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【おまけ】後輩・伊藤

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ある日のランチ中、同席している先輩の言葉にポカンと呆けてしまった。


「……え?6人目?…え?立川先輩…確か5人目が生まれたばかりじゃ…あれ?」


首を傾げて食事の手を止める伊藤の事など微塵も気にせず、伊藤の先輩である透は淡々と…いや些か浮かれた面持ちと口調で続ける。


「5人目がなかなか出来なかったから、6人目も間が空くかなと思ったんだけどな。今回は思ったより早く俺らの所に来てくれた」

「……ソウデスカ…ヨカッタデスネ…」

「あぁ、楽しみで仕方ないよ」


ワクワクを隠しきれずに食事をする透を虚ろな目で見つめ、小さな嘆息を零してから目の前にあるカレーを掬って口に運んだ。

つい最近彼女と別れたばかり。

本社勤務になったばかりの頃は『仕事が落ち着いたら』と考えていたが、慣れれば慣れるほどに仕事量は増える一方でプライベートの時間を持つ余裕をなかなか持てないでいる。

そんな中でも友人を介して女性と知り合うことはあり、容姿の良さや大企業勤めも相成り好意を寄せられ交際に発展する事も多かった。

……が、いつも続かない。

必ずと言っていいほど『私と仕事どっちが大事なのよ!!』と詰め寄られ、そうでなくとも『私じゃ支えてあげられない』だの『私といても楽しくないんでしょ?』と言われて。


「…立川先輩って、奥さんに『仕事と私どっちが大切なの』ってやつ言われたことあります?」

「あるよ。もちろん桜って答えた。余裕のある生活を送らせてあげる為には稼ぐ必要もあるけど、泣くほど寂しい思いをさせたり我慢を強いるようなことはしたくないから。桜がそうなるなら迷わず転職する」

「……やっぱり凄いですね…」


この人なら躊躇なくそうするだろう。

それでいて新しい職場でも遺憾無く実力を発揮して上り詰めるはず。

普段から尊敬しているが、公私共に充実している姿を見せつけられ、どうにも自分との差を感じて落ち込んでしまうことも多々ある。

その都度、そもそも自分と比べてはならない相手なんだと己を納得させていた。


「6人目かぁ…」


生活費とかハンパないだろうな…と現実的な事を想像してしまう。


「俺…結婚できますかね…」


仕事はやり甲斐もあって楽しいが、付き合っては別れるを繰り返してばかりで自信がなくなる。

仮に結婚したとしても、多忙なあまりすれ違って離婚…と考えては及び腰になっていた。

実際、職場には離婚した人も多い。

彼氏彼女の時点で責められると将来のビジョンなど思い描けるはずもなく、別れられてホッとしてしまうのも本音。


「出来るとか出来ないとかじゃなくてさ。そういう女性に会えば自然と決意出来るよ」

「……そういうものですかね…ちなみに立川先輩が決意したのっていつですか?」

「桜が生まれた時」


聞く相手を間違えた…と魂が抜けた。






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「ごめんなさいっ!!」


取り引き先企業に赴き商談を終えた帰り際、廊下の角を曲がった所で女性とぶつかってしまった。

書類が散らばり謝罪を述べて拾う姿に「漫画みたいだな」と思った伊藤も慌ててしゃがみ手伝う。


「俺の方こそごめん。怪我してない?」

「大丈夫です、ありがとうございます」


花が咲くように浮かべられた笑顔に目が釘付けとなり、愛情に飢えた心が早鐘を打った。


「ありがとうございました」


互いに立つと頭ひとつ分以上も小さく華奢な様子に庇護欲が唆り、ペコリと頭を下げ立ち去ろうとしたところで思わず手を掴んでいた。

相手はもちろん自分もその行動に驚くが、どうしても離すことが出来ない。


「あの……今度…食事とか行きません?」


突然の申し出に女性はただでさえ大きな目を見開いて驚き、次いで頬を染めて小さく頷いた。


「……はい」


可愛い…と思い、最近ご無沙汰なせいで掻き抱きたい衝動に駆られるがグッと堪える。

そのせいでつい掴む手に力を込めてしまった。


「ッ……」


ビクリと引くような動きを感じ、慌てて離す。


「ごめんっ…痛かった?」

「いえ、大丈夫です」


手首を擦りながらも浮かべた笑みは優しく、こんな女性に癒されたい…と強く思った。


「じゃぁ…連絡先、教えてください」


無事に女性の連絡先を入手し、羽の生えた軽い足取りで会社へと戻る。

漸く出逢えた運命の人。

今度こそうまくいって結婚出来るかもしれない。

可愛くて優しそうな彼女が妻となり、やがて自分の子を産むかも!?と期待に胸は膨らんだ。






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「お疲れ、どうした?」

「……オツカレサマデス」


ある日の残業中、休憩室でひとり机に突っ伏していたところに透が現れ、その姿を見てまた深く落ち込んでしまう。

この人のせいだ…この人が完璧過ぎるから!!と理不尽な怒りを抱いて睨み付けるも、ダメージなど微塵も与えられるはずがない。

そもそも自分の惚れやすさが悪いのだ。


「……運命だと思ったのに…」

「運命?」

「この前の…例の…」

「あぁ、漫画みたいな出逢い方をしたってやつ?うまくいかなかったのか?無理しながらも時間作ってデートしてなかった?」


その通り。

出逢った2日後には食事に行き、可憐な彼女は奥手だろうからデートの回数を重ねてじっくり時間をかけ、やがて距離が縮まったらセックス…と考えていたがまさかのラブホテルへと直行。

