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第三章 フドゥー伯爵家

第六十六話 意気投合

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 高台にいるおかげで直接的な被害はなく、攻撃が着弾する際の振動に気をつけていればいい。
 同時に、町の状況も大体把握できていた。

 最も気になったのは、貴族街から出発した豪華な馬車の集団が北門を抜けてノーラス子爵領の方向に向かったことだ。
 伯爵が乗っていたことを確認したときは、思わず二度見した。

 他にも裕福な商人らしき人たちも馬車で移動し始めているし、領民も徒歩で町の北を目指している。
 何故なら、北側しか逃げ場がないからだ。

 逃げ遅れた者は唯一無事な二つの施設に飛び込んだようで、人口密度がすごいことになっている。
 俺なら「まとめてくれてありがとう」と言って、攻撃をぶち込むけどなぁ。

 その二つの施設のうち一つは、双天教会だ。

 でもそこは安心して良い場所なのか?
 敵方に教会勢力がいるわけだから、敵の懐に飛び込んでいることにならないかな?

 二つ目は、冒険者ギルドである。

 海の魔物対策もしてあったようで、結界を張れる仕組みがあったらしい。
 まぁいつまで持つか分からないけど。

 冒険者ギルドには例の尾行者たちがいるけど、逃げなくていいのかな?
 君たちが死んだら余計に面倒なことになると思うんだ。こういうときに義憤を感じて逃げて欲しいな。

「なぁ……逃げたって……」

「伯爵は生き残った貴族を連れて逃げました。これで交渉相手がいなくなってしまいました」

「マジか……。クソ野郎だな」

「そのとおり。やっと気づいてくれたみたいだね」

「「「…………」」」

 メイベルと神父様たちはお通夜モードだ。
 救出嘆願組は国宝級の褒賞を用意することができないから、仕事を依頼することができない。

「グァ?」

「どうしたの? ユミル」

「グァ」

「いいんだよ。寝てて」

「グァ」

 ユミルはメイベルに協力したいと思っているようだが、阻止させていただく。

「グァァァ」

「怒らないで……」

「……別に国宝じゃなくてもいいんだろ?」

 今まで黙って話を聞いていたジェイドが、何かに気づいたような顔で質問してきた。

 誰か気づかないかな?

 と思っていたが、やっぱり一番最初に気づいたのはジェイドだった。
 本当の一番はユミルだけどね。

 俺の普段の行動を思い出してみればすぐに分かると思っていたのだが、誰も気づかないから逆にビックリしたくらいだ。
 そもそも今まで北区の風邪を治したり、シスターを救出したりと人助けをしてきたが、一度も国宝級の褒賞をもらっていない。

 パシリだったり審理の手続きだったりと、早期リタイアするために必要なものしかもらっていない。
 高額な賠償金や希少な天霊具をもらうときは、全て復讐するときだけだ。

 そこに気づけば早いのになと思っていた。

「僕は国宝なんて言ってないよ?」

「「え?」」

 ディーノとメイベルが驚いているが、言ったのはディーノだからね。
 俺は同意しただけ。

「……通常、敵に襲われて撃退した場合は、拾得物として全ての権利が撃退者にある。だが、侵略戦争の場合は国の引き渡し命令に従わなければならないはず。その代わりに叙勲や褒賞があるわけだが……」

「僕は将来【奈落大地】に移り住む予定だから、囲い込みは御免被る」

「だろうな。ジーク様、まずはジーク様の名前で依頼をしろ」

「依頼?」

 ジーク様呼びは無視するのかな?

「依頼内容は『邪教徒』の討伐。これである程度国内の聖職者と線引きができると思う」

「なるほど。しかし……報酬がな……」

「神前契約で引き渡し命令を交渉権に変えることと、【世界宣言】中の叙勲及び叙爵の不可を報酬にすればいい。【世界宣言】という試練を邪魔するのは駄目だとか言って。達成すればそこの君主になるわけだから、他国の王を叙勲って属国にするのかと言えるだろ?」

「なるほど。叙勲を拒否すると国からは褒美をもらえないぞ?」

「そのための交渉権だろ? もらえるはずだったものもまとめて分捕ればいいだろ?」

 おや? ジェイドくんどうした?
 バラムたちも驚いているよ?

 もう一度鑑定してみようかな?

