R18)社長室のキスで異世界転移パイロットになった私は、敵方・イケメン僕キャラ総帥に狂愛されて困っています【連載版】

K.A.

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『愛に溺れる』選択しかなさそうで困っています

(9)-(3)

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 アパート裏の自動販売機の横。黒艶くろつやうるわしいダークスーツにつつんだ社長が、黒色高級車のボンネットに身体を寄せ、くすくす笑っているのを確認してすぐ、私の口は大きな声を発していた。

「社長っ! 引っ越しの為に片づけをしてるって言っているじゃないですか! なのに、毎朝毎朝、デパートの人がきて、花束やら服やらアクセサリーやら……プレゼントを贈りつける攻撃はいい加減にしてください! 私は、早く二人で住みたいという業務命令に従い、アパートの荷物の整理整頓をしているんです!」

「ふふ。早く二人で住みたいという絶対的な業務命令は下したが、荷物の整理整頓をしてほしいとは言っていないだろ? 正直、今すぐ電話一つで、君の純潔が散った場所でもあるこのアパートの敷地ごと僕のものにできるからね。片づけをしたいなどとたわむれに言うのは、あの部屋の天井や壁や調度を眺めながら、蜃気楼しんきろうのようで、触れる事のできない想像上のものではなく、じつである僕と身体を重ねて楽しみたいから――違うのかな?」

 ぎくっ!
 片づけをしたいのも本当だけど……あの安アパートで、妄想じゃない社長とベッドの上で過ごして楽しんでいると気づかれている?
 社長の姿形を描きながら、エッチな小説片手に妄想し続けた事、再現してもらえて嬉しいですよ!
 ビジネススーツプレイも、ネクタイ縛りもしてもらった。こっちからオーダーしなかったのに、窓を少し開けて、「騒いだら、外に声が漏れてしまうよ」プレイもしてもらった。あの狭いユニットバスで、密着して襲われるやつも……って、あわわ! しゃ、社長が、今すぐ私をベッドの上に連行してやろうと思っている時の笑顔を見せている。こ、心の声、漏れてしまったのか……あわわ!

「だ、だめです……今から会社に行かないといけないんですよ? 初めて二人揃って出社するという、のちに記念日になるかもしれないイベントなんですよ!」

「二人のしんの関係を公表したのに、心の整理の為に、しばらくは今まで通りの方法で通勤したいと君が申し出てきた時、一瞬、寂しく感じたが……それが、続き待ちをしていたネット小説の書見しょけんを電車内でしたいのが故だと気づき、昨日までは許可していたにすぎない」

 うわっ!
 バ、バレてた!
 ああいうパターンの時って、独占欲全開に見せてきて、無理やり一緒の車に押し込まれるのかなって思っていたのに、意外とあっさり電車通勤を許してくれたので、少し疑問に感じていたけど……はは……その分、「僕のにわざと従わず、激しいお仕置きを期待しているんだろ?」と言われ、大変な事をたくさんされてから、何度も何度も出されてしまいましたが……四つんいで拘束されての絶倫プレイの回もありましたね……あははっ。

「ところで、出社前に荷物の発送を済ませてしまえば、今日の退社後から僕のマンションが自宅という事でよいのかな?」

「え? あ? あの? 社長? はっ?」

「現代日本の配送や流通ルートは面白いね。新規ビジネスを始めようかと思う勉強が改めてできたよ。匿名で荷物を配送か……このアパートの住所も隠せるだろうが、受け取り相手の住所も隠されているだろ? 受け取り相手は、巨大な段ボール箱の中身が、君が大切に保管してきたものたちだと知った上で購入しているだろうが……ふふ……はは……あははははっ!」

