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第二章 シボラ商会

第四十三話 狼藉者

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 製塩所の扉には『御用がある方は受付へ』という貼り紙があったので、現在は受付の前で技師を待っている。
 当たり前だが男爵家の関係者とは言っていない。

 商人ギルドのギルド証を見せながら、塩の取引について話したいと技師を呼んでもらった。
 何故なら、技師は所長だからだ。

「ポーロさんはいますか?」

 という質問に――

「所長ですか?」

 と、受付嬢が答えたから間違いない。

 ちなみに、神父様は顔バレしてるからバラムと一緒に荷車で休んでもらっている。

「大変お待たせしました。私が製塩所で所長を任せてもらっているポーロです」

 少し侮りが混じる表情で俺とフルカスを値踏みするポーロは、当然のごとくフルカスにあいさつをする。

「僕が商会長なんですけどね」

「こ、これは! 大変失礼しましたっ!」

「いいんですよ。罪の数なんて無意味ですから」

「つ、罪?」

「あっ! あいさつがまだでしたね。僕はカルム・フォン・サーブル。アルミュール男爵家の三男です」

「――なっ!」

「さぁ、男爵家に帰りましょう。そして裁判を受けてもらいます。フルカス、連行しろ」

「御意」

 逃げようとするポーロを難なく捕縛し、外に連れ出すフルカス。

「受付嬢さん、ポーロは男爵領の脱走技師ですので連れて行きます。南方伯閣下には後日教会から、拉致誘拐の罪状が記載された告訴状が届くことでしょう。早めに伝えることをオススメします。では失礼します」

「そんなっ!」

 受付嬢の言葉を無視して荷車にポーロを乗せ、ポーロの家に向かう。

「これ、なーんだ?」

「んんんーー!」

 口枷をしているから全く分からない。

「これはねー、あなたを南方伯に紹介した子爵お手製の隷属の首輪です! あなたも家族もみーんな、これのお世話になりますよー! また子爵のお世話になれるのです。嬉しいでしょー?」

 怯えるポーロの首に隷属の首輪を付け、強制的に大人しくさせる。
 首輪のおかげで、取り調べや審理がスムーズに終わることだろう。

「――早速来たねー!」

「そのようだ」

「フルカスは神父様を守ってあげてね」

「御意」

「ほ、本当に……戦闘になるのか!?」

「戦闘? 戦闘にはなりませんよ?」

「本当か!」

「蟻が何十匹来ても戦闘とは言わないでしょ?」

「……ここに常識人はいないのか!」

「えー! 僕は常識的だと思いますよ? 法律に照らし合わせた行動をしているだけですからね」

「……一番非常識っ!」

 ここ数日で一番不憫なのは間違いなく神父様だろう。
 帰ったらシスターと慰め合うといい。

「なんだー! 待ち伏せかー! ポーロの家に侵入する輩の討伐っていう理由かな?」

「ふふふっ。我らの建前はどうする?」

「そうだねー。男爵領民を保護しに来たら、強盗と鉢合わせてしまったから討伐したことにしよう」

「弁明させないように口は一生閉じていてもらおうと思うが?」

「当然だね。多勢に無勢。加えて、子どもと神官がいる状況だ。余裕がなかったで済む」

「フルカスは護衛か。なら、我が一人で相手をしよう」

「その方が建前が活きるね」

「だろう」

 ポーロはもちろん、神父様も顔を真っ青にして固まっている。

「神父様、怖がらなくていいんですよ! 僕も怖いけど……精一杯のお金を払って雇った護衛がいるからね! ポーロさんも絶対に男爵領に連れて帰るから安心して!」

「「……」」

「ふふふっ。笑わせるな」

「ホォー!」

「ぼ、僕は真面目だもん!」

 そろそろ敵が近づいてきたから、子どもの演技に全力を尽くしているのだ。
 面白いかもしれないが、あまり笑わないでくれると助かるな。

「うっうん! 着いたぞ」

「ごめんくださーい!」

「やめろ。その声」

 幼い子どもらしい声を出すも、バラムに小声で抗議を受ける。
 結構工夫しているのに、努力を無に帰すようなことを言わないで欲しいな。

 コツは、「さーい」の部分を「たーい」と混ぜること。それとハキハキ話さず、舌をあまり動かさないこと。

「あらあら。誰かしらね?」

 扉が開いた瞬間扉を掴み、体を半分滑り混ませる。

 これで扉が閉まることは絶対ない。
 俺の怪力を上回る怪物を連れてこない限りは。

「僕はカルム・フォン・サーブルと言います。アルミュール男爵家の三男ですが、ここに僕がいる心当たりはありますか?」

 【洞察眼】の看破と読心を使用し、わずかな動揺すら見逃さないようにする。

「だ、男爵家のっ!?」

「えぇ。長い間捜しましたよ? さぁ一緒に帰りますよ?」

「ど、どうして……?」

「どうして? 男爵家と契約した技師なのに、他領で塩を作ってどうするんですか? 背信行為で指名手配されてますよ?」

「そ、そんなっ!」

「――あっ! 御孫さんですか?」

「――っ!」

「一族郎党処罰対象なんですわーー! 一人も逃しませんよー?」

「そんなっ! やめてっ! まだ生まれたばかりなんですよっ!? 何の権利があって……!」

 コイツら……何言ってんだ?

 製塩技師が逃亡したから男爵家の家計が傾き、ニコライ商会というゴミをのさばらせることになり、俺も死にかけて領民も多く死んだ。
 なのに……何の権利が? ――だと!?

