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第七章 氷雪の試練と友情
第百四十九話 暴君集合
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事情を知っているだろうプルーム様の言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。全員静かに固唾をのんでおり、辺りに不思議な緊張が生まれた。
「……その前に、ラースに聞きたいことがある」
「……魔王の配下よりも重要なことですか?」
思わずズッコケそうになるほどマイペースなプルーム様に苦情を言うが、どこ吹く風で話し続ける。
「うむ」
「何でしょう?」
「聞いた話によると時間がないからダイフクの問題を片付けないとか? それとニールのことで頼んでいたことはどうなった?」
「えっ!? スタンピードは!?」
「外に出てこれたおかげで状況を詳しく把握できた。多少の時間もできたし、話が終わった後に問題を解決すれば良かろう」
プルーム様の視線が「お前たちが」と言っているようだ。つまり時間の浪費は俺たちの苦労に繋がるわけだ。
さっさと話してしまおう。
「そうです。このスタンピードを解決後、カルラの料理を堪能します。戻ったらスタンピードが発生して辺境伯領の守備につくことになりそうです。まぁ多少は時間があるでしょうから、ニールの修業だけなら可能ではないかと」
最適解だと俺は思っている。
二つの問題を話したのははぐれた後だから、おそらくセルかソモルンに聞いたのではないかと思う。ボムとフェンリルは再会後から現在までプルーム様と話していなかったと思うし。
「ふむ。ニールの修業で必要なものは揃ったのか?」
「まだです。でも場所は把握していますので、カルラが手料理を作っている間に取りに行こうと思っています」
「では、時間があればいいのだな?」
「……ニールのための時間は十分あります!」
明言を避ける方向で答えていく。
だが、プルーム様は不満げに顔を歪めて目つきが鋭くなる。俺の思惑を予測して不機嫌になりつつあるということだ。
そして俺は孤立無援。
ボムたちを見たが全員プルーム様と同じ顔をしていた。絶対に神獣トリオはモノマネしているだけだ。ダイフクと絡んだことあるのはガルーダだけなんだからな。
「そうか。時間が問題なんだな」
話を聞かない竜なのか? それとも竜は話を聞かないのか?
「カルラ。時間があればダイフクに会えて、みんなで修業できるぞ。ニールにも我が直接丁寧に修業をつけてやれる。時間が欲しいなって思わないか?」
「思う!」 『思うの!』
全員の「お前は?」という圧力がハンパない。しかし最後の悪あがきをさせてもらおう。
「でもスタンピードの時期を、短縮ならともかく延長ってできるんですか?」
「できればいいんじゃな? そして時間があればダイフクの問題も解決すると?」
この雰囲気の中で「ノー!」なんて言えない。
「……時間ができれば……やりますよ」
「よし! 言質は取った! ――ガルーダ!」
「はっ!」
「どんな手を使っても良い。時間を延長して参れ!」
「かしこまりました!」
そう言って大魔王陛下の忠臣ガルーダは飛び立っていった。
「ヘリオスは材料集めをしてもらうか。プモルンが詳細を知っているのだろう? それならプモルンを連れて集めて参れ。当たり前だが、カルラの手料理が完成するまでには戻ってこい!」
「はっ!」
忠臣二号も光とともに消え去った。
「憂いはなくなった。これよりスタンピードについて話そう」
やっとかよ。
ため息を吐いたあと顔を上げるとプルーム様と目が合う。いまだ不機嫌のプルーム様をあまり刺激してはいけないと思い、セルの後ろに隠れる。
ちなみにフェンリルは再びソリを引いて、巨デブの熊さんとチビッ子たちを楽しませている。
「セルさん、隠れさせて!」
「うん」
調子が狂うが仕方ないと思い、セルの背中を撫でる。一応お礼の意味がある。
「……魔王とは昔にいた魔獣だ。そこそこ強く当時の人間では相手にならなかった。魔王の部下に四天王と呼ばれる魔物や魔獣がいたこともあり、世界滅亡の危機が迫っていた。
そんなとき勇者と呼ばれるような強者が現れ、それぞれ別々の地に分けて封印したのだ。ここを担当した勇者一行の一人が殊更弱かったのか、一人では封印できず当時の【氷帝象・マンモス】の力を借りた。と言っても、マンモスを盾にしたというのが正しい。
