【完結】「ごめんなさい」よりも「ありがとう」を

Ringo

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【番外編】僕のお金は君のもの

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「オリヴィア、ここにサインを」


目を丸くした様子も可愛いな…など頬を緩めそうになるのをぐっと堪え、署名を促す。


「ちょっ…ちょっと待って!これ……」

「僕が所有する全財産の譲渡書類だ。今後、僕の身に何かあった時は勿論のこと、君の心を傷付けるようなことがあればその時点で譲渡となる」


オリヴィアと再び向き合えるようになって、まず取りかかったのが金銭的な面での誓約。

これも王宮侍女が話していたことがきっかけ。


「で、でも!ロイドのお給金まで…全部、私の所有となるって…これはさすがに……」

「僕が働くのは愛するオリヴィアや支えてくれる使用人達の為。だから、その権利を誰が持つのかは重要じゃないんだ」

「でも……」

「とは言え、立場上僕が必要とする場面も多くあるし…何よりも君を着飾らせる楽しみは手放したくないから、毎月決まった金額を渡してもらえると助かる…ダメかな?」

「ダメなんてこと…」


僕が普段使うとすれば、仕事や付き合いで赴く食事会での支払いくらい。あとは大抵が家絡みの支出ばかりだから問題はない。

ただ、全く手元にないとなると…僕の趣味でもあり一番の楽しみである、オリヴィアへの贈り物が出来なくなってしまう。だから、それさえ補える金額が確保できればいいんだ。


「でも…それじゃまるで…子供のお小遣い……」

「いいね、それ!家族のために働いて、奥さんがそれを遣り繰りしてくれて…そうしよう!早速だけどオリヴィア、僕はこのくらいの金額を望みたいんだけど…どうだろう?」


予め執事と計算していた金額を提案すると、オリヴィアはまた目をまん丸にしてしまった。多かっただろうか?


「……ダメ?それ以上少なくなると…その…君への贈り物とか…ドレスを買えなくなってしまう…」

「…そうじゃなくて…本気?本当にこれだけでいいの?だってこれ…」

「うん、だいたい伯爵位クラスの給金だね。貰いすぎかなとも思ったけど…君を着飾るドレスや宝飾品は妥協したくないし……」


嫁いできたばかりの頃は、贅沢を好まないからと贈り物を遠慮していたオリヴィア。けれど、公爵夫人として着飾る事はその権威を示すものであることや、新たな流行を生むために必要なのだと説いて納得させた。

半分以上は僕の楽しみのためだけど。


「……本当に?本当にいいの?」

「むしろお願いしたい。オリヴィアの為になるなら、今まで以上に頑張れる」

「…分かったわ」

「ありがとう!」


困ったように微笑む様子も可愛い。ごめんね、我が儘を言って。でも、ありがとう。




* * * * * *




「……なんだニヤニヤして、気持ち悪い」


失礼な。今日は大切な日なんだ。


「うるさいですよ、殿下。さっさと書類を片付けてください、帰れないじゃないですか」

「なんだよ!やってるよ!!」

「さっさとしないと妃殿下に叱られますよ。お忘れですか?今日がなんの日か」

「あ?………早く言え!!」


忘れている方が悪い。僕はオリヴィアとの記念日をひとつ足りとも忘れないと言うのに。

近頃、平民の間で流行っているもののひとつにあるのが【初めて記念日】なるもの。

何を記念日とするかは人によるようだが、初めてのデートや初めての口付けに始まり、初めてダンスをした日や初めて顔合わせをした日。結婚記念日のほかに婚約記念日などなど。

