日曜の昼は後輩女子にパスタを作る

矢木羽研

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本編

ガチ中華?!トマトと卵の山西省風

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「先輩、おかえりなさい!」
「ただいま、暑い中で待たせて悪かったな」

今日は帰省先の実家から下宿先に帰ってきた。予定より電車が少し遅れてしまい、普段であれば日曜の昼前に来るこの後輩を玄関先で待たせてしまった。

「いいんですよ。いま来たばっかりだし、ちょうど日陰になってるし」

*

「ほら先輩、お土産にトマトもらってきましたよ」

部屋に入って冷房をつけ、一息つくとカバンの中身を取り出した。

「いつもの家庭菜園やってる子か。これは……イタリアントマトか?」
「はい! 加熱調理には最適だって言ってました!」

手のひらに収まるサイズの縦長のトマト。真っ赤に熟しており、ものによっては柔らかくなっている。保冷剤が入っていたとはいえ、この炎天下は堪えただろう。

「よし、全部使っちゃおうか」
「全部、ですか?」
「ああ。ざっと見て10個以上あるけど、重さで言えば500グラムほどだろうからな」

ちょうど、持ち慣れた500mlのペットボトルと同じくらいの重さだった。これなら一度に作るには適切な量だろう。

*

「それじゃ、いつものようにパスタを茹でる準備をしてくれるか」
「はーい!」
「その前にちょっと味見……うん、甘いな」

トマトを軽く水洗いして口に入れる。真っ赤な果肉は、よく引き締まっていた。

「美味しいでしょ? 私もいくつか食べたんですけどね」
「このまま冷やして食べても美味そうだけど、今はソースにしてしまおう。っと、その前に」

俺はフライパンを火にかけ、油を引く。そして深皿に卵を2個割り入れて、かき混ぜてから注ぎ入れた。

「へえ、トマトソースに卵?!」
「これは中華料理、それも山西省のほうでよく食べるらしい。実は俺もよく知らないから見様見真似なんだけどな」

北京の西にある山西省では、麺料理などに卵入りのトマトソースを使うことが多いという。実際に俺も食べたことがないどころか、調べてもレシピすら見つからなかったので創作料理になるわけだが。

「炒り卵を作ったら取り分けておく。後で火を入れるから半熟で十分だ」

先ほど生卵をかき混ぜた深皿に炒り卵を取り上げる。なおこの深皿はパスタを盛る食器としても使う予定だ。洗い物は極力減らす主義である。

*

「今度はネギなんですね」
「ああ、西洋料理だとトマトソースには玉ねぎを使うところだけどな。ここは中華風にこだわってみた」

長ネギの白い部分を1本分とニンニク2かけ、さらに乾燥唐辛子2本をみじん切りにして、フライパンに入れる。少し油も足すことにする。

「フライパン、ちょっと卵がこびりついてますけど洗わなくていいんですか?」
「ああ、問題ない。本来なら別の鍋で作るところだろうけどな」

トマトソースとはまた違うのだが、トマたま炒めを作る時にも、先に炒り卵を作ってから一旦取り出すという工程が入る。この時、鍋をいちいち洗ったりはしない。

「ネギとニンニクを弱火で、軽く焦げ目が付くくらいに火を入れる。……ちょっとトマト切るから、フライパンは任せた」
「はーい!」

小ぶりのトマトのヘタを取って輪切りにしてから、縦横のさいの目に刻んでいく。例によって湯むきはしない。

「やっぱり湯むきはしないんですね」
「ああ、いただきものは余すところなく食べたいし、何より面倒だからな。それに皮の食感を楽しむのもありだと思うぞ」

単なる手抜きだとネガティブな印象になるので、なるべく積極的な意味を見いだせるようにしている。

「ここで味付けだ。塩は小さじ半ちょっとで4グラムくらい。砂糖は小さじ2杯。黒酢をちょっと多めに大さじ2杯ってとこか」
「あ、なんですかそれ?」
「実家で持て余してたからもらってきた。これも山西省の特産品みたいだな」

黒酢のラベルには「山西老陳酢」と書かれている。「さんせいらおちんす」という、音読みと中国語読みと訓読みが混ざりあった奇妙なルビが振られている。

「最後に、ケチャップも大さじ2杯入れる」
「えー、トマトなのにさらにケチャップですか?!」
「生のトマトに加えると味に深みが出るからな」

確か、俺が最初に聞いたやり方ではトマトペーストだった気もするが、ケチャップも似たようなものだろう。

「ちょっと味見を……やっぱり結構酸っぱいですね」
「煮詰めるから少しはマイルドになるはずだ。こうやってトマトを潰しながらな」

皮がついているので崩れにくいのだが、できるだけソース状にしていくのだ。

*

「先輩、パスタのほうがそろそろですね」

今日のパスタは幅広のリングイネで、少し茹でるのに時間がかかった。ソースを煮込むのに時間が必要だったのでちょうどよかったのであるが。

「ソースもそろそろだな。ここで火を止めて、炒り卵を戻してよくかき混ぜる。ついでにバジルも入れよう」

ベランダで育てている鉢植えから葉っぱをもいで、水洗いしたらちぎって入れる。軽く混ぜ合わせたらソースの完成だ。

「トマトの赤に卵の黄色、それにバジルの緑があって、色合いがきれいですね」
「仕上げに花椒ホアジャオを振って、山西省風麻辣マーラートマたま麺の完成!」

*

「いただきます!……うん、甘酸っぱくていいですね。唐辛子はもっと入れてもよかったかも」
「ちょっと酢が多かったかもな」
「私は全然ありなんで!」

彼女の食べっぷりを見れば本音で言っているということがわかる。

「これ、なにかに似てると思ったら干しトマトみたいなんですね」
「確かに、言われてみればそうかもな!」
「敢えて皮を残したのもそれっぽいというか」

黒酢の風味が熟成した干しトマトのような味に仕上げているのだろうか。これは自分で作ってみても予想外の結果である。

*

「ごちそうさまでした! トマトと卵だけなのにボリュームがあって満足でした」
「トマトもよくできてたからな。またお礼しておかないと。ちょうど地元のお土産をもらってきたから、これをおすそ分けするか」

俺はカバンを開けてお菓子の箱を取り出す。

「そういえば里帰りはどうでした? 会社訪問するとかいう話は」
「ああ、なかなかいいところだった」

親戚の紹介で訪問したのは食品会社だった。業務内容にも興味があるし、社風も馴染めそうな感じがした。しかし地元で働くということは、ここを離れるということでもある。

「ということは、もう内定でも?」
「まだ先の話だからな」

とはいえ、3年生で既に内定を取っているという話も聞く。会社の人にはゆっくり決めればいいと言われているのだが。

**

「それじゃ先輩、今日のところはこれで!」
「おう、またな!」

いつものように玄関先で後輩を見送る夏の昼下がり。お盆も明ければ夏も一区切りだ。まだまだ猛暑は続きそうだが、やがてこの夏にも大学生活にも終りが来る。俺はツクツクボウシの鳴き声を聞きながら、今という時間を噛みしめるのであった。
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