弱いくせに性格がクズの勇者だったわけだ。そのせいでマンモスは深く傷つき、早めに世代交代をするハメになり、現在はまだ幼い娘が神獣となって治めているはずだ」
勇者はいつの時代もクズしかいないようだ。
「封印されたものが解除されて、封印されていた魔物が溢れ出したということですか?」
「そうらしい」
「……らしい?」
「この悪魔が助命と引き換えに情報提供をしてきたのだ。悪魔と取引するなんてヘリオスも甘いヤツだ」
あんたは酷いヤツだ。
最初から約束を破る気満々。まぁセルさんを傷つけたのだから仕方ないが。
「……文句でも?」
「いえ! とりあえず船のところに行きましょう! 妹さんたちも不安がっているかもしれませんよ?」
「……そうだな」
まだ許されたわけではない。神経は俺に集中しているはずだ。無心でいる修業だと思えば……。
◇
「ラース! お前も病気か?」
船に向かっているときボムさんが俺に話し掛けて来た。しかも内容が「お前もデブか?」というものである。
「ボムさんの病気は俺には移らない。だから病気ではない」
「俺は病気じゃないし移りもしない。でもお前の腹は膨れてるぞ!」
目敏い熊さんだ。
確かに俺の腹は外套越しに膨れていて、一見デブにしか見えない。
さっき白くてモフモフしたものを拾って生命魔術を固定しているのだ。なかなか治らなくて不思議に思っていたところで、ボムさんに話し掛けられたわけだ。
「さっき雪の中にモフモフの丸っこいものが落ちてて拾ったら、傷ついたモフモフだったから生命魔術をかけている最中なんだよ。しかも【神魔眼】を使ったところ、このモフモフがマンモスだったんだ!」
「な、なにーー! じゃあマンモスが傷ついているってことじゃないか! ちょっ、ちょっと寄こせ!」
「話聞いてたーー!? 今は生命魔術をかけているから無理なんだって!」
治療という絶好の口実がある今、俺がモフモフを手放すなんてことはありえない。たとえそれが暴君からの指示だったとしても。
「おまえ……さっきは【神魔眼】使うと負担がかかるって言ってたけど、普通に使えているじゃないか。他にも何か隠していることがあるかもしれんな? たとえば……マンモスに直接生命魔術を設置しているから移動は平気とかな」
……ヤバいヤバいヤバい。
ポーカーフェイスを維持しないければ取り上げられてしまう。
ズタボロの体をしているのにポカポカと温かい体で、フワフワモチモチの柔らかさを誇っているのだ。誰にも渡すことはできない。
そしてマンモスを傷つけたものには地獄を見せる。これは決定事項だ。
「おい。どうなんだ?」
「何が?」
「生命魔術はマンモスに設置しているんだろ?」
「……違うよ」
俺とボムはしばらくの間、無言のにらめっこを展開していた。でもボムが腹をさすり出すという盤外戦術を展開し始めたことで、あっけなく引き渡すことになるのだった。
「……毎度、毎度……ズルいぞ!」
「この腹も無駄ではないということだな。こんなに可愛い子を抱けるんだもんな。フワフワだぞー!」
ボムさんが抱っこしているマンモスの上に、ソモルンが抱きつきながらのしかかっている。別にいじめているわけではない。
星霊怪獣というハイスペックな体で状態を確認したり、記憶が読めるかを試したりしているらしい。まぁついでにマンモスのフワフワを味わっているみたいだけど。
「それで、何か分かったのか?」
「ね、姉ちゃん! いつのまに……!」
後ろでごちゃごちゃしていたから当然だが、遅々として進まない俺たちの元に第二の暴君が襲来する。
「相変わらずマンモスは可愛いな。……どれ」
第二の暴君は第一の暴君に向かって両手を差し向ける。マンモスの譲渡を要求しているのだ。
「……どうぞ……」
「うむ。可愛いしフワフワだ。カルラ、新しい友達だぞ。今は傷ついて眠っているみたいだから側にいてあげような」
『うん!』
第二の暴君はカルラを使ってマンモスを確保し、左右の腕にマンモスとカルラをそれぞれ抱きしめている。
俺たちにドヤ顔を浮かべるプルーム様は俺たち下僕に言い放つ。
「マンモスを傷つけた原因を発見し、即座に排除しろ! これ以上、マンモスの大切な場所を汚すことは許さない! 行け!」
「「はい!」」
ん? あれおかしいな? 下僕の数が合わないぞ。俺とボムしか返事をしていない。
ニールとセルは分かる。最初から下僕ではない。グロームもやらないのは知っている。麒麟さんはフェンリルの代わりにソリを引く係になったってことかな。
じゃあソモルンとフェンリルはどうしたのかな?