誘ってきたのは相手。

驚いたがその積極性もポジティブに捉え、充実した結婚生活になる!?と浮かれてしまう。


「凄いんですよ……セックスが」


部屋に入るや否や濃厚なキスが始まり、服を着たままベッドへと乗り上げるといつ間にやらベルトを外され、手際よく取り出されたモノをパクリと咥えてきた。

そこからはもう凄いのひと言に尽きる。

互いの局部を舐め合ったり上になったり下になったりと獣のように交わった。

上気した顔で『こんなの初めて…』と煽られ持参した避妊具3つは早々に尽きたが、相手も持参していたのでそれも使い夜だけで計5発。

朝起きてからも2発という過去最高記録を達成。

互いに『体の相性が良過ぎるね』などと言い、時間を作りデートをしては必ず濃厚なセックスをする…を繰り返した。

もうこれは運命だったんだと自宅にも招いて半同棲状態になり、やがて『中に出して』とねだられるようになったが流石にそれはまだ早いと拒否。


「料理もうまかったし綺麗好きだし、こんな子と結婚出来たらな…とか考え始めたんです」


結局は流される形でゴムを付けずにするようになり、中には出さないもののギリギリで外に出すようになっていった。

もし妊娠したら結婚すればいいと思って。


「でも男がいたんです。俺の他に3人も。その中で誰が1番自分に相応しいか悩むって友達に相談してたんですよ…とんだビッチじゃないっすか」


そりゃあれだけの技術があるはずだと納得し、他の男と同時進行で共有していたのだと分かって吐き気を催した。


「なんで分かったの?」

「携帯見ちゃったんですよね…いつもカチカチやってるから気になって…マジで最低」

「別れれば?てか正式に付き合ってたっけ?」


その問いには首を左右に振る。


「半同棲…って言うか自宅には何度も来てはいますけど、ちゃんと『付き合おう』とは言ってないです…」

「それはそれでどうなの?とは思うけど、まぁ不幸中の幸いで良かったんじゃない?」

「…………」

「なに?問題でもあるの?」

「…………生理が遅れているらしくて…」

「うわぁ…何やってんの?マジで。ゴムしなかったって事?」

「……中には出してません…」


透の冷めた目に居たたまれなくなり項垂れるが、どうするべきか思考が纏まらない。

もしも他に男などいなければ喜ばしい事だし、これを機に身を固めるのもありだった。

けれど実際は4人の男を相手にしており、友達とのやり取りが本当ならそのいずれとも避妊無しでセックスをしている。

しかも他の3人とは常に中出し。


「中に出さなくても妊娠する時はするだろ。どうすんの?お前の子だったら」

「…どうしたらいいですか…?」


濡れた子犬のような顔で見上げても、透は呆れて嘆息するしかない。


「どうもこうも、そもそもなんで生でするかな」

「それは…あの子マジで気持ち良くて…しかも毎回凄いもんだから…つい…」

「ついでするなよ……まぁ気持ちは分かるけど」

「いい子だし可愛いし飯美味いしで結婚も考えてたから…遅かれ早かれかな…とも…」


彼女とはセックス以外の時間も楽しく、多忙な事にも理解を示してくれていたから少しずつ結婚へと意識が傾いていた。


「責任取るしかないよ。お前の子だったら」

「……認知はします…けど……結婚は…」

「そういう子なら浮気するだろうな。まず間違いなく、絶対に」

「……ですよね…」

「いざとなったら弁護士を紹介してやるよ」


憐れむようにポンポンと軽く肩を叩き、残りの仕事を片付ける為に透はフロアへと戻って行った。






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それから2ヶ月、出張も続きなんだかんだと理由をつけては会うのを避けていたが、遂に相手から「妊娠した」との報告が入る。

流石にもう逃げられないと覚悟し、個室のある店で会うことにした。


「元気だった?会えなくて寂しかったよ」


会うなり抱き着いてきた彼女はやはり可愛らしくて、とても男を渡り歩くようには見えないがそれが彼女の本性だと知っている。

やんわりと巻き付く腕を外して「とりあえず入ろう」と店の中へと進み店員の案内に続く。

その間も腕に絡み付いてベッタリ身を寄せられ、以前なら可愛いと思えたのに今は気持ち悪いとしか思えない。

席について注文し幾つか運ばれたところで彼女の方から切り出してきた。


「伝えた通りなんだけどね…3ヶ月だって」


嬉しそうに、はにかみながら頬を染める様子に今すぐ悪態をつきそうになる。

それを堪えるようにグラスの酒を口に含んで返事を遅らせていると、待ちきれずに彼女が続けた。


「だからね…結婚しよう?」


えへへ…と小首を傾げる様はさながら天使のようだが、裏の顔は悪魔だと知っている。

女友達に『1番収入がいいから彼にしようかな』と言っていたことも。


「結婚式はお腹が大きくなる前にしたいな。妊婦でも着物は着られるらしいから、洋装と和装のどちらも着たい。指輪はどうする?私、前から気になってたブランドがあるんだよね」


