僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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王太子宮メイド長の独り言

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12歳で小さな屋敷に仕えるようになってから早30年、努力と研鑽を積んで辿り着いた王宮のメイド長。

王太子様が誕生された時から専属として仕え、ほかに人がいない時やラシュエル様のみの時は敢えてお名前で呼ぶこともある。


『誰もいない時くらい名前で呼んでくれ』


立太子されてから特に一線を引いていたのだが、それが寂しいと捨てられた子犬のような顔で言われれば頷くしかない。

生まれてからずっと側仕えをしてきたこともあり、多少の事には驚かないし分かりづらいと言われる表情も読み取れる。

そんなマリウス様がご婚約されたのは5歳の時で、初顔合わせの場で恋に落ちた瞬間をこの目でハッキリと見た。

それまで特別何かに執着することも我が儘を言うこともなかったマリウス様が、唯一それらを向けたのがラシュエル様。

無事に婚約を結び、仲良く…かなり仲良く共にお育ちになったおふたりの関係は変わることなく…いえ、かなり濃厚さを増し成長なされた。

そして13歳でマリウス様は無事に立太子の式典をを終え、同じ方向を手を繋ぎながら見据えていたふたりは厳しい教育へと身を投じたのだ。

そう、疑問を抱くほどに厳しい王太子妃教育へ。

一度、王太子妃教育に疲れきったラシュエル様を休ませようと提案が出された時…正直、マリウス様が壊れてしまうのではないかと思った。

いや、きっと壊れかけていたものを包んでくれていたのがラシュエル様という存在。それを取り上げられそうになって、マリウス様は激しく慟哭したのだ。

マリウス様が感情を顕にさせるのは、決まってラシュエル様が絡んでいる案件の時のみ。それ以外は、至って冷静に…時に残酷に処断する。

幼少期より可愛らしかったラシュエル様も、年齢を重ねる毎に美しい女性の片鱗をのぞかせるようになってきて、体型もまだ幼さが残るものの女性らしい体つきに変化しつつある。…きっとマリウス様が一番ご存知でしょうが。

もしもラシュエル様を誰かに拐われるようなことがあれば、犯人はその場で斬首されるだろう…メイドや侍女の身体強化もスケジュールに入れておくべきかもしれない。早急に。

そんなおふたりは、それはそれは仲睦まじく…ラシュエル様がお泊まりの時には若いメイドをなるべく勤務から外すようにしている。

湯浴みも含めて身の回りのお世話をさせて頂くので、マリウス様の裸体を拝見することなど日常的なことなのだが…ラシュエル様とお過ごしになられている時のマリウス様が放つ…と言うか垂れ流されている色気と匂いに、若いメイドはバタバタと倒れてしまうから。

しかも、用事があるからと寝室に呼んだり出てきたりする時も構わずに全裸なものだから、湯浴みの時でも見たことのない…元気一杯の状態になったご立派なものを晒して歩き回るのだ、耐性がないと仕事が出来ない。

マリウス様の色気にあてられたメイドが勘違いからの行動を起こしそうになり、あわや王太子宮が血の海と化すところだったことも…一度や二度ではなく何回もある。

普段は真面目に働く者でも、ラシュエル様と過ごす際に漏れ出る色気には抗うことが出来ないらしい。僅かな下心が膨れ上がる。

よって、王太子宮に仕えるメイドや侍女の入れ替わりはラシュエル様来訪のスケジュールと比例しており、人手確保と人選にいつも頭を悩ませてしまう。

何せ、ラシュエル様といるだけで普段は見られない微笑みなどが常に発動されるとあって、それ見たさに希望する者はそれなりにいる。それなりに。

だが、それ目当てとなれば自動的に下心を持つ者であるともなってしまい、マリウス様の色気に抗えるなどあるはずがない為に却下される。私によって。


「ハウル」

「はい、なんでございましょう?」

「昼過ぎに起こしてくれ、その時に湯の用意と朝食も頼む。それから…ん?なんだったか…」

「ラシュエル様がお使いになる茶器は繋ぎ終わりました。ご朝食の席からご用意できます」

「そう!さすがハウルだな、ありがとう」

「勿体なきお言葉」

「じゃぁ頼む、ラシュエルも寝たし僕も今から寝る。これだけいつものように宜しくね」

「畏まりました、お休みなさいませ」


…………既に明け方。確か、お籠りになられたのは夕刻より前の時間だったと記憶しております…ご結婚なされたら、お世継ぎが楽しみですね。

もしも。万が一にもしもマリウス様とラシュエル様が城を出て行くことになるようなことがあれば、ハウルがどこまでもお供致しますよ。ご安心ください。


「……ハウル様っ」


おや、そうでした。本日が王太子宮での初勤務となるメイドがおりました。……あぁ、あてられてますが気は確かですね、立派です。でなかったということもあるでしょうけども。


「ハウル様は…なんともないんですか…っ」

「王太子様にはご生誕の折よりお仕えしております故、恐れ多くも王妃様がいかようもならないのと同様かと。それよりも、昼過ぎにご朝食が摂れるよう調理場に手配を頼みますよ」


朝の…まぁ、昼ですが目覚めた時に見せたくないのか恥ずかしいのか。受け取った大量の夜着は私が処理致しましょう。あの子には任せられません…何に使われるかも分かりませんし。これまたそんな前歴が王太子宮にはありということで。


「……おやすみなさいませ、ラシュエル様」


寝室に礼をとり一度その場を辞するが、些か足取りが重いのは……ラシュエル様の様子が気になってしまっているから。

マリウス様に側妃やら愛妾やらを求められる可能性は確かにゼロではない。ゼロではないが、そればかりを詰め込んでラシュエル様の心を壊そうとしたあの講師達…今では行方知れず。

自分が操りやすい娘を取り立てようと企てた結果、マリウス様が王太子を固辞するところまで話がかけ上がってしまい…秘密裏に王妃様が処したと聞いているが、行方と命が知れないのは預かり知らぬことらしい。

……マリウス様の目は欺けなかったということでしょう、間違いなく。ラシュエル様を傷付けたのだから、軽すぎるほどの対価ですわね。ふんっ。






******


(マリウス視点)


昔から、やたらと聴力が発達していたせいで聞きたくもない声まで聞こえてきた。それでも、それなりに調整できるようになってからは割りと便利に活用している。


「……おやすみなさいませ、ラシュエル様」


ハウルが小さく挨拶する声が届いて、思わず笑みが溢れてしまう。ハウルには隠そうとしてもまるっと見透かされてしまうのだ。

きっと、ラシュエルが常よりも心を痛めていることに容易く気付いたのだろうな…有り難い。

どうしたって傍に居られない事もあるだろう、そんな時はハウルが仕えてくれていれば安心できる。絶対にラシュエルを傷付けないのだから。


「はぁぁぁぁ…ラシュエル……」


石鹸でも香油でもない、ラシュエルが放つ香りは何物にも代え難い…安らぎの香り。常に隣にいて、その香りに包まれていたい。

僅かに膨らむ下心よりも、さすがに眠気が勝ってきた……おやすみ、ラシュエル。愛してるよ。









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