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南の修道院 ※メリンダ視点
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「メル姉!!」
洗濯したシーツを干していると遠くから自分を呼ぶ声がして、視線を向ければ小さな女の子達が駆けてくるのが分かった。
いつも可愛い野花を持ってきてくれる、隣接する孤児院の子供達だ。
「気を付けて!転ぶわよ!!」
この地に来て一年が過ぎて、ここで過ごすことも生活習慣もだいぶ慣れてきた。
ひとりでの入浴や着替え、料理や掃除などなど…嘗ての自分では考えられなかった生活だけれど、やってみると楽しいことも多くて割りと充実している。
家族は定期的に会いに来てくれるし、アイシャとの手紙をその際に受け取るのが楽しみ。手紙ひとつ送り合うのもお金がかかるから、家族が提案してくれたのは嬉しかった。
いつか、アイシャがラシュエル様の女官として働くことになったら…その時はとびきりの贈り物をしたい。その為に、刺繍を施したハンカチやショールを売ってお金を貯めている。
両親から与えてもらうものもあるけれど、大切な親友には自分で働き作ったお金でプレゼントを買いたいから。
「メル姉!見て見て!!」
「可愛いでしょ!?」
「メル姉にあげたくて取ってきたの!」
仲良し三人娘が野花を手に、息を切らしながら顔を上気させてはしゃいでいる。手は泥で汚れているし、途中で転んだのか少し擦り剥けている子もいて…
「ありがとう、とても可愛いわ。でも、まずはその手を綺麗にして傷の手当てをしなくちゃ」
傷があることを指摘された子は「え?」と自分の手を見やり、滲む血に少しだけ顔色を悪くした。
「お花はすぐに生けましょうね」
小さな手から可愛らしい野花を受け取り、三人娘を連れて医務室へと。そろそろおやつの時間だから、それを持って一緒に孤児院へと向かいましょう。
「メル姉、今日のおやつはなに!?」
「胡桃のクッキーよ」
三人娘はきゃぁきゃぁ喜びながら、手当てをするために後をついてくる。元気なのはいいけれど、どうにもこの子達はわんぱくが過ぎて怪我をすることが多いのが心配。
「はい、ここに座って」
手を綺麗に洗って手当てを始めると、三人娘が誰からともなく話し始める。
「ねぇ、メル姉はディランのこと好き?」
その言葉に思わず反応してしまう。
「今日はディランも来るんでしょ?いつもよりメル姉が綺麗だもの」
確かに、いつもより少しだけ…ほんの少しだけ化粧の時間を多くとった。
「メル姉が来てから、ディランもよく来てくれるようになったよね!しかも必ずお菓子のお土産を持って」
そう、以前は手ぶらでたまに立ち寄るだけだったのだと聞いて、その時胸が高鳴るのを自覚した…したけれど、それ以上を望む権利は自分にないのだと自嘲して…
「ねぇ、メル姉はディランのこと好き?」
答えずにいた私に、繰り返し向けられた質問。
「そうね…みんなと同じように好きよ」
「えぇぇぇ…そういうことじゃないのにぃ」
ぷくっと頬を膨らませて怒るけれど、それにも曖昧な笑みだけを返して薬品などを片付けていく。
望めない…望んではいけない…
「でもディランの好きは違うよ?」
…知ってる。伊達に高位貴族令嬢として生きてきた訳じゃないから、他者から寄せられる善意や悪意…好意はきちんと理解出来ている。
だからこそ距離を取らなくてはならない。
これ以上、自分の気持ちを誤魔化せなくなる前に。
*******
いつからと問われれば、もうずっと前から。
いつも隊服をピシッと着こなし、ぶれのない姿勢と優雅な所作から目が離せなかった。
年も離れているし、繋がるような友人もいなかったから…ただ見ているだけで満足するしかなくて、いずれ何処かに嫁ぐのだから、これは胸の奥に初恋の思い出として持っておこうと決めていたの。
けれど、人生は分からないもので私が嫁ぐことはなくなったし…だからと言って、自由に彼のもとへ行けるわけでもない。
だって…
「こんにちは、メル」
「こんにちは、ディラン様」
