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後ろから、社長に入れられて困っています

(7)-(3)

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「あ……あんっ!」

 喘ぎ声を漏らすしかなかった。割れているところに入れられている、棒状の器具をさらに奥に押し込まれたからだ。

『――ポイン・トバルは、君のを護る為に必要なんだよ? なのに、君の方から出てきてくれるなんて。アリスト、君の姿を見るのは何十年ぶりだ。ここで、兄さんの記憶と繋がって、ずっと幸せに過ごしていた? ぼくは、すっかり皺くちゃのお爺さんになってしまったが、君は、あの時と変わらずだね。お別れする事になった時よりも、むしろ穏やかそうな顔をしている。よかった。魂を失って、それ以上、歳を重ねられなくなった君が、幸せそうな顔をしていてくれて……なあ、アリスト、一緒にきてほしいと言ったら、怒ってしまう? 兄さんと繋がって幸せそうにしている君の記憶は連れて行かないが、兄さんの身体が眠るここから、君の身体を引き離したら……ぼくの事を嫌いになってしまうかな……でも、呼びかけに応じてくれたのは君の方だ。外に出たいのかと聞いたら、ぼくの前に現れてくれたじゃないか。方法が見つかるかは分からないが――君と兄さんを助ける為に、ぼくの研究に協力してほしい』

 青い瞳の美しい人がいる。ずいぶんご年配だ。おでこに大きな傷がある。だけど、どこか社長に似ている。

「……驚いた。魂を失ったあとのアリストの記憶が見えるとは思わなかった。調べてみないとたしかな事は分からないが、曾祖父のひたいに傷があるという事は、僕が生まれたあとの出来事だ。これが決定的な出来事か……アリス姉さんが、現代日本で誕生後、昇華制御装置に何らかの影響がおよんだのだろうか……まあ、いい。戻ったら、君の協力を得て、しっかりと調べてみよう。僕が見たいのは、こんなものではない……こんなものでは……曾祖父のしでかした事など、今さら知ってどうなる……研究にしか目を向けない、あの人のしでかした事を知って、どうなるというんだ……」

 目の前の現実にいる、青い瞳の美しい人、社長は、肩を震わせている。

「ご先祖さまが……しでかした事? あ、あああ! しゃ、社長っ! ……そ、それ以上……奥は……いやぁ……だめ……だ……め……」

 割れているところは、まだ解放されていない。割れ目の、さらに奥へ奥へと棒状の器具が押し込まれる。
 さし込まれた時も、押しひろげられてもだえたけど、異物によって大切な部分が占められ続けて苦しい。指や舌を入れられるのとは違い、本当は温かい心地が隠れているんじゃないかとさがすような事もしたくない。
 温かい心地は見つけられないけど、私の頬に触れる社長の指は、わずかに震えている。

「繁栄していると言えない状況だったらしいが、当時の我が家は、没落している訳ではなかった。研究者として熱心過ぎて、周りが見えなくなりがちな曾祖父とは違い、祖父と父は、所従しょじゅう眷属けんぞくと共に、ジェネの立ちあげを行った。ふ。曾祖父が、アリストの肉体を手に入れてしまった事で……世界の敵は、アリストをだました我が家であったという事にされてしまったからね。我が家が、しんの悪であったという事にされてしまった――」

 社長の青い瞳の様子は、何かに襲われそうで怯えていると訴えかけてくるようなものだった。
 ……社長のご家族は、悪い事をしなかったんですよね。
 なのに、どうして世界の敵に。
 そう言いたかったけど、実際に口から出たのは、「きゅん……」という、弱った小動物が発するような鳴き声だけ。
 おおいかぶさるような感じで、上から手を伸ばしてきた社長に胸をまれる。

「アリス姉さん、このファウンテは、とても恐ろしい世界なんだ。いとしい君を護るには、僕が絶対的な支配者になる必要があり、そして、君自身にも覇者の力を得てもらわなくてはならない。君を愛し続ける為に、僕は、悪の道を突き進まなければならない。すべては君を護る為なんだ。分かってほしい」

 さし込まれた棒の近くにさらされていた、興奮を感じる小さな突起に刺激が加わる。そんな小説の一文のようなものが頭の中では流れたけど、口からは、「くりと……り……す……やめて……」と力がこもらない言葉が漏れていった。

「現代日本で一緒に行った、映画の中のお話でもあっただろ。世の中には、つねに象徴になるほどの悪と、それを倒す英雄が必要なんだ。それがことわり。どのような世界であってもな。英雄は、戦いが終わったら消えるべきなんだ。姿形が見えていたら、次の悪にされてしまう。映画の作り話ではなく、本当に……」

 前に回った社長はゆっくりとした動きでかがむと、私の口の中の蹂躙じゅうりんを始めた。
 歯の裏側まですべてめあげようとするほど激しい。絡めるのではなく、舌を軽く噛まれる。前歯をいじられ、さらに上唇が押しあげられる。
 舌を押し込み、ひとしきり激しい愛撫あいぶで私を溺れさせようとしてきたけど、社長は、ゆっくりと顔を離す。二人の口が繋がった事をあからさまに表すように、よだれが糸を引いたのに、社長の表情はつやめいているというより、真剣で一途な想いを秘めていそうだと感じるものだった。

