【完結】回帰する魔術師は彼女の幸せだけを願っている

平川

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19.

「……っ」

 グラミリオル卿が苦々しい顔で顔を背ける。

「可笑しいと思っていた!ラーナは私の理解者だった!確かに術式は扱えなかったが、それでも私は努力は惜しまなかった。何と言われようがラーナが居れば…だが彼女は突然接触を避け出した…十年もの間婚約していた私を…その辺りから可笑しな事が起こり始めた…やった事の無い不祥事が全て私の犯した罪だと。証拠が有るなどと偽造され、抵抗する私を周りが狂人だと言い始め、あっという間に王宮を追放された!ラーナとの婚約まで解消させられ……お前が!私から美しい彼女を奪う為に…私を陥れたのだな!!」
「し…知らん!自業自得っウッグッッ!あぁぁぁ──!!」

 悲鳴と共にグラミリオル卿から小さくパキ、ポキと骨が折れる音がする。

 つまり…伯爵はグラミリオル卿に陥れられた?実の兄弟に?母ラーナを奪う為に…なんて事だ…

『では最後の問いといこう。真に誠実なれ。一つの花と蕾を与えた者よ。お前が辺境に捨てた子は…この魔術師だな?そして更に親殺しをさせようとした。愛する者を奪われた復讐の為に』

「!! か、彼が…私の?リ… リーゼン…ウルト……わ…たしの…」

「………」

 無言でフードに手を掛け後ろに降ろした。遺跡に浮かぶ俺を月明かりは分け隔て無く優しく照らす。

「……ラーナに、似ている…そして黒髪と…片目の青い…瞳…あぁ」
「………」

『さあ、答えるが良い。相違無いな?』

「…ああ、ああ!そうだ。私の…私のラーナを奪い妻にした此奴が許せなかった!ラーナさえ居れば全て耐えられた…っ!魔術が使えなくても爵位が低くても容姿が悪くてもだ!粗暴な私をいつも諫め付き従ってくれた優しく美しい彼女を…私は愛していた。あれは…私のモノだったのに…!だから私も奪ってやったのだ此奴らの子を。…勿論殺すつもりだったが魔力放出出来ず死に掛けの子供だ。死体処理のつもりで大金をやる代わりに遠くで殺してこいと侍女に連れて行かせたのだ。わざわざがめつい女を選んでな」

 乳母は…やはり乳母では無かった。先程薄ら蘇った幼少期の記憶の本当の乳母だった人はあの女では無かった。ただの伯爵家の侍女だったのだ。記憶を消された俺を命令を受け金欲しさに遠く離れた辺境のコリコット村で…いずれ力尽きるだろうと世話をする振りをして。
 俺がレシェと出会い魔力を制御出来るまでに回復してしまい数年世話をせざるを得なかったのは誤算だっただろう。狭い村での生活に嫌気を差し早々に商人の若い男と連れ立って再び王都へ移り住み離れていた為に、魔術師としての俺の力量を真に知らずあの女は金欲しさに生き延びた俺を再び売る事にしたのかもな…

「それが数ヶ月前にこいつが無事に育ち魔術師なったと連絡して来たのだ。連れて来る代わりに負債の肩代わりを要求された。本当にがめつい女だ。あんな女が魔力放出のタリスマンを所持していない瀕死のこいつをどうやって…! そうだ…お前…どうやって生き延びた…それに何故魔術師になれたのだ?」
「…聞いてどうする?殺す為に拉致し捨てられた子がどうなろうがどんな人生を歩もうが、あんたには関係無いだろ?今更知っても意味は無い」
「……チッ」

『ではこれで最後だ。二本の花を与えた者に問う』

「グッ…クソ…」

 締め付けられ砕かれた骨の痛みで力無く悪態を吐くグラミリオル卿。

『汝…切に願い伴侶に迎えたその妻を亡き者にしたな?』

「!」
「なっ!?」

「………っ」

 もう…何も驚かないと思っていた。
 言葉が何も浮かんで来ない。
 …唯…ただ、

 息をするのを忘れグレーの瞳を持つ男を見る。俺の…本当の…父が…母を?

 何なんだ…分からない…
 何をしてるんだ此奴らは…
 もう…やめてくれっ

「どう言う事だ!!何故ラーナを!!」
「お前の所為だろ!!全てお前の所為だ!ラーナはリーゼンウルトを亡くした悲しみで心を病んでしまった!その内…お前を捨て私を選んだ負い目で過去と現実が入れ替わり…私を拒絶し始めた!」
「あ、あぁ…ラーナ…っ」
「そうだ…ラーナは俺の元を去り、お前の為に後の人生を謝罪と懺悔の為に使うと言い出した。…はは…私達の息子を拉致し殺そうとした奴に…はっ…ふふ…お前に彼女は勿体無い。才能も無く粗暴で見目も悪いお前などに!彼女には…私が一番似合っている…そうだろう?なあ、リーゼンウルト?」

「…愛した…人だろ?」
「……愛していたから…許せなかった。誰かの為に生きると…私で無い者に人生を捧げると言われた時、怒りで我を忘れてしまい気付いたら…首を…」

 歯を食い縛り涙を流す彼は…王弟で公爵位を持ち見目も良く…才能ある魔術師。
 だが彼は実兄の婚約者であった母を愛してしまい、その兄を王宮から偽造した罪で追い出し母を手に入れたのだ。
 しかし母はどうだったのだろうな…長年共に時を歩んできた伯爵を理解し愛していたのかも知れない。そして伯爵も…

