【完結】「ごめんなさい」よりも「ありがとう」を

Ringo

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僕は君とふたりの未来を想う

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半年ぶりに腕の中へと取り戻した温もり。


「オリヴィア…愛してる」

「……ん…ぅ……」


痩せて体力も落ちているだろうから優しくするつもりでいたのに…抱き潰してしまった。

甘く啼く声が愛しくて、快感から流す涙が美しくて、全てを飲み込むかのように貪った。


『ロイド…あなたは私だけのもの』


そう言って、いくつもつけられた赤い痕に頬がだらしなく緩んでしまう。首にも多数の痕がついているが、クラバットをすれば問題はない。


『私のものよ…誰にも渡さない』


半年ぶりに感じたオリヴィアの温かさはじんわりと体に浸透し、何か薬でも含んだかのようにいつまでも萎えることはなかった。


「オリヴィア…」


疲れて意識を手放したオリヴィアの中に、未だ萎えることなく入ったまま…漸く温もりを腕の中に取り戻せたことと、ずっと埋められなかった人ひとり分の隙間がなくなったことに喜びが溢れる。


「…オリヴィア…」


突き立てるような事はしない。ただ優しく包まれている感覚が心地いい。


『また同じことしたら殺してやるんだから』


頬を膨らませていたオリヴィアを思い出せば、その可愛らしさに心が温かくなる。

もう二度と過ちは犯さない。

でも……


オリヴィアになら殺されてもいい。



『あなたを殺して私も死ぬわ』



強烈な愛の告白と締め付けに、思わず果てた。





* * * * * *




「オリヴィア!!」


愛する妻が倒れたと連絡を受け、仕事などしていられるか!と放り投げて帰宅すると、寝台には優しく微笑むオリヴィアの姿。


「倒れたって聞いた…大丈夫なのか!?起きていちゃだめだ、横にならないと!!」

「落ち着いて、ロイド」

「怪我は?倒れた時に怪我はしていない?」

「大丈夫よ」


常に誰かが傍についていると分かっていても、どこかぶつけていないかとあちこち触って確かめていると、オリヴィアはクスクスと笑った。


「……オリヴィア?」

「若様、おめでとうございます」

「え?」


執事の言葉に振り向くと、並ぶ使用人達がなんとも優しく微笑んでいる。


「え…それっ…て……」

「春になる頃には父親ですぞ」


公爵家お抱え医師の言葉に、さすがの僕もその意味を理解した。


「ふふっ、赤ちゃん出来ました」

「オリヴィア!!」


結婚して三年。たくさん傷付け、たくさん愛してきた日々が次々と甦り、そのいずれも共にいてくれた喜びから強く抱き締めた。


「あふっ……ロイド、苦し…」

「ご、ごめん!」

「暫くは優しくしなされ。営みは安定期までお預けじゃ、分かっておるな?」


カクカクと頷き、日々の情事を知る使用人達からは疑いの生温かい視線を向けられた。

ひどい。僕だってそれくらい我慢できる。


「アフロイド」


愛しい人の呼ぶ声に視線を戻せば、大好きな微笑みを向けてくれていた。


「愛してるわ」


誰よりも大切で愛しい人。その人のお腹には願ってやまなかったふたりの子供がいる。


「愛してる、ありがとう」


君に告げたいのは愛と感謝の言葉。二度と傷付けるような事はしないと改めて誓う。




* * * * * *




「おとちゃま!」


舌ったらずでそう呼び、トテトテと駆けてくる小さな女の子は愛する人をそのまま小さくしたような姿をしている。


「シェリツィア」


抱き上げてやれば、嬉しそうにきゃっきゃと首に頭をぐりぐりと擦り付け、その擽ったさに僕の頬は緩みっぱなしとなってしまう。


「お父様に早く会いたいって聞かなかったの」


少し遅れてきた愛する妻は、困った子だわと言いながらもその表情は優しい。


「明日には帰れる」


ここ三日ほど帰れず、王宮に詰めていた。愛する家族にも会えず溜まる鬱憤をグチグチと殿下にぶつけたら、昼食に誘えばいいと許可がおりた。