「どうだ?」

「うーん……付け加えるなら、捕虜は最低限の数だけ。交渉含む事後処理は基本的に神父様の担当で」 

「……分かった」

「じゃあ契約しに行きましょうか?」

 俺の持っている木像では神前契約はできないからね。

「ユミル、機嫌直してくれた?」

「グァ」

 スリスリと甘えてくる様子にホッとする。
 怒ったフリをしていたようだ。

「ユミルは演技派なんだね」

「グァ♪」

 荷車の上でバックハグをしてモフモフエネルギーをチャージする。
 このモフモフエネルギーこそが、どすこいパワーの源である。

『バラム。ちょうどいいから、前に言ってたアレやろうか?』

『うん? あぁーー。いいのか?』

『あれだけいるんだから、お偉いさんだけ捕獲しておけば十分でしょ』

『まぁな。どうせ全てを捕虜にするのは現実的ではないしな』

『でしょ? 先に捕虜を集める作業をして、そのあと作戦開始ってことでよろしく』

『うむ、任せよ』

『フルカスもよろしくね』

『御意』

 魔法で撃退しても物理攻撃で撃退しても同じ結果になるなら、船にとって一番被害がない方法をとろうと思う。
 バラムたちには以前から頼まれていたし、今回はちょうどいいかな。

『グリム、例の作戦を実行するから、目隠しよろしくー』

『はいですー』

 無事に終わるといいな。

 ◇

「さぁ、神父様。仕事のお時間ですよ」

「他領の教会なんか久しぶりに見たな」

 神父様を先頭にして荷車ごと教会内に進む。
 めちゃくちゃ邪魔だと思うが、壊されても盗まれても嫌だから仕方がない。

「失礼。荷車は外に置いてきてもらないか?」

「すみません。壊されたら海に行く手段がなくなるので、それはできません」

 港に係留されていた船は、一隻残らず木っ端微塵にされている。
 貴族や商人が逃げ、冒険者たちが指を咥えて傍観している理由は、単に沖に出る手段がないからだ。

 散発的な魔法攻撃は意味をなさず、沖に出ることも許されない。
 打つ手がないから傍観しているのだ。

「――海に?」

「えぇ。先ほどこちらに居られるジークハルト司教猊下より、我が【シボラ商会】に依頼があったのです。ジークハルト司教猊下には日頃から目をかけて下さり感謝しておりまして、此度の邪教徒討伐依頼も喜んで参戦させていただく所存です」

「「「…………」」」

 神父様とディーノは当然だが、提案者のジェイドからも非難の視線が向けられている。
 何故だろうか?

「邪……邪教徒とは……?」

「いえね、たまたま高台から状況を伺っていたのですが、なんと教会勢力の船もあったのです」

「――なっ」

「わかってます、わかってます。神の代弁者たる聖職者が、他国に侵略するなんて野蛮な真似をするはずがありません。ですが、被害を受けた武王国民の感情は予想できない方向に向かってしまうかもしれません。――いえ、確実に向かうでしょう」

「な、何故?」

「ここだけの話ですが、フドゥー伯爵閣下が逃亡したのです。そして伯爵閣下は自分の失態を、教会の責任問題にすり替えるために国民感情を操作するでしょう」

 大声で叫んでやったけどね。

「――まさかっ」

「いえいえ。ここは教会ですよ? 教会で嘘を吐くような不敬なことを、我々がするとお思いですか?」

「いえ、そうではなく……」

「でしょう? ジークハルト司教猊下は、罪のない聖職者に被害が出ることを危惧し、さらには領民のことを心配し、弱小の新興商会である我々にも三顧の礼を尽くして依頼して下さったのです。自分の教区でもないのに……。僕は感動しました。慈愛溢れるジークハルト司教猊下の願いを、我が【シボラ商会】は全身全霊で応える所存です」

「おい」

「素晴らしいっ。あなたこそ聖職者の鑑だっ」

「分かりますっ」

「おい」

 神父様の意見は全て無視させていただく所存です。

「ジークハルト司教猊下、早速契約の方をお願いします」

「ん? 契約とは?」

「こちらの教会で契約をする以上、説明は必須でしたね。失礼しました」

「いや……構いませんよ」

「ありがとうございます。では、契約のことについて説明させていただきます。此度の急な願いに対する報酬ですね、それを神前契約で約束していただこうと思っておりまして」

「え?」

 『お前、さっき慈愛溢れる願いに感動して、全身全霊で応えるって言ったじゃん』って顔をされているが、それはそれ、これはこれだ。

「ジークハルト司教猊下は、騒動後の我々の立場を考えて下さったのです。一度無償で行動してしまえば、次々と現れる有象無象の対応が大変だろうし、他の商人や冒険者ギルドとの兼ね合いもあります。もちろん、司教猊下のお願いです。金銭での報酬などという無粋なものを要求などしておりません。事後処理の口添えという、雑用を引き受けて下さったのですよ」

「なるほど……。それは助かりますな」

「でしょう。事後処理がなくなると思えば、我々も気楽に仕事ができるというものです」

「然り然り」

「おい」

『バラム』

『うむ』

 神父様はバラムに大人しくさせ、契約を交わすための手続きを行っていく。
 書類は大人しくされた神父様が記入し、第三者の立会人としてちょうど良かった伯爵領の司教に契約作業を手伝ってもらう。

 司教に邪教徒討伐の支援という功績が加わるだろうと説明したところ、快い返事をもらえた。

 無事に契約を終え、いよいよ討伐のための作戦会議だ。

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