僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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側近候補の婚約解消

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もうすぐ最終学年になる…そんな時、学園と王宮で不穏な動きが確認された。

王宮では、出産を間近に控えた母上の警備が最重要視されており、その傍を父上がガッチリと離れずにいる。表向きは国王の護衛とされているが、愛妻への寵愛は広く知られているので『王妃様が心配なのね』と生温かく見守られていた。

起きてから寝るまで──言葉通りに母上の傍を離れない父上だが例外のケースもあるので、その時は自分の護衛さえも母上の元に残そうとする。

その結果、最小限の護衛を連れて歩くことになった父上の元に近付くことが成功した者がいて…それは言わずもがなラスウェル伯爵夫人。

慣れない護衛ふたりを連れていた父上だったが、その者達はラスウェル伯爵夫人に篭絡されていた者であり、容易く距離を詰めてきた。


「それで?父上は連れ込まれちゃった?」

「いえ、流石にそのようなことはなく──」


エドワードによると、篭絡済みの護衛と文官によって誘導された応接室には裸のラスウェル伯爵夫人が待ち構えていたらしい。

その少し前に出された紅茶に強力な媚薬が混入されていたことに父上は気付いていて、影による報告を受けた王妃の采配により事なきを得た…そうだ。


「いくら強力だとしても、父上に効く媚薬があるとは思えないんだけど…」


ラスウェル伯爵夫人と護衛、文官を捕らえたあと、父上は執務を投げ出し寝室に籠った。母上と共に。

これまでにないほどに強力な媚薬だったから、愛妻の手助けが必要なのだと言って。


「まぁ…いつ生まれても問題はないそうですから」

「むしろ出産を促すためにとでも言い出しそうだな…父上のことだから」


妊娠中は激しい性交を控えるように言われていたそうで、『もういつ生まれても問題はない』と言われたこともあり、溜まりに溜まった欲をここぞとばかりに母上に解消してもらったらしい。

結果、その日のうちに陣痛が始まった母上は無事に男女の双子を産み落とし、父上は産婆と王妃付きの侍女にこっぴどく叱られた。

それはそうだろう、赤子が生まれてくる直前まで母上の中にこれでもかと放ち放題だったのだから。


「何はともあれ、無事に生まれたことは良かった。ラスウェル伯爵夫人は地下牢?」

「はい、捕縛後に離縁されましたので」


実家の男爵家からも除籍され平民となったラスウェル元伯爵夫人は、その扱いも裁きも平民として行われる。


「焦ったんだろうね。出産が無事に終われば、また以前のように父上の寵愛を独占すると思って」


まぁ、たとえ妊娠中でも父上が欲したのは母上の存在だけだし…期間限定とも言える行為に喜んでさえいたのだから、可能性など万にひとつも無かったのだけれど。

今後、元伯爵夫人は罪人としての焼き印を頬に大きく付けられ、舌を抜かれて両手足の先を切り落とされたのち避妊処置を施された上で僻地の森に捨て置かれる。

決して公表はされない処罰方法だけれど、それだけ父上の怒りを買ったのだから仕方ない。

篭絡されていた者たちは既に解雇済み。


「それで?…父上はいつまで休むつもりなの?」


子が生まれて十日、父上は全ての執務を僕に丸投げして母上の傍を離れない。重要書類の決済だけは、なんとか捌いてもらっている状況。


「僕の時は2日で復帰したって聞いてるんだけど」

「その殿下がご立派に育った今だからこそ、ではないでしょうか」

「…なんだよそれ」


通常より負担の多い双子出産だったにも関わらず、母上はすっかり回復して授乳も自ら与えているらしい。それでも、夜は乳母に預けることを父上が譲らなかった。


「でもまぁ…厄介な人物を片付けてくれたし、もう少しは多目に見ようかな」


ラシュエルとの時間は問題なく取れているし、今のところ大きな問題は起きていない。

そんな風になんだかんだと穏やかな日々を過ごしていたとき、今度は学園内で小さな問題が勃発するようになった。

生徒会役員の部屋に全員を召集して、現在討議中。

議題は【学園内における不純異性交友】なのだが、その訴えの数はとても多く、そのどれもが令嬢たちからのもの。

そして、訴えられているのは───


「メリル・シェラトン伯爵令嬢」


報告書には、ご令嬢方の婚約者相手にを図ろうとするシェラトン伯爵令嬢に対して苦言を呈したが聞く耳を持たず、あろうことか『意地悪をされる』と子息達に吹聴し、それを真に受けた者が婚約者に狼藉を働いている…と記されている。