「おい! 二人とも無視すんなよ!」
「僕は治療要員だからマンモスから離れられないんだ!」
「俺はスタンピードに不干渉を貫く立場だしな」
ソモルンはまぁいい。強制的に巨デブの熊さんに連れて行かれるだろうし。問題はフェンリルくんだ。
「フェンリルくん、いいことを教えてあげよう。スタンピードではないし、仮にスタンピードであっても不干渉を貫く必要はない」
「……どういうことだ?」
「ダンジョンマスターがボスを連れて外に出たようだ。つまりはフィールドダンジョンに進化を果たした。これに参加しなければ踏破の証はもらえないかもしれない。加えて、すでにガルーダがスタンピードの時間延長を実行するために出発した。ということはフェンリルくんも干渉できるということだ」
何とも言えない顔をして俺の屁理屈を聞いているフェンリルは、最終的にプルーム様の一睨みで参加を決めた。
猫の手でも借りたいところだったから神獣の手は大いに助かる。ついでにバイトも少数雇ってみるとしよう。
◇
船に近づくと実際に何か不測の事態が起こっていることが理解できる。
極寒大陸の氷に罅が入るほどの振動が地面から伝わってくるのだ。真っ先に予想されるのがスタンピードだろう。いくら無縁と言っても、十大ダンジョンがある場所という理由かた多少の可能性はある。
戦闘態勢を整えたデブ竜たちは本当に優秀だ。
「ラースさぁぁぁぁん! ボムさぁぁぁぁん!」
ん? 何か聞いたことある声が聞こえた気が。
「プルーム様ぁぁぁぁ! カルラちゃぁぁぁん!」
これはもしかして……。
「「テミスぅぅぅうぅうぅーー!」」
偶然にも旦那さん予定の巨デブの熊さんとハモり、ほとんど同時に声が聞こえてきた方向振り返る。
数日前に別れたばかりの緑色の熊さんが、右手をブンブン振りながら走って来るではないか。いつぞやの巨デブの熊さんソックリだ。
「おぉ! 我のモフモフが大集合ではないか!」
あんたのじゃねぇ! テミスは俺のだ!