目の前にいる男が黙っている事など気にもせず、つらつらと語っては頬を緩めている。


「新居は駅前に出来るマンションが素敵だなと思うんだけど、どう思う?」

「……そうだな、買えるよ」

「買えちゃうの!?やっぱり聡志さとしくんは凄いよね」


誰と比較しているのだと笑いたくなった。

料理には箸もつけず、グラスに視線を落としているというのに女は気にも留めない。


「私ね、専業主婦になるのが夢だったの。美味しいご飯を作ってあったかい家庭を作りたいな」

「……それって浮気しながらでも作れるの?」

「…………え?」


我慢が出来なくなりそう聞けば、虚をつかれた女はキョトンとした顔を見せる。

大した役者だと思った。


「俺以外に男いるよな?」

「……何言ってるの?いないよ?」

「じゃぁ、これは何?」


鞄から封筒を取り出して中身をテーブルに広げると、女の顔色が悪くなって口元がひくついた。


「……なに…これ…」

「悪いけど携帯見ちゃったんだよね。俺の他にも3人男がいること知って、その男達とのやり取りも見た。そいつらと中出ししてる事も、俺が1番収入ありそうだとか言ってる事も全部見た」


広げて見せたのは男達とホテルに出入りする瞬間や車内、野外でコトに及んでいる最中の写真。

SDカードには動画も保存されている。


「中には出していないけど俺も避妊せずにしてたからな…俺の子なら認知するし養育費も払う。だけど結婚はしない」


ハッキリと断言され、女は顔を歪ませた。


「俺さ、何よりも許せないのが浮気なんだよね。母親がお前みたいに男を侍らすような人間で、男に依存しないと生きていけない奴だったの。だから無理。そういう女とは結婚出来ない」

「っ……」

「それにさ、仮に結婚したところで浮気するのやめられないだろ?」

「そんなことっ、」

「無理だよ。だって友達に言ってたじゃん。『結婚しちゃえばこっちのもん』だっけ?DNA検査なんてそうするものではないし、モテるんだから仕方ないとか全員から養育費貰おうかなとか…馬鹿にしてんの?」


そんな女と結婚など考えられない。

本音を言えば堕ろして欲しいがどうするかは女に委ねるしかなく、産むならば認知はする。

避妊を怠った責任は取るつもりでいた。


「最低だよ…俺も、君も」


欲に流された自分は確かに愚かだが、男を金蔓としか考えず子供すらもその駒としか捉えていない女には反吐が出る。

最悪の場合は子供を引き取り、未婚の父親として育てる覚悟もした。


「出産前でもDNA鑑定は出来るから、その結果で俺の子だと分かったら連絡して」

「…………そんなの…子供に何かあったら…」

「問題ないって聞いたけど、心配なら産んでからでも構わない。俺の子なら認知するし養育費はきちんと払うから」

「………酷い…」


目を潤ませる姿は庇護欲を唆るもので、何も知らなければ抱き締めたくもなる姿。

けれどその皮を脱いだ本性を知っているから、そう思うだけで指一本も触れたくはない。


「酷いだろうね。男を漁る女だと知らなかったとは言え無責任な行為をしたんだから。だから俺の子なら責任は取るよ」


男に依存し寄生するしか脳のない母親を思い出させる女には嫌悪感しかないが、惚れやすく流されやすい自分の在り方にも辟易する。

結局はあの母親あっての自分なのだと。


「っ……もういいっ!!」


女は音を立てて立ち上がり、高いヒールの踵を鳴らしながら去っていった。

このまま終わりにしたいがそうもいかない。

知らぬ内に産んであとから認知と養育費を請求される可能性もある。


「…………結局どうすんだよ…」


自業自得と分かっているが、産むのか堕ろすのかだけでも教えて欲しいのが本音。

暫し項垂れていると「ぐぅぅぅ」とお腹が鳴り、腹が減っては戦も出来ぬと箸を手に取った。






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それから10日後。

女から「堕ろす事にした」と連絡が入り、その為に必要な金額を請求された。

他の男にも言ってるであろうことは容易に想像出来たがこれ以上面倒なことはゴメンだと言い値を支払い、後日「堕ろしました」と領収書の写真付きでメッセージを受け取り関係は終わった。


「……俺、暫く女はいいです。懲りました」

「何がダメって結婚する気もないのに生でした事だな。せめて避妊はしろ。そして反省しろ」

「猛省してます」







その後は以前にも増して仕事へ打ち込むようになり、彼女は疎か割り切った関係の相手も作らず右手を相棒にひたすら邁進。


そして数年後、ひとりの女性と結婚を決めた。







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