Hな短編集・夫婦純愛編

矢木羽研

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久しぶりのラブホテル

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「……着くのは7時頃になっちゃうのね。大丈夫、適当に時間つぶしてるわ。お父さんによろしくね」

 妻はそう言って、義母からの電話を切った。今日は息子を義実家に預けて、妻と二人で出かけていた。名目としては「買い物」なのだが、実際のところは義父母が気を利かせて「たまには二人だけでデートしてきたら?」ということだ。

 予定では、義母と息子が一時間後くらいに合流するはずだったのだが、気持ちよさそうに昼寝をしていて起こせないとのことだ。義実家ではしゃぎすぎたのだろう。息子は従兄妹、つまり義兄の子供たちと仲が良い。いつも厳しい妻の目が無いこともあり、思い切り羽根を伸ばして遊び疲れたのかも知れない。

 結局、義父が帰宅してから車で我が家まで送り届けてくれることになった。結果として3時間少々の時間が空いた。さて、どうするか。

「ねえ、どこ行こうか?」
「そうだなぁ……」

 独身時代によく遊びに来た繁華街。遊ぶところには困らない。二人で適当にぶらぶらと歩きながら考えていたが、吸い寄せられるようにある場所へと向かっていった。

「……懐かしいね、ここ」
「ああ」

 二人が経っているのは、学生時代によく来たラブホテルの前。安さだけが取り柄で、昔はフリータイムで一日中を過ごしたりした。

「ねえ、久しぶりに……どう?」

 妻の言う「久しぶり」とは、ホテルに入るということなのか。それとも子供が出来てからはすっかりご無沙汰になっている行為のことなのか。

「そうだな、疲れてきたし"休憩"するか」

 あの頃も、いつもそんな言い訳じみた言葉を使っていたっけ。俺はあの頃と同じように、妻の手を引いて中に入るのだった。

「!? 急にどうした」
「いいでしょ、人目も無いんだし」

 中に入ると、妻が両手で俺の右腕にしがみついてきた。こんなことをされるのはいつ以来だろうか。まあ悪い気はしない。左手で頭をなでてやりながら、部屋選びのパネルの前に立った。

「どこにする?」
「安いところでいいよ」

 これもいつものやり取りだった。一番安い部屋は埋まっていたので、二番目に安い部屋のショートタイムにした。

 *

「……ねえ、いつ以来か覚えてる?」

 相変わらず狭い部屋に入ると、どちらからともなく抱き合ってキスをした後に妻が言う。

「確か……年越しのときだったか?」
「はずれ。あのときはチューすらしてくれなかったでしょ。クリスマスの夜よ」

 息子の枕元にプレゼントを置いた後、久しぶりに二人でワインを飲んだ時のことか。結局あの夜はキスだけで終わってしまったのだが。

「これからは毎朝、行ってきますのチューでもするか?」
「もう、子供に笑われちゃうわ……んっ……」

 今度は俺のほうから、舌の入るキスをする。

「……ねえ、歯、磨こ? ちょっとからい……」

 妻は辛いものが苦手だ。昼に食べた辛口のペペロンチーノの唐辛子の味が残っていたのかも知れない。ついでに風呂にお湯を張りながら、洗面台の前に並んで歯を磨く。

「こうやって一緒に歯を磨くのも久しぶりかもね」
「確かにな、子供が出来てからはなかなかな」

 一足早く磨き終わった俺は、口をゆすぐと妻の背後に立った。そして鏡越しに彼女と目線を合わせながら、ブラウスのボタンを外していく。

「もう、えっちなんだからぁ」

 妻はそう言いながらも、手を払おうとはしない。そのまま鏡に映り込む姿を見ながらキャミソールをまくり上げ、産後で少し緩んだお腹の肉を指でつまむ。

「もう、気にしてるのにぃ」
「まあ、太ったのはお互い様か」

 俺もシャツを脱いで横に並ぶ。すっかりたるんだ姿がそこにあった。

「ねえ、ぎゅってしてよ」

 妻はそれだけ言うと歯ブラシを置いた。俺は素早くシャツとキャミを脱がせ、くたびれたブラジャーを外す。

「やん♪」

 わざとらしく照れた素振りで胸を隠そうとする腕を払い除けて、俺は妻に抱きつき、二度目のキスをした。

「……そうだ、歯磨きの途中だったな」
「もう、がっつくんだから」

 流れでキスをしてしまったが、妻はまだ口をゆすいでいなかった。鏡に映る口元から、唾液と歯磨き粉が混じった液体が裸の胸元にこぼれる。その様子が妙にいやらしかったので、俺はそれを指で弄び、胸から腹へと広げていく。

「もう、汚れちゃうでしょ」
「どうせ風呂に入るんだから」

 お互いに口をゆすいでから、改めて抱き合う。二人の肌の間に、少しざらざらしたミントの香りの泡が流れていく。

「ねえ、服が汚れちゃう」
「そうだな」

 先にジーンズと下着を脱いだのは妻だった。

「ねえ、今の私もきれいだと思う?」

 一糸まとわぬ姿を鏡越し見せつけながら、妻が言う。久しぶりに明るいところではっきり見る生まれたままの姿。俺は妻の体を求めようとしながら、今の彼女に欲情できるのか不安なところがあったが、それは杞憂だったようだ。