「なんぞ文句でも?」
「……欲張りはいけないと思いますよ」
「我は神ゆえ許されるのだ!」
大魔王の間違いだと思う。
俺の心の声を感じ取ったのか、鋭い視線が送られてくる。あまりの恐怖に思わず癒やしを求めて緑色の熊さんを見る。
直後、テミスの右側から来た何かにテミスは跳ね飛ばされる。
「テミス!」
宙を舞うテミスは雪の上に着地したあと少し転がり、完全に動きを止める。俺はすぐに転移してテミスの元に駆けつけた。
「テミス! 大丈夫か!? 今治療するからな!」
――生命魔術《完治》――
――清潔――
「ラースさん。大丈夫ですよ。ちょっとビックリしただけです」
「俺もビックリしたぞ! 何があったんだ!?」
「魔物の群れが突撃してきました」
「ん? 見えなかったぞ」
「上位種がいるみたいで、姿を消していたみたいです」
テミスの背中に手を当てて抱き起こすようにして、周囲を【神魔眼】で確認する。直後、プルーム様たちに迫る人型の魔物の大群が視界を埋める。
――氷雪魔術《氷壁》――
ほとんど透明の結界魔術よりも、氷という物体を認識できた方が状況判断がしやすいだろうという理由から氷の壁を出したのだが、氷越しに見えるゴブリンの群れにカルラが怖がってしまった。
結界魔術の方が透明度が高かったから、あまり見えない氷でよかったとも言える。カルラに泣かれた場合、俺も折檻対象者となってしまうのだ。
ちなみにテミスを抱き起こしているときは身体強化をしている。さすがに二メートルくらいの熊さんを抱き起こすことは無理だ。
「ラースさん。セルさんに何かあったんですか?」
「セルさんは心ない悪魔にデブと言われて号泣しちゃったんだ。プルーム様がブチ切れて、ダンジョン内で竜形態での本気の咆哮を放ったんだ。しかもマンモスが重傷で発見されたからプルーム様の機嫌もあまりよくない」
「ひ、酷いです……。セルさんは可愛いのに。それにしても……ボーデンさんもピンチですね……」
「ん? ボーデンが何かしたのか?」
「いろいろと……」
プルーム様の元に魔物が殺到している間、モフモフをたっぷりと堪能するためにゆっくりと回復させている。もちろんさっきから苦情の念話が殺到しているがオール無視だ。
「気になるなぁ」
「おい! 勝手なことを言うな!」
テミスに詳しく教えてもらおうと話し掛けようとしたタイミングで、話の主人公であるボーデン参上。
「ボーデンさん、どうしたのです?」
「おい、あれは誤解って言ったろ? 実際ここまで乗せてきてやったんだから、それは酷いと思うぞ!」
「冗談ですよ~。私は優しい熊さんですからね!」
「…………」
ボーデンは俺を見て何か言いたそうにしていたが、テミスがプルーム様に手を振っているところを見て、何も言わずにガクリと肩を落としていた。
この光景にはどこか思い当たる節があるが、なかなか気づけないのだった。
「……その前に、ラースに聞きたいことがある」
「……魔王の配下よりも重要なことですか?」
思わずズッコケそうになるほどマイペースなプルーム様に苦情を言うが、どこ吹く風で話し続ける。
「うむ」
「何でしょう?」
「聞いた話によると時間がないからダイフクの問題を片付けないとか? それとニールのことで頼んでいたことはどうなった?」
「えっ!? スタンピードは!?」
「外に出てこれたおかげで状況を詳しく把握できた。多少の時間もできたし、話が終わった後に問題を解決すれば良かろう」
プルーム様の視線が「お前たちが」と言っているようだ。つまり時間の浪費は俺たちの苦労に繋がるわけだ。
さっさと話してしまおう。
「そうです。このスタンピードを解決後、カルラの料理を堪能します。戻ったらスタンピードが発生して辺境伯領の守備につくことになりそうです。まぁ多少は時間があるでしょうから、ニールの修業だけなら可能ではないかと」
最適解だと俺は思っている。
二つの問題を話したのははぐれた後だから、おそらくセルかソモルンに聞いたのではないかと思う。ボムとフェンリルは再会後から現在までプルーム様と話していなかったと思うし。
「ふむ。ニールの修業で必要なものは揃ったのか?」
「まだです。でも場所は把握していますので、カルラが手料理を作っている間に取りに行こうと思っています」
「では、時間があればいいのだな?」
「……ニールのための時間は十分あります!」
明言を避ける方向で答えていく。
だが、プルーム様は不満げに顔を歪めて目つきが鋭くなる。俺の思惑を予測して不機嫌になりつつあるということだ。
そして俺は孤立無援。
ボムたちを見たが全員プルーム様と同じ顔をしていた。絶対に神獣トリオはモノマネしているだけだ。ダイフクと絡んだことあるのはガルーダだけなんだからな。
「そうか。時間が問題なんだな」
話を聞かない竜なのか? それとも竜は話を聞かないのか?