あの日、この人に助けられたから救われた命だけれど…それだけ。それ以上は望んではいけない。
この人は誇りある近衛騎士団長で、私よりも14歳も年上。きっと気紛れに好意を向けているだけ…そう自分に言い聞かせる。
公爵家出身で伯爵位も持つ彼が何故ずっと独身なのか、聞きたいとは思うけれど踏み込んではいけない…彼の未来に私は存在しないのだから。
「メル」
呼ばれて、俯いてしまっていた視線をあげ彼を見れば、こちらをじっと…とても優しく見つめていた。
こうして男性と距離を詰められるのは、父親と弟…それからディラン様だけ。
「はい、プレゼント」
すっと髪に差し込まれたのは、この辺には咲いているはずのない一輪の青い薔薇。これがどこに咲いているものなのか知っている私は、恐れ多くて…でも嬉しくて…
「メル。俺はね、生涯を陛下に捧げる事を決めて近衛騎士になったんだ。だから結婚はもちろん婚約者を持ったこともないし、立場的に領地を持たない爵位だけの伯爵を親から譲り受けて、休みなく働いてきた。だから、ちょっとばかりお金持ちでもある」
ふざけた子供のように言い切る彼が可笑しくて、思わず私までふふっと笑ってしまう。
「陛下への忠誠はこれからも変わらない…変わらないんだけれど……」
彼の手がゆっくりと、耳の位置に差し込んだ薔薇から頬へと撫でてゆく。きっと私の顔は真っ赤だろう。
「君が傍にいてくれるなら…騎士ではなく、ひとりの男としての忠誠を君に捧げたい。どうか受け取ってはくれないか?」
「わたくしは…っ……」
応えたい…そう思ってしまうことさえ、彼に対して申し訳ないと感じてしまう。
多くの令嬢や夫人達から憧れられているの近衛騎士団長の傍に、私なんかが居ていいはずがない。
それに───
「俺は殆どを王宮で過ごすし、近衛騎士団長として陛下の公務に付き添い国を離れることもある。寂しい思いもさせるだろうし…君が望むなら、住まいはこのまま南に置いてもらっても構わない。俺の方から会いに通う。いつか年を重ねて、ふたりでこの地を永住の場所とするのもいい」
彼の言葉には、ふたりの未来が描かれていて…通常ならあるはずの未来が見当たらない。
「この孤児院は実家の公爵家が持つものだけど、ゆくゆくは俺が管理を引き継ぐ事になっているんだ。それを君にも手伝ってもらえると嬉しい」
今も子供達相手に読み書きを教えたり、女の子には礼儀作法を教えたりしているけれど…そのどちらも楽しくて、自分に合っているのだと思えた。
それらを彼の隣で…彼の伴侶として続けることが出来るのなら、これ以上に嬉しいことはない。
でも……
「わたくしは…子が望めません」
そう、あの事件の影響から私の体は深く傷つき、子を宿すことは不可能であると診断された。
孤児院の子供達に優しい彼は、間違いなく子供好き…だからこそ、伴侶となる女性は子を儲けることの出来る女性であるべきと───
「メル…メリンダ」
片膝をついて私の手をとる彼の姿に、いつの間にか集まってきていた子供達が歓声をあげる。
「俺が求めるのはメリンダ、君だ。子を必ず望める女性じゃない。それが必要なら、そもそもこの年まで独身ではいないよ」
「でもっ…」
「メル、その青い薔薇に誓う。必ず君を幸せにするし、幸せだったと最期を迎えられるよう努力する…少しばかり寂しい思いはさせてしまうけれど」
王家所有の薔薇園にのみ咲く青い薔薇は、その希少性から『見られたら奇跡』とされ、いつからか『夢が叶う』といった花言葉がついた。
一輪の青い薔薇…
【あなただけを想う奇跡を叶える】
「わたくしで…っ、いいのでしょうか…」
「君がいい。君が受け入れてくれないなら、生涯独身を貫くだけだ」
事件のあとに流行した演劇のお陰で、ふたりが結ばれてもむしろ祝福の声が多い筈だと彼は言う。
「…わたくしはこのまま…まだ暫くはこの地で生活を送りたい…です…」
「構わないよ。領地運営はないし、俺は護衛に回るから君が夜会などに出る必要もない。いずれ出たいと思うときがきたら、その時考えればいいし」
どこまでも私を優先してくれる内容に、本当にいいのだろうかと考え込んでしまう。それに、家族と話し合わなくてはならないし──
