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第三章 フドゥー伯爵家

第四十六話 以心伝心

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 五歳になってすぐに騒動に巻き込まれることになったが、今回のことで俺は外注の専属弁護士を雇えるようになった。

 まぁいつものように心の中で勝手に思っているだけだが……。

「おーい! ニコライ商会の神前契約がやっと終わったぞー!」

 俺の専属弁護士ことジークハルト司教も、今では『奈落湯』の常連だ。
 というのも、シスターの精神状態がよろしくないため分家でママンが世話しており、司教はしょっちゅう様子を見に来ていた。

 ちなみに、分家で面倒を見ている最大の理由は、夜中になるとフラッシュバックするようで、それをユミルが鎮静できるからだ。
 何故かユミルが踏みつけると大人しく眠りに就く。

 もちろん、踏みつけるまでは俺が魔眼で拘束しているから誰も怪我をしない。

「もれなく終わりました?」

「ギルドが商会員の名簿を出してくれたし、真偽の鑑定もしたから間違いない」

「よしっ! これで逃亡阻止と交渉前の事前情報漏洩対策ができた!」

 先日のセバスチャンの処刑が終わってすぐ、男爵家との交渉が行われた。
 交渉会場は、みんな大好き教会。

 司教に立会人を頼み、公正な取引を行うことになった。

 まず要求したのは、商会として行った地での捕縛だから褒賞を出して欲しいこと。
 当然拒否されたが、男爵家は商会の所有物を取り上げる家だという不名誉な噂が立っても良いならどうぞと伝えれば、先代当主は迷わず褒賞を出す。

 先代当主は領主としての能力はないが、武官として成り上がった武人だ。
 信賞必罰という言葉にすごい弱い。
 自分が褒賞で村をもらったからね。

 なお、褒賞はこれから男爵領に連れて来られるフドゥー伯爵一族の奴隷を、男爵家から購入する際の優先選択権をもらった。
 お金じゃないならどうでも良いと思ったのか、それとも俺が購入すると言ったからカモろうとしているのかは分からないが、あっさりと快諾されることに。

 ニコライ商会のニックだけは難しそうな顔をしていたが、彼は加害者であるため話し合いに口を出せない。
 せめて立ち会うことで情報を得ようと思っているのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 彼には地獄に堕ちてもらう予定だからだ。

 さて、次は技師の引き渡しである。
 身柄を引き渡す代わりに、製塩事業をシボラ商会でやると宣言する。
 だが、金のなる木を手放す馬鹿はいない。

 さすがの無能親子でも拒否をしたため、俺は手札を切ることにした。

「でしたら、製塩事業は男爵領以外でやるか、莫大な資金を投じる必要がありますが? よろしいですか?」

 と。

 男爵領で唯一製塩ができていた土地は、怪物村の所領であり俺の土地だ。
 製塩技師も俺の手許にあるのだから、男爵家には製塩事業を興す手立てはない。山を削って海までの道を切り開くか、他領に技術提供して塩を売ってもらうか。

「ニック! どうする!」

「私は……口出しできませんので……」

「被害者が聞いているんだ! 答えよ!」

 ジジイがブチギレているが、どうすることもできまい。

「技師は我々の手許に来るわけですから、別の方法を試すなら、成功確率は低いのではないでしょうか? 私たちの懐は痛みませんしね。失敗したら、土地を……そのもらえばよろしいのでは?」

「――銭湯のように取り上げるつもりですか? ニコライ商会は子どもに対してエグいことをしますね?」

「――んなっ! 教会で侮辱するとはっ!」

「ん? 証拠があるけど、ここで出してもいいんですか? 今回はわざわざ見逃してあげたのに?」

「……なんのことか分からん。私は……男爵家のことを考えて……」

「でも神前契約で僕の土地になったから、絶対に譲るつもりはありませんよ? 成功しても失敗しても男爵家には関係ないってことでしょ? なら、勝手に事業を興します。ニコライ商会は塩の販売を禁止されているから、みんな買ってくれると思いますよ」

「勝手なことを許すと思うのか!?」

「許すも何も、誰かが事業を興さないと今まで通り塩を買うことになるんですよ? 僕はニコライ商会みたいにぼったくらないから安心してください」

 土地所有権と技師所有権という最強カードにより、成功後の専売も認められた。
 ただ、失敗したら安い土地代で貸すことと引き換えになったが。

 あと、製塩事業に関連して伯爵家との交渉の場に僕も立ち会うことを宣言する。
 場所は教会で、司教も慰謝料のことがあるから立ち会うように提案した。

「最後に、僕からの提案です。この度、ニコライ商会が男爵家を裏切っていたというショックな事実が判明しました。セバスチャンのように処罰することは簡単ですが、第一夫人や子息たちとわだかまりが残るのもよろしくない」

「「「…………」」」

 訝しげに俺を見ているが、男爵家にとっては悪い話ではないはず。

「ニコライ商会の商会員は全て反省しているでしょうし、ここは彼らに慈悲を与えるべきです。彼らはもう誰が主か分かっているはずです! これからは二心を抱かないでしょう!」

「ど……どうしようと……?」

 ニックが凄まじい動揺を見せるが無視して続ける。

「今回の塩の売り上げを全額一括返済は不可能でしょうから、返納を待つ間の利子は彼らの忠誠で払ってもらうのです」

「「忠誠?」」

 無能親子は分からないか……。
 ニックは早々に気づいて顔面蒼白だぞ?