「カルラ。時間があればダイフクに会えて、みんなで修業できるぞ。ニールにも我が直接丁寧に修業をつけてやれる。時間が欲しいなって思わないか?」
「思う!」 『思うの!』
全員の「お前は?」という圧力がハンパない。しかし最後の悪あがきをさせてもらおう。
「でもスタンピードの時期を、短縮ならともかく延長ってできるんですか?」
「できればいいんじゃな? そして時間があればダイフクの問題も解決すると?」
この雰囲気の中で「ノー!」なんて言えない。
「……時間ができれば……やりますよ」
「よし! 言質は取った! ――ガルーダ!」
「はっ!」
「どんな手を使っても良い。時間を延長して参れ!」
「かしこまりました!」
そう言って大魔王陛下の忠臣ガルーダは飛び立っていった。
「ヘリオスは材料集めをしてもらうか。プモルンが詳細を知っているのだろう? それならプモルンを連れて集めて参れ。当たり前だが、カルラの手料理が完成するまでには戻ってこい!」
「はっ!」
忠臣二号も光とともに消え去った。
「憂いはなくなった。これよりスタンピードについて話そう」
やっとかよ。
ため息を吐いたあと顔を上げるとプルーム様と目が合う。いまだ不機嫌のプルーム様をあまり刺激してはいけないと思い、セルの後ろに隠れる。
ちなみにフェンリルは再びソリを引いて、巨デブの熊さんとチビッ子たちを楽しませている。
「セルさん、隠れさせて!」
「うん」
調子が狂うが仕方ないと思い、セルの背中を撫でる。一応お礼の意味がある。
「……魔王とは昔にいた魔獣だ。そこそこ強く当時の人間では相手にならなかった。魔王の部下に四天王と呼ばれる魔物や魔獣がいたこともあり、世界滅亡の危機が迫っていた。
そんなとき勇者と呼ばれるような強者が現れ、それぞれ別々の地に分けて封印したのだ。ここを担当した勇者一行の一人が殊更弱かったのか、一人では封印できず当時の【氷帝象・マンモス】の力を借りた。と言っても、マンモスを盾にしたというのが正しい。
弱いくせに性格がクズの勇者だったわけだ。そのせいでマンモスは深く傷つき、早めに世代交代をするハメになり、現在はまだ幼い娘が神獣となって治めているはずだ」
勇者はいつの時代もクズしかいないようだ。
「封印されたものが解除されて、封印されていた魔物が溢れ出したということですか?」
「そうらしい」
「……らしい?」
「この悪魔が助命と引き換えに情報提供をしてきたのだ。悪魔と取引するなんてヘリオスも甘いヤツだ」
あんたは酷いヤツだ。
最初から約束を破る気満々。まぁセルさんを傷つけたのだから仕方ないが。
「……文句でも?」
「いえ! とりあえず船のところに行きましょう! 妹さんたちも不安がっているかもしれませんよ?」
「……そうだな」
まだ許されたわけではない。神経は俺に集中しているはずだ。無心でいる修業だと思えば……。
◇
「ラース! お前も病気か?」
船に向かっているときボムさんが俺に話し掛けて来た。しかも内容が「お前もデブか?」というものである。
「ボムさんの病気は俺には移らない。だから病気ではない」
「俺は病気じゃないし移りもしない。でもお前の腹は膨れてるぞ!」
目敏い熊さんだ。
確かに俺の腹は外套越しに膨れていて、一見デブにしか見えない。
さっき白くてモフモフしたものを拾って生命魔術を固定しているのだ。なかなか治らなくて不思議に思っていたところで、ボムさんに話し掛けられたわけだ。
「さっき雪の中にモフモフの丸っこいものが落ちてて拾ったら、傷ついたモフモフだったから生命魔術をかけている最中なんだよ。しかも【神魔眼】を使ったところ、このモフモフがマンモスだったんだ!」
「な、なにーー! じゃあマンモスが傷ついているってことじゃないか! ちょっ、ちょっと寄こせ!」
「話聞いてたーー!? 今は生命魔術をかけているから無理なんだって!」
治療という絶好の口実がある今、俺がモフモフを手放すなんてことはありえない。たとえそれが暴君からの指示だったとしても。
「おまえ……さっきは【神魔眼】使うと負担がかかるって言ってたけど、普通に使えているじゃないか。他にも何か隠していることがあるかもしれんな? たとえば……マンモスに直接生命魔術を設置しているから移動は平気とかな」
