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第三章 フドゥー伯爵家

第六十四話 笑止千万

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 尾行が鬱陶しかったため、薬を作った後はどすこいパワーによる移動に切り替えた。
 バレないように徐々に速度を上げつつ、収納魔法を使用していく。

「カルム、何してるのー?」

「メイベル、野営で必要かなってものを拾っているだけだよ」

「ん? なんだろ? 水?」

「火起こしに使うものだよ」

「あっ! 薪かっ」

「そうだよー」

 俺は明るいうちに取りに行ける範囲の薪を全て収納魔法に取り込むという嫌がらせを行い、尾行者に冷や飯を食わせるというプチざまあ計画を実行していた。
 ダンジョンに来ているんだから、非常食くらいは持っているだろう。
 それが貴族の口に合うか別にして。

「じゃあそろそろ野営の準備をしようか」

「テントを出してくれ」

 ポーチの容量を確保するため、ダンジョンに入る前にジェイドたちの私物を預かっていた。
 その中からテントを出して欲しいと言ってきたのだが、俺は商人ギルドからもらってきたクランハウスを取り出した。

「――おい……何コレ……」

「もらってくるって言ったじゃん。将来的には兵舎にする予定だからね。村に帰ったら設置場所を決めたり修繕や増築をしたりと、やることがいっぱいあるよ」

「うむ。双剣術も習いたいのだろう? これまで以上に効率的に鍛えてやるから、仕事の時間もしっかりと確保できるぞ」

「やったなっ!」

「「「「…………」」」」

 ディーノだけ、自分は今まで通り料理に集中すればいいという態度でいた。
 しかし、この中で一番強くなってもらわなければならないのが、他ならぬディーノだ。

 何故なら、廃棄世界に行って獲物を獲り、最高の料理を作ってもらわなければならないからだ。
 こちらの世界で人間最強くらいになって欲しいと思っている。

「ディーノくん、君には僕の極秘プロジェクトを手伝ってもらいたいと思ってる」

「……え?」

「超豪華なホテルを作り、そこの総料理長になってもらうことが君の役割だ」

「総料理長……俺が……」

 まぁ一人しかいないんだけどね。

「そう。だから、自衛のためにも強くならねばならない」

「自衛……。護衛は……?」

「いつ引き抜かれてもいいように、自分だけでも強くなるんだ」

 ディーノにつける護衛は俺の召喚獣だから、引き抜くということは配置転換かモフモフタイムだろうけど。
 だが、この言葉に反応する者がいた。

「え? 嫌味?」

「ジェイドくん、気のせいだよ」

 嫌味ではなく皮肉だからね。

「でも……俺は……剣術はちょっと……」

 チラリと非常識な教官たちを見て拒絶するディーノ。

「安心して。ディーノは棍棒でしょ? 僕は戦棍メイスだからさ。僕が教えるよ」

「え? それは……どうなの?」

「メイベル、僕の訓練は優しいよね?」

「うん。怪我も治してくれるし、飲食もできるんだよ」

「じゃ、じゃあお願いしようかな」

「うん。こちらの申込用紙に記入して」

「あぁ……」

 よしっ! 生徒を一人ゲットだぜっ!
 ディーノを使ってカルム・メソッドを確立してみせる。

「あ~ぁ……。サインしちゃったよ……」

「アルフレッドくん、失礼なことを言うのはやめたまえ。ディーノくんは人間枠で唯一の家臣なんだから、相応の強さは必須なんだよ?」

「「「「「「……ん?」」」」」」

 メイベルと私兵団が疑問に思うのも無理はない。
 ディーノは私兵団としても活動しているからね。
 でも、そもそも分家の料理人として雇い入れ、ついでに奈落湯の食堂を経営しているのだ。
 私兵団もついでだから、訓練を抜けられていた。

 つまり、ディーノの同僚はジェイドたちではなく、バラムやフルカスにカーティルという人外である。
 そのことに気づかせてあげたのだが、本人は受け入れられなかったようで、ジェイドたちに縋りついていた。

 ジェイドは、申し訳なさそうな顔をして馬車の席について謝るという嫌がらせをしていたけど。

「もっと早く知っていれば……同僚同士で座らせてあげられたんだけどな……」

「やめろーー! 意地悪するなよっ!」

「ディーノ、ご飯ーー」

「ちょっと待ってろ。今は重要なことをだな」

「グァーー!」

「――ただいまっ」

 空腹のユミルを気にしてキッチンへと駆けていくディーノを見て、満足そうに頷くユミル。

「さすがだな、ユミル」

「グァ♪」

 神父様たちはバラムが人間枠ではないことを知らなかったのか、驚いて固まっている。
 結局食事の時間になるまで現実を受け入れるのに時間を使い、ジェイドに「あんな人間がいるわけないだろ」と言われ、それもそうかと正気に戻っていた。