「もちろん」
「ほんとに?」

 返事の代わりに俺も裸になる。トランクスのゴムから勢いよく飛び出す下半身を見せつけるように。

「うふふ、だーい好き!」

 妻はそう言って、ホテルに入ってきたときと同じように俺にしがみついてきた。最高に可愛い笑顔で。

「俺も!」

 そう言って抱き寄せると、鏡に映る妻の肩を、背中を、尻を……とにかく全身を撫で回した。

「もう、激しいんだからぁ。……ここでシちゃう?」

 俺の肩に顎を乗せながら甘い声でささやく。

「いや、風呂に入ってからにしよう」

 回数も時間も限られる。どうせなら万全の状態で一つになりたい。芯まで温まった妻の中に入りたい!

「うふふ、大人になったのね。昔はここまで来たら我慢できなかったのに」
「おい、からかうなよ」

 下半身に指先でそっとタッチする妻の手を引いて風呂に連れ込む。さあ、どこから洗ってやろうか。

 **

「よく我慢できたわね」

 風呂上がり、バスタオル一枚の妻をエスコートしてベッドの上に座らせる。

「そりゃ、一番おいしくいただきたいからな」

 枕元に用意された避妊具を手に取る。一応、穴が開けられたりしていないか確認しながら。

「ねえ、それ付けなくていいよ」
「今日はまずくないか?」

 周期的に、今日はそろそろ危険日のはずなのだが。

「そろそろ、二人目を考えてもよくない? それに……」

 言いかけながらベッドに横たわる妻の誘うような眼差しに射抜かれながら、俺はたまらずにバスタオルを剥ぎ取った。

「こんな機会もめったに無いでしょ? だから思いっきり気持ちよくならない?」
「ああ!」

 貪るように覆いかぶさり、全身を愛撫すると、彼女も遠慮なく嬌声を上げて応えてくれる。そう、今日は気にせずに声を上げられるのだ。

 *

「はぁ……はぁ……ねぇ、そろそろお願いしていい? もう私のほうが我慢できないぃ!」

 息を荒げ、身を捩らせながらそう言った。妻の方からこの言葉を引き出せたことに、内心で勝ち誇った気分になりながら、熱く濡れた門の中へと、獣めいた欲望を滑り込ませてゆくのだった。

 彼女は、今まで聞かせてくれたことのないくらいの激しい喘ぎ声でそれに応えてくれた。

 ***

「ただいま!」
「おかえり! お義父さんも、わざわざすみません。僕が迎えに行くべきだったのに」

 家の玄関のベルが鳴った。予定通りに義父が息子を送ってきてくれたのだ。

「いやぁ、孫とのドライブも楽しいもんだよ。それにこの子、カーナビの操作はじいじより詳しいもんな」

 そう言って優しく撫でる。褒められて嬉しそうに微笑む息子が可愛らしい。

「それじゃ、じいじは帰るから。……また遊びに来てね」
「お気をつけて!」
「ばいばい!」

 台所で夕飯の準備をしている妻が出てくる間もなく、それだけ言うと義父は帰ってしまった。

「ねえ、僕もお兄ちゃんになれるかな? 弟か妹がほしいよ」

 いつも家に遊び相手がいる従兄妹たちが羨ましいのだろう。俺も一人っ子だったから気持ちはよくわかる。

「そうだな、良い子にしてたら叶うかも知れないぞ」
「良い子?」
「そう、例えば夜ふかしせずに早く寝るとか」

 結婚前は妊娠させるのが怖かったが、いざ結婚してみると子供というのは簡単はにできないということを実感した。今日の行為で授かってくれればいいのだが、そう都合良くもいかないだろう。

「サンタさんと一緒で、赤ちゃんを連れてくるコウノトリも子供が起きていると来てくれないんだ」
「ふーん……」

 いつか、この子にもちゃんと説明しなければならない日が来るのだろうと思いつつ、今はそう言って誤魔化すしかなかった。

 **

「今日のママとパパ、なんだかいつもより仲良しみたい」
「そうか?」
「うん、おやすみ……」

 昼寝をしたと聞いていたのでなかなか寝付かないことを覚悟していたが、意外とあっさりと眠りについてくれた。コウノトリの話が効いたのかも知れない。

「ふふ、仲良しだって」

 妻が布団から出て、俺の布団に入ってきた。いつもは息子を挟んで「川の字」で寝るところだが、今は妻が真ん中になった。

「ねえ、昼間の続きする?」
「おいおい、寝かせたばかりじゃないか」
「別に、今すぐとは言ってないもの。明日も休みだし、夜も長いんだし」

 正直なところ、ショートタイムではまだまだ物足りないというのが本音だった。30代になって性欲が落ちたと思いこんでいたのだが、単にきっかけが無かっただけなのかも知れない。

「あなた、愛してる」
「俺も」

 ついばむようなキスとともに愛の言葉を交わす。静かな睦み合いの夜が始まろうとしていた。
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