「研究者としてのは大いに認めるが、ひとたび実験室にこもると、一族との関わりすらおろそかにする曾祖父と面立おもだちが似寄りだと言われるのが不愉快に感じるようになったよ。理由はどうあれ、アリストを連れ出した事、許せるはずがない……そうして、祖父と父は、しんの悪になる事を選択した。アリス姉さんも、正しい判断だと思わないか? 僕は、生まれに流されたとは思っていない。この世界を破滅させるほどの悪になるというのは、自分の大切なものを護るに等しいから。妻の君にも分かってほしい。君を護りたい僕の気持ちを形にしたい。だから、アリストの恨みを教えて。その力を増幅させて、二人でファウンテを制する者になろう」

 背中をめられただけで、身体がビクッと震えてしまう。きっと顔を真っ赤にして、社長の愛に呑み込まれようとしている……
 このアリストメモリーという温室の中にもたくさん生えている蔓草つるくさのようなものに巻かれて、愛のそのの一部にされてしまいそう。
 愛の深みにはまり、溺れて沈んでしまえ。社長の狂った想いが、そういてくる。

「あ……あ、あはぁ……あんっ! あんっ! あんっ!」

 割れているところにさし込まれている棒を出し入れされ、心が、息絶えそうになる。

「あはんっ! くんっ! あはん、あはっ! くんっ! くんっ!」

「僕は、アリス姉さんを必ず護りたいんだ。その為に、絶対的な力を、この手にしなくてはならないんだ!」

 愛の濁流に引き込まれないよう、自分の声が耳に入ってきても、なるべく処理せずこらえていたけど、もう無理。声を押し殺す事も、まったくできていない。
 話からして、私の望まぬ方向だけど、社長は、私の事を愛し過ぎてくれている……どうしたら、私が望む方向に、社長はきてくれるのか……分からない。
 ジェネの悪の総帥の瞳の奥に、小さな子供がいだくような怯えが見える気がする。
 僕は、ずっと悪でいないと、この世界のことわりに滅ぼされてしまうんだ。
 あの作品の『あのヒーロー』の台詞がそんな感じだったな。社長が、怯えながら心に浮かべていそうな事を、こんな時にまでそんな風に考えてしまった自分が少し嫌になるけど、本当に、この人は震えながらそう思っている気がする。

 アリスト、教えて。
 これは、得意とする戦闘の事ではないけど、誰かを愛する心を知っているんでしょ? あなたなら、どうするの? 教えて。

「アリストの恨みの声を教えてほしい。アリストの本当の気持ちが知りたい。ファウンテには……僕らを駆逐したこの世界には、よいなんて一つもないんだ。僕は、世界の破滅を望むアリストの記憶がほしい。妻になる君にも、知っておいてもらいたい」

『楽しそうな世界を見つけたわ』

「妻になるアリス姉さんには、いろいろ理解しておいてほしい事がある。昇華制御装置の根本こんぽんは、曾祖父ですら解明できない部分があったようだが、このアリストメモリーへの侵入を目的に開発されたものなので、取り巻く物質のそうを変化させる事ができる。目視で確認できない現象も、データを数値化し、その変動を見ながらだと、素晴らしい技術だと分かってもらえるはず。変化したそういざなわれるように、境界を失った空間を我知らず進む事になる。曾祖父は、アリストの魂を追放した時に使われた技術――双子の兄が残した研究データを使い、昇華制御装置にさらなる改良を加えた。昇華以外の現象を操る事にも成功し、結果、アリストの魂が辿たどり着いた現代日本がある世界まで転移が可能になった。アリストの魂と干渉し、が重なり合う必要があるみたいだが」

『迎えに行こうと思っただけ』

「突然、難しい話をしてしまいすまない。アリストメモリーと昇華制御装置を使って、このファウンテを破滅に追いやる事が可能という意味だと理解してくれ。曾祖父の研究結果通り、ここは、アリストの魂との干渉が特に強くなる場所らしい。当時の世では隠され、今でも知る者はほとんどいないが、アリストメモリー全体が、魂を失ったアリストの肉体を管理する目的で作られた生命維持装置とも言えるんだ。そのアリストメモリーを構成するマテリアルに対し、昇華制御装置を用いる事で、クラティアやゼルロットのような巨大物体を通過させるほどのそう変化を起こせる。それにしても……ふ。最初からアリストを都合よく神格化する計画だったんだろうな。ポイン・トバルに心と身体は残すとだまし、魂を違う世界に追放し、彼女を黙らせるつもりだった。むごい話だ……指導した連中は、祖父と父の手によって処分済みだが、奴らの薄汚い考えの方がことわりとして世界に残ってしまった。だから、僕とジェネは、このファウンテの新たなことわりにならなくてはならない」

 社長が口にする事も、理解が難しいながらも耳に入ってきていた。だけど、私は、自分のものにも聞こえる、女性の無邪気な声を心に刻んでいた。

「……アリス姉さん?」

 喘ぎ声をあげなくなったのだろうか。熱い息を吐き出さなくなったのだろうか。激しく身体を揺らさなくなったのだろうか。
 社長の手の動きが止まった。
 前に回ってきて、髪に向かって手を伸ばしてくる、社長の仕草しぐさのすべてを、私は受け入れていた。

『だから――』

 女性の無邪気な声は、私にしか聞こえていないようだ。社長が所持する小型端末から、その音声が流れている感じがしない。
 私は、『だから――』の続きを口にした。

「一緒に、きてね」

 それは、世界を変える魔法の一言だったらしい。自分の周りが、すべてなくなっていった。
 私の腕を必死につかむ、愛する人を除いて、すべてがなくなっていった。
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