々黒属性だったかららしく、おそらくその影響だろうとグリムは言っていた。

「よしっ! 無事に着いたね! じゃあ行ってくるねー!」

「……どうやってだ?」

 転移に驚いていた神父様が、馬車がないことに気づいて移動方法の確認をしてきた。

「こちらにお乗り下さい」

「……荷車」

 馬車よりも狭く、馬車と違って簡単な囲いしかついていない。
 唯一の救いは格子になっているから、掴まれるということだろう。

 先に乗り込んだバラムとフルカスが神父様を手招きしている。
 神父様は私兵団を道連れにしようとジェイドたちを振り返るも、全員一斉に目を逸らして乗車を拒否していた。

「ロープで固定すれば大丈夫! ただ、少しだけ見晴らしが良くなるだけです! 海がある領ですから、きっと綺麗ですよーー!」

「ば、馬車と交換……」

「荷車は馬がいなくても動くけど、馬車は馬不在で動かないでしょ? 動いたら不気味です」

「何で俺が……。平穏無事な生活を送りたいだけなのに……」

「僕の名前の由来ですね」

 俺の発言により一時的な静寂が訪れた。
 しかし、視線だけはうるさいほど俺に注がれていた。

「……出発進行ーー!」

 ◇

 まもなく夕方。
 グリムの結界と俺の魔力のゴリ押しにより、短時間で大陸南端の貿易港を持つ南方伯爵領に到着した。
 神父様は加速段階に入った瞬間、恐怖のあまり気絶した。

 おかげで気にせず速度を出せたのは不幸中の幸いだ。

「フルカス、製塩所はどこか分かる?」

「伯爵のところには行かないんですか?」

「逃がされたら困るし、アポなしで突入すると不利な立場になるでしょ? 行方不明の逃亡者を発見したから捕縛したと言った方が、向こうは言い逃れできないじゃん」

「なるほど」

「それに口封じされたら面倒でしょ?」

「ふむ。では、我は向こうの攻撃を阻止する行動をしよう」

「そうだね。まだタキシードがないから、冒険者を雇ったことにしよう」

「ふむ。早速あの銀色のタグが役に立つのか」

「ですな。試験をやった甲斐がありますね」

 ということで、簡単な作戦を立て製塩所に向かった。
 製塩所は港の端にあり、技師の仕事場もそこなんだとか。

 発見の方法は【占術】。
 俺の努力結晶にもあった技能だ。フルカスから吸収したことで、一応俺も使えるらしい。
 しかし、フルカスの占術は別格だ。

 技師の書類を使って居場所を捜したり、少し先の未来を見たりが可能らしい。
 つまり、フルカスに手がかりを一つでも掴まれた時点で詰むということだ。

「当機はまもなく着陸します! 気絶している方を起こしてあげてください!」

「うむ。《起きろ》」

 直後、強制的に飛び起きる神父様。
 アレが本来の【雷声】の使い方らしい。

 ……絶対嘘だと思う。

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