僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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青薔薇

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ラシュエルと母上がふたりでお茶会をしている場所に向かっている途中、関わりたくない人間のひとりに出くわした。

何を期待しているのか、分かり易すぎるほどに欲の孕んだ目を潤ませてこちらをじっと見ている…が、さすがにそのままと言うわけでもなく壁際に寄って低頭している。

かねてから父上の側に侍る事を所望していた女…今は公妾の座を狙っているらしい。

それが無理なら僕?馬鹿にするな。

ラシュエル以外を抱くつもりはないし、そもそも欲望まみれの女なんて願い下げだ。


「控えよ」


何も言わずに通り過ぎられるのが面白くなかったのか、よろけてこちらに倒れそうになったのを護衛に阻まれている。


「っ…申し訳ありません、王太子殿下」


なるほど。自分から声をかけるわけにはいかないから、きっかけを作ったというわけか。だとしても反応すらしてやるつもりはない。


「あの…申し訳ございません」


『構わない』だの『大丈夫か?』などと言おうものなら、あらぬ出鱈目に繋げられかねないからな、こういった女は。面倒くさい。

視線ひとつもくれてやるものか。


「殿下、参りましょう」

「あぁ」


サミュエルの声かけで止まった足を動かせば、視界の隅に悔しそうな女の姿。

演じるなら最後まで演じりきれよ。出来たとしても騙されはしないけれど。

見た目に騙されそうになった護衛が驚いてるじゃないか…そもそも騙されるな。


「…サミュエル」

「再教育致します」

「任せた」


何を…と聞かずも言わずも通じる、これこそが専属護衛でありサミュエル。圧倒的な信頼感。


「ところで、殿下」

「なんだ?」

「閨の実技指導をまたすげなく断ったとか」


その質問をしてくるあたり意地が悪い奴だ。楽しいことが少ないからって、僕を不機嫌にさせて遊ぶのはやめてほしい。


「必要ないからね。自分で言うのもなんだけど僕は優秀だから座学だけでも充分だし、生きた知識はサミュエルや父上からも学べる」

「へぇ…そうっすか」

「それに、ラシュエルも満足してくれている」


そこで、不意に乱れるラシュエルを思い出してしまい顔の筋肉が緩んでしまった。


「…殿下、顔が気持ち悪い」

「……うるさい」

「まぁ暫くはおあずけですね」


昨夜から月のものが始まって、抱き締めて眠るだけだった。それだけでも幸せだし、不満はない。

だが……


「お前がラシュエルの月の障りまで把握していることが気に入らない」

「仕方ないでしょう?あなたの専属なんだから」


どうにも朝は気だるくて、さらに目覚めてもラシュエルの存在があるから…色々と駄々漏れになっていると言われ、対応できるのがハウルとサミュエルくらいしかいない。

それは分かっている。


「それでも面白くない」


ラシュエルの全てを知っているのは僕だけでいい。体調も愛情もなにもかも僕だけのものだ。


「そんなに不貞腐れないでくださいよ、お風呂は一緒に入ってくれたんでしょ?」


そう…汚れてしまうからと初めこそ嫌がられたが、ラシュエルのものならなんだって受け入れられるし、むしろ汚されたいとさえ思っている。

父上も何があろうと母上と入っていると聞いたし、問題はないだろうと説き伏せた。


「早く一週間が過ぎるといいですね」

「……あぁ」


そんなこんなを話していると、ラシュエルがいる庭園に間もなくとなった。

ここは特殊な栽培方法をしているらしく、一年中薔薇が咲き誇っている。特に青薔薇は王家のみが所有する特別なもの。


「…ラシュエル」

「分かりやすく喜ばないでください」

「うるさい」


母上が用意したのは青薔薇の前で、そこに座るラシュエルの姿が目に入っただけで胸が高鳴る。

駆け出したい気持ちを抑えて、なるべく平静を装って歩く僕…の横を、物凄い勢いで駆けていく人物。


「っ、父上!?」


公務中の父上からは想像できない姿…まぁ、家族である僕は母上への溺愛っぷりを知ってはいるが…母上の懐妊が分かってからの過保護と溺愛っぷりが尋常ではない。僕の時もそうだったと聞かされ、微妙な気持ちだ。