「無理はしないでね?」

「僕が帰りたいんだ」


三日ぶりの口付けは軽いもので済ませられず、思わず後頭部に手を添え深く舌を差し込んだところで愛娘から歓声があがってしまった。


「きゃぁっ!なかよち!!」


まだ抱き上げたままでいたことを失念した。


「……んんっ。シェリツィア、今日はとっても美味しいケーキが用意されているぞ」

「けーき!!」


するりと話題と思考を変えさせれば、狙い通りにはしゃぎ始める可愛い愛娘。


「あっ!りあむ!!」


愛娘の視線の先には小さな男の子。仕えている上司の息子が手を振って立っていた。


「おろちて!」


言われるがままにおろせば、とてとて走って少年の元へ向かっていく。


「……嫁にはやらないぞ」

「あら、シェリツィアの相手ならどんな人でも嫌なのではなくて?」


可愛い愛娘の手を取ったのは、上司でもありこの国を治める次期国王の息子。


「王妃など負担が大きすぎる」

「父親が優秀な宰相なら負担も減るわ」


愛する妻は、僕の扱いをよく分かっている。そう言われてしまえば…もしも愛娘からそれを望まれれば、僕はどこまでも突き進む。


「はぁぁぁ…ジョイニアスは父上を支える立派な男になってくれな」

「あっぶ」


乳母の腕に抱かれているまだ生後十ヶ月の息子の頭を撫でてやれば、逞しい返事が返ってきた。

娘はいずれ手放さなければならない。僅か三歳で恋する娘の姿に、寂しさが募る。


「シェリツィアで慣れていないと、また娘が生まれた時に寂しさに負けてしまうわよ」

「……オリヴィア」


恨めしげに視線を向けると、ふわりと微笑みそっとお腹を撫でていた。


「……え?」

「この子も娘だったら大変ね、お父様」

「……オリヴィア!!」

「ふふっ、今朝分かったの」


新しい家族が増える喜びに、いずれ嫁いでしまう寂しさなど吹き飛んだ。


「ありがとう!愛してる!!」


あれから僕は、愛と感謝を告げ続けている。

謝るのは…つい手加減なく抱き潰してしまった翌朝だけ。それだけは許してほしい。だって愛しくて堪らないんだ。


「あとふたりは欲しいなぁ。そうすれば、ひとりくらい娘も家に残ってくれるかも」

「あら…それだと、いずれ二人きりで過ごそうとしていた私の夢が叶わないわ」

「それはダメ!叶える!…でも子供も欲しい」


愛する人との子供は何人だって欲しい。


「じゃぁ、娘もきちんとした所へ嫁げるように協力してくれる?」


優しく頬を撫でられて、答えは決まっている。


「勿論だよ」


いつまでも君だけに僕の全てを捧げる。

一度は失いかけた温もりを、僕は死ぬまで手放すことが出来ない。

柔らかい唇に、啄むような口付けを何度も繰り返していたら───


「あら」


愛する妻の視線の先で、まるで僕たちを真似するかのように小さなふたりが口付けを……


「シェリツィア!レオナルド!!」


どうしたものかと立ち尽くす護衛の前で、手を取り合って口付けていたふたりを引き剥がす。


「じゃまするな!」


小さな王子の睨みなどものともせず、ふんっ!と鼻息荒く取り返した愛娘を抱えて妻の元へと戻ろうとするも、今度はその愛娘から抗議。


「いじわるしないで!!おとちゃまもしてた!」

「ぐっ……」


そんな抗議を受けたところで、愛する妻への口付けをやめることなど出来なかったのは言うまでもない。






* * * * * *





それから数十年。

六人の子供達はそれぞれ自分の選んだ相手と結ばれ、年々家族は増える一方。

僕は長男に家督と爵位を譲り、愛する妻とふたりのんびりとした日々を過ごしている。

お互いに年を重ね、皺も増えてきた。

それでも愛する思いが消えることはなく、むしろ皺の数だけ愛しさは増す。


「オリヴィア…僕と結婚してくれてありがとう」


今日は結婚記念日。

君の笑顔を傍で見られることが心から嬉しい。


「愛してるよ」

「私も愛してるわ」


いつかこの生が終わるまで…たとえ終わっても、この思いは決して変わらない。







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