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第三章 フドゥー伯爵家

第六十五話 侵略戦争

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 伯爵家の中に案内されているが、邸内に入れるのは神父様と俺だけらしい。
 当然ユミルもダメ。

「グァ……」

「みんなを守ってあげてね」

 近くに執事がいるが、あえて護衛を頼む。
 変な人もいたからね。

「グァ」

「良い子」

 荷車に乗せた後、頭を撫でて機嫌を取る。
 ちなみに、グリムはとっくに姿を消して肩に乗っている。

「バラムとフルカスもよろしくー」

「うむ、任せよ」

「御意」

「お待たせしました。行きましょうか」

 なお、今回の交渉は神父様が行う。
 伯爵と対等に話せる地位についているからね。
 俺は神父様に任せてぼぉーっとしていればいい。

「こちらが【転写機】になる」 

 鑑定しても同様だったの結果だったから、何も言わず受け取る。

「それで、交換のものは?」

「その前に契約書を確認してもらおう」

「ダンジョン攻略の邪魔をしないだったはずだが?」

「理解しているのなら、何故襲撃などしたのか説明をしてもらおうか?」

「ふむ……。襲撃? 心当たりがないな」

「こちらを御覧になっても?」

 神父様の合図で木箱から、蜜蝋漬と家紋入りの長剣を取りだした。もちろん、ギルド証もある。

「このような者は知らんな」

「ほう……。門番は仲間の騎士の首だと奪いに来たのだが……おかしなこともあるものだ。部下は知っているのに、主君は知らないということは新人なのか、それとも他の勢力の者か。いずれにしろ身に覚えがないと申すのなら仕方あるまい。この者たちの調査は、教会からギルドに出しておくとするよ」

「……一先ず私に預からせてもらえないか? 教会との関係を思えば、是非とも調査に協力したいと思っているのだが?」

「いやいや、伯爵の手を煩わせるまでもない。ギルドに頼めばすぐにわかること。領民思いの伯爵には、領民のことに心を尽くしてもらいたい。このような犯罪者のことではなく」

「いやいや、他ならぬ司教様からの仕事だ。敬虔な信者が多い我が伯爵領の民も喜ぶだろう」

「調査といっても確認作業だけで大したことはない。先ほどの門番が、『ダンジョン内のことは罪にらない』と、行為自体は認めてくれたのでな」

 伯爵のこめかみがヒクヒクしてる……。

「だが、契約書には犯罪かどうかは記載されてはいない。邪魔になったかどうかが問題であるわけだから、今回の行為は間違いなく邪魔であったと言えるわけだ」

「――どうすると?」

「天霊具と引き換えに証拠を引き渡すことが条件だったが、そちらが契約を反故にしたのだから交換はしない」

「好きにしろ」

「あと最後に賠償金は早く支払うことを勧める」

「手続きは終えている」

「これは失礼。さすが、仕事が早い」

 伯爵は睨むだけで何も言わなかったので、そのまま伯爵邸から出ていくことにした。
 帰るときには交代したのか例の門番はおらず、誰にも絡まれずに済んだ。

「囲まれているな」

「またかー。天霊具を取り返したいんだろうね」

「どうする?」

「とりあえず町の北西を目指そうか。そろそろ例の人たちが追いつきそうだから、鉢合わせしないところがいいね」

「うむ。それが無難か」

 人目につかない場所に行ければ転移もできるし、始末もできるだろう。

「それじゃあ出発進行ーー!」

 ◇

 【白毫眼】の第六感がチリチリと反応するから急いで移動し、第六感が反応しない場所を探して高台まで来た。

「おぉーー、絶景だねー。観光地にもできるんじゃない?」

「カルム、何でここに来たの?」

「なんか嫌な予感してね」

「嫌な予感?」

「うん。アレが正体だよ」

 メイベルに説明するために沖に向かって指を差す。
 俺とメイベルは【千里眼】を使えるから、何が向かってきているか一目瞭然だ。

「どうした?」

 見えない人代表のディーノが質問をするが、実際に問題が起こるまでは何と答えれば良いか迷う。
 未来視を使えばいいが、言えば面倒になる気がする。

「うーん……船がたくさん向かってきてるみたいだよ。ねっ、メイベル」

「うん。数十の船がいるけど、そろそろ見えてくるんじゃない?」

「んーー……アレか?」

「そうそう」

「何か広がってないか?」

 うん? その動きはやばいんじゃないか?

「はい、集合っ。様子は見てもいいけど、僕の前には出ないでね。バラムとフルカスもね」

「ふむ……。何か起きるのか?」

「あの動きが予想通りなら、かなりやばい」

 六隻の巨大な船は船首を港に向けたまま動いていないみたいだが、少し小さめの船が扇状の広るような配置で港を包囲している。
 およそ二〇隻の船が横っ腹を港に向けている。
 
 これは間違いなく、片舷斉射への準備だ。

「お金もらっておいて良かった……」

 さらば、伯爵領。

「――弾ちゃーく」

「カルム?」

 ――直後、想像とは違った方法で町が破壊された。

「え? 弾じゃないんだ……」

 砲弾ではなくビームみたいな攻撃方法だった。
 よくよく考えてみれば、魔法がある世界だから積載されている武装も魔法攻撃になるのが当然だろう。
 それにしても、あの巨大な船からの一撃はすごかったなぁ。