それらは貴族にも流行りを見せ、乙女な妃殿下は率先して実行しようとしている。


「さて、書類もあがったことですし僕はこれで」

「待て待て!今日は…なんの記念日だ?」

「それ、僕に聞きます?」

「だぁっ!仕方ないだろ!?先月の記念日は【初めて手を繋いだ日】だったし、その前は【初めてダンスをした日】だぞ!?」

「いやならやめれば?」

「出来るか!!……楽しみにしてるんだ、エリーゼを悲しませたくない」


聡明であられる次期国王が、唯一敵わない相手とされるのが愛妻エリザベス。既に王子を儲けたにも関わらず、夫を愛してやまない乙女な少女。


「今日はなんだ?あれか?初めて胸を触った日?それとも初めて口移しでチョコをあげた日?」

「……覚えてるんですか?それ」

「あっ!あれか!?初めて手で───」

「ストップ!!何が悲しくて君主の性事情を聞かされなくてはならないんですか」

「じゃぁ…なんなんだよ。わかんねぇよ」


むしろシモなら覚えている事に驚きだ。いや、僕もオリヴィアとの事ならひとつ足りとも(略)。


「はぁぁ…仕方ない、今回だけですよ」

「なんだ!?早く教えろ!」

「オリヴィアが妃殿下から伺ったそうですが、二年前の今日……」

「……二年前の今日…なんだ?」

「初めて殿下に言われたそうですよ」

「……何を?」

「分かりませんか?二年前の今日、妃殿下が隣国から三度目の訪問がありましたよね?」

「二年前…三度目の訪問……あっ!!!!」

「では、今度こそこれで失礼致します」


まったく。オリヴィアが茶会で耳にしていなかったらどうなったことやら。


『エリーゼ様が初めて告白された日、私がロイドと初めてデートした日と一緒だったの』


オリヴィアは【初めて記念日】をあえて祝う事に重きを置いてはいない。でも、僕との思い出を大切にしてくれているのは知っている。

この前、久し振りに街へ出掛けた時も『ロイドから初めて贈られた花だわ』と言っていた。もちろん僕も覚えているし、なんなら贈った花の順番さえも覚えている。

オリヴィアを失いかけたあの時の恐怖は忘れられない。あの女との事は思い出したくもないが、あれがあったからこそ改める事が出来た事もある。

思えば初めての離婚危機。でも、それを【初めて記念日】に追加することはしない…戒めのためにも忘れはしないけれど。


「えぇ!?」

「ばかっ!静かに!」

「ごめんっ…え?でも本当に?」


帰り道、いつかの場所で例の侍女を見かけた。実はこっそり心の中で「師匠」と呼んでいる彼女だが、またも何かあったらしい。

……つい隠れてしまった。


「……三ヶ月だって」

「うわぁ、おめでとう!でも良かったね、あれから旦那さんに触られるのも気持ち悪いとか言ってたからさ、心配してた」

「うん…なんかさ、毎日毎日これでもかって気持ちを告げられたせいで……絆された」

「あははっ、いいんじゃない?旦那さんもしっかり反省してるみたいだし、大丈夫だよ」


そうか…彼女の旦那さんも頑張ってるんだな。勝手ながら同志のように思っているぞ、これからもお互い頑張ろう。


「仕事は?やめるの?」

「ううん、続ける。実家への仕送りもまだ必要だし、子供は夫の両親も面倒見てくれるって言ってたから。生まれて少ししたら復帰する」

「そっかぁ、無理はしないでね」

「ありがとう」


そうか…子が出来たのか。それは喜ばしい。僕とオリヴィアにも…いつか来てくれればいいな。


「たださ、やっぱり不安は拭えない」


その言葉にどくりと胸が鳴った。いくら薬がきっかけだったとしても、ほかの女性と関係を持った事は消せない事実。


「妊娠中…そうそう出来ないでしょ?そうなったら、また他の人の所に行くんじゃないかって…その不安だけは…どうしても…ね」


それはそうだろう。逆の立場だったら?例えば僕が病気などになって寝たきりになり…オリヴィアが何かと外出するようになったら…考えただけで不安になる。寂しくなる。

こんな気持ちを植え付けてしまったことに、今更ながら申し訳なく思う僕は本当に愚かだ。


「だからね、もう開き直ることにした」

「え?」

「どんなに反省されても不安は拭えないし、この人は浮気したことのある人なんだって思うことにしたの。それでも私との未来を諦めず、どんなに罵倒されてもみっともなく縋りついてくる。それだけ私の事が好きで仕方ないんだな、仕方ないから私が見限る日まで一緒にいてやるか…って」