「ちなみに侯爵には話をつけてあるよ。君に任せると言っていた。勝手なことをしてごめんね」
少し前に父が来てくれたとき…その時に言っていたのはこの事かと理解できた。
『メリンダ、もし今後やりたいことや行きたい場所があれば自由に行動して構わないよ。危険なことは認められないけれど、必要なら資金の援助も用意はあるから。それとほら…いつか心を寄せる人が現れたら反対はしない』
心を寄せる人など作れない…作ってはいけないと思っていたのに。
未だ片膝をついたままの彼を見つめて、ゆっくりと覚悟を決めていく。
離れて暮らすことになる不安はあるし、心が通い合うならその距離を寂しくも思う。けれど、この地を今すぐに離れることは考えられない。私の心身を救い守ってきてくれた場所だから。
「…この場所からは離れたくないけれど…どうしても会いたくなったら、わたくしの方から会いに行っても構いませんか?」
その言葉に彼はぱぁっと顔を輝かせて、「もちろんだ!」と立ち上がって私を抱き締めた。
口さがない人は私達の婚姻を好き勝手に噂するだろうけれど、そんなものは貴族令嬢として生活した経験から意にも介さずにいられる。
大切なのはお互いの気持ち。
「ディラン様…お慕いしております」
「どうかディランと呼び捨てにしてほしい。俺も君を愛してる。必ず幸せにするから…ふたりで一緒に生きていこう」
「はい」
あの夜…全てが終わったと思って絶望したあの日、この人に助けられたから生きようと思えた。この人が命を繋いでくれたからこそ。
まだ限られた人としか接することは出来ないし、人が大勢いる王都へ戻りたいとも思えないけれど、それでもいいと…私がいいと言ってくれる彼となら。
「メル…」
手を繋いだり抱き合うことは出来ても、それ以上の触れ合いには体が固まってしまう。ごめんね、ディラン。いつか…あなたと自然に触れ合える時が来ることを夢見てはいるの。
その証拠に、固まってはしまったけれど頬に受けた口付けはとても温かく感じたし、何より嬉しかった。
だからもう少しだけ待っていてね。
洗濯したシーツを干していると遠くから自分を呼ぶ声がして、視線を向ければ小さな女の子達が駆けてくるのが分かった。
いつも可愛い野花を持ってきてくれる、隣接する孤児院の子供達だ。
「気を付けて!転ぶわよ!!」
この地に来て一年が過ぎて、ここで過ごすことも生活習慣もだいぶ慣れてきた。
ひとりでの入浴や着替え、料理や掃除などなど…嘗ての自分では考えられなかった生活だけれど、やってみると楽しいことも多くて割りと充実している。
家族は定期的に会いに来てくれるし、アイシャとの手紙をその際に受け取るのが楽しみ。手紙ひとつ送り合うのもお金がかかるから、家族が提案してくれたのは嬉しかった。
いつか、アイシャがラシュエル様の女官として働くことになったら…その時はとびきりの贈り物をしたい。その為に、刺繍を施したハンカチやショールを売ってお金を貯めている。
両親から与えてもらうものもあるけれど、大切な親友には自分で働き作ったお金でプレゼントを買いたいから。
「メル姉!見て見て!!」
「可愛いでしょ!?」
「メル姉にあげたくて取ってきたの!」
仲良し三人娘が野花を手に、息を切らしながら顔を上気させてはしゃいでいる。手は泥で汚れているし、途中で転んだのか少し擦り剥けている子もいて…
「ありがとう、とても可愛いわ。でも、まずはその手を綺麗にして傷の手当てをしなくちゃ」
傷があることを指摘された子は「え?」と自分の手を見やり、滲む血に少しだけ顔色を悪くした。
「お花はすぐに生けましょうね」
小さな手から可愛らしい野花を受け取り、三人娘を連れて医務室へと。そろそろおやつの時間だから、それを持って一緒に孤児院へと向かいましょう。
「メル姉、今日のおやつはなに!?」
「胡桃のクッキーよ」
三人娘はきゃぁきゃぁ喜びながら、手当てをするために後をついてくる。元気なのはいいけれど、どうにもこの子達はわんぱくが過ぎて怪我をすることが多いのが心配。
「はい、ここに座って」