 いやぁあああああああっ!
 え、あ、はぁああっ? 買ってくれたユーザー『ELZE@FOU→JPN』って、誰……ひぃぃぃいいい!
 社長に貸していたような異世界ライトノベルとかはともかく、ティーンズラブ関連は、新居に持っていかないつもりだったのに!
 本棚だけでなく押し入れをも占めていた、書籍だけで百九十四冊にのぼる品が詰められた段ボール箱が開いている前で、足を開かされ動けないように拘束されて、社長にお仕置きされるのを待つしかない自分がきっといる。
 道具を見せられてから、実際に使われるまでの間もたくさんいじめられるのだろう。
 目隠しをされ、身体のいろいろなところに道具をあてがわれて、動き出したら私がどうなってしまうのかを教えられて……逃げ出そうとしている訳ではなく、興奮して身体を揺らし始めただけなのに、「刑が執行されて、思いのすべてが真っ白になってしまうほど心地よさを感じる前に、罪の重さを分からせてあげよう。まずは僕の手で、ゆっくりと時間をかけて真っ白にしてやる!」と、泣き叫んでもやめてもらえないほど、ぐちょぐちょにされて……本日退社後の私の運命が決まった。

 荷物の整理整頓をしたいというか、ティーンズラブ関連を片づけたかった。そんな思いで犯した罪は、二人の新居にもなる刑場で裁かれる事になる。
 電車通勤を許してくれたのも、すぐに同居を始めないのを許してくれたのも、所詮は社長のたわむれ。
 超高級タワーマンションの最上階ツーフロア、リビングが二層吹き抜けメゾネット一室などという狭さではなく、もっと巨大な鳥カゴに私は放たれていただけ。閉じ込められていると気づいていない私を観察し、社長は楽しんでいたにすぎない。
 現代日本は、暗躍あんやくする異世界人がいても、通常運行だった。
 自由なんてとっくに奪われていて、社長の独占欲にまみれた空間で飼われている
 すでに支配され済み。
 がっくし……


* * * * *


「う……あ……あ……ああっ!」

 私のうめきを耳に受けてすぐ、社長は、「大丈夫?」という言葉をかけてくれた。その声は熱をびたもので、荒い息にくるまれてしまい屈折していた。
 社長の存在が、蜃気楼しんきろうのようなはかないものに感じられたけど、違う。彼は、私の目の前にいてくれる。心も身体も、宿る魂すらも――ついに、私のものになってくれた。
 夫婦になると示す婚姻届には、すでに二人の名が刻まれている。私が普段使っている、小さなテーブルの上にその書類は置かれているけど、今は、社長だけを目に入れていたい。

「アリス姉さん……はあ、はあ……僕が、入っているから……苦しいの? すまない……もう少し、気の利いた言葉をかけたいのに……考えが、上手に動かない……君のすべてが、可愛過ぎて……愛を止められなくて……だ、駄目だ……も、もう、我慢するなんて……できない……君が、こんなにつらそうな表情をしているのに、その顔を眺めていると……奥へ、奥へと進みたくて……気持ちが、抑えられない……いとしいアリス姉さんを傷つける悪になんて、なりたくないのに……」

 自分が思っている以上に、私のうめきは、荒い息にくるまれて屈折していたのかもしれない。
 社長は、見えているのに触れられない蜃気楼しんきろうの私に向かって話しかけているみたいだ。

 幼い日に出逢った、アリストと瓜二うりふたつだった私は、世界を隔てた向こうにいて、ずっとずっと、想いの中と夢の中でしか会えない存在だったのだろう。実在していると分かっていても、幻として漂っているだけ。

「……社長……私は、大丈夫です……はあ、はあ……初めてだから……痛いだけ……社長に、初めてを捧げているから、痛いんです……でも、これは、傷つく痛さじゃない……愛する人とこれからも一緒にいられるって、刻んでいく為の心の動きを、身体が強く感じているだけなんです……はあ、はあ……だって、痛いのに、嫌じゃない……もっと奥に、社長に進んできてほしいのに、私の身体が、社長をじっくり味わいたいとワガママを言っているから……冴えない私過ぎて、呆れて、そんな自分に気づいてしまったから苦しくて、うめいてしまっただけです」