「あなたたちは人殺しなんだよ? 人を殺しても裁かれないの? じゃあ今からあなたの孫を殺しても大丈夫だよね?」

「嘘言わないでっ! 私たちは誰も殺してないっ!」

「あっそ! 言い訳は神々の前でどうぞー!」

 ちょうどバラムも終わらせたみたいだから、さっさと連行してしまおう。

「おっ! バラム、綺麗に処理したね」

「うむ。手加減の練習になったぞ」

「下の方は血みどろだけどね」

「そんなことはないぞ」

 死体の山ができているのだが、下の方の死体を綺麗な死体で隠すという子どもみたいなことをしているのだ。

 バラムには神父様の護衛を頼み、フルカスには家捜しをしてもらうことに。
 俺は当然、首輪と口枷をはめる作業だ。

「母さんっ! これはどういうことっ!?」

「はい、お兄さんにもプレゼント!」

 【観念動】で首輪をはめてあげる。

「奥さんは他人だけど、どうなるの? 神父様」

「対象内だ」

「イエッス!」

「なんで喜ぶんだ!?」

「禍根を残したら楽隠居できなくなるでしょ?」

「……楽隠居したいやつの行動じゃない」

「えー! ニコライ商会を排除したいからなー!」

 生活苦のママンに体を売れば良いと言ったことは絶対に許さないからな。
 ママンの酷いことをした者は全て、バラムの【全知】により判明している。

 一人残らず復讐していく所存だ!

「ニコライ商会と豚子爵に南方伯はグルだったみたいですよ。書類が出てきました。あと、男爵家の家宰もグルですね」

「あぁー! 何だっけ……セバスチャンだっけ?」

「……レイトですね」

「あぁーー! そんな名前だったね!」

 全員連れだしたあと、めぼしい物を全て【魔導眼】で収納する。

「――んっ? ポーロさん、僕はポーロさんの家族が心配なんだ! 他に誰がいないか話して!」

 口枷をずらして命令すると、絶望の表情を浮かべた。

「――む、娘が……いる」

「地下だよね?」

「――あぁ……」

「フルカス、わざと?」

「えぇ。心を折っておこうと思いまして」

 怖っ!

「少年、騎士団だ」

「何の用だろ?」

「お前……マジで言ってんのか!?」

 ついに神父様からお前と呼ばれてしまった。
 微妙にショック……。

「貴様らっ! フドゥー伯爵領で狼藉を働くとは何事だっ! 大人しく縛につけぃっ!」

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、他領の貴族を問答無用で捕縛するというのはいかがなものでしょうか?」

「――何だと!?」

 【洞察眼】で鑑定したところ、彼は平民だ。
 つまり――

「それが貴族に対する言葉遣いかっ! 伯爵閣下の教育はいったいどうなっている!?」

 と、強気に出れるわけだ。

 あんまり好きな方法ではないが、話のペースを握られるわけにはいかない。

「――し、失礼しました!」

「以後気をつけていただきたい。では、改めて狼藉と主張しているものに対して説明させていただきます」

「お、お願いします」

「彼らはずっと捜していたアルミュール男爵領の領民なのですが、家に訪問したところあそこにいる全身黒尽くめの男たちに襲撃されたのです。どうやら強盗か何かだったようですが、多勢に無勢です。護衛の数も少なく殺すほかなかったのです。つまりは正当防衛です」

「せ……正当防衛……?」

「ビスタっ!」

 死体の山を見た騎士団の一人が名前を呼んでしまった。

「……おや? 知り合いでもいましたか?」

「よくもっ! 仲間を――」

「し、失礼っ!」

 名前を叫んだ騎士を殴って黙らせる隊長。

「……仲間? 彼らは騎士団の仲間ですか? 貴族の子弟暗殺に騎士団が関与していたと? あらあらあらあら? 大スキャンダルですね?」

「…………個人的に親しくしていたのでしょう」

「ふむ。いかにも怪しい風体の彼らは騎士団とは無関係だと?」

「…………無関係だ」

「ふーん。司教様、聞きましたね?」

「あぁ。聞いた」

 司教がこの場にいるとは思わなかったのだろう。バラムの大きな体の後ろから覗く神官服に気づき、すごく驚いている。
 だけど、今からもっとその表情を驚きに変えてあげるつもりだ。

 襲撃者が使っていた小剣を持って襲撃者に近づく。

「何をするつもりだっ!」

「彼らは盗賊団です! 討伐者には死体の所有権と所持品の所有権があります! 冒険者ギルドに持っていけば懸賞金が出るかもしれませんね! ……ですが、体全てを持っていくとなると重そうです。首だけ持っていけば軽くなりますよね?」

 上段に構えた小剣を振り下ろして、ビスタと呼ばれた襲撃者の首を飛ばす。

「――んなっ!」

「そこそこの剣だ」

「何をしているか分かっているのか!?」

「うん? すごいっ! 優しいっ! 盗賊はこの領地で仕事するのがいいと思うっ! 盗賊の首実検のための処理をしているだけなのに、盗賊は騎士団に心配されてるよっ! 怒ってもくれてるなんてっ! もしかして……盗賊天国だったりします?」

「このガキっ!」

 煽り耐性の低い若手騎士が抜剣しながら飛びかかってきた。
 背後にバラムが来るように立ち位置を変え、攻撃を誘う。

「あざーすっ!」

 と言いつつ、騎士の剣を避ける。
 そこには神父様を護衛するバラムがいた。

「神父殿、危ないっ!」

 と、全く危なくない神父様を守るフリをしたバラムの拳が、バランスを崩した騎士の顔面を捉えるのだった。

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