 だが、ジェイドよ。
 鬼教官が悪口を見逃すと思うかね?
 頑張りたまえ。

「あれ? なんか寒気が……?」

 ◇

「やっと着いたーー。久しぶりの伯爵領の領都だーー。確か、特産は高品質の塩なんだっけ?」

「……相変わらず、いい性格してるよな」

「照れるーー」

「褒めてない」

 神父様と来た時以来だから、神父様も懐かしくて口が軽くなっているのかも。

「早速もらいに行こうか」

「え? 先触れは?」

「不要です。もらって帰るだけだしね」

「……本当にそれだけか?」

「もちろん」

 言葉通りもらって帰るだけ。
 ここでゆっくりしていれば、尾行者が追いついて来てしまうからね。
 面倒事になる前にトンズラさせていただく。

 それに門番から連絡を受けただろうから、俺たちが来ていることは知っているはず。
 門番たちの仕事を無駄にしないように、真っ直ぐに向かおうではないか。

「止まれ。ここはフドゥー伯爵家の屋敷だ。それ以上近づくなら拘束させてもらう」

「お仕事お疲れ様です。僕はアルミュール男爵家の子息で、カルム・フォン・サーブルと申します。契約の履行を求めに参りました」

「――んなっ」

 お前のせいでとても言いそうな視線を受けるも、追加の罰は怖いらしく何もしてこない。

「あのー、早くしてもらいます?」

「――書類を見せろ」

「破かれたら堪らないので、別の手土産をお持ちしました」

 女性陣と子ども組に目を閉じていてもらい、ダンジョンで襲ってきた騎士の蜜蝋漬を見せる。
 伯爵家の騎士と子爵家の騎士の混合部隊だったから、伯爵家の方の首を一つだけ見せることにした。

「そ、それは……」

「見た目は冒険者みたいなのに、全員お揃いの剣を持っていましてね。家紋入りの装備を全員が装備するほど盗まれたのか、それとも横流しされているのか、それとも本物の騎士が冒険者になりすましているのか? いったいどれだと思います?」

「――ここで待て。話を通して来る」

 もう一人の門番を残して、交渉していた方の門番が走って屋敷内に向かった。
 すると、残っていた方の門番が蜜蝋漬を回収しようと手を伸ばしてくるではないか。

「ど、泥棒ーーーーっ!」

「何だとっ!? これは我々のものだっ!」

「……何故?」

「仲間の首だからに決まっているだろっ」

「仲間? つまり、伯爵家の騎士だと?」

「そうだと言っているっ」

「……ちなみに、この人はダンジョンの入口で待ち伏せしていた襲撃犯ですよ?」

「ダンジョン内のことは罪にならんっ」

「それは襲撃を認めたことと同義ですよ?」

「嘘の被害で伯爵家を貶めるとは無礼千万っ」

 こんな人が門番で大丈夫かと思い、【洞察眼】で鑑定してみたところ、伯爵夫人の弟だった。
 コネ就職だから門番なのかな?
 いろいろな貴族に顔を覚えてもらえるかもしれないからね。

 ……優秀だったら。

「何も言わないということは、やはり嘘かっ」

「いえ、今は着替え待ちです」

「はっ? 誰の着替えだと?」

「私だ」

 被害者の中には武王国内で最高位の司教に就いているジークハルト様がいるのだが、伯爵家に向かうまでの道中に荷車内で着替えをしていたのだ。
 あの面倒な法衣を着て、身形を整えるという作業をシスターに手伝ってもらいながら高速で終わらせた。

「教会のものか?」

「私は司教のジークハルトだ」

「――はっ? この町の司教は知っているぞっ! また嘘を吐くのだなっ」

「はぁ……。私はアルミュール男爵領を担当している」

「そのようなものが何故伯爵領に来たっ」

「話を聞いていなかったのか?」

「話なんか関係ないっ! 何故来たと聞いているっ」

 俺と神父様は、面倒になったために蜜蝋漬だけ回収して黙り込んだ。
 そして神父様と門番の相手を押し付け合い、野次馬の話し声に耳を澄ませることにした。

「またあの門番かよ。貴族街の品位を落としているのがわからないものかね? 伯爵家も何で門番にしたのか……?」

「どうせ夫人のゴリ押しでしょう?」

「どこぞの侯爵家出身だっけ?」

「東部貴族出身だったはずよ」

「じゃあ【騎士王国フルサーン】と懇意にしているって本当かも?」

「というか、相手は誰だ? 熊を背負っているけど、ぬいぐるみか?」

「譲ってもらおうかしら。お嬢様が喜びそうっ」

 ――最後のヤツ、近づいたらどすこいパンチを噛ましてくれるわっ。

「お待たせしました」

「いえいえ。こちらの門番さんが楽しい方で、ついつい話が弾んでしまいましたよ。身元不明者の首を引き渡すために参ったと申しましたら、仲間の首だから供養したいと力説されてしまい、大変感動いたしました」

「「……」」

 帰ってきた門番が執事を連れてきたのだが、二人揃って射殺す視線をお馬鹿門番に向けている。

「はっ。私は容疑者に対して聴取を行っておりました」

「僕たちが容疑者ですか? 罪状は?」

「不敬罪だ」

「……不敬罪だとして聴取は必要ですか? 無礼な言動に対して罰を与える貴族の特権を、無理矢理当てはめた罪状なんですが? つまり、『コイツ、ムカつくーー! 死ねっ!』でいいわけです。司教様、彼は何と言ってましたっけ?」

「何しに来たかの質問だな。そちらの門番殿がいたときに説明したと思うが?」

「だから、私に説明したわけではないのだから、話したとかは関係ないのだっ! もう一度最初から順序立てて説明せよっ」

「門番にそこまでする必要あります?」

「当然だっ。私は伯爵家を代表して聞いているっ」

 マジか……。代表しちゃったよ……。
 同僚と執事も固まってるよ?

「すみません、彼が代表でいいんですか?」

「――失礼しました。門番の言葉は気にしなくて結構です。どうぞこちらへ」

「失礼します」

「ちょっと待てっ。許さんぞっ。私は許さんっ! 仲間の首がっ! 仲間の騎士の首だけでも置いていけっ!」

「……置いていきましょうか?」

「無視で結構です」

 敵ながら、苦労が忍ばれるね。

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