 私が緩やかな動きで手を上に伸ばすと、重なる社長は、同じく緩やかな動きで顔を少しさげてくれた。私の指先が、不器用さを隠さずに社長の頬をでると、目を細めて優しさを漂わせてくれた。
 まつ毛、本当に長いな。
 何回見ても、うっとりしちゃう。この青い瞳に見つめられるドキドキが、これからもずっと続くんだ。
 温かさを感じる社長の表情を眺めていたら、身体の緊張がほぐれてきた。

「さっき、舌や指で愛してくれた時、すごく気持ちよかったです……社長の指を、締めつけちゃいましたね……へへへ……社長からいっぱい与えてもらえて、夢見心地にされ過ぎちゃっているのに、まだまだ味わいたいなんてワガママですよね」

「そんな事はない。アリス姉さん、今だって、君は、僕のものに温かさを伝えてくれている。アリス姉さんを、奥まで一気に貫いてしまいたい衝動に、何度も何度も駆られるが……僕のものを味わいたいと、身体がワガママを言うほどの心持ちになってくれているのなら、思考のすべてを失って真っ白になってしまうほどの興奮を、放ってしまうのが惜しいと考える。心だけでなく、身体の芯まですべての自由を奪ってから、君の純潔を散らしてやりたい」

 いつわりのつもりであり、いつわりだろうと互いに思い込んでいた現代日本で過ごす時間は、思い切って近づいてみれば、蜃気楼しんきろうなどではなく、本物の大地とその上に立つたしかなものを築きあげていた。
 二人が、同じ世界に存在していると認識していたはずのファウンテでは、幻に等しいはかない繋がりしか得られなかった私と社長は、今、そばに寄って、温かみを分け合っている。もなくと言っていいぐらいの時間が流れれば、腹と腹がぴたりとくっつくのだろう。
 そして、私の純潔の花びらが散る。

「社長、アパートの鍵を開けてすぐにも言ったじゃないですか。社長は、悪でいてもいいんです。自分は世界の敵である悪役を貫くのだと、声高々に宣言してください。社長が世界の敵だったから、私は、ヒロインと同じエンディングに辿たどり着けました。ヒーローのお嫁さんになる為、婚姻届にサインをするのは、現代日本にあるヒロインのお部屋。ヒーローは言いました。愚と悪の象徴として歴史に刻まれた自分の名を、大魔王がいなくなったこの世界の平和が続く為に使ってほしいと――自分が世界の敵として噂された時代にみんなが戻りたくないと願うような未来を築いていってほしいと言いながら、恋人と二人で、一緒に戦った仲間たちの前から消えるシーンで思わず泣いてしまったんです」

 生まれる前の何かに導かれるようでも、そうでなくてもいい。はぐくんできたこの身体、想いを重ねたこの心、そして、それを動かしてくれている魂は、社長に処女を捧げるこの時の為に用意されたものだと今は思いたい。
 純潔なんて、桜の花びらのようにはかないものでいい。
 輝かしく感じる場所をさがせないと思い込んでいる、葉すら落ちた樹木でも、社長と二人で見上げる景色の中にあったら、真冬の寒さを忘れてしまいそうなぐらい華やかなおもむきを漂わせてくれるから。

「純潔は、散る時に一番美しいと感じてくれますか? ふふ。小説の一文みたいな聞き方をして、ごめんなさい」

「もちろんだ。アリス姉さんの純潔は、これより散る。この僕が手折たおるんだ。だから、今の君は、最高に美しいよ。ううん。これからも、何度でも美しさを届けてくれる並木路になる。僕ら二人の為の並木路だ。それが、どれほどうるわしい情景かを、早く君に見せてあげたい。アリス姉さん、僕の手を取り、こちらにを進めてくれるね?」

