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ーーー入院中ーーー

【02】

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壁を見つめて夏目が帰るのを待つこと5時間。夏目の昼休憩が始まる12時から数分経った頃。俺の病室のドアが開かれた。そこには胸に研修中と書かれた名札をつける未来を楽しみしたポニーテールの新人ナースがいた。これから起こること全てに目を輝かせているらしくハイペースな夏目とは違う相手を考えないマシンガントークを繰り返してくる。


木崎きさきちゃん、明楽くんのお昼ご飯の時間だから少し静かにしててくださいね。」


そう夏目に注意されると木崎と呼ばれた女は夏目と自分の分のコンビニ弁当を部屋の大きなテーブルに広げた。


「明楽くん、立てる?貧血気味だから無理に立たないでね。」


そんな事分かってるが俺は立ち上がりふらつきながらテーブルの席につく。

俺のご飯はお粥と夏目が買ってきた食べきれないほどの期間限定真夏シリーズのゼリーやらアイスだった。
初めましての木崎とかいうナースに警戒心を持ち、いつもより深くフードを被り顔が見えないようにする。


「いただきます!!」


新人らしいハツラツとした木崎の掛け声と共に食べ始める。俺も胸元で小さく手を合わせ少し頑丈な紙のスプーンでお粥を口に運ぶ。
お粥は梅味だと見てわかるのだが、味は少し何かが混じった水の味。匂いは腐ったようなそんな匂いがした。俺は二口目で吐き戻し、夏目に介護されている。近くの小さなゴミ箱にセットされた黒いビニール袋の中には俺の吐いたお粥と胃液が混じったものが入っていた。夏目は俺の頭を撫で「もう気持ち悪くない?」と問いかける。小さく頷くと夏目はゴミ袋を取り替え、俺のすぐ真隣に席を移動させた。


「まずはゼリー食べよっか」


夏目はチラシにおすすめと書かれたゼリーを取り出し蓋をあけた。そして今度はゼリー用の小さいスプーンを俺に渡す。

俺は3年間で日常生活が困るほど弱くなった手でスプーンを持ち真夏の空をイメージさせるスカイブルーのゼリーを口に運んだ。美味しそうだと思ったがやはり水のような味がして飲み込む前に吐き出す。


「やっぱりダメか~これ食べてみる?はい、あーん」


お口直しにとばかりに夏目は自分のゼリーを一口くれる。不思議とそれには甘いソーダの味がした。それは久しぶりで俺はつい嬉しくなってしまう。


「ぜりー、、んぐ、、ぉいひぃ」


「食べながら話さない!お行儀が悪いよ。でも良かった、また買ってくるね」


俺はこくりと頷き自分のゼリーを口に運んだ。さっきの夏目のゼリーとは変わって自分のは水のような味がする。俺はそれを我慢して飲み込んだ。涙目になりながらも飲み込んだ俺を見て夏目は小さな子供をあやす様に「偉い偉い、でも無理はしないでね」と頭を撫で回す。

朝食も昼食も夕食もお風呂も俺が入る時間は夏目も自由時間なのに、俺に構いたがる。

俺が食べる時は隣で俺が食べ終わるまで待っててくれる。俺がお風呂に入る時は白衣を脱ぎ、濡れてもいい深い青のユニフォームを着てドアの向こうで待っててくれる。首に何も無い状態は精神的な不安が大きく俺からも夏目に話しかけ気分を紛らわせる。

俺が戻す様を見たからか木崎は弁当をほとんど食べずに蓋をして自分のバッグに入れた。
そして何か話題を振ろうと必死に話をしてくる。


「夏目先生って意外と世話焼きなんですね!私も年の離れた妹がいるんです!ーーーって可愛くな「木崎さん、ちょっといいかな」


「っひぃ゛っ、」


木崎の言葉を遮るようにしてアルファ特有の威圧を込めたフェロモンを放ちながら木崎さんを俺の病室から出し「すこし話してくるね」と病室を出てしまった。物凄い怒りと不安をフェロモンから感じてしまった俺は全身が震え、手先を握りしめる。

院長が夏目の贈り物を咎めた時もこんな感じのフェロモンを出して俺の前から居なくなった。
夏目もお母さんも一緒だ。

俺がいつも夏目に生意気な態度をとるから

夏目が怒ったんだ

俺がいつもなにかの元凶を巻くから


ーー俺のせいだーー

ーー俺さえ居なければーー


『明楽さえいなければ、死なずにすんだ』


俺の頭の中ではお母さんが俺に話しかけていた。ごめんねお母さん。ごめん、ごめんね、お母さん。

ごめんね、夏目



「明楽くん、息して!吸って、ゆっくりでいいよ」


テーブルと椅子の間から俺に抱きつき背中を擦りながら話しかけてくる夏目に気が付かなかった。
焦りと不安、後悔に押し潰されかけた俺の目からは止まることなく涙が溢れている


「なつめぇっ゛、ごめんねぇ゛ぇ、行かないで、やだ、夏目ぇ」


「どこにも行かないよ。明楽くん、俺はここにいるから」


「夏目っ、夏目、っ゛」


夏目は本物か?俺の幻覚か?

俺は夏目の心臓に耳を当てほのかな温もりと心臓の音を暫く聞き続けた。


「俺のほうこそごめんね。急に威圧しちゃって。でも大丈夫だよ、もうしないから。落ち着いて」


「うん、夏目っ、夏目、夏目生きてる」


「生きてるよ。怖かったね、」


あれから俺の部屋に木崎が来ることは無かった。

夏目は俺が泣き止むまで頭を撫で続けると俺を抱き抱えだきかかえ向かい合うように自分の膝に座らせた。少し開いた病室のドアからは震え廊下に座り込む顔面蒼白な木崎の顔が見える。ここまで震え上がるとは彼女はβベータなのだろう。βにとっては何より恐ろしいαアルファの威圧をあの距離で受けたんだ、失禁しなかっただけ偉い。Ωオメガにとっては心地いいはずのそのαのフェロモンは俺には怖く思える。

俺は抱き抱えながら頭をポンポンと撫でてくれる夏目の安心感に眠った。

そしてピリピリとした雰囲気を纏う俺の知らない夏目が意識の落ちる数秒に現れた気がした。

夏目にとって弟の存在はある一種の地雷みたいだ。あそこまで眉間に皺を寄せ縮こまるような威圧をする夏目の姿を俺は初めて見た。俺も夏目の前では夏目の弟については聞かないようにしよう。

俺は夏目に嫌われるのがいちばん怖い。そしてお母さんに何も出来なかった最低人間の俺自身も怖い。

でも知っている。夏目のこの過保護さは医者であるが故で俺個人に対してのものじゃない。俺を患者として扱い与えてくれる愛情だ。つまりこれはゼリーと同じで期間限定のものだ。


俺は目を閉じ意識を拡散させた。夏目は暖かい
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