……ヤバいヤバいヤバい。
ポーカーフェイスを維持しないければ取り上げられてしまう。
ズタボロの体をしているのにポカポカと温かい体で、フワフワモチモチの柔らかさを誇っているのだ。誰にも渡すことはできない。
そしてマンモスを傷つけたものには地獄を見せる。これは決定事項だ。
「おい。どうなんだ?」
「何が?」
「生命魔術はマンモスに設置しているんだろ?」
「……違うよ」
俺とボムはしばらくの間、無言のにらめっこを展開していた。でもボムが腹をさすり出すという盤外戦術を展開し始めたことで、あっけなく引き渡すことになるのだった。
「……毎度、毎度……ズルいぞ!」
「この腹も無駄ではないということだな。こんなに可愛い子を抱けるんだもんな。フワフワだぞー!」
ボムさんが抱っこしているマンモスの上に、ソモルンが抱きつきながらのしかかっている。別にいじめているわけではない。
星霊怪獣というハイスペックな体で状態を確認したり、記憶が読めるかを試したりしているらしい。まぁついでにマンモスのフワフワを味わっているみたいだけど。
「それで、何か分かったのか?」
「ね、姉ちゃん! いつのまに……!」
後ろでごちゃごちゃしていたから当然だが、遅々として進まない俺たちの元に第二の暴君が襲来する。
「相変わらずマンモスは可愛いな。……どれ」
第二の暴君は第一の暴君に向かって両手を差し向ける。マンモスの譲渡を要求しているのだ。
「……どうぞ……」
「うむ。可愛いしフワフワだ。カルラ、新しい友達だぞ。今は傷ついて眠っているみたいだから側にいてあげような」
『うん!』
第二の暴君はカルラを使ってマンモスを確保し、左右の腕にマンモスとカルラをそれぞれ抱きしめている。
俺たちにドヤ顔を浮かべるプルーム様は俺たち下僕に言い放つ。
「マンモスを傷つけた原因を発見し、即座に排除しろ! これ以上、マンモスの大切な場所を汚すことは許さない! 行け!」
「「はい!」」
ん? あれおかしいな? 下僕の数が合わないぞ。俺とボムしか返事をしていない。
ニールとセルは分かる。最初から下僕ではない。グロームもやらないのは知っている。麒麟さんはフェンリルの代わりにソリを引く係になったってことかな。
じゃあソモルンとフェンリルはどうしたのかな?
「おい! 二人とも無視すんなよ!」
「僕は治療要員だからマンモスから離れられないんだ!」
「俺はスタンピードに不干渉を貫く立場だしな」
ソモルンはまぁいい。強制的に巨デブの熊さんに連れて行かれるだろうし。問題はフェンリルくんだ。
「フェンリルくん、いいことを教えてあげよう。スタンピードではないし、仮にスタンピードであっても不干渉を貫く必要はない」
「……どういうことだ?」
「ダンジョンマスターがボスを連れて外に出たようだ。つまりはフィールドダンジョンに進化を果たした。これに参加しなければ踏破の証はもらえないかもしれない。加えて、すでにガルーダがスタンピードの時間延長を実行するために出発した。ということはフェンリルくんも干渉できるということだ」
何とも言えない顔をして俺の屁理屈を聞いているフェンリルは、最終的にプルーム様の一睨みで参加を決めた。
猫の手でも借りたいところだったから神獣の手は大いに助かる。ついでにバイトも少数雇ってみるとしよう。
◇
船に近づくと実際に何か不測の事態が起こっていることが理解できる。
極寒大陸の氷に罅が入るほどの振動が地面から伝わってくるのだ。真っ先に予想されるのがスタンピードだろう。いくら無縁と言っても、十大ダンジョンがある場所という理由かた多少の可能性はある。
戦闘態勢を整えたデブ竜たちは本当に優秀だ。
「ラースさぁぁぁぁん! ボムさぁぁぁぁん!」
ん? 何か聞いたことある声が聞こえた気が。
「プルーム様ぁぁぁぁ! カルラちゃぁぁぁん!」
これはもしかして……。
「「テミスぅぅぅうぅうぅーー!」」
偶然にも旦那さん予定の巨デブの熊さんとハモり、ほとんど同時に声が聞こえてきた方向振り返る。
数日前に別れたばかりの緑色の熊さんが、右手をブンブン振りながら走って来るではないか。いつぞやの巨デブの熊さんソックリだ。
「おぉ! 我のモフモフが大集合ではないか!」
あんたのじゃねぇ! テミスは俺のだ!