手を綺麗に洗って手当てを始めると、三人娘が誰からともなく話し始める。
「ねぇ、メル姉はディランのこと好き?」
その言葉に思わず反応してしまう。
「今日はディランも来るんでしょ?いつもよりメル姉が綺麗だもの」
確かに、いつもより少しだけ…ほんの少しだけ化粧の時間を多くとった。
「メル姉が来てから、ディランもよく来てくれるようになったよね!しかも必ずお菓子のお土産を持って」
そう、以前は手ぶらでたまに立ち寄るだけだったのだと聞いて、その時胸が高鳴るのを自覚した…したけれど、それ以上を望む権利は自分にないのだと自嘲して…
「ねぇ、メル姉はディランのこと好き?」
答えずにいた私に、繰り返し向けられた質問。
「そうね…みんなと同じように好きよ」
「えぇぇぇ…そういうことじゃないのにぃ」
ぷくっと頬を膨らませて怒るけれど、それにも曖昧な笑みだけを返して薬品などを片付けていく。
望めない…望んではいけない…
「でもディランの好きは違うよ?」
…知ってる。伊達に高位貴族令嬢として生きてきた訳じゃないから、他者から寄せられる善意や悪意…好意はきちんと理解出来ている。
だからこそ距離を取らなくてはならない。
これ以上、自分の気持ちを誤魔化せなくなる前に。
*******
いつからと問われれば、もうずっと前から。
いつも隊服をピシッと着こなし、ぶれのない姿勢と優雅な所作から目が離せなかった。
年も離れているし、繋がるような友人もいなかったから…ただ見ているだけで満足するしかなくて、いずれ何処かに嫁ぐのだから、これは胸の奥に初恋の思い出として持っておこうと決めていたの。
けれど、人生は分からないもので私が嫁ぐことはなくなったし…だからと言って、自由に彼のもとへ行けるわけでもない。
だって…
「こんにちは、メル」
「こんにちは、ディラン様」
あの日、この人に助けられたから救われた命だけれど…それだけ。それ以上は望んではいけない。
この人は誇りある近衛騎士団長で、私よりも14歳も年上。きっと気紛れに好意を向けているだけ…そう自分に言い聞かせる。
公爵家出身で伯爵位も持つ彼が何故ずっと独身なのか、聞きたいとは思うけれど踏み込んではいけない…彼の未来に私は存在しないのだから。
「メル」
呼ばれて、俯いてしまっていた視線をあげ彼を見れば、こちらをじっと…とても優しく見つめていた。
こうして男性と距離を詰められるのは、父親と弟…それからディラン様だけ。
「はい、プレゼント」
すっと髪に差し込まれたのは、この辺には咲いているはずのない一輪の青い薔薇。これがどこに咲いているものなのか知っている私は、恐れ多くて…でも嬉しくて…
「メル。俺はね、生涯を陛下に捧げる事を決めて近衛騎士になったんだ。だから結婚はもちろん婚約者を持ったこともないし、立場的に領地を持たない爵位だけの伯爵を親から譲り受けて、休みなく働いてきた。だから、ちょっとばかりお金持ちでもある」
ふざけた子供のように言い切る彼が可笑しくて、思わず私までふふっと笑ってしまう。
「陛下への忠誠はこれからも変わらない…変わらないんだけれど……」
彼の手がゆっくりと、耳の位置に差し込んだ薔薇から頬へと撫でてゆく。きっと私の顔は真っ赤だろう。
「君が傍にいてくれるなら…騎士ではなく、ひとりの男としての忠誠を君に捧げたい。どうか受け取ってはくれないか?」
「わたくしは…っ……」
応えたい…そう思ってしまうことさえ、彼に対して申し訳ないと感じてしまう。
多くの令嬢や夫人達から憧れられているの近衛騎士団長の傍に、私なんかが居ていいはずがない。
それに───
「俺は殆どを王宮で過ごすし、近衛騎士団長として陛下の公務に付き添い国を離れることもある。寂しい思いもさせるだろうし…君が望むなら、住まいはこのまま南に置いてもらっても構わない。俺の方から会いに通う。いつか年を重ねて、ふたりでこの地を永住の場所とするのもいい」
彼の言葉には、ふたりの未来が描かれていて…通常ならあるはずの未来が見当たらない。
「この孤児院は実家の公爵家が持つものだけど、ゆくゆくは俺が管理を引き継ぐ事になっているんだ。それを君にも手伝ってもらえると嬉しい」