「支払いが終わるまで、ここアルミュール男爵領で領主家及び領民に尽くし、領主家にとって不利益になることをしないように誓ってもらいましょう! さすれば神々もその忠誠を認めてくれるはず!」

「そ、そんな……!」

「忠臣を一人失いましたが、神々も認める忠臣が商会丸ごと手に入るのです! しかも、第一夫人の血族というところも信頼できますね!」

「「それはいいなっ!」」

 初めて無能親子と心が通じ合ったかもしれない瞬間だった。

 ◇

 ニコライ商会の神前契約も終わり、伯爵たちの交渉団が到着するまでは時間に余裕ができた。

 製塩事業は魔導具を開発中だから、とりあえず横置いておく。
 代わりに今まで放置していた怪物村の開拓をすることを提案された。……ゲイルに。

 代官の仕事が大変だからという理由で、私兵団の訓練を休もうとしているらしい。ディーノのように。

「ジーク様!」

「おい! やめろ!」

「シスターは呼んでたのにー……」

 俺とメイベルがニヤニヤしながら、シスターの様子を見に来た神父様をからかう。

「そ、それで何だ!?」

「あぁー! シスターの主治医は僕なんだけどー」

「――はっ!? あれ? エルードは!?」

「エルードさんは……相談役です!」

「ほ、他は!?」

「ちょっと! 失礼ですよっ! 僕は神医でもあるんですから!」

「た……たしかに……回復薬は……」

「違います。僕は神々と約束し、治療法を聞いたのです。これも僕の信仰心が為せる業っ」

『信仰心がある者は神の眷属をボコボコにしないと思いますよー』

『シッ』

 俺には精神力を鍛えるという名案があるのだ。

「そんな馬鹿なっ!」

「神々とモフモフに誓いますよ?」

「グァ♪」

「……じゃあどうやって治すんだよ」

「とりあえず明日、怪物村に行きますよー!」

 神父様に持ってきてもらいたいものリストを渡して、無理矢理帰ってもらった。
 準備が必要なものもあるからね。

「諸君! 明日はゲイルくん提案の怪物村の開拓をします! 訓練は一時中止して朝早く集合してください!」

「「「「はいっ!」」」」

「「はーい!」」

 気合が漲っている前者は私兵団で、気の抜けた後者は訓練に参加していないメイベルとディーノだ。

「では、解散!!!」

 ◇

 翌朝、ママンにシスターを連れて村に行くことを告げると、少し心配している様子だった。
 シスターはずっと引きこもっていたからね。

「御安心をっ! 僕たちが絶対に守ります!」

「みんな無事に帰ってくるのよ?」

「「はい!」」

「グァ!」

「ホォー!」

 シスターは寝かせた状態で担架ごと運ばれている。
 朝方ユミルによる強制入眠を体験したばかりだから、もう少し寝ていてもらおうという配慮だ。

「「いってきます!」」

「いってらっしゃい」

 外に出ると担架を持った私兵団とバラムたちが、司教と馬車を待っていた。
 馬は西門近くの馬屋に預けることにしており、今日も早くから待機していてくれている。

 まぁ馬屋にいる馬たちが暴れて怪我をしないようになんだけど。

「グァ?」

「何でもないよ」

 相変わらず背中に乗る可愛いユミルだが、馬にとっては恐怖の対象らしい。

「待たせた! ――って、どうしたんだ!?」

「シーッ! 寝ているだけですよ」

「そ、そうか」

 心配している神父様だが、今は自分の心配をした方がいいと思う。
 私兵団は神父様を指定席に案内するつもりだぞ?
 他に座らせず、神父といったらバラムの隣となるように動いてるぞ?

「お、おい! 何すんだよ! 俺はアリアが……」

「シスターは副会長と秘書様が見るから大丈夫だって!」

 ディーノはユミルにだけ様付けをして呼んでいる。名前でも役職でも変わることはない。

「ほら、乗ってー! 今日も飛ぶよーー!」

 朝靄があるおかげでさっさと飛び立てる。
 エルードさんには子どもの足で数十分と言ったが、怪物村までどすこいパワーを使った移動で数十分という意味だ。
 それほどまでには遠い。が、飛べばすぐだ。

「――はーい! 到着ーー!」

「今日はまだマシだったな!」

「慣れたせいかもなー!」

 違うと思うなー!
 バラムの訓練で精神的に強くなったんだと思うなー!

「諸君! 一つ目の業務を始める! これはシスターには見せられないので、大人たちがやること!」

「ボクは?」

「うーん……やらなくていいよ」

「「「「えっ!?」」」」

「お前が言うほどなのか!?」

 私兵団も神父様も酷いなぁ。
 シスターの治療のための準備なのに……。

「この前拾ってきた盗賊の死体があるでしょ? 遺品を回収して裸になっているやつ」

「拾ってきたっていうか……」

 神父様の言葉は無視だ。

「一体だけ首がなかったと思うけど、アレと同じように残りの十九体も処理してくれたまえ!」

「「「「「…………何で?」」」」」

 神父様を含む大人組のシンクロ率がすごい!

「首を蜜蝋漬にするから」

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