 他の包囲している船からの攻撃も、質を量で補うかのごとく凄まじいものだった。
 そのせいで港に停泊中の船は、もれなく木っ端微塵だ。当然港もね。

「――【ヌール神聖帝国】だっ! 虎の子の魔導戦艦を出してきたってことは……今回の侵略は本気だっ」

「西側の一団は教会勢力みたいですよ?」

「――はっ?」

「対応次第では、国内で聖職者狩りが行われるかもですね」

「確実に行われるな……」

「そしたらうちの村に来るといいですよ。教会はまだありませんが」

「そうする」

 外注の顧問弁護士が、商会内部の専属部署に異動してくれるわけだ。
 最高だね。

「カルム、どうするの?」

「うーん……何の思い入れもない場所だから、はっきり言ってどうなろうがどうでもいい。むしろ、ざまぁみろと思っている」

 侵略者が侵略されるという展開は、正に『目には目を』の状況では?
 国王が下した甘い裁定の代わりに、神の代弁者を語る教会が罰を与えに来たのかもしれないな。

「そうだよね……」

 メイベルは優しいからな。傷ついている人を見ていられないのだろう。

「でも船は欲しいんだよねー」

「え?」

「期待している人がいたら申し訳ないけど、ダンジョン内と違ってもっと助けにくくなっているからね」

「伯爵領はどうでもいいけど、何でダメなんだ?」

 ディーノの質問と同意する者が数人いるから、少し丁寧に説明しよう。

「ダンジョン内は無法地帯だから、ぶっちゃけ何をしてもいいんだよ。弱肉強食だからね。でも地上では法律があって、それに従わないといけない」

「人を助ける法律ってあったか?」

「今回はどの立場で介入すると思う?」

「貴族じゃないか? ノブレス・オブリージュとかいうのがあったろ?」

「あるけど……それは自分の領地か、自分の家と関係が深い貴族の領地でやるんだよ? 南方伯と男爵家は元々派閥違いだし、今は同じ国王派と言われているけど、所属していた中立派の辺境伯に捨てられたから王家預かりになっているだけ」

 関係はほとんどない。
 ハンズィール関係の事件がなかったら関わってなかったかもしれない貴族だ。

「良縁はないけど、悪縁はある。製塩技師の引き抜きによる男爵領に対する侵略行為と、バカラ子爵領に対する侵略幇助。現在、南方伯がやられていることと同じだね」

「貴族だとダメってことか?」

「そうだね。許可を取りにいった場合、間違いなく取引が発生するから向こうは嫌がるだろうし、勝手に介入したら領地干渉で侵略扱いになる。だから、今回は冒険者か商人としての対応になる」

「冒険者なら教官たちか?」

「我らは主が出ないなら出んぞ」

「じゃあ商人だ」

「そうなるね。じゃあ誰が報酬を払うの?」

「――え?」

「あれ? もしかしてタダ働きさせる気だった?」

「いや……それは……」

 商人に依頼をするんだから、タダは絶対にダメだと思うんだ。

「仮にディーノが料理屋を営んでいたとして、ある日めちゃくちゃ可哀想な人に同情して無銭飲食をさせてあげました。でも、そのことに感謝した本人がペラペラと他の人に言ったために、ディーノの店には可哀想な人しか現れませんでした。ディーノは全員タダにするの?」

「するわけないだろ?」

「何で? 『アイツは食べさせたのに、何で私はダメなんだよっ! 差別だっ! 差別主義者の店だったんだなっ!』って言われるかもよ?」

「……それは、そうだけど……。こっちが潰れるだろ」

「教会ですら治療に金銭を要求するんだよ? 商人が金銭を要求することは当然のこと。一度タダで仕事を受けたら、ハエが集って来ると思うよ? 僕にとっての商品は『戦力』だからね。一度安売りしたら、竜の討伐に行かされるだけならともかく、冒険者ギルドと敵対することになるよ? その場合、責任とってくれるの?」

「無理だわなー……。じゃあ報酬を払えばいいのか?」

「まぁそうなるよね。それで質問なんだけど、あの艦隊を壊滅させるような英雄に対する報酬はいくらだと思う?」

「…………国宝?」

「そうだよね。侵略戦争から守るんだから、それくらいは当然もらうべきだよね。――で、誰が払うの?」

「え? 国だろ?」

「まだそこまでの被害は出てないから。国は知ってすらないんじゃない? この場合、南方伯が出すのが一般的なんだよ。南方伯の依頼で働き、南方伯から国宝級の褒賞をもらう。完璧だね」

 壊滅的な被害を受けた町に支払い能力があればの話だけどね。
 その前に男爵領が賠償金を搾り取り、慰謝料として天霊具という国宝級の宝ももらったから、彼らには支払えるものは何一つない。

「んー……伯爵家は無理だろ。お金もないし、侵略を防いでも町の復興があるから支払いを拒否するんじゃないか?」

「おっ冴えてるねー。今回も攻略の邪魔をした契約不履行の常習だからね、絶対に払わないと思うんだ。でも、伯爵は僕たちの予想を超えた人物だったみたい」

「は? どういう意味だ?」

 伯爵はお金を払うとかの次元にはいない人物だったってことだよ。

「逃げた」

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