今も子供達相手に読み書きを教えたり、女の子には礼儀作法を教えたりしているけれど…そのどちらも楽しくて、自分に合っているのだと思えた。
それらを彼の隣で…彼の伴侶として続けることが出来るのなら、これ以上に嬉しいことはない。
でも……
「わたくしは…子が望めません」
そう、あの事件の影響から私の体は深く傷つき、子を宿すことは不可能であると診断された。
孤児院の子供達に優しい彼は、間違いなく子供好き…だからこそ、伴侶となる女性は子を儲けることの出来る女性であるべきと───
「メル…メリンダ」
片膝をついて私の手をとる彼の姿に、いつの間にか集まってきていた子供達が歓声をあげる。
「俺が求めるのはメリンダ、君だ。子を必ず望める女性じゃない。それが必要なら、そもそもこの年まで独身ではいないよ」
「でもっ…」
「メル、その青い薔薇に誓う。必ず君を幸せにするし、幸せだったと最期を迎えられるよう努力する…少しばかり寂しい思いはさせてしまうけれど」
王家所有の薔薇園にのみ咲く青い薔薇は、その希少性から『見られたら奇跡』とされ、いつからか『夢が叶う』といった花言葉がついた。
一輪の青い薔薇…
【あなただけを想う奇跡を叶える】
「わたくしで…っ、いいのでしょうか…」
「君がいい。君が受け入れてくれないなら、生涯独身を貫くだけだ」
事件のあとに流行した演劇のお陰で、ふたりが結ばれてもむしろ祝福の声が多い筈だと彼は言う。
「…わたくしはこのまま…まだ暫くはこの地で生活を送りたい…です…」
「構わないよ。領地運営はないし、俺は護衛に回るから君が夜会などに出る必要もない。いずれ出たいと思うときがきたら、その時考えればいいし」
どこまでも私を優先してくれる内容に、本当にいいのだろうかと考え込んでしまう。それに、家族と話し合わなくてはならないし──
「ちなみに侯爵には話をつけてあるよ。君に任せると言っていた。勝手なことをしてごめんね」
少し前に父が来てくれたとき…その時に言っていたのはこの事かと理解できた。
『メリンダ、もし今後やりたいことや行きたい場所があれば自由に行動して構わないよ。危険なことは認められないけれど、必要なら資金の援助も用意はあるから。それとほら…いつか心を寄せる人が現れたら反対はしない』
心を寄せる人など作れない…作ってはいけないと思っていたのに。
未だ片膝をついたままの彼を見つめて、ゆっくりと覚悟を決めていく。
離れて暮らすことになる不安はあるし、心が通い合うならその距離を寂しくも思う。けれど、この地を今すぐに離れることは考えられない。私の心身を救い守ってきてくれた場所だから。
「…この場所からは離れたくないけれど…どうしても会いたくなったら、わたくしの方から会いに行っても構いませんか?」
その言葉に彼はぱぁっと顔を輝かせて、「もちろんだ!」と立ち上がって私を抱き締めた。
口さがない人は私達の婚姻を好き勝手に噂するだろうけれど、そんなものは貴族令嬢として生活した経験から意にも介さずにいられる。
大切なのはお互いの気持ち。
「ディラン様…お慕いしております」
「どうかディランと呼び捨てにしてほしい。俺も君を愛してる。必ず幸せにするから…ふたりで一緒に生きていこう」
「はい」
あの夜…全てが終わったと思って絶望したあの日、この人に助けられたから生きようと思えた。この人が命を繋いでくれたからこそ。
まだ限られた人としか接することは出来ないし、人が大勢いる王都へ戻りたいとも思えないけれど、それでもいいと…私がいいと言ってくれる彼となら。
「メル…」
手を繋いだり抱き合うことは出来ても、それ以上の触れ合いには体が固まってしまう。ごめんね、ディラン。いつか…あなたと自然に触れ合える時が来ることを夢見てはいるの。
その証拠に、固まってはしまったけれど頬に受けた口付けはとても温かく感じたし、何より嬉しかった。
だからもう少しだけ待っていてね。
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