 ミカポンが二人を地上にゆっくりと降ろした。力無く地面に座り込み、顔を上げる事も無く項垂れる伯爵。幾つか骨を折られながら泣き崩れるグラミリオル卿。

 一人の女性を巡り、彼らは過ちを犯してしまった。俺はそれに巻き込まれたと言う事か。

「結局…自分勝手な生き物なんだよな…人って。それが国を導き守るべき王族でも…さ」

 たが、それは俺も同じで。エゴでしか無い回帰を起こし何食わぬ顔で過ごして来たのだ。

『リル。君に問いたい』

 ミカポンが静かに、だが意思を込めた紅い六つの瞳で俺を見る。祖王賢者と共に戦い長い寿命の所為で国の守護者となり、見護り続けた王族が清廉なれと与えた筈の百合の花を踏みにじったのだ。裏切られたと悲しんでいただろう。

『君は…最後に何を選ぶ?』

「…」

 俺が…選ぶのは…それは

 それは…もう決まっていた。


「大丈夫。こいつらが…選ばない未来を選択するよ」


 ふわりと地面に降り立ちグラミリオル卿の肩に手を置き術式を唱える。

「…治癒?…いた、みが…」
「治しておくよグラミリオル卿」
「リーゼンウルト。君は…私の…」

 胸のポケットからタリスマンを取り出し彼の手に握らせた。

「これは…返しておく」
「──っラーナは!君の事を探していたんだ。魔素に変わって消えたなど信じられないと…このタリスマンが失くなっている事も可笑しいと何度も私に訴えていた。だが…私は知っていたんだ。姉様が兄様の魔力を吸収して魔素に変わって消えてしまった事を。だから…心の何処かで諦めてしまった…」

 やはりあの研究文書は現王が…犠牲になったのはその下の妹殿下だったんだな。王も悔しかったのだろう…

「…構わないもう終わった事だから。俺は誰も恨んで無いんだ。ただ…真実が知りたかった」
「何故だ…君が一番辛い思いをした筈だろ?」
「そうかも知れないけど…そうでも無いよ」

 きっとこのまま放っておけば二人は再びいがみ合い同じ思いに囚われるだろう。一人は愛する人を奪われ腹いせにその子供を殺そうとし、一人は愛する人を手に入れる為に障害を排除し挙句最後には自ら手を掛けた。

 俺はミカポンを見上げ、事の謝罪する。終わらそう…

「ミゼブル・カルナルストナー・ポトマック・マイオリスタンよ。国の守護者の貴方に非礼を詫びる。度重なる王族の醜態申し訳無い。裏紋さえ賜っていない俺だけど血統を引き継いだ者として終息の采配を告げる事を許せ。…まずは伯爵」

 ブン…と黄色い術式が彼を取り囲む。これは忘却の陣。

「可哀想だがあんたには母ラーナの記憶を忘れてもらう。愛した人を忘れる事は辛い事だが、それがこの罪の罰だ。これからは家族と良好な関係を築き領地改善に尽力して生きろ。…まずは息子達の矯正からな」

 青い光が覆う。これは転移動の術。寝かせた護衛の記憶も消して馬と共に屋敷に送る。

「次はグラミリオル卿。母を殺めた事…俺が黙っていれば全て闇の中だ。どうする?」

 暫くの沈黙の後、公爵は項垂れたまま静かに、だがはっきりとした口調で答え俺を見上げる。

「……いや、償おう。私の半生は彼女への想いで出来ている。記憶を消し去るのだけは勘弁してくれ。例えどんなに辛くても…忘れたく無いんだ。出頭するよ。そして兄への罪も全て公にする。私は罪人だ…魔術師であり王族であるが故、極刑は無くとも爵位剥奪は免れない。今の妻とは離縁する」
「…ちゃんと話し合ってな。母が違っても俺の兄弟姉妹も居る。不利益にならない様気を使ってくれ。貴方への罰は殺人罪で然るべき期間の刑期を務める事。そしてどんなに恨もうとも伯爵の罪を許す事だ。記憶を全て消されたくなければな」
「……ああ。罪深いが私には君と言う息子が生きていた。ラーナとの子が。それだけで救われた気がするよリーゼンウルト」
「俺の名はそれでは無い。勿論奴が付けたリアルトでも無い。俺はただのリル。リルって言うんだ」
「…リル。リル、また…会えるか?君の瞳の色も面持ちもラーナからのものだ。また…見たいんだ…」

 青い陣がグラミリオルの周りを囲む。屋敷への転移動の術式。ゆらゆらと揺れる俺の陣の中の彼に最後の言葉を告げた。

「どんなに愚かな行いをして来たとしても俺にとっては貴方が父親だ。一緒に過ごした日々は少ないが貴方の優しい手は覚えている。また会えると良いな」
「リーゼン…リル。君が生まれて…嬉しかった」

 グッと手の中のタリスマンを握り涙に濡れながら微笑むグラミリオル卿。冷たいグレーの瞳が今は暖かく感じる。母への愛に溺れなければきっと根は優しい人だったのかも知れない。


「…ああ、さよなら父上」






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