「フランチェスカ!」

「まぁ、デュスラン。また抜けてきたの?」

「フランチェスカの体調を直に確認もせず、落ち着いて仕事など出来るわけがない。どうだ?気分が悪いとかはないか?」


母上の元へ駆けつけた父上は、慣れた手際で母上を膝の上に乗せて座り…ひたすら体に触りつつ様子を伺っている。

母上はいつものことだと気にしていないが、初めて見るラシュエルは…可愛く口を開けて固まっているじゃないか…本当に可愛い、僕もラシュエルを膝の上に乗せたい。


「ラシュエル」

「マリウス!」


そんなに嬉しそうな顔をしてくれるなんて…さすがに膝の上は許してくれなさそうだから、抵抗する隙も与えずキスだけにしよう。


「っ!!」

「…可愛い」


人前で…しかも両陛下の前でしたせいか、軽く睨み付けられてしまった。そんなラシュエルも可愛いだけなんだけどね。


「楽しんでる?」


少しだけ目が赤い…母上が意地悪をするわけがないから、可能性があるとすれば父上や僕に侍ろうとする女性問題だろうか。


「えぇ、楽しいわ。この紅茶もね、すごく美味しくて気に入ったら…お義母様にプレゼントしていただいたのよ」

??」

「そうよ!私はラシュエルの義母なんだから、そう呼ばれてもおかしくはないでしょう?」


いや、規則が…と思ったけれど、この場には家族と忠義溢れる使用人しかいない。

なるほどね。


「じゃぁ俺はお義父様だな!」


父上もって言ってるし…ラシュエルが小さく呼ぶのが可愛いからって悶えないでくれる?公爵に怒られてしまえ。


「ラシュエル…無理はしなくていいからね、呼びたくもないのに呼ばなくていいんだから」

「そんなっ…お呼びしたいです」

「なんならパパでもいいんだぞ?」

「それは僕が許可しません」

「ふっ、狭量でつまらない男だな」


どの口が言う…母上を膝の上でガッチリホールドしてベタベタ触りながら言われたくない。


「今度、その紅茶を調合してくれている茶師を紹介するわ。好みはもちろん、体調に合わせたものも作ってくれるの……マリウス…女性だから安心なさい、顔が怖いわよ」


たとえ優秀な商人や職人でも、ラシュエルにはなるべく男を近寄らせたくない。


「…マリウス、わたくしからもお願い」

「うっ…まぁ…女性なら……」

「ありがとう!…っ、マリウス!」

「キスくらい、父上達は気にしないよ」


渦巻く嫉妬心を散らすには、ラシュエルに直接触れるしかないから諦めて。


「そう言えば、ここに来る途中で彷徨いているラスウェル伯爵夫人を見かけましたよ。話をしていなければ、目も合わせていないですけれど」

「いたな…あの女、性懲りもなくこの場所に入り込もうとでもしてたんだろう。で…腹立たしい。マリウス、お前の護衛がしなだれかかる女に鼻の下を伸ばしていたぞ」

「……サミュエル」

「申し訳ございません、担当から外した上で再教育を施します」


女の色香に弱い護衛などいらない。

サミュエルほどの忠誠心は無理だとしても、仕事はしっかりこなしてもらわないと困る。


「…ラシュエル?」


こちらを見るラシュエルの瞳が潤み揺れていて、なぜ目が赤かったのか漸くちゃんと理解できた。

母上から、かなり詳細なことまで聞き及んだんだろう…あの女のことに限らず、母上が苦しんできたことを。

もちろん、嫌がらせの為ではなく心配した上でだと言うことは分かっているが…


「父上、母上。今日はもう下がらせていただきます。ラシュエルと話したいことがあるので」

「構わん」

「では…行こう、ラシュエル」


力なく礼をするラシュエルを支えて、来た道をゆっくりと歩く…いっそ抱き抱えてしまいたい。


「ラシュエル、気分は悪くない?お腹が痛いとか、体調は大丈夫?」

「…大丈夫」


繋ぐ手を解き、ぎゅっと腕にしがみつく…よほど不安になっているのだろう、普段なら私室以外では見られない態度だ。


「サミュエル…」

「お伝えしておきます」


今日はもう急ぎの案件はなかったはず、このまま部屋に戻っても文句は言われまい。

何よりも優先すべきはラシュエルだ。




******



「…っ……マリウス…」


部屋に着くなり、ラシュエルは抱きついてきて泣き出した。かなり溜まってしまっている。


「…ラシュエル」


心配するな、大丈夫だなんていくら言葉を並べても意味がない。父上もそう言っていた。

必要なのは絶え間なく与え表現する愛情で、決して自分基準で満足するな…そうも言っていた。

僕は自分で自分を守る術を持っている。

けれどラシュエルは、いくら聡明な女性とは言え力で男には敵わないから…僅かな心の隙を狙われたら、取り返しがつかない。


「ラシュエル…今日はもう、仕事は終わっているし一緒にいられるよ。何して過ごす?」


いつもなら寝室に直行だけれど、今のラシュエルにそれは強いられないから…何をすればいいのか分からない。まだまだだな。


「……なんでもいいの?」

「いいよ、ラシュエルがしたいことしよう」


ラシュエルの髪に顔を埋めて香りを堪能していたら、おずおずと顔をあげた…真っ赤な顔を。


「ラシュエル?」

「……お風呂に入りたい…一緒に…」


汚したくないし恥ずかしい…そう言っていたラシュエルが一緒に入りたいと言うあたり、心の傷が深くなっていることが分かる。


「いいよ、お風呂にしよう。用意できるまで、母上にもらったお茶でも飲んでゆっくりしようね」

「…うん」


きっと、これからもこうしてラシュエルが傷つくことはたくさんある。

全てを防ぐことも庇うことも出来ないからこそ、先人父上にアドバイスを乞いつつ癒していくしかない。

色欲にまみれていた曾祖父の影響が、未だ色濃く蔓延っているからこそ…僕はそんな人間ではないのだと証明し続けなくてはならない。


「ラシュエル、愛してる」


何度だって言うよ。

君が傷付いて涙を流すなら、そのたびに拭う。

君が笑ってくれるなら、僕はなんだってする。

君の憂いとなるものは、僕にも必要ないんだから。






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