すっかり篭絡されているのはごく一部の子息達だが、問題はその中にあるの名前。


「ブライアン・ドマーニ、ルイシャトル・サンズ。どういうことか説明してくれるよね?」


ルイシャトルはメリルの言葉と態度を真に受けて、たびたび婚約者に対して声を荒げているのを多くの学生に目撃されている。

ブライアンは声を荒げるようなこともなく、婚約者を糾弾することはしてはいないが…擦り寄るメリルを優しく抱き締めていたとの報告が多数。


「この報告書は学園内の者達からは勿論、出入りする王家の使用人や影からのものもある」


つまりは正当なもので、何一つ間違いのない報告書。言い訳など通用しない。


「それから、ボルゾフ侯爵家とジョーンズ子爵家から正式な抗議文書と婚約解消の申し立てを預かっている」


と発せられた言葉に反応したふたりは、顔色を悪くしてこちらを向いた。

何を被害者のような顔をしている?周りから諫められても聞く耳を持たず、守るべき者を履き違えて行動した責任は己にあると言うのに。


「あっ、あの───」

「ルイシャトル、婚約解消についてはサンズ男爵も納得の上で受け入れた。慰謝料や今後の身の振りに関しては本日中に男爵から説明があるだろう」

「っ…アンジェリーナと話を──」

「ジョーンズ子爵令嬢は、もう話し合う必要がないと判断している。当然だろう?これまでも、シェラトン伯爵令嬢との距離や接し方に対して何度も注意を受けていたはずだ。それに憤り、その都度ジョーンズ子爵令嬢を咎めていたのだから」

「それはっ…メリルが──」

「そもそも、家族でも婚約者でもない令嬢を呼び捨てにすることがおかしいのだと、何故分からない?弱き者を助けようとする心意気は立派だが、その本質をきちんと見抜け…そう、キャンメルにも言われていたじゃないか」


元は平民だったからこそ、男女問わずにいい意味で気安く接するルイシャトルは人気者だった。

父親である男爵がしっかりと教育を施したからこそ、貴族としての礼儀作法やルールをきちんと守っていられたのに…それが崩れ始めたのは、シェラトン伯爵令嬢と絡むようになってから。

そして、もうひとり。


「ブライアン、ボルゾフ侯爵令嬢は本日をもって学園を辞し、隣国に留学することになった。もう既に出発している」

「えっ──」

「ブライアンもルイシャトル同様、今までに何度も令嬢達との関係を諫められてきたはず。それなのに、持論から曖昧な態度を続けてきた…もう限界なのだと泣いていたぞ」


どう言っても改善されない態度にも、優しさゆえなのだと様々な思いを飲み込んできたボルゾフ侯爵令嬢だったが、決定的な出来事が起きた。


「シェラトン伯爵令嬢に言ったそうだな…『これからも俺が守ってあげる』と。それは側近候補の調査としてつけて影からも報告されているが、ボルゾフ侯爵令嬢は自身がその場で目にし耳にした。取り返しがつかないことをしたもんだよ。これからも?まるで愛人にでもしてやると言いたげだな?それとも、侯爵家の乗っ取りでも画策したのか?」


そこまでのつもりはなかったのだと分かっているが、どこまでも甘いこの男の性根を叩き潰してやりたくなったのは事実。


「そんなこと──」

「ないと断言できるか?お前の発言を受けたシェラトン伯爵令嬢は、『始まりは愛人でも正妻が亡くなれば後妻になれるのよね?』とまで言っていたそうじゃないか。それに対してお前はどうした?曖昧に微笑んで終わり?それは肯定したも同義だ」