「なんぞ文句でも?」
「……欲張りはいけないと思いますよ」
「我は神ゆえ許されるのだ!」
大魔王の間違いだと思う。
俺の心の声を感じ取ったのか、鋭い視線が送られてくる。あまりの恐怖に思わず癒やしを求めて緑色の熊さんを見る。
直後、テミスの右側から来た何かにテミスは跳ね飛ばされる。
「テミス!」
宙を舞うテミスは雪の上に着地したあと少し転がり、完全に動きを止める。俺はすぐに転移してテミスの元に駆けつけた。
「テミス! 大丈夫か!? 今治療するからな!」
――生命魔術《完治》――
――清潔――
「ラースさん。大丈夫ですよ。ちょっとビックリしただけです」
「俺もビックリしたぞ! 何があったんだ!?」
「魔物の群れが突撃してきました」
「ん? 見えなかったぞ」
「上位種がいるみたいで、姿を消していたみたいです」
テミスの背中に手を当てて抱き起こすようにして、周囲を【神魔眼】で確認する。直後、プルーム様たちに迫る人型の魔物の大群が視界を埋める。
――氷雪魔術《氷壁》――
ほとんど透明の結界魔術よりも、氷という物体を認識できた方が状況判断がしやすいだろうという理由から氷の壁を出したのだが、氷越しに見えるゴブリンの群れにカルラが怖がってしまった。
結界魔術の方が透明度が高かったから、あまり見えない氷でよかったとも言える。カルラに泣かれた場合、俺も折檻対象者となってしまうのだ。
ちなみにテミスを抱き起こしているときは身体強化をしている。さすがに二メートルくらいの熊さんを抱き起こすことは無理だ。
「ラースさん。セルさんに何かあったんですか?」
「セルさんは心ない悪魔にデブと言われて号泣しちゃったんだ。プルーム様がブチ切れて、ダンジョン内で竜形態での本気の咆哮を放ったんだ。しかもマンモスが重傷で発見されたからプルーム様の機嫌もあまりよくない」
「ひ、酷いです……。セルさんは可愛いのに。それにしても……ボーデンさんもピンチですね……」
「ん? ボーデンが何かしたのか?」
「いろいろと……」
プルーム様の元に魔物が殺到している間、モフモフをたっぷりと堪能するためにゆっくりと回復させている。もちろんさっきから苦情の念話が殺到しているがオール無視だ。
「気になるなぁ」
「おい! 勝手なことを言うな!」
テミスに詳しく教えてもらおうと話し掛けようとしたタイミングで、話の主人公であるボーデン参上。
「ボーデンさん、どうしたのです?」
「おい、あれは誤解って言ったろ? 実際ここまで乗せてきてやったんだから、それは酷いと思うぞ!」
「冗談ですよ~。私は優しい熊さんですからね!」
「…………」
ボーデンは俺を見て何か言いたそうにしていたが、テミスがプルーム様に手を振っているところを見て、何も言わずにガクリと肩を落としていた。
この光景にはどこか思い当たる節があるが、なかなか気づけないのだった。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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