「……離婚前提ってこと?」

「そうね、そうとも言える。なんだかんだ私も好きだし、信じたいと思える内は一緒にいたい」

「そっか…」


離婚前提…この言葉は思いの外僕の心を抉った。

もしかしたらオリヴィアもそう思っているのかもしれない。今回は偶々よそに子を作るような事態にはならなかったけれど、もしもそうなっていたら…間違いなくオリヴィアは今僕の傍にいない。


「ちなみに、不安が爆発した時はどうしてるの?やっぱり罵倒してスッキリ?」

「そりゃぁ、勿論そうよ。でも…やっぱり愛してるって言って抱き締めてくれるのが一番嬉しい」

「確かに。好きな相手に抱き締めてもらったり、それこそ愛してもらえたら不安も減るね」

「恥ずかしいけど、以前より…その…丁寧になったんだよね、口付けも増えたし」

「やだぁ!惚気!?ご馳走さま」


なるほど…やはり愛情をしっかり丁寧に伝えるのは大切なんだな。ついつい暴走してしまうから気を付けないと。



※一週間後、侍女の家に匿名で新生児用品が大量に届けられてぷち騒動を巻き起こした。




* * * * * *




「今月もお疲れ様でした。いつもありがとう」


小遣い制にしてから、毎月決まった日にオリヴィアより手渡しで現金が渡されるようになった。なんでも平民の夫婦ではよくある事らしく、これがなんとも擽ったい。


「こちらこそありがとう。オリヴィアがいつも笑顔でいてくれるから頑張れるよ」


貰った小遣いは執務室の金庫へ全て置いている。来月の夜会に合わせてそろそろドレスも仕立てないといけない…わくわくするな。


「ねぇ、ロイド」

「ん?なぁに、僕のオリヴィア」

「これ…ありがとう」


恥ずかしそうに頬を染めて、贈ったばかりの小さなイヤリングに触れている…可愛い。


「どういたしまして。これはね、オリヴィアと初めてデートした日に初めて入った宝飾店の新作なんだ。可愛いから贈りたくなった」


どうしてもお忍びで買い物に行きたいとごねた殿下に付き合って出掛けた先で、オリヴィアにピッタリのものを見つければ買わずにいられない。


「あの…私からも贈り物があるの」

「え?」


照れるオリヴィアが可愛くて仕方なくて、ついあちこちに口付けを落としていたら止められた。


「これ…いつも大切にしてくれるお礼」

「大切にするのは当たり前だけど…嬉しいよ、ありがとう。開けてもいい?」


こくんと頷くオリヴィアにちゅっと口付けてから包みを開ければ、そこには碧の貴石がはめられたピアスが入っていた。


「凄く綺麗…オリヴィアの瞳と一緒だ」


早速つけてオリヴィアに見せると、目を潤ませてこちらをじっと見ている。なんだろう…何か不安にさせてしまっただろうか。


「……私のアフロイド…私だけの…」


あぁ、僕はどこまでも愚かだ。泣くほど君を不安にさせていると言うのに、僕を求める君の姿にどうしようもなく高揚してしまう。


「僕は君のものだよ。君だけのものだ」

「ずっと傍にいてくれる?」

「死んでも離れないよ」

「ふふふっ」


明日は休みだ。いつも以上に深く君を愛したい。

いつまでもどこまでも愚かな僕だけれど、君を愛する気持ちに偽りはないから。



「愛してるよ、傍にいてくれてありがとう」







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