確かに、婿であっても後妻を娶ることは可能。ただし、有能であり執務や領地運営に欠かせない存在であればで、継承することなど出来ない。

そして、シェラトン伯爵令嬢は同じようなことを幾人もの子息に持ち掛け、幾つもの婚約が解消、破棄される事態となっている。


「ルイシャトル、これでも助ける必要性があると言えるか?自分の婚約者を咎める理由があったと言えるか?」


詳細が書かれた報告書には、学園内だけではなく外部でも起きている内容が記されていて、それを読んだルイシャトルは青白い顔から憤怒の様相に変わっていく。


「弱小の…特に領地を持たない下位貴族の令嬢に対する嫌がらせに始まり、学園内はだけではなく街でも随分奔放に振る舞っているそうだよ」


学園内を引っ掻き回し、街に出向いては手当たり次第に見目のいい男を相手に体を開いていたと報告されている。

ここ最近、やたらと押しの弱いブライアンに付きまとっていたのは───


「どうやら妊娠しているようだから、ブライアンとの婚姻を積極的に望んでいたんじゃないか?」

「っ!!そんなっ、体の関係など──」

「ないって証明できる?何度も抱き合う姿を目撃されて、婚約者には『未来の約束』を聞かれているのに?」


関係はないとも報告は受けているが、それを教えてやる道理もない。自分が撒いた種なのだから。


「調査を始める前も含めれば数えきれない程の相手と関係を持っているそうだから、誰が父親なのかは生まれてみなければ分からないだろうけれど…シェラトン伯爵令嬢に似ていたり、狙う相手の男と一部でも色が重なれば譲らないだろうね」


奇しくもブライアンの色は貴族令息にありがちな色だから、女性と違って純潔を証明できない以上逃げ場はない。

ただ、継ぐものがなくなったブライアンに固執するとも思えないから…僕の警戒は継続するけれど。

まぁ銀髪なんて王族以外にあり得ないんだけれど…何せ曾祖父が落としたものが多すぎて、それを狙う者も多い。

だけど王族以外は知る由もないない事実があって、それは『王位継承者以外は次代に受け継がれない』といったもの。

なんとも不思議な現象であるが、王位継承者以外の者から生まれても銀髪は受け継がれないのだ。

つまり、曾祖父の落とし胤の中には確かに銀髪を持つ者がいるが、その者らから生まれた子供が銀髪を持つことはない。よって、仮に僕や父上との関係を匂わせたり主張したところで、生まれてみれば明らかとなる。

ちなみに、母上が生んだ双子は僕と同じ銀髪を持っている。僕とラシュエルの子供も間違いなく銀髪とされているけれど…僕としてはラシュエルの髪色が好きだから少しだけ残念に思っていたりするのだけれど。

王家に伝わる髪色の不思議は【次期国王選別の証し】ともいわれるほどで、第一子だからといって無能であれば銀髪は生まれない。

継承前に子を儲けても、生まれたその子が銀髪なら次期国王にとも言える。

なので、ラシュエルと共に安寧の治世をおさめたいと願う僕は努力を怠らないのだ。

ところで───


「ブライアン・ドマーニ、ルイシャトル・サンズ」


僕の呼び掛けに、ふたりは縋るような視線を向けてくるけれど擁護をするつもりなどない。


「両名を側近候補から外し、生徒会役員からも除名とする。今後、学園の生徒として過ごせるかどうかは、それぞれの父親と話し合った結果によるだろう」


実際は、その処断も報告を受けている。

ブライアンは廃嫡と退学こそされないものの、卒業後は家を出されることになっており、自ら生計を立てる術を身に付けなくてはならない。

ルイシャトルは退学となり、男爵家を継ぐのはひとつ下の弟に決定したと聞いた。恐らく、街の警備隊へ入ることになるだろう。


「以上、本日は解散」


僕の言葉に、ふたりを除く全員が席を立って帰り支度を始める。これ以上、ふたりと話すことはなにもないから。

キャンメルは、今回の件が重症化する前になんとかルイシャトルを更生できないかと動いていたらしい。同じ騎士を目指す同士として…自分の幼馴染みが原因だから、と。

幼馴染みと言っても、単に幼少期からの顔見知りというだけで本人同士の交流は皆無。『仲良しの幼馴染み』と言っているのはシェラトン伯爵令嬢だけで、キャンメルは悉く否定してきた。


「ほら、ふたりも支度して」


声をかけても呆然としたままのふたりを護衛に任せて連れ出してもらい、僕たちも揃って生徒会室を出た。

みんな、言葉を発しない。


「ところで、週末王宮に来てくれる?」



そろそろ、側近としての勉強を本格化しないとね。




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