「はい。社長と一緒に、その並木路を歩いてみたいです……あ……あ……ああっ!」

 歩幅の違う私を気づかって、手を伸ばしてきてくれる。私が手を握ったのを確認すると、社長は、この先に何があるのかを早く知ってほしいと言わんばかりに、歩みの速度をあげた。


* * * * *


 ははっ……あのアパートの部屋は、私が支配する世界ですとか大きい事を言ったり、ノベルの再現をしたいとお願いしたりしたから、こんな事になってしまったのか。
 さっき、社長がものすごい笑顔で運んでくださり、勝手に「着払いで」と処理してくださった巨大な段ボール箱が、今頃は通常配送ルートにいる事を願いたい。
 だがしかし、私の負を詰め込むだけ詰め込んだ段ボール箱は、自分一人では持ちあげられないぐらいに重かった。早くさばきたいから、売り主負担の予定だった配送料がめちゃくちゃ高かった。先に気づかなかった私は、相変わらず冴えていない……あははっ。

「アリス姉さんの好きなように生きてほしいと考えている。だが、おぼえておいてくれ。君の言動の一つ一つに対し、僕は、独占欲という名の愛情を振りかざしたくなると。らされると、燃えあがるんだ。君は、この僕に飼われているだけだと、をもって知ってもらおうと思ってね。ははっ! アリス姉さんの何もかも――そう、君の心と身体を自由に扱える権利を、僕は有しているのだから。ああ。この世界での僕の影響力は、君の想定の何十倍も上だから……ふふふ」

 ハンドルをしっかりと握り、安全確認を怠らず、しかしなぜか、私の心に向かって会話をするような感じで社長が言った。
 二人きりの車内で、余計な発言をしたら、会社に辿たどり着く前にベッドの上に向かう事になってしまいそうだ。
 出張のお迎えで空港に向かった時は、運転手さんが現れたけど、帰りは、社長の車の助手席に乗せられた。車で移動する際は、社長の運転がほとんど。ファウンテで、ゼルロットのコックピットに一緒に乗りたいと言わせられなかったから、その反動で、私を横に置きたいと言っていた。

 次の週末は、社長の操船するプレジャーボートで水上レジャーの予定だ。
 船舶ではあるが、社長が操縦しているのに、二人きりを楽しむ私の様子を眺めたいとの事。
 電車通勤許可が出たのが、日を追って不気味に感じてきていたけど……まんまと罠にかかった私を観察する目的があったとは……社長のたわむれのような施しがない限り、明日からは、電車通勤という表向きの名を持つネット小説読書タイムはないだろう。でも、一緒に会社に行けるのって嬉しいな。今朝までは、すごく恥ずかしいと思っていたのに。

「社に到着しても、緊張しなくていい。アリス姉さんと僕が特別な関係なのは、皆、以前から知っていただろ?」

 そう。今さらなのだ。
 お付き合いしている事は、私と約束したので伏せてくれていたけど、「彼女のタスクの割り振りは、社長である僕に全権があるものとしてくれ」と社内に通達が出ていたらしい。私にバレないように徹底させる、凶悪さすら感じる脅しつきで。
 そういうのに気づかなかったのも冴えないと言われる所以ゆえんなんだろうけど……ボールペンをお持ちする業務だけで、頻繁に社長室に出入りをしていたら噂の一つも立つのが普通。
 しかも、うちの両親に、「社長の僕の直轄メンバーとして、しばらく外の国で業務にたずさわってもらうつもりです。ご両親には、いずれ現地視察をしていただく予定ですのでご安心を」とお伝わり済みだった。
 婚姻届の証人欄に、うちの両親は署名捺印し、娘の独占権は、社長にお渡され済みだった。
 ライトノベルなどでお馴染みの『異世界で結婚する事になったので、式に参加する為にご家族もどうぞ世界を渡ってください』計画が進行していた。私が貸した異世界ライトノベルたちが、参考にされてしまったという事……

 そんな手回しをされていたから、私がファウンテに行っている期間が調整休扱いでも、誰も変だと思わなかった訳だわ。

 おまけがついてきて、一つ恐ろしい事実をつかんでしまった。
 約束を守り、社長は、私と付き合っている事を両親に伏せたらしいけど、婚姻届を見せられても、なぜ疑問をいだかなかったのか――母に電話をしたら、「業務で、婚姻届の提出が必要と言われ、『契約結婚』から始まるって、結局は、幸せ嫁入りパターンかなと思ったから」という返答をいただいた。
 ……超真面目な内容のテレビ番組で、両親は、『契約結婚』というものを知ったとの事。
 私の所有するティーンズラブ関連には、ファンタジー世界が舞台でも、『契約結婚』とタイトルに入っている作品があった。影響され過ぎちゃった様子の両親に、私のコレクションが発見され、手を伸ばされてしまう想像を膨らませたら恐ろしさがあふれてきてガクガクブルブルしてしまったのだ。他にも地雷キーワードがあるかもしれないから、引っ越し前にティーンズラブ関連を処分しようと企てた。
 ネット小説も数日中で読み終え、この機会に、社長に見つかるとプレイの参考にされてしまいそうな作品たちからは手を引くつもりだったのに……ううっ。

 ミナミナにも知られていた。「社長と本気で恋愛していてよかった。遊ばれていないかどうか――おぬしが無事かどうか、うちの彼氏さんとも心配していたんよ」と言われた。
 なんとミナミナ、野球の元二軍選手で、今はプロスポーツ選手向け栄養管理を請け負う会社を経営しているという、一軍にあがってもすぐに退団して先なしになるよりも将来性あるんじゃない? という人と付き合っていた!
 肌は整っているし、髪のつやもばっちりなのに残念ムードOLでもったいないと思っていたら、エステサロンに通わされてばかりで嫌になって、彼氏さんの目のない会社では地味というか、ずぼらに徹していたらしい。
 私と同じで、仕事では冴えないところが多いけど、料理の腕はスゴワザ級だった。それが、スポーツ選手を驚かせるほどで、胃袋をつかむパターンにて、ティーンズラブのような恋人をゲットしたらしい。
 ミナミナは、お料理上手という超能力を持つ、まごう事なきスーパーヒロインであった。
 ナンナンも、フィクションのテンプレート設定みたいに、リーダーとこっそり付き合っていたし……社長からもらった、高級ボールペンのノック部品をカチカチと何度も押したくなってしまうぐらいに、どいつもこいつも幸せそうだ。

「嫌な思いをする事があったら、ファウンテに引っ越そう。今度こそ、二人で支配者になるんだ。ああ。こちらの世界にどうしても未練があるというのなら、殲滅砲撃つきの空中戦艦を用意してあげてもいいよ。婚儀のあかしの一つとして贈った、君が、高級ボールペンと名づけたあれを使うのは、消す時だから……はは……あはははっ!」

 うっ……冗談でも、高級ボールペンのノック部品を押してやる! と社長の前で口にしてはダメだな……気をつけよう。そして、社長がファウンテに戻ると冗談でも言わなくなるその日まで、ブルーサファイアと周りのみなさんに間違われているネックレスの管理を徹底しなければならない。
 ファウンテでは、妻の『智』と『美』をたたえる為に、婚儀で、筆と首飾りを贈る習慣があるとナンナンに聞いて知っていたけど、お値段はプライスレス級だとしても、この二つは微妙に違うと思うのですが……ファウンテで結婚生活を送る気がない証拠としていただいたと信じていますからね!

 ……静かに見守ってくれていた人たちには、やっぱり感謝だな。みずからと重ねるように、私たちの複雑な恋愛事情を理解してくれる人たちがいてくれたおかげで、私の左手の薬指には、今、幸せが絡んでいる。

 指輪は、事務用品のチラシを、業務として社長室でファイリングさせていただいた時に、マリッジリング広告が同封されているのを見つけて、「これを愛する人とつける日が来るって幸せですよね!」と無自覚に騒いだ事件があり、「すぐにその品を手に入れようとしたら、想定予算の百分の一以下で驚いたが、愛らしい表情で幸せな未来を語る君の顔が頭から離れなくなった」という言葉を添えて贈られる事になった。
 ケースの装飾は、ハートシェイプカットの大きなダイヤモンドの周りに、小粒とは言えないピンクサファイアが散りばめられた、指輪本体より明らかにお高そうなものでしたが、私が本当に気に入り、社長室で幸せ未来図を想像した品だっただけに、その指輪を贈られ、二人でつけたいと真剣に思ってくれた事がとても嬉しかった。

 相変わらず、現代日本の庶民の味を深いものだと感じてくれている。幸せあふれた表情を私にさせるのが、最も価値があると思ってくれている。
 現代日本に帰ってきてすぐは、少し暗い顔をしていたのに、心配がいらないほど、すっかりお元気になられた。
 悪役さんの顔を見せる事が増えたけど、私を抱いたあとは、素肌の温かさでつつみながら、すごく優しい表情を見せてくれる。それは、以前は味わえなかったものだ。

 会社の地下駐車場に到着し、シートベルトを外した直後に、私の方から社長の胸の上に手を伸ばす。社長も同じ事を考えていたのか、私の行動に応じ顔を動かすのではなく、もっと自然な動作で、私を視線の中に入れてくれたようだ。

「僕は、悪でいてもいいんだろ? 君の心と身体を奪うような悪役――」

 背中に片手を回され、もう一方の手であごを持ちあげられる。
 捕らえられた私は、動けないようにされ、下を向く事を禁じられた。でも、その強引さが私の心を満たしていく。
 鼓動が激しさを増すばかりで、いつまでも囚われのでいたいと感じさせられる。
 牢獄の中で、甘い愛を全身に塗られて、自分の考えている事すべてをこの人にさらしたい。
 少し恥ずかしいぐらいが、これほど心地よいなんて――もう、一人で出社するなんてできそうにない。
 この数日、らされたのは私の方だったようだ。
 目に見える鳥カゴの用意がなくても、この人から離れたくないと思う私にされてしまった。

 一時いっときでも私を見つめられなくなるのが惜しいという想いを込めてなのか、切れ長の目を細めてから、社長は、美しい青い瞳をゆっくりとまぶたおおった。

「はい。悪でいてください。心と身体が壊れてしまうんじゃないかと怖くなるぐらい、これからも、私をドキドキさせてほしいです。唇を重ねたら、強く抱いてくださいね。あなたのすべてを感じたい」

 社長の顔が迫ってくる中、私も目を閉じる。社長の肌が発する温かみが届く少し前に、彼だけが持つ優しい香りが鼻腔をくすぐった。
 唇を落としてもらってすぐ、私の舌は、彼と絡み合いを始める。
 決して離すまいとする彼の腕の力の強まりを感じながら、私も、彼の背に回した腕の力を強める。
 繋がりを歓び、心の中で、「悪役だったから、私は、あなたに幸せにしてもらう事に素直にYESと答えられたんです。あなたを討ち果たす英雄じゃなくて、悪にすべてを捧げる人柱になれてよかった」とつぶやいた。

 ダークスーツ姿の社長と私が抱き合う図。
 ハッピーエンドの図。愛を誓い、社長の腕の中に飛び込む私――

 幸せいっぱいのキスを社長からたくさんもらえるし、自分からしてもいい。二人が愛し合う事に、を唱える人はいない。幸せいっぱいのキスは、何度交わしても特別なものだ。これからも、ずっと。

 そして、幸せいっぱいのキスの思い出は、消える事なく、天王寺有栖という名で育った私の